古雪椿は勇者である   作:メレク

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二十八話 絶望の中の希望

(何かがおかしい)

 

星の様に空を覆う白い奴らを見て、思ったことはそれだった。

 

壁の外から入ってきた奴らは、バーテックスと同じ敵の反応が出ている。だがあれはバーテックスの生き残りなんかの数じゃない。むしろあれが本体の様な軍勢。

 

(俺達の知らない場所...壁の外で、何か起きている)

 

「先輩、私東郷さんのところに行きます」

「俺も行く」

 

近くに風や樹の反応はない。諦めて、ひとまずは東郷の元へ向かった。

 

特に何事もなく、バーテックス擬きも襲ってくることもなく東郷の元までたどり着けた。

 

「東郷さん、なにしてるの!?」

 

東郷の立つ先には、抉られた壁があった。そこから白いバーテックス擬きが出てくる。

 

「なんだよこれ...」

「壁を壊したのは私です...友奈ちゃん。これ以上貴女を傷つけさせない」

「東郷、お前なに言って」

「あんた!自分がなにしたかわかってんの!?」

 

跳んできたのは夏凜。刀をまっすぐに東郷へ向ける。

 

「夏凜ちゃん...古雪先輩も。外を見ればわかります」

「外?」

「壁の外...そっちの真実を見れば」

 

言われるままに歩くと、景色が変わった。

 

「何...これ」

 

夏凜が呟く音、友奈が息を飲む音、俺は恐怖した。

 

「赤い...」

 

世界が赤くなっていた。

 

(こんなことが...!!)

 

「これが、この世界の本当の姿。壁の中以外は全て滅んでいる。バーテックスは無限に襲来し続ける」

 

東郷の言葉の直後、バーテックス擬きは一ヶ所に集まり、以前俺が倒したバーテックスに姿を変えていった。

 

「この世界も私達も未来はない。体の機能を失い続け、大切な、楽しかった思い出も消えて、それでも戦う...これ以上大切な友達を犠牲にさせない!!!」

「東郷...さん」

「お前...っ!!」

 

襲いかかってきたバーテックス擬きを刀で切り伏せる。

 

「バーテックスに進化する雑魚って所か...」

 

手応えのなさから結論づけてる間に、夏凜が東郷に襲いかかった。

 

「夏凜!」

「これしか方法がないの!どうして止めるの!?」

「...私は、大赦の勇者だから」

「なんで...やめてよ...二人が戦うなんて」

「っ!友奈!!」

 

風との喧嘩で壊れた盾を投げ、バーテックス擬きと一緒に爆発した。

 

「くっ、逃げるわよ友奈!」

「待って夏凜ちゃん!東郷さんが!!」

 

完成した、いつか見たバーテックスが逃げる二人を爆発させた。

 

「二人とも!!」

 

精霊バリアがあるため無事ではいるだろうが__________

 

「古雪先輩も、私を止めますか?」

 

一人残った東郷が問いかけてくる。突然突きつけられた世界の危機に、俺は__________

 

 

 

 

 

「止めるよ」

 

自然と、口が開いていた。

 

「俺は、例え供物だとしても、生き地獄だとしても、記憶を無くすことになっても...この世界で、皆と生きたいと願うから。今は戦う」

 

あいつのように諦めなければ。あいつのように『魂』があれば。守りたいものがあるなら__________

 

「あぁ...戦う。俺は戦う!!」

 

この勇者服は彼女の証。二本の斧は絶望を振り払う希望の象徴。

 

「友奈、東郷、風、樹、夏凜、園子...守りたいと願う者のため。そしてこの世界を守った銀の為に!!!」

「っ...」

 

東郷が銃をこちらに向けてくる。俺はそれを避けて__________東郷の横を通り抜けた。

 

「な、何を!?」

「お前を説教すんのは後だよ!覚悟しとけ!!」

 

きっと、本当の意味で東郷を止められるのはただ一人_________俺は後でジュースでも奢らせて反省させればいい。

 

(それよりも、今は...バーテックスどもを止める!)

 

一通のメールを送って、俺は壁を飛び降りた。

 

俺は、俺の出来ることを。

 

「見せてやるよバーテックス!!これが俺達の魂だ!!」

 

俺はやったことないが、体が、魂が覚えている。

 

だから叫んだ。

 

 

 

 

 

「満開!!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「樹...」

 

樹海化して、見たこともない敵が出てきてから。私は樹の姿を見ているだけだった。

 

足がすくんで、恐怖にかられて動けない。他の皆もいない。

 

(あたしは...)

 

皆を巻き込んだ本人が怖じ気づいて動けない。

 

ふと、眼帯を触る。椿や樹がおしゃれだと誉めてくれた眼帯は、散華の跡。

 

「樹、どうして...」

 

『いつもお姉ちゃんの後ろを歩いてばかりだった私が、自分で歩くために』

 

「後ろどころか、前を歩いてるじゃない...」

 

『お姉ちゃん。ありがとう。家のこととか勇者部のこととか!』

 

いつか、言われた言葉。あたしは_______________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

お姉ちゃんは動けなくなってしまったので、私が一人で戦っている。ちっちゃな敵はバーテックスより全然弱いけど数が多い。

 

(スケッチブックもスマホも使えないしなぁ...)

 

戦いながらお姉ちゃんに声をかける方法がないならと、ずっと右手を振るっている。伸びた糸は襲ってくる敵を切り刻むけど、終わりは見えない。

 

(お姉ちゃん...)

 

きっと、心で戦ってるんだと思う。だから私はお姉ちゃんが勝つまで耐える。

 

(お姉ちゃんならきっと勝てる。だって...いつだってお姉ちゃんは可愛くてかっこいいもん!)

 

この思いが届いてほしい。だからもっともっと暴れよう。

 

そう思って振り向いたら__________目の前に、口を開いた敵がいた。

 

(あ、)

 

 

 

 

 

「妹に頼りきってるわけにはいかないわ!!」

 

大きな剣で切るお姉ちゃんが目の前に現れてくれて、私は思わず抱きついた。

 

「樹、大丈夫?」

 

こくこくと頷く。

 

「よし...行くわよ樹!!」

 

二人で敵のところまで行こうとして、お姉ちゃんのスマホが鳴った。

 

「って、出鼻くじかれたなぁ...今誰がメールできる...!」

「?」

 

覗き込むと、『東郷が壁を壊してる。そっち頼む』とのメールが。

 

「椿から...よし、行くか!!」

「!」

 

今度こそ移動を初めてすぐに、壁の近くで花が咲いた。

 

「あれって...!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「友達に失格も合格もないっての...」

 

勇者になれなくなった友奈に迫る敵を刀で凪ぎ払う。

 

勇者は戦う意志を見せなければなれない。今の友奈はそれがないのだろう。

 

「でも、東郷さん泣いてた...なのに私は......」

 

涙を流す友奈に、私は聞いてみた。

 

「友奈...あんたは、どうしたい?」

「...東郷さんを止めたいよ。世界が壊れたら皆と一緒にいられなくなる」

「そ」

 

返しは淡白になってしまったけれど、もう決意は出来た。

 

「夏凜ちゃん...?」

「友奈、私、もう大赦の勇者として戦うのはやめるわ」

「え...」

「...勇者部の一員として、戦う。友奈の泣き顔、もう見たくないから」

 

そう言い残して、私は樹海の一番上まで登った。見渡す限り白い敵と、奥にはバーテックスも見える。

 

一度スマホを出して、アルバムを眺める。出会ってすぐに開いてくれた私の誕生日パーティーで撮った写真。

 

(あの頃の私から、随分変わったな)

 

それは勇者部のお陰。

 

ちらりと左肩を覗く。私の満開ゲージーは全部貯まっている。

 

「あの数、一筋縄じゃいかないものね...」

 

散華は怖い。それでも、きっとなんとかなる______

 

「バーテックスを殲滅して、東郷を探して...」

 

友奈の元へ引っ張り出す。それが私に出来ることだから。

 

何より、今命を削って戦っている先輩の負担を減らすためにも________

 

「さぁ!!遠からん者は音に聞け!!近くば寄って目にも見よ!!これが、讃州中学二年、勇者部部員!三好夏凜の実力だぁぁぁぁ!!!」

 

啖呵を切って、私は戦場に躍り出た。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「どうしたどうした!!その程度か!?」

 

満開してついた羽を広げて、バーテックスの上をとる。

 

「このまま...ここから...出ていけぇぇぇぇぇ!!!」

 

一回り大きくなった斧から伸びた炎は針を持つバーテックスの倍近くの大きさになり、一刀のもとに焼き切る。

 

「もぉいっちょぉぉ!!」

 

降り下ろした斧を横凪ぎに払い、叫びながら、広がる雑魚をなぎ倒す。

 

「っ!」

 

咄嗟に上へ回避すると、さっきまでいた場所に無数の矢が通った。いつかのバーテックスがこちらを向いている。

 

「よくも...」

 

_______後ろ______

 

「!!」

 

もう一度回避行動をとると、後ろのバーテックスに反射された矢が戻ってきていた。

 

(今の...)

 

「勇者部五箇条!一つ!!挨拶はきちんと!」

 

反射板を持っていたバーテックスは、更に後方から現れた夏凜に蹴られ、切られた。

 

「夏凜...」

「椿!」

 

背中合わせに寄り添い、敵の数をもう一度確認する。裏をかかれたり神樹様の方へ向かわれたらたまらない。

 

スマホで見た数と視認できる数が一致する。近くには三体。矢を放つ奴と、爆弾を産み出すやつと、地面を這いずり回るやつ。

 

ちらりと後ろを見ると、夏凜が見えた。見たことのない衣装に豪腕が四本。どう見ても満開中である。

 

「...何も言わないのね」

 

視線に気づいた夏凜がこっちに言ってきた。本人も俺も、それが夏凜が満開したことについてだとわかっている。

 

「...言いたいことはあるけど、俺も同じことしてるしな。助けてもらったし何も言えないよ」

「ふふっ...さ、さっさと殲滅するわよ!」

「あぁ。いこう!!」

 

バーテックスの矢に合わせて別方向へ散る。俺が相手するのはその矢を放つバーテックス。

 

「勇者部五箇条!!一つ!!なるべく、諦めない!!」

 

夏凜の声を聞いて安心した。こんな場面で勇者部五箇条を叫んでくれる彼女は、心から勇者部に入ってくれたんだと実感できた。

 

(だったら俺も!)

 

「勇者部五箇条!一つ!!よく寝て、よく食べる!!」

 

飛んできた矢と炎がぶつかり、矢が爆発した。そのまま乱舞を浴びせる。

 

「くっ...」

 

時間切れか、満開が終わってしまった。同時に腹の感覚が失せる。

 

(これは...胃でも持ってかれたかな?)

 

「勇者部五箇条!一つ!!悩んだら相談!!」

 

地面に落ちていくと、丁度這いずり回っていた奴が喰らいに来た。

 

(戦うための場所が残ってるなんてラッキーだな!)

 

「一番大事なものはもう取られてんだ...好きなだけ持っていけ!!」

 

さらに満開。そのまま斧を突き刺し、中から火炙りにした。

 

「バーテックスをここまで簡単に...封印も必要ないし、強いなこれ」

 

感心したまま雑魚の掃除をし始める。

 

「これでぇ!」

 

炎を纏わせた斧を投げると、辺りが星空のように瞬いた。

 

「「勇者部五箇条!一つ!!なせば大抵、なんとかなる!!!」」

 

夏凜もバーテックスを一体倒し、最後は息の揃った声。

 

「やったな夏凜」

「見たかー!勇者部のちからー!!!」

 

夏凜から返ってきたのは返事ではなく、叫びだった。まるで俺の声が聞こえていないような意志疎通の不出来__________

 

(まさか、満開で!?)

 

「っっ...」

「夏凜!!」

 

気絶して落ちていく彼女を慌てて支える。

 

(...俺も、ヤバイな)

 

満開が切れた俺の意識も、そこでなくなった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「東郷!!これ以上壁を壊しちゃダメ!!」

 

風先輩に剣を打ち付けられるものの、精霊の守りを貫くことはできない。

 

「私達が救われるにはこれしかないんです」

「部長として...あんたを止める!!歯を食い縛りなさい!」

 

横凪ぎに振られた剣に当たって、私は炎の中へ飛ばされた。

 

「私は負けられない...」

 

絶望しかない未来に友奈ちゃんを、皆を残さないために。

 

「負けられないの!」

 

覚えている中では一度だけ起こした神の力を顕現させた。

 

「あんた、満開を!?」

「二人とも、退いてください」

 

もうすぐ以前にも見た大型バーテックスが生まれる。それを神樹の元へ通せば__________

 

「退くわけないでしょ!」

「っ!!!」

 

動かない風先輩と樹ちゃんに向けて、主砲を放った。

 

「東郷ー!!」

風先輩と樹ちゃんに直撃した主砲は、壁も巻き込んで爆発した。

 

「......勇者の力では神樹本体を傷つけることはできない」

 

出来た道を、悠々と大型バーテックスが通っていく。

 

「でもこれを神樹に持っていけば...殺しきれる」

 

バーテックスは移動するまでもなく、炎の球体を作り出して発射した。

 

「やめろぉぉぉぉ!!!」

 

風先輩の悲鳴が聞こえても、なにも起こらない。

 

(これで、世界は...)

 

誰も止めることは________

 

 

 

 

 

「勇者...パーンチ!!」

 

聞き覚えのある声と共に、球体が爆発する。

 

「そんな...」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

夏凜ちゃんと椿先輩が満開してバーテックスに立ち向かっていくのを、私は見ていることしか出来なかった。

 

「夏凜ちゃん!椿先輩!!」

 

二人がバーテックスを倒しきって墜落する。

 

制服姿に戻っていた二人は、どちらも動かなかった。

 

(満開したから...!)

 

「夏凜ちゃん!!椿先輩!!しっかりしてください!」

「......友奈、夏凜を...東郷を...」

「先輩!!」

「俺は、大丈夫だから...」

 

椿先輩が息絶え絶えに言ってくるのを聞いて、夏凜ちゃんに寄り添う。夏凜ちゃんは目は開いているけどそこに光がない。

 

「誰...椿?」

「夏凜ちゃん!!」

「...この感じは友奈かな?ごめん、目と耳持ってかれて...」

 

夏凜ちゃんがわかるように、手を頬に持っていく。

 

「夏凜ちゃん!夏凜ちゃん!!」

「...私ね、言いたかったことがあるの」

 

泣きじゃくる私に、夏凜ちゃんはか細い声で言ってきてくれる。それが今にも消えてしまいそうで_________

 

「ありがとう」

「っ...」

「誕生日会を開いてくれて、居場所をくれて、大切な仲間にいれてくれて......ありがとう」

「夏凜ちゃん!!」

「私じゃ東郷を止められなかったから...あいつを、助けてあげて」

「でも!」

「私なら大丈夫だから...行きなさい」

 

私の声が聞こえているように言ってくれる夏凜ちゃん。私はそっと夏凜ちゃんを寝かせて、涙を拭った。

 

「行ってくるね!!」

 

勇者には、なれた。

 

「勇者...パーンチ!!」

 

飛んできた火の玉を殴って止める。見える先には満開した東郷さん。

 

「もう迷わない!私が勇者部を...東郷さんを守る!!」

 


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