問題は、移動を始めて七日目に起きた。
(備蓄分までほとんど底を尽きるとは...)
バスを確認し、ため息をつく。大量に用意した食料は、もう見る影もなかった。
用意した食料だったからか、皆極限状態のストレスを食事で発散しているのか。どうにも備蓄の減りが早いと思っていたが、ここまでは想定外だった。
(これまでのペースを考えると、諏訪まではあと一日かそこら。今日耐え抜けばいけるか...?)
一日飯抜きくらいどうってことない人もいるだろうが、常に危険に晒され、慣れない移動を続けている多くの人間が、どれだけこの悪いニュースに耐えられるか分からない。
かといって、食料が増えるわけでもない。
(......いや、まず考えるのは目先の騒動だ。ガソリンの消費はまだ余裕だし)
「頼んでいいか」
『了解』
無い袖は振れない。俺は皆に説明するため、俺自身を切り替えた。
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『皆様、残念ながら、食料がほとんど無くなってしまいました。ですので、ここより先、人がまだ生きている諏訪の地にて、応援を頼みたいと思います』
要約するとざっくりそんな話を海来さんがすれば、すぐに反発が起きる。本人としても予想通りだったようですぐに止められたけど、言葉の節々に怒りっぽさの欠片もないのが凄いと感じた。
長旅を続けて食料がなくなるのは当然。それに皆がそこそこの量のレトルト食品を食べてるのに対し、本人はこの一週間で携帯食と水を取ってるのしか見たことない。その上寝てる姿は一度も見てない。そんな状態で文句を言われれば、少しは怒っても良いと思うが。
『皆も慣れない環境でストレスが溜まってるんだよ。誰かを捌け口に出来るチャンスが来たらする。神せい...いや、この時代ならそういった人が少なくないことも分かってる』
さも当然のように言われてしまえば、私がこれ以上何かを言うことは出来なかった。
(...どうして)
出会って半月もない。なのにどうして、あの人の喜怒哀楽に考えてしまうのか。どこか心配してしまうのか。
(本当に私達は未来で出会ってて、それを覚えてるの?私は)
半信半疑だった話が本当でないと、この違和感に整理がつかない。かといって、知らない話を思い出そうとしても何も出ず、それが新たな違和感になってしまう。
「海来石榴さん...」
名前を呟いても、決して何も出てこない。
(...違和感が増してるだけな気がする)
「あー、何でなの?」
運転手さんを起こさないよう小さな声で呟かれた疑問は、空気に溶けて消えた。
(...ちゃんと信じても、いいのかな)
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「ふぁーあ...」
あくびを噛み殺し、涙目になった目を擦る。
(暇だな...)
ツバキは朝から活動してたため夕方には寝てしまった。この交代制は便利だが、ふと一人になった時余計に暇なのを感じてしまうのは難点である。
(明日には諏訪にたどり着くだろうし、星屑も問題なし。この調子ならいいけど)
あの高嶋友奈曰く、以前西暦を訪れた時はなかったが、俺がいることで戦果が増えすぎると、奴等は早めに学習し進化、後年が苦しくなるという話は受けた。
だから慣らし運転を終えて北海道を出てからは、安全を取りかなり加減して戦っている。だが、その塩梅も考えながら戦うというのはそれなりに疲れてくるわけで。
かといって、俺を信じてついてきてくれた雪花に手を抜けとは言えない。
(それ言ったら、多くの勇者が四国に集まった時点でパワーバランスが崩れるが...)
(それに関しては問題ないと判断したからこうして動いてるに決まってるだろ)
「あ、起きたのか」
『この時代なら、数が増えたところでそこまで大きな差はない。寧ろ、問題だとしたら他の勇者の力を借りれるようになってからのお前が一番ヤバい』
「確かにそっか」
以前の記憶であっさり納得した俺は、息を吐いて顔をあげた。 黒い夜空に、星の光がよく映える。
「綺麗だな」
『木々の間ではあるが、今日は見易い位置で停めたからな。警戒は怠るなよ』
「分かってる。というか早くもう一寝しろ。明日諏訪に着くなら、最初の仕事はそっちなんだから」
『分かってる。だけどお前も歌野達と話すときには必要なんだから、早めに交代するからな』
「了解。お休み」
銀におやすみを言う時はあまり違和感がなかったが、俺自身に言うのは違和感がある。
「...ま、いっか」
とりあえず、朝が来るか、ツバキがもう一度起きるまでは警戒を__________
「!!」
咄嗟に構えた俺だが、すぐに警戒は解いた。敏感に音を聞き取ったが、その出所が空を飛ぶ星屑ではなく、バスのドアからだったらそうなる。
ただ、出てきたのは雪花じゃなった。
「...どうしたの?」
敢えて口調は崩し、優しめに声をかける。出てきた少女は寝起きじゃないらしく、けれどあわあわし始めた。
「あ、あの...お兄さん。これ!」
あの時マフラーを渡してくれた時とは違う、どこか緊張した面持ちで差し出されたのは、幾つかの飴だった。
「これは...」
「い、いつもご飯を私達に分けて、貴方は食べてないみたいだから...で、ですので。これを」
「...」
よく考えれば俺は神の使いなんて立場で通ってるわけで、使い慣れてなさそうな敬語も、最初とは違う態度も、そこから来てるんだろう。
(なんか、ちょっと可愛いな。久々に癒された感じする)
「ありがとう。でも、俺はそれを受け取らない」
「どうしてですか?」
「その気持ちだけで充分嬉しいからだよ」
『使者様!!食料がないというのは本当ですか!?』
『どういうことですか!?』
『我々は四国までもう何も食べれないんですか!?』
『後何日でたどり着くんですか!?』
『どれだけこの生活を続ければ!』
『そもそも本当に安全なんですか!?』
『使者様!』
『使者様!!』
今朝、濁流のように言われた言葉の数々。対応したのは俺ではないが、聞いていたため少なからず精神を疲弊していたらしい。
だからこそ、この子の気遣ってくれる言葉だけで嬉しい。
「それは、今は大事な物だ。まぁ、なるべく早く普通に買える場所まで連れていきたいけど...まだ持ってな。絶対羨ましがられるから、皆には内緒でな」
人差し指を口に当てて『秘密』のジェスチャーをする。少しして、女の子は納得したように頷いた。
「さ、夜も遅い。早く寝な...しっかり守るから」
「うん」
あくまで俺は雪花のためにここにいる。だが、俺だって見捨てたい訳じゃない。
(...雪花だけを取らなきゃいけない時、この子達を見捨てられる覚悟だけはしとかないとな)
決して俺は万能な神ではない。一人の人間としてここにいるんだから。自分で行動を選択するし、その行動に覚悟を持たなきゃならない。
「おやすみなさい。お兄さん」
「おやすみ。良い夢を」
「見えたか!」
もうすぐ昼にかかろうとする頃。逸る気持ちを抑えられずレイルクスを展開して空を飛び、バスの上から見えなかった人影を確認した。
(ついた...ここが諏訪!!)
嘗て見た荒れ果てたものではなく、整地が行き届き作物が育っている土地。
ボロボロになっておらず、形を保ったままの建物。
何より、あそこに見えるのは__________
「皆様、間もなく諏訪につきます。初めは自分だけで説明に行きますので、もう少し待機をお願いします」
端的に指示を出し、雪花の方へ向かう。
「ついたんですか?」
「あぁ。俺が戻るまで守りを頼む」
「後でちゃんと会わせてくださいよ?」
「分かってる」
「...ふぅ」
小さく息を吐いて、けれど足はしっかり動かして。バイザーを着け直した俺は、畑作業をしている人の注目を浴びながら村の中央まで歩いていった。誰かに声をかけられるまで、もしくは、彼女に会うまで。
「そこのマスク男!!止まりなさい!!」
「!!」
そして、鞭の音と共に彼女は現れた。まだ聞かなくなって二週間程度なのに、懐かしさすら覚えてくる。
「一体何の用でそんな変なものつけて歩いてるのかしら?返答によってはこの鞭を振るうけど」
「...あぁ」
両手を上げて、抵抗の意思はないことだけ示して。
「自分は、北海道から来た神の使者です。初めまして。勇者様」
涙声にならないようだけ気を付けて、俺はそんな風に口にした。