「んー...」
朝日を浴びながら、俺は考える。これは大切なポイントだ。
「卵を半熟にするべきか、否か...これが問題だ」
三ノ輪家の一角で呟く俺は、至極真剣だった。弟達は半熟が好みだが、両親は少し固めが好み。
別にそれは二つずつで作れば良いわけだが、そこまで拘りのない俺はどうするべきか。そこが悩みどころなわけである。
「...」
「兄ちゃんおはよー」
「お、今日は早起きだな。どうした?」
「最近はちゃんと自分で起きれるように頑張ってるの!!目覚ましもちゃんとかけてるんだから!」
「ぁー...悪い悪い、忘れてたわ」
(よし。今日は半熟が先だから、固めを一緒に食べるか)
悩んでた割りにあっさり決めた予定を実行するため、手伝おうとする鉄男を席につかせる。
「何で手伝わせてくれないのー?」
「朝は頭が起ききってないし、忙しいの。面倒見ながらはちょっときつい。夜なら見てやるから我慢してくれ...ぁ、机拭いといてくれ」
「了解!」
ビシッと敬礼する方へテーブル拭きを投げて、俺は早速目玉焼き作りに取り組む。
そうして、俺達の日常は新しい一日を始めた。
「おはよう椿...ふぁーあ」
「挨拶するかあくびするかどっちかにしろよ。裕翔」
「いやだって眠くて...一時間目は自習だし寝るかな~」
「多分課題範囲広いぞ。前回の授業そこそこ進んだし」
「げっ、マジかー...頑張るかぁ」
天の神の騒動から、どんな大人も大なり小なりの変化があった。高校で言えば、一部の教師が交代制で四国の外の調査を手伝ったり、他の人の穴埋めをしたり。その影響がこうして出ている。
「そういえば、俺、あの先生が土掘り返して土壌調査とかしてるの信じられないけど」
「...ちょっと同意だが、そう言うなよ」
「大体、俺は何でお前まで率先してやってるのかもよく分からんからな」
「まぁそうだけど...」
裕翔を含めたごく一部には、俺達勇者部が特別なバイクを使って四国の外へ行っていることを話していた。全く知らない人達には、俺がこの現状においてバイクを無駄遣いしている金持ちのボンボンに見えてるらしいが、別にどうでもいい。
「おはよう椿!」
「ん、おはよ。風」
「俺には!?」
「あ、ごめん素で見えてなかった」
「そんな...角度的に無理か」
俺を挟んで対角にいた二人も挨拶をして、後から来た郡も混ざる。四人で話してれば一時間目までの時間はすぐだ。
「...」
「郡?」
「!何?古雪君」
「いや、ぼーっとしてるみたいだから...大丈夫か?」
「う、うん。気にしないで」
「そっか。ほら、じゃあチャイムも鳴ったし席つけ」
「お前先生か」
「邪魔にしてるのが見えんのか」
「すいません!!!」
本来そこの席を使う女子が裕翔のことを見ていて、それを確認した裕翔はすぐさま飛び退いた。
今日一時間目が自習、二時間目が国語で、三四で体育の予定だ。
「椿...大丈夫か?」
「大丈夫...だと思ってたんだが、ちょっと不味いかもしれん」
朝はなんともなかったし、学校に来てからも変じゃなかった。しかし、授業を受けるごとに頭に鈍い痛みが走り、息は荒くなっていた。
当然、授業を受けるのが嫌だからとか、そんな理由はない。だが、理由がないのがおかしいくらいの痛みでもある。
「っ...」
「本格的に不味いじゃん。保健室行っとけって。風達には俺が伝えとくし、弁当も持ってくから」
「悪い、頼んでもいいか...?」
「おう。保健室にはついてくか?」
「それはいい。自分で歩けるから...頼む」
「おう!」
(何なんだ?これ...)
特に最近忙しかったこともないし、考えられるのは変な病気を拾ったか、朝食べた卵が悪かったかだろう。
(賞味期限は確認した筈なんだが...他の皆が同じ風になってなきゃいいんだけど...っ!!)
痛みに耐えながら保健室の扉を開ける。そこには見知った姿があった。
「郡?」
「...」
「どこか怪我したのか?って、先生もいないのか...悪い、俺はちょっとベッドに...」
必要最小限の情報だけ伝えて、彼女の脇を通ろうとして__________彼女の体に遮られて見えていなかった右腕と、そこにとまっていた『青い鳥』を見た。
「!!!!あっ、ガッ!?」
瞬間、濁流のような情報に呼吸することすら忘れてしまう。ただ苦しく、もがいてもただ空気を切るだけ。
「う...ぁ」
「貴方」
何度目かの伸ばした手が、誰かに掴まれた。
「こ、こお...」
「いい加減にしなさい。私も彼女も怒るわよ」
「なに...をっ!」
「はぁ...」
「約束、果たすんでしょう?」
頭に流れ込んできた濁流が終わる。代わりに熱が生まれて、心にも火が灯る。
それは、大切な記憶で、守るべき誓い。
「......」
「ビンタとかもいるかしら?」
「...いや、もう大丈夫だ。やっと繋がれた」
「そう。ならさっさと行きなさい」
「あぁ。ありがとな二人とも」
拳を突き出す。意図を読み取ってくれた彼女が右手を突き出してくれた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
多くは語らず、ただそれだけ。だが、それだけで十分。
突き合わせた拳は、確かに暖かかった。
「はっ!?あれ?古雪君?って、私何で」
「色々戸惑ってる所悪いんだが、郡、今すぐ教室に行って風にスマホ見て待機するよう言って貰えるか?」
「えっ、う、うん。いいけど...」
「じゃあ頼む。あと、ありがとな」
「古雪君?それってどういう...って、そこ外_____」
声を置き去りに、俺は保健室の窓から外に出た。スマホでシステムを起動し、パルクールの動きで屋上へ。手早く勇者部へのメールを送ってから、電話帳の一つを押した。
『もしもし』
「もしもし。時間無いので手短に。大赦に来て下さい」
『大赦に?もう僕は大赦の人間じゃ』
「必要なんです。『貴方が改造していた試作品』が」
『!どうしてそれを』
「そこはどうでもいいんです。力を貸してください」
『...今すぐ行こう』
「ありがとうございます。ではまた後で」
通話を切り、屋根づたいで大赦を目指す。
(おまたせ)
(空気読んで黙ってたんだからな?本当はあれだけ言っときながら記憶失ってたこととか、しょうがないとはいえ色々言いたいことが...)
(分かってるよ。だけど、そんなことより優先することがあるだろ)
(あぁ。さっさと行くぞ。椿)
(自分で自分のことを呼ばないでくれ...まぁ、よろしくツバキ)
「全部の準備、整わせないとな」
呟きと共に、俺はもう一歩踏み出した。
----------------
『大至急大赦集合。説明は後』
簡潔な文章は、アタシ達の不安を掻き立てるという意味においてはこれ以上にないものだった。
「古雪先輩はどうしてこんなメールを...」
「考えるのは後だよ東郷さん。ほら、大赦見えた!」
運良く通っていたバスと自分達の足でたどり着いた大赦には、入り口の前で風先輩と安芸先生が待っていた。
「風先輩!」
「先生!」
「皆揃ったわね。じゃあ案内するわ」
「先生は何か事情知ってるの!?」
「一番最初に合流したのは私だし、彼らの手続きを済ませたのも私だから...でも、話は本人から聞いた方が良いと思うわ。まずはついてきて」
そう言われてしまえば何も言い返せず、歩き始めた安芸先生についていく。
(椿、今度は何を...)
「この部屋よ」
大赦の中では厳重そうなスライドドアが開くと、そこには__________
『!!』
「いや、この武器は...縁があるのかなんなのか」
「何がだい?」
「いえ。何でも。それで調整は?」
「これで全システムチェック終了だ。試すかい?」
「いえ。貴方の腕は信用してますし、皆も来ましたから」
部屋の中央には、ごつい装備を身につけた椿と、大きな機械を弄っている夏凜のお兄さんがいた。
「椿先輩...」
「つっきー何やってるの!?その格好は!?」
「兄貴!!椿に何してるの!?」
「いや、僕も振り回されてる身なんだが...」
「春信さんの言う通りだ。今回は俺が頼んでやってもらってる」
「何でそんなこと!?」
皆が騒ぐのも無理はない。椿が突然戦う準備をしているということは、その必要ができたから。
アタシだけが冷静なのは、頑張れば生身でついていける特殊な体だからだろう。もし力がいるなら、何を言われてもついていくつもりだし。そもそも多分アタシの方が強い。
「...一度、東郷の記憶が消されたことあったよな。俺達」
「!」
「それとは別に、俺が過去に行った話もした......んでまぁ、今回なんだが」
頭をかいた椿は、ハッキリ言った。
「俺達が異世界に行って過去の皆と出会い、仲良くなった記憶を思い出せた。その中で、このままの歴史だと、死ぬ人がいることも。俺はそいつらを助けるために、もう一度自分から過去へ行く」
「...いやいや、話がぶっ飛び過ぎてるわよ。椿。あたし達が皆で異世界に?」
「あぁ。前に話したひなたや、園子の先祖である若葉とも話してる」
「御先祖様...?」
「椿先輩。何を...」
「そりゃ、いきなり信じられんわな。当然っちゃ当然なんだが...」
泣いたり笑ったりしながら話していた過去の話。あの時も驚いたけど、あれだけ真剣に語っていた場所に、椿の言葉を信じるなら、今度は自分の意思で行くと言う。
(椿が...)
「驚くのも無理ないし、行かせたくない気持ちも分かる。こんな格好してまた戦うってんだから。かといって何も言わずに行きたくはなかったし...でも、約束したんだ。助けるって。だから、行かせてくれ」
「...椿」
「ん?」
「椿は、帰ってくるの?ちゃんとここに」
ここだけは確認したい。もし、帰ってくる気がないなら_________今この場で話さなきゃいけないことが増える。最悪、しがみついてでもついていきたい。
でも、そうでないなら、こんな真剣な目をした椿の邪魔をしたくない。
「...帰ってくるよ。必ず」
「......ん。ならよし!」
アタシは止めようとしていた手を抑えた。
「皆は大丈夫か?」
「...天の神と戦った時も、こんな感じでしたね」
「樹?」
「いえ、あの時と同じ...あの時より、ずっと強い目だなって」
樹が、一歩引いた。
「なら、私は止めません。私が仲良くしてた人にもよろしく言ってくださいね」
「お前...」
「樹!?あんた記憶あるの!?」
「ないよ。でも、椿さんがそこで嘘つくこともないもん。必ず戻ってくるなら、信じる。お姉ちゃんは?」
「...あーもー、妹にそう言われて止める姉じゃないけど...椿」
「何だ?」
「頑張ってきなさい」
「おう」
風先輩が、発破をかけた。
「そうね。色々聞きたいことはあるけど...こんだけ緊急ってことは、何か行くのに時間制限あったりすんでしょ?」
「...実を言うと、結構ギリギリらしい」
「帰ったらまた話なさい。それでいいわ」
「ありがと。夏凜」
「全く...」
夏凜が、呆れたように呟いた。
「古雪先輩」
「はい」
「私から何も言いません。二人のことを見てください」
「...分かった」
須美が、椿のことを見た。
「...園子」
「つっきー、行かないで欲しい。もう、誰かを失うのは嫌だから...止められるなら、私は止める」
「......それでも」
「なーんてねっ!!つっきーは戻ってきてくれる。だから大丈夫!!」
「...ありがとう」
園子が、笑って見せた。
「...それで、友奈っ」
「ぎゅーっ!!!」
「......」
思いっきり抱きつく友奈と、それを受け止め、頭を撫でる椿。
「これで大丈夫です!!いってらっしゃい!!!」
「...行ってくる」
微笑む椿は、物凄く大人びて見えた。
(これは、ホントにアタシ達の知らない所で過ごしてたのかな)
「春信さん。この時間軸にはすぐ帰ってくると思いますけど、俺が帰るまでお願いします」
「あっさり投げるなぁ...早く戻ってくるんだよ」
「勿論です...そろそろだな」
言ってる側から、椿が淡く光だした。アタシ達は皆驚いてるけど、椿だけが「またコレか」と言わんばかりにクスリと笑っている。
(まぁでも、いっか。とりあえず、帰ってきたらで)
きっと、すぐ帰ってくるんだろう。だって、助けることも、帰ってくることもちゃんと約束したんだから。
「椿、いってら。またね」
「おう。銀、帰ったらちゃんと告白するから待っててくれよな」
すっと寄ってきた椿が、アタシのおでこに唇を合わせて、すぐ離す。
「またな」
そう言って、消えた。
『......』
「ふぇっ?」
部屋の中で最初に響いたのは、アタシの裏返った声だった。
----------------
(最悪だな。お前)
「何がだよ」
(皆からすれば、爆弾投げて消えた奴だぞ。記憶持ってないわけで...って、説明しても無駄か)
「だから何が」
(はい。二人とも、もうすぐつくよ。準備はいい?)
(俺はいつでも。すぐお前の所に戻るから)
「はぐらかされた...まぁ大丈夫。寧ろ悪かった。時間かかって」
(もっと早く椿君、あ、ツバキ君と一緒になってくれれば、あんな説明になることも、調整を急ぐこともなかったんだけどなー)
「それは悪かったって...でも、あのくらいで寧ろ良かったのかもしれない」
(あっちの時間としては、そう変わらず戻ってこれるしな。拍子抜けするかも)
(はい。つきますよ...じゃあ私はここまでだから。頑張って)
(ありがとう...じゃあ、行くか)
「...あぁ!!!」
----------------
(なんで私は出ちゃったんだろう)
吹雪に混じるように降ってくる白い化物と戦いながら、私はそう思ってしまった。
ついさっきまで、戦いから逃げる為に作った洞窟にいたのに。人が多いと気づかれるから、たった一人で隠れるために用意していた場所。
「勇者様...」
さっき自分でも、『何であそこから出ちゃったんだ!!』と叫んでいたのに。それでも戻ることはなく、こうしておばあちゃんと女の子を守るため、槍を振っている。
(こんな、臆病者で、すぐに逃げようとして、自分だけ助かるようにしていた人間なのに)
勇者と、皆は私のことを呼ぶ。でも、そんな勇者の器なんてない。
自分のしてることが矛盾してて、思いも矛盾してて、それじゃあなんで、私はこんなことを__________
「勇者様!!後ろ!!」
「!!」
一瞬だった。迷っていた思考が、戦況判断することより優先してしまっただけ。でも、それはたった一人で戦う私にとって、決してしてはいけないもの。
(あ、やったな。私)
止めようがなかった。いや、止められるけど、その次が無理だ。数の暴力で攻める相手が、体勢を崩した一人を見逃す筈もない。
(神様なんて、今もあんま信じてないけどさ)
でも、自然と体は動いてた。
(私を勇者にしたのなら、良いことしてるって思うなら、だったら!!!!)
「お願い!!!神様っ!!!」
神頼みを叫んで刺した槍は、見事に敵の一体を貫いた。
でも、体はバランスを崩して前に倒れていくだけ。視界の端に見えたもう一体には、何もできず__________
横切った何かにぶつかられ、爆音を鳴らした。
「わぷっ...な、何!?」
雪に埋もれた私はすぐに立ち上がって、飛んできた何かを見る。地面に突っ込んだそれは積もっていた雪を舞い上がらせて、姿が全く分からない。
突然起きた事態に景色が晴れるまで、敵も、私達も全く動けず、そのまま。やがて、その姿が見えた。
まず分かったのは、ロボットアニメに出てきそうな機械的な翼。次に、人の半分くらいの大きさはありそうな巨大な鈍器。
後ろ姿だったのがゆっくり振り返り、振り払われた鈍器でしっかり見えた。継ぎ接ぎを重ねたような服、目元にバイザーを被った顔。その姿は明らかに人間で__________
「さぁ、ここから始めよう」
その声は、聞いたことがないのに、どこかホッとするものだった。