古雪椿は勇者である   作:メレク

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三話 勇者部部員

「ははははは!!死ね!死ねぇ!!」

 

あたし、犬吠埼風は顔をひきつらせた。

 

神樹様の話、勇者の話、バーテックスの話、樹海化してから全部話そうとしていたのは間違いなく失敗で、動揺する後輩の友奈と東郷は戦闘に参加できず、妹の樹も緊張している。

 

でも、この時あたしはあの二人だけでもこの光景を見なくてよかったと思った。

 

「どうした!!人を殺せる力はそんなもんじゃないだろう!!!」

「椿!一度下がりなさい!」

「ははは!!死にさらせぇ!!!」

 

同じクラスの古雪椿は、普段の落ち着いた雰囲気とはかけ離れた、まるで別人の様にバーテックスに切りかかっていた。二つの斧も初めて握ったとは思えないくらい縦横無尽に動かしている。

 

バーテックスも傷ついた箇所から回復していってるけど、傷跡は増える一方。間違いなく椿はバーテックスを圧倒している。

 

(あたしが説明してるときも上の空だったのに、いきなりやる気だすし、そう思ったらこれだし...)

 

だが__________どう見ても、普通ではなかった。

 

「椿!聞こえないの!!」

「悲鳴をあげてみせろよ!じゃないと殺しがいがねぇだろぉが!」

「お姉ちゃん...古雪先輩、怖い...」

 

頭に血が登っているのか、空中で体を捻ってひたすらに攻撃を当てる姿は、人間というより獣だ。

 

(椿...)

 

耐えられなかったのか、封印の儀を行うことなくバーテックスが小さな塊を吐き出す。

 

(あれが御霊!)

 

アタシも初めて見るそれを、椿も敏感に察知したらしい。

 

「逃がすわけねぇだろ...おい」

 

一本の斧を勇者の力で強化された腕力で投げる。それは逃げる間もなく御霊に突き刺さった。

 

「さようならだ!」

 

そのまま飛び付き、同じように斧を振るって__________いつの間にか、初めての戦闘は終わった。

 

 

 

 

 

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平凡と授業を受け続けるも、ついさっきまで起きていた出来事の興奮は収まることなく続いていた。

 

樹海化が終わると止まっていた時は元に戻り、いつも通りの日常が続いていく。『放課後話すよ』と言われて全員が授業に戻っても、俺と同じように授業を聞いていない奴ばかりだろう。

 

(むー...)

(二人ともどうしたんだ...)

 

心の中で銀はふてくされてる様子だし、風もちらちらこっちを見ている。

 

(だって、椿、お前...)

 

バーテックスと戦っていた時は銀の声も周りの声も聞いてなかった。

 

(バーテックスは倒せたんだし、良いだろ?)

(でも、あんな戦いかたは良くないと思うぞ。風先輩の注意も無視して)

(いや、お前らの声聞こえてなかったから)

(はぁ?ちゃんと聞けよな。勇者は連携が大事なんだぞ)

(...次から気をつけるよ)

 

心の声を止め、授業に集中するふりをする。

 

バーテックス対峙した時には、銀を殺した相手に復讐できるとしか考えてなかった。だから防御無視、攻撃一辺倒で暴れた。

 

本能のまま動いていたので覚えてるのは曖昧で、どう攻撃したかなんて覚えていない。倒した時の達成感は凄まじかったが。

 

(お前のため...とか言えないわな)

(え?)

(...銀、やっぱ疲れたから寝るわ。代わりよろしく)

(え、椿!?)

(いやー持つべきものは幼なじみですわー)

(ちょ、ホントに寝るなぁ!アタシ三年の授業とかついてけないんだぞ!)

 

 

 

 

 

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「はいこれ」

「おー!ありがとうございます風せ...風!いただきまーす!」

 

たまに椿は明るくなる。大抵その前は遅刻しないために走ってたり、体育だったりするので疲れた時に出てくる明るさなんだろうとは思うけど。

 

『逃がすわけねぇだろ...おい』

 

だからこそ、さっき聞いた暗い言葉が余計にあたしの中にこびりつく。

 

(普段優しい椿を、あそこまで変えてしまった...)

 

「ねぇ、あんたさ...」

「ん?どうかした?」

「...んーん。何でもない。放課後は部室ね。掃除あるから先いってて」

「わかった」

 

いつもより美味しそうに弁当を食べる椿を見て、言いたいことも言えなくなった。

 

椿が怒るのは、大体他人が絡んでる。バーテックスを初めて知った奴がそんなわけあり得ない、と思う一方、確信めいていて、聞いて、できることなら相談にのってあげたいと思う自分もいる。

 

(だからって...『バーテックスのせいで誰か死んだの?』なんて聞けるわけないか。あり得ないし)

 

「おかわり!」

「余り物の弁当におかわりあるわけないでしょ」

 

 

 

 

 

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「というわけで放課後だな」

「誰に対して言ってるのよそれ」

「誰でもないよ。ちょっと飲み物買ってくる」

 

現在、勇者部部室では風が黒板に文字を書き、この世界の仕組みについて語る準備をしている。結局勇者の力を使った結城と、風の妹の樹は未だに緊張した様子だし、東郷に至っては手の震えが止まってない。

 

ということで俺は近くの自販機まで行って、飲み物を適当に四本買った。

 

「流石に持ちにくいな...自分のは諦めるか」

 

一時間だけ抜け出した授業は大赦にフォローしてもらえるらしい。大赦すげぇ。

 

「ただいま戻りましたー」

「お、来たわね。って何よその量」

「部長ならも少し周りみたれー。ほいジュース」

「あの、お金...」

「いいよ。先輩からの奢りだ。あ、風、大赦に経費で落とせるなら落としてもらってくれ」

「あんたいいセリフが台無しよ...」

 

漫才じみた俺達の会話で部室に少しだけ暖かさが戻ってくる。

 

「とま、そんなわけで...さっきのやつ、全部話してくれよ」

「お願いします、風先輩」

「うん...バーテックスは全部で12体。あと11体ね。奴等の目的は、神樹様の破壊と、人類の滅亡」

「それ敵の絵だったんだ...」

「奇抜なデザインをよく表した絵だよね!」

「結城、それフォローになってない」

 

(そんだけいえるなら大丈夫かな)

(流石ですなー椿さん)

(ほっとけ)

 

「話戻すわよー。前もバーテックスは現れたことがあったらしくて、その時は追い払うのが精一杯だったらしいけど...バーテックスを倒すため、大赦が作り上げたのが勇者システム。その寄り代が、アタシ達だったってわけ」

「勇者部はそのために、風先輩が意図的に集めた面子...ということですか?」

「......そうだよ。適正が高いのは大赦の調べでわかってたから」

「知らなかった...お姉ちゃんが大赦の指令を受けてたなんて...ずっと一緒にいたのに」

「...黙っててごめんね」

 

風の告白は、知らず知らずのうちに危険な行為の片棒を担がせたことに対することも含まれているのだろう。

 

(この面子の中にそれを責める様な奴は...普段なら、いないけどな)

 

それは、風が指令以外でしっかり部員と絆を培ってきたからこそだ。

 

「次は...敵、いつくるんですか?」

「わからない。一週間後かもしれないし、明日かもしれない」

「...なんでもっと早く、勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか」

 

(普段なら...だけど)

(須美...いや、東郷さん...)

 

東郷は親友の友奈を大切にしているし、思いやりもある。おまけに唯一勇者にはなっていない__________つまり、戦う意思を見せていない。

 

「友奈ちゃんも樹ちゃんも古雪先輩も...死んでいたかもしれないんですよ」

「勇者の適正が高くても、選ばれるチームは敵が来るまでわからなかったの。確率はうんと低かったんだ...」

「各地に勇者候補生がいたんですね」

「こんな大事なこと、今まで黙ってたなんて...」

「東郷...」

 

そのまま部室を後にする東郷。

 

「待って東郷さん!」

 

続いていく結城。

 

「...俺もちょっと出るわ」

 

風は樹と二人だけの方が素直な感情が出るだろうと思って、俺も部室を去ろうとする。

 

「椿!」

「なに?」

「...あんたは、怒ってないの?こんなことに巻き込んで」

「勇者部の部員が、その為だけに集められたなら...俺だけじゃなく、皆怒ってたかもな」

 

言う必要がある言葉なんかない。風は他人を思いやれるやつだ。

 

「でも、そうじゃないって知ってるから。東郷も少し動揺してるだけさ」

「あんた...」

「樹、お姉ちゃんのフォロー頼むな」

「あ、はい!」

 

それだけ言って部室の扉を閉める。これ以上は無粋だ。

 

「飲み物買いにいくか」

『お、いいねぇ。イネス行こうイネス!』

「それ飲み物じゃなくてアイス食べたいだけだろ。大赦の経費で落ちるなら毎日行ってもいいけどな」

 


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