古雪椿は勇者である   作:メレク

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花結いの章 22話

「おっはよう椿!」

 

明るい色の髪を揺らして元気よく挨拶してきた彼女を見て、俺は読んでいた本を閉じた。

 

「おはよう。犬吠埼さん」

「また偉く難しそうな本読んでるわね」

「そんなことないよ。大昔千葉って所には東京の名前が使われた物が多かったんじゃないかって話が書かれてる」

「東京って、昔の日本の首都?」

「うん。千葉の何とかって名前より東京の何とかって名前の方が人気が出るから、こぞって使われてたんじゃないかって」

「へー...でもそれって歴史書でしょ?やっぱり小難しいの読んでるじゃない」

「分かりやすいと思うけどなぁ...今度貸すから読んでみる?」

 

確かに厚みはあるが、それだけ詳しく西暦と神世紀の移り変わりを書いてくれている。次の歴史のテスト対策にもなるだろう。

 

「あたしは遠慮しとくわ...東郷辺りが好きそうだけど」

「そういえば、この前はありがとう。東郷さんにも...えーっと」

「友奈?」

「そうそう。友奈さんにも助けられたよ。一人じゃ終わりそうになかったから」

「いいのよ。それが勇者部の仕事だもの」

 

彼女が創設していた『勇者部』は、平たく言うとボランティア活動をする部活だと聞いた。この前図書委員として本整理の仕事を話した俺は、勇者部のお陰でかなり楽をさせて貰った。

 

『人数も増えたばっかだし、そろそろ本格的に活動しないとね!』というのは、本人談である。

 

「そういえば、前々から思ってたんだけど、どうして『勇者部』なの?」

「え?」

「いや、珍しい名前だなって」

「あ、いやー...ほらあれよ!誰かの為に勇んで実施する!!勇者っぽいでしょ?」

「...確かにそうかも」

 

どこか詰まったように聞こえたその言葉を、敢えてスルーして頷く。

 

だって、そんなに興味のあるものでもないから。

 

 

 

 

 

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「樹ー、机の上片付けてー」

「はーい」

 

お姉ちゃんに言われた通り、机の上を片付けて拭いていく。いつもより豪華な食卓。

 

「じゃあ食べちゃいましょ」

「はーい」

 

手を合わせて食べ始めるも、動き出した手は徐々に止まっていった。

 

「...お姉ちゃん」

「何?」

「銀さんが言ってたことだけど」

「......」

 

分かっていた。ここまでは日常動作だから何も考えなくとも体が動いていただけで、本当はずっとこのことを考えていたことを。

 

「まぁ、言いたいことは分かるわ...大分落ち着いたし」

 

銀さんは、椿さんが倒れたことによる不安に対する暗い気持ちを、自分に向けるような言い方をした。それで皆が少しでも落ち着きを取り戻せるように。

 

それから、これが考える最後のチャンスだと。

 

「じゃあ言うけど、私は椿さんが好きだよ」

「...はっきり言えるようになったわね。本当に」

「そうさせてくれたのが、お姉ちゃんとあの人...ううん。勇者部だから」

「そっか......そう言ってくれるのは姉冥利につきるけど、姉妹で同じ人を好きになるのは大変ね」

 

はにかんで言うお姉ちゃんは、ちょっとだけ面白かった。

 

「敵は多いね」

「敵ってあんた...」

「お姉ちゃんより遥かに長い付き合いの幼馴染み、過去に行って惚れさせてきた人、大赦の偉い人の娘に妹。今も名前が語り継がれる大英雄」

「......あいつ、何者?」

「そこで提案です。まずは姉妹共同戦線を敷いて、そこから決着をつけるというのはどうでしょう?」

「...二人くらいなら椿も許すかしら」

「えー、椿さんは一人に決めそうだけどなー」

 

そうじゃなかったら、もっと早く恋人関係が生まれてるように思える。その相手が誰であれ。

 

「ま、いいわ。乗ろうじゃないその提案!」

「...頑張ろうね」

 

どっちかが譲るなんて話は全く出なくて。でも、笑いあって。

 

私達姉妹は喜んで一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

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「夏凜はさ、椿さんと付き合いたいって思わないの?」

「...一時期はあったわよ。今でも好きだし、一緒にいれば楽しいし」

 

雪花にそう答えながら、私は沸騰したお湯に麺を入れた。

 

「一時期はってことは、今はもう?」

「私ね。勇者部に入る前は今よりもっとツンケンしてたのよ。可愛げがないというよりは単に嫌な人って感じの。それを変えてくれたのが椿であり、勇者部だった」

 

久々に会った芽吹が驚くのも無理はなかったんだろう。今ならそれがより実感できる。

 

「こ、恋人になったら...また違うのかもしれない。でも私は、あいつと仲の良い間柄でいたい。そこの肩書きに固執はしないわ」

「...その言い方、なんか格好いいね?」

「そんなもんじゃないわよ、っと!」

 

お湯を通し終えた麺を器に移す。少し濁ったお湯にうつる私の瞳に、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

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「多くは聞かないし、言わないよ」

 

「ありゃ、怒られると思ったんだけど」

 

「だって分かったんだもん。ミノさんの思惑がピッカーンってね」

 

「へー...で、アタシの思惑が読み取れた園子さんは、一体どうするおつもりで?」

 

「ミノさんは私と組む気がある?つっきーをこの家に引き込むまで」

 

「やだよ。独り占めするもん」

 

「じゃあ私も好き勝手やるよ。ごめんね?」

 

「謝ることないさ。園子に譲らないから」

 

『......』

 

「負けないから」

 

「アタシも」

 

 

 

 

 

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「千景さんはどうするんですか?」

「んぐっ!?」

「わー!?大変だよミノさん!?」

 

食べていたうどんが変な所へ入りそうだったが、鷲尾さんと高嶋さんが背中を擦ってくれてなんとか無事に済んだ。

 

「す、すいません...」

「いいけど...突然で驚いたわ。てっきり彼女の言葉の意味も全然分かってないものだと」

「アタシはあれを言った張本人でもあるんですよ?分かりますって。あ、ちなみにアタシはおっきいアタシを応援するつもりですけど...」

「私もでーす!」

「わ、私は...分かりません」

「二人の答えは当然だと思うし、東郷さんはどうするのか分からないものね...私は、諦めるわ」

『!』

「ぐんちゃん...」

 

きっぱり言い切った私に、三人は目を見開いて、高嶋さんは複雑そうに見つめてくる。

 

でも、これは私自身で決めたことだった。

 

「彼は間違いなく今の私を作ってくれた人、救ってくれた人の一人よ。ゲームも気が合うし、年も一番近い...でも、流石に、時間を越えてでも、何を犠牲にしても、なんて気概は、起きなかった」

「......」

「そもそも会えたことが奇跡なのよ。その上で私を救ってくれた。なら、もう十分...そう思う」

 

あの人がいなければ、私はきっと、乃木さんと言い争う日々が続いていた__________いや、殺しあいにだってなっただろう。実際彼は私のせいで傷だらけになったことがあるのだから。

 

それに、今は乃木さんを始め、大切に思える人が本当に増えたから。

 

「だから、高嶋さんが彼を射止めるなら、それはそれで構わないわ」

「!?そ、それは!?」

「おぉー?先輩はまさかの?」

「っ!...す、好きだよっ!それは勿論!!」

「それはlike?それともlove?」

「うっ......それを言われると弱っちゃうんだよね。側にいれたら嬉しいけど、付き合いたいとか、そういうのとは違うような気もして。あまりよく分からないから...私としては、皆で仲良く出来たらそれが一番だと思ってる、かな?」

 

高嶋さんは、それだけ言ってからうどんを食べた。

 

 

 

 

 

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『...友奈ちゃん』

「何?東郷さん」

 

綺麗な月明かりを見るためベランダに出た私は、涼しげな夜風に当たりながら携帯を耳に当てる。通話越しに聞こえる東郷さんの声は、少しだけ震えてるようにも感じた。

 

『友奈ちゃんは、古雪先輩のこと、好き?』

「好きだよ」

 

思ったより即答出来た答えに、少しだけ顔を赤くする。本当ならもう目が覚めないかもしれないことを考えて、青ざめるべきなのかもしれない。でも、それは家に帰るまでで終わった。

 

(私は、椿先輩を信じてるから)

 

きっと大丈夫。そう信じる。

 

(...あの時も、こんな夜だったっけ)

 

「今回はヒナちゃんに負けちゃったけど、次からは負けないよ」

『...強いね、友奈ちゃんは』

「東郷さん...?」

『私は不安だよ。古雪先輩が目を覚ますのかどうかも、あの人が、その、誰を選ぶのかも』

「東郷さんも好きだもんね?」

『...えぇ』

 

そういう意味で、私達はもう負けている。ここから巻き返すには努力しなければならないだろう。勿論それは本気でやるけれど__________

 

「でも、私は良いと思うんだよね」

『え?』

「私も不安だし、ドキドキする。無意識に神婚の時みたいな空元気を出してるだけかもしれない。でも、椿先輩なら...きっと良い未来を選ぶと思うんだ。だから、私は大好きな椿さんの選択を信じる。今私がすることは、椿さんにどう想いを伝えるか考えるだけだよ」

 

ダメだったら、皆で一緒に考えれば良い。そう思っているから今は吹っ切れているんだろう。

 

「だから、東郷さんも大丈夫」

『...やっばり強いよ。友奈ちゃん』

「えへへ...」

 

もし、椿先輩が考え抜いた上で、それでも私を選んでくれるなら。それは凄く幸せだろう。

 

でも、選ばれなくても。

 

(誰も選ばない選択は、きっとしないから。ヒナちゃんに告白された椿先輩が、答えを出さない筈がないもん)

 

「東郷さん」

『何かしら?』

「目が覚めるといいね。椿先輩」

『...えぇ、そうね』

 

 

 

 

 

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「ただいまー」

 

冷え込んだ空気がようやく溶けてきた頃。もうすぐ中学の卒業式ということで早帰りが続く俺は、今日も今日とて新作のゲームに手を伸ばした。

 

(洗濯物を畳んで飯作るにしても二時間は遊べる計算。でも天気も変だし先に取り込むか悩むなぁ)

 

別にゲームは途中で止められるが、そもそも夢中になって見逃さないようにしなければならない。特にここ最近は夕立が降りそうなくらい局所的な黒い雲を見かけることが多いため、変に警戒心が出てしまう。

 

(まだ春になりかけってのに...しょうがない。先に取り込むか)

 

外で干していた洗濯物はまだ乾いておらず、室内干しに切り替え洗面所に吊るしていく。腕を上に上げて作業を続けていると、連動している肩からポキッと音が鳴った。

 

(いっつー...肩回してからのがよかったかなー?)

 

何回か肩を回し、一応赤くなってないか鏡で確認するため服をずらして鏡の前にたった俺は、

 

「...な、なんだよ。これ」

 

胸元にある赤黒く刻まれた紋章を見て、声を震わせた。

 

「は?はぁ!?なんなんだよ!?」

 

咄嗟に剥がそうと手で掴んでもそれは動かず、タトゥーとして体に刻まれているかのように堂々と鎮座している。

 

しかも、じわじわと体の全体へ広がっているようで_____

 

「ひっ」

 

声に出せない悲鳴を上げて、俺はとにかく外へ駆け出した。自転車で病院まで向かおうと扉を開けて。

 

「......」

 

紅一色に染まった空を見上げて、ただただ固まった。

 

「......夢、だろ?こんなの」

 

理解出来なさすぎる。昨日まで何事もない日常だった筈なのだ。それがこんな風になるなんてあり得ない。

 

頬をつねると普通に痛みを感じ、涙目になりながら________それでも、俺はハッキリ見えてしまった。

 

玄関先。泳ぐように道路を歩く、白い物体。

 

先には人の目、口、歯を再現している様な見た目が貼り付いていて、一度口を開かせガチリと歯の音を鳴らす。

 

明らかに見たことのない、大昔の生き物と言われても信じられないそれが、突然顔を向けた。

 

「」

「ッ!!!!」

 

おおよそ人には分からない鳴き声に、本能が恐怖に襲われる。

 

そして、それは狂気でしかなかった。

 

「うわぁぁぁぁ!?!?く、来るなぁっ!!!!」

 

足がすくんでただ叫ぶだけの俺に、化け物は理解を示さず。

 

ぐしゅりと音を立て、俺の意識はなくなった。

 

 

 

 

 

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「それで、なぜ私はここに?」

「決まってるだろ?尋問だ。お前は怪しいからな」

 

買ってきた出来合いのサラダとオムライスを食べながら、球子が箸を向けてくる。案の定隣で食べている杏から注意が飛んで、すぐに箸が下げられた。

 

「うぅ...と、ともかく!タマはお前が怪しいと睨んでる!」

「何が怪しいんだ?」

「ちゃんとひなたに譲ったかだ!お前だって椿のことは好きだっただろう!?」

「...まぁ、否定はしないさ。彼と私が付き合う未来もあったかもしれない」

「やっぱり」

「だが、今は何よりひなたを応援している。だからそれはないさ」

 

きっぱり言う私に反応したのは、球子ではなく杏だった。

 

「だから私は言ったんですよ。別に聞くまでもないって。それなのにタマっち先輩が聞かなくて」

「な、なにをー!?」

「それを言ったら、球子はどうなんだ?」

「うっ...た、タマも好きだぞ。うん」

 

球子も詰まりながら自分の気持ちを伝えてくる。私は、その言葉をゆっくり待つ。

 

「でも、もし椿が選んでくるならまだしも、タマが告白する、ってのはないな。今のタマは杏に譲りたいんだ」

「いいのか?それで」

「良いも悪いもあるものか?というかタマには良し悪しなんて判別できんから、タマが信じた道をとる」

「...そうか」

 

私がひなたに協力するように、球子は杏に協力する道をとった。ならば、後は__________

 

「ならば、杏はどうする?」

「...大体道は決まってますよ。不安ですけどね」

「何が?」

「椿さんはこの時代の人。私は300年前の人。ホントは会うことなんてなかった相手です。私は『例え時空が違っても関係ない』と言い切らんばかりの行動を取るひなたさんのようには、吹っ切れもしないので」

「......」

「でも、自信がなくても椿さんにアタックすることは変わりませんから。今日は戦略的撤退というやつです」

「...ホントは銀が怖かったんだろ?」

「なっ、そんなことないから!タマっち先輩の方が怖がってたでしょ!」

「あんなの怖いに決まってるだろ!!」

「あはは...ん?」

 

言い争い始める二人を余所に、私は鳴らされたチャイムに反応した。

 

「グッドイブニング!若葉」

「歌野...それに水都、棗さんも?」

「実は、蕎麦を作りすぎてしまってな」

「それで、一緒に食べてくる方々を探してて...」

 

スッと出されたのは、ラップされただけの美味しそうな蕎麦。

 

(...もし私の記憶が持ち返れなかったら、蕎麦の美味しさに気づくことはないかもしれないな)

 

「そういうことなら入ってくれ。皆で蕎麦を食べよう」

「リアリー!?蕎麦を食べることに即答するなんて、貴女本当に若葉!?」

「そこまで言うことは...確かにあるだろうが。まぁいいだろう?」

 

そう言って、私は蕎麦を預かった。

 

 

 

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