「んーっ...」
寝ぼけた時に鳴る目覚ましは、どうしてこんなにも耳障りに感じるのか。これは学会の研究テーマとして発表されてたりするのかもしれない。
(後五分...ってわけにも、いかないんだよなぁ)
誤差はあれど基本必要な時間にセットしている目覚ましを無視するということは、学校の遅刻を意味すると同時に、三ノ輪家の朝食が怪しくなる。
寝ぼけた頭でも分かっているその思いだけで、俺は布団からもぞもぞ動き出した。
「今日は冷え込んでるなー...」
一度体を動かせば頭も覚醒し始め、顔を洗い、制服の袖に腕を通し、鞄の中身を確認する。
「忘れ物なし...と。じゃあ行きますか」
雪が降りそうな天気の中、両親が眠ってるうちに家を出た俺は、玄関に鍵をかけて隣の家へ__________
「バッ!!」
「うおっ!?」
突如視界を塞いできた彼女に、間抜けな声を晒した。
「へへっ、誰でしょーか?」
「いや、何隠れてるんだよお前...」
「誰でしょーか!!」
「......三ノ輪銀さん」
「はい正解ー!」
玄関先で出待ちしてた彼女は俺の答えに満足したのか、手を離して前まで回り込んできた。ほんのり良い香りが鼻をくすぐる。
「...で、どうしたんだ?」
「いや別に?ちょっと早く起きちゃったからいたずらしたいなって...いや違うか。お迎えにあがりました」
「前半部分でダメダメだし、隣の家行くのに迎えも何もあるか」
「なんだよー!折角寒い中待ってたのにー!」
「何やってるんだ...ほら」
「んんっ」
バッグから取り出したマフラーを手荒く彼女の首に巻きつけ、後ろで纏められてる髪を出してあげる。
「これつけて暖房前で暖まってな。早いとこ味噌汁も用意するから」
「椿...ぅん」
素直に小さく頷いた彼女は、下から見上げるように俺を見て。
「ありがと
ノイズを走らせた。
「......あぁ、またダメか」
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黒とも言えるが、例えるなら見える景色全てが無い世界を、俺は永遠に眺めさせられていた。
(...何も、動かせない)
手は伸びず、足も動かせない。眼球を動かすという動作も、呼吸する意識さえない。
(あぁ、そうか)
案外理解するのは早かった。いや違う。当然ではあるのだ。何しろこれは『俺の意思ではないのだから』
ただ、俺に悟らせるための場所。
(俺は、この世界に存在しないんだ)
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「ッ!!!!うお゛ぇ゛!!」
込み上げてきた吐き気を抑えきれず、口から液体を吐き出す。胃液しか出てこないのは、単純に空腹だからではないのだろう。
頭が気持ち悪さ一色になるものの、吐き出し続ければ少し落ち着いた。吐瀉物は排水溝の溝に入っていくかのように、下へ下へと流れて消える。
「うっ、う゛えっ、はぁ、はぁ......」
『気分はどうだ?』
荒い息を整えだした頃に聞こえた声へ耳を傾けると、あまりにも聞き慣れた、見慣れた姿を捉えた。
俺と同じではあるが_____精霊ツバキと名乗られた筈。
「お前は...お前も、俺に見せに来たのか」
『見せに来たって...ま、悪かったよ。気分が悪いのは知ってるし、知らなくても見りゃ分かる。だが、敢えて聞こう。お前は今何を見た?』
「......知っているなら、聞かなくていいだろう」
正確には、『見た』というのは正しくない。これまでのことは確かに『古雪椿』という人間が体験した事実なのだから。
「...最悪だ」
一言で表すなら、そう。
彼女が幼馴染みではなかった世界。
彼女の死が受け止められず、心に穴が開いたままの世界。
何も知らぬまま天の神からの進行を受け、はぐれた星屑に噛み千切られた世界。
未だに彼女を生きているものとし、脳がバグを表示させ続けている世界。
そもそも古雪椿という存在が生まれていない世界。
全てが『俺』にとっては嘘でも、『古雪椿』にとっては真実。
『お前は戦った相手のことを強く意識した結果、他の世界にいる自身の存在とパスを繋げてしまった。津波のように押し寄せる、それこそ俺達からしたら地獄の様子を見せつけられ、意識を落とした。ここまでで質問は?』
「...意識が戻ったということは、耐えれたのか?」
『俺には、とても耐えれてるように見えないが?顔は青白いまま、今も吐きそうになってる奴が』
「......」
『...これは、俺が最大限肩代わりしてるからだ。ここにいる時だけしか出来ないし、俺が来れたのもまだ繋がってただけのパスを強引に開通させたから。正直こっちも一杯一杯なわけ』
「...」
『まぁ、その吐き気は時間がなんとかしてくれる。開いたパスは徐々に閉じるから、強烈な刺激は受けなくなるだろう』
淡々と語るその口調は、決して許容出来ないような、やれるけどしたくない意思表示に見えた。
だから、俺は口を開く。
「どうしてそんな、怒ったような言い方をするんだ」
『...お前はその光景を見て、どう思った』
「どうって」
『お前は、俺達は平行世界に存在しない歴史の転換地点なんだ。既に一般人じゃない。だから神樹があの手この手で多くのデータを取ろうとする』
「......!!!」
つまり、奴が言いたいのは。
「...俺がいなければ、皆はこの世界に、ひなた達が西暦からここに、来ることはなかった?あいつが騙されてこの世界で武器を振るわなくてよかった、のか?」
『お前が全ての原因じゃない。やっぱりあっちが興味あるのは友奈らしいからな。だが...そういうわけも一理ある』
「ッ!!!!」
皆が笑顔で、長いこと生活出来た。本来会えない仲間と絆を深めることが出来た。
だが。
『...私のことだよ。私は反対。よく考えてよ?戻らなければこの世界で楽しくやっていけるんだよ?それなのに......冗談じゃない』
戻りたくないという思いが生まれ、
『でも、そんな汚い勝利でもいい。ここに残って長い時をまだまだ過ごしたい......そう思うくらい、貴方が好きなんです。愛しているんです。一緒にいたいんです』
彼女を苦しめる結果になってしまった。そして『俺(彼)も』。
『それで、分かったお前はどうするんだ?』
「っ、ぁ...お、俺は...」
肺へ取り込む空気も少なく、浅い呼吸を繰り返す。
(この命はもう、俺だけのものじゃない。俺に不幸があれば悲しむ人がいることを知っている)
「...俺、は」
(でも、俺という存在が、他の世界の俺を苦しめる上、皆を...俺が好きな人達を傷つけるなら。俺のことを悲しんでくれる人が不幸になるのなら)
辺りにヒビが入る。黒の景色に白いヒビ。
「俺は、自分が消えることを」
そのヒビが一瞬で広がり、割れ_____
そのまま勢いよく殴られた。受け身も取れずに倒れた俺は、口の中からする血の味に堪えながら前を向く。
『あぁ、そうだな。きっとお前は悩んだ上でそう言うと思った。当然だ。いくら皆の思いを知ってるからといって、それを責めるのは違うのかもしれない』
「だったら」
『だがな』
胸元を掴んできたツバキは、顔を近づけて言ってくる。
『いいか?お前は特殊な人間でありながら、全能でも万能でもない。ただ一人の人間なんだよ。個を救えても全を救えない。救ったことはない』
「!!」
『天の神を倒した。だがそれは結果論に過ぎず、あの時お前の内にあったのは友奈を救うことだけだった。歴史を変えた。だがそれは結果論に過ぎず、あの時お前の内にあったのは仲間と生き抜くことだけだった』
掴んだ腕を揺すられ、全身が動く。止まった体を無理矢理起動させるように。
『そんなお前は、平行世界の全ての俺達の苦しみを止めることと、今一緒にいる仲間の傷を癒すこと。その両方は決して出来ない』
「ぁ...!」
『だから選べ。二つを同時に兼ねる方法じゃない。どちらかを己の技量で救える分を取れ。お前の本当の気持ちで』
「っ、で、でも、それは...!!」
そう。その選択の結果は、考えていることは、また俺を特別なモノにすることだ。
「いいのか、そんなこと」
『良いも悪いも知らん。俺はお前であり他の椿の声が聞こえる訳じゃない。恨まれるかもしれない。憎まれるかもしれない...また自分と戦うことになるかもしれない。だから今悩んで、決めるんだ。決めたら突き進むんだ』
そう言って、彼はよく見てきた顔で笑った。
『さぁ進め。選んだ道を後悔しないように』
黒いままの景色の中、彼が俺から手を離して__________
「だったら、俺は」
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『月が綺麗ですね』
この言葉が言葉通りの意味ではなく、別の意味を含むようになったのは、昔の逸話によるらしい。
『I love you』を日本語訳する際に、そう訳した方が良いと指摘した人がいて、それが由来なんだとか。ここから告白する際の言葉としても使われるようになったらしい。
返しとしては、『死んでも良いわ』とするのが一般的とされている。理由は詳しく知らないけれど。
私達の時代では調べた覚えがないし、神世紀に来てからは文献の母数が少ないのか、教科書で取り扱う年代が違うのか、あまり聞かない。周りにも聞いたことがないから、もしかしたらそうした意味を含むんだということを知らないのかもしれない。
「...月が、綺麗ですね」
でも、今ここで________病院の屋上で、夜風に辺りながら眺める月は、思わずそう言ってしまうくらいには綺麗だった。
「あぁ。そうだな」
「......なんで、ここにいるんですか」
「いや、近くに見当たらなかったから、高いところから探そうかなーって」
「...もう、一週間も寝てたんですよ」
「マジか。道理で病室にあんだけ色々持ち込んで...悪かった。迷惑...いや、心配かけた」
「本当ですよ。私が、私達がどんな思いで過ごしたと」
月はもう見えない。別に雲に隠れたわけじゃない。もう私の目が全てを霞んで見せてしまうんだ。
「おまけに、よりにもよって私が席を外してる時に」
「それは悪かった...のか?」
「はい。反省してください」
振り返る。色の荒いシルエットにしか見えない『彼』が、そこにいる。
「スマホないと思ったら、持ってたのか」
「すみません。でも、握ってたら元気を貰える気がして...それより、元に戻れたんですね」
「え?あぁ、姿ね...まぁ、ある程度目的が終わったんだろ。あちらさんの。お陰でまた手足の感覚治さなきゃいけない」
「でも、そちらの方が私としては嬉しいです」
抱きしめた時いつもよりふらついたのは、彼が寝起きだからというのもあるだろうけど、私が普段より思いっきり行ったからだろう。
しっかりした、男の人の体だ。
「あ、あの?今感覚がですね」
「知りません。知りませんそんなの」
「ちょ、あの、あの...」
ぐりぐりして、ぎゅーっとして、やっと顔をあげる。涙を拭った目は、しっかりと彼を捉えた。
「お帰りなさい。椿さん」
「...ただいま。ひなた」
「はい。ご無事で何よりです」
「それで、椿さん」
「ん?」
「今夜は、月が綺麗ですね」