(肩は問題なさそうね。よかったわ)
「歌野ちゃん!」
「はい?」
振り下ろした鍬を構え直した時、おばちゃんが私を呼んだ。慌てた様子だったから何事か聞けば、村の外から人が歩いてきたとのこと。
この数年間、大社の人達がバーテックスと呼んでいた化物しか訪れなかったこの諏訪に、人が来たと。そう言ったのだ。
「凄いじゃないですか!?誰ですか!?」
「それがねぇ...」
皆の注目を浴びつつ村の中を歩いているらしく、その変な見た目で誰も声をかけようとしない。それで、おばちゃんは私を呼んだらしい。
(もしかしたら、四国からの援軍...?)
以前から聞いていた話の可能性を考え、急いで勇者服に着替えてから向かってみれば__________いたのは、変なマスクをした男の人、ただ一人だった。
(あの人...?)
「みーちゃん」
「あ、うたのん。あの人だよ。さっきから辺りを見渡すだけで...」
「私が行くわ」
ただ遠巻きに見てるだけじゃ何も始まらない。なら、進んでみるしかない。
「そこのマスク男!!止まりなさい!!」
「!!」
鞭を地面に叩きつけながら躍り出ると、少し驚いた様子で足を止めた。突然鞭を振るわれれば無理もないだろう。
「一体何の用でそんな変なものつけて歩いてるのかしら?返答によってはこの鞭を振るうけど」
「...あぁ」
彼は両手を上げて、抵抗の意思はないことだけ示して。
「自分は、北海道から来た神の使者です。初めまして。勇者様」
何故か感極まって聞こえる声で、そんなことを口にされた。
「...神様の使者?」
「はい。自分は北海道の土地神、カムイからこの世に送られた者。北海道にて生き長らえていた人々を連れ、四国へ送り届けることを目的としています」
「四国へ...」
聞き馴染みのある土地を言われ、一瞬だけ考えてすぐに放棄する。今はそれを気にしてる場合じゃない。神の使者だか何だか知らないが、何でそんな人がここへ来たのか。
「それで、何で四国へ向かってる人がここを訪れたんです?そもそも連れてる人々というのは?」
「いきなり大勢では驚かせてしまうと考え、遠くで待機を続けて頂いています。ここを訪れた理由は、そのことでお願いがありまして」
「お願い?」
「身勝手なお願いではありますが、食料を分けていただきたいのです。北海道からここにたどり着くまでで、備蓄分ほぼ全てを消費してしまい...どうか、お願い出来ないでしょうか」
頭を下げる相手の人。言いたいことは分かるが、幾らなんでも突然すぎるというのが率直に思ったことだった。
「...お願いする時、せめてマスクを外したらどうですか?」
「......あまり外したくはないですが、必要ならば」
彼はそう言って、手を顔に当てて__________
「冗談です!いいですよ無理に取らなくて!!」
「そうですか?」
「はい。ただ、食料の話は返事を保留にしてもらっていいですか?私としては渡してあげたいですが、私の一存で決めて良いものでもないので。少なくとも今日中には決めますから」
「......分かりました。感謝します」
「待っている皆さんに連絡した後、近くで待機しています」という言葉の後歩きだした彼を、私は見送るだけだった。
(とりあえず彼の詮索は後。使者であれ勇者であれそれ以外であれ、ご飯が無くて困ってる人がいるのが本当なら、まずはそこを。助けられるなら助けなくちゃ)
「あ、ちょっとウェイト!」
「ん?」
「みーちゃん、話は聞いてた?」
「うたのん...?うん。聞いてたよ」
「彼についていってどのくらいの人がいるのか確認してきて欲しいの。私は皆に事情を説明するから」
「わ、私が...?でも、あの人の言ってること、本当なの?」
後半は聞こえないよう、側に来て小声で話してくるみーちゃん。その動き一つ一つが可愛いんだけど、今はそんな話をしてる時じゃない。
「分からないわ。だからお願いできる?」
「......分かった。何かあったら連絡するね」
「了解よ。すいませーん!この子を連れてって貰っていいですか?」
「そ、それは構いませんが...よろしいのですか?」
「?」
「...いえ、では行きましょうか」
みーちゃんと男の人が歩いて行くのを今度こそ見送って、私は周りに集まりつつあった人に声をかける。
私が見ず知らずの人に、疑うことなくみーちゃんを任せていたことに気づいたのは、後に__________ずっとずっと後になってからのことだ。
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戻ってきた海来さんは見知らぬ女子を連れていて、幾つか話をした後に返していった。それから暫くして夕方頃、バスで待機していた人達が痺れを切らし始めた頃に、バスを動かすよう言い、私達は諏訪に招かれたのだと分かった。
久々に私達以外の人を見たことも驚いたけど、その人達が食べ物を分けるどころか配給作業までしてくれるとは思わなかった。温かい味噌汁を飲んだのなんて、本当に久しぶりだ。
『ここの勇者はそんな奴だよ。村の人達を一人で説得しきったのは予想外だし、水都のことも想定外だったことはあったが...』
最も、話をしに行った本人はある程度予想していたことだったみたいだけど。
『あんたが北海道の勇者様!?歌野ちゃんと同じくらいなんだねぇ』
『寝床は流石に足りないが、ご飯くらいは食べてくれ。歌野ちゃんを始め、皆で作った自慢の野菜だ』
(白鳥、歌野...ちゃん?さん?だっけ)
恐らく配給の指示をしていた人だと思ったものの、遠巻きに見ただけだからはっきりは分からない。
「雪花、いいか?」
「海来さん?」
「一緒に来てくれるか?こっから勇者と巫女だけで話をする算段をつけた」
バスに乗ってきた彼は、それだけ言って外に出た。慌てて私は外へ出る。
(...お風呂とか入らせてくれないかな)
特に疲労が蓄積しているだろう三人の運転手さんだけは頼んだみたいで寝床を貸してもらい、後の人はこれまで通りバスで寝てる。でも、外に出た時誰の気配もなかった。
「皆寝てますね」
「ま、これだけ夜深ければな。お前にもあいつらにも悪いことはしてる。お肌の敵だもんな」
「緊急時にそんなこと言ってられませんって。大体それを言うなら貴方は栄養足りてるんですか?睡眠もですけど、さっき配られてたご飯食べてませんでしたよね?」
「ご厚意で食料を分けて貰ってるんだ。俺の分を追加注文なんて出来るかよ...正直ちょっと食べたかったけど、色々やり取りしてたら残ってなかった」
空笑いする海来さんからお腹が鳴る音までして、思わずため息をつく。
「あの」
「だが、こんな所じゃ止まれない。止まれる筈がない。まだ何も果たせてない」
「________」
隣の顔を見る。決して声は大きくない。風に揺られた木々の音で遮られかねないくらいの声量。顔はバイザーで隠れてる。
でも、これまで聞いてきたどの言葉よりも覇気のある声で、バイザー越しでも他の人に向けて見せる顔とは比較できない程『人らしい』意志のある顔をしたのを見たのは、初めてだった。
「だからこのくらいどうってこと...どうした?こっち見て」
「...いえ。何でもありません」
「そうか。っと、ついたな」
足を止めたのは、村の外れ気味の所にある和風建築の一つ。海来さんは躊躇なく扉を開けた。
「待たせた」
「全然待ってませんよ」
「......」
「それにしても、さっきと随分違いますね」
「まぁその辺に関しても追々な。まずは...あそこまでもてなしてくれてありがとう。感謝する」
「いえ!助け合いは大事ですから!」
(聖人か...いや、これがちゃんとした勇者なのかな?)
「とりあえず、俺以外で自己紹介してくれるか?察してるだろうが、俺はどうせ色々長くなるし」
「では私から!この諏訪の勇者、白鳥歌野です!!こっちはみーちゃん!」
「...巫女の、藤森水都です」
「みーちゃんもっと明るく!ファーストインプレッションは大事よ?」
「うたのん...」
「まーまー。ほら、聞こえたから。えっと、白鳥さんに藤森さんね」
「歌野でいいわよ」
「フレンドリー...じゃあ歌野で」
ぐいぐいくる彼女に、警戒の色が抜けない彼女。対称的な二人に対して、私は自分の手を胸に当てた。
「私は秋原雪花。一応北海道で勇者をやってて、今はこの人に唆されて四国まで向かってる」
「よろしくね、雪花さん」
「こちらこそ...でいいのかな。まぁよろしく、歌野。藤森さんもよろしくね」
「は、はい」
「それで、最後に貴方の番ですよ」
「分かってる...俺の名前はふるっ、海来石榴だ。北海道にいる土地神、カムイが地上に送った使い...なんて設定だが、100%嘘になる。実際は未来から来た人間だ」
変に噛んだ海来さんだけど、二人はその後の言葉のインパクトが強かったようで、全然気にしてなかった。
「ワッツ?もう一度お願い出来る?」
「俺は大体300年後の時代から来た人間で、お前らとは勇者が集められた異世界で仲良くなったんだよ。だから自己紹介されなくても雪花のことは知ってるし、お前達のことも知ってる」
「更に情報が増えたのだけど...」
「...本当だよ。私は名前を教える前に言われたし、誰にも話した覚えがないことを当てられてる」
歌野の視線に答えを返すと、彼女は固まってしまった。
「じゃあ石榴さん、私達は何かエピソード、ある?」
「農業王、乃木若葉、どっちの話が良い?」
「「!!!」」
「まぁ、雪花とも仲良くやってたんだが、その話をしても俺以外共感できる人いないし...」
更に固まる二人に、気にせずぶつぶつ何かを呟く海来さん。私には分からないが、多分二人に取ってはすぐ分かる話なんだろう。
(農業王ってのもイマイチピンとは来ないけど...)
「あの、乃木若葉って人の名前です?」
「あぁ。これから向かう四国にいる勇者の一人だ。ここ諏訪は四国と連絡手段を持っていて、お互いの勇者、若葉と歌野がやり取りをしている。主にうどん蕎麦戦争をな。最も、今のあいつも俺のことは知らないけど」
「うどん蕎麦戦争?」
「どっちが良いかって話」
「貴重な通信でそんな話してるんですか?」
「グサッ」
わざわざ擬音を言ってまで倒れる歌野。どうやら本当らしい。
「な、成る程...確かに乃木さんとの話を知っているというのは、私が知らなければ、四国の人か特別な方法で知るかの二つでしょうね。一応、今度乃木さんに確認しても?」
「いいぞ。好きにしてくれ」
「分かりました......それで、未来から来た人というのを信じるとして、本題は何です?まさか、それだけ話して満足ってことはないでしょう?」
疑問を口にする歌野。それに対し、バイザーを一度押し上げた彼は________
「...諏訪は、もう長くない」
「ッ!!うたのんが弱いって言いたいんですかっ!!!」
「ストップみーちゃん!!」
「彼女が弱いか弱くないかはこの際問題じゃない。ただ一人、四国の防衛準備が整うまで戦い続けるのは限界があると言ってるんだ」
あくまで淡々と語るのは、相手の神経を逆撫でしないためか、ただ事実を述べてるだけなのか。
「肩につけてる傷、最近つけてたんだろ?」
「「!!!」」
指差したのは、服に隠されてる肩。二人の動揺具合を見るに、本当に見えない場所に傷がつけられてるんだろう。
(この人、ホントに人間なの...?)
「今後そういったことも増える。俺が知る未来だと、そう長くはない」
「っ...でも」
「みーちゃん!」
「!」
「大丈夫...あの、石榴さん。貴方の言いたいことは分かりました。それで、ただそれだけですか?わざわざ私達の未来を言って終わりじゃないですよね?」
「当たり前だ...俺はお前達の未来を変えるためにここにいる。約束を果たすために」
緊張感が漂う中、彼が手を伸ばす。
「一緒に四国へ来てくれ。歌野も、水都も、この村の人も、全員送り届ける」
----------------
(これで、よかったのか)
歌野に対しては正直であること。基本的にここしか気にしてなかった。
未来から来たことを伝えて、彼女達のたどり着く未来を変えたいことを伝えて、その手段があることを伝えた。
バスを一台多くに持ってきたのもその為。
『...一日、考える時間をくれませんか?みーちゃんや皆とも話したいです』
結局、粗方話した後彼女はそう言った。一般人には聞かせられない話し合いをしたこの神社は、一日寝床として貸してくれるらしい。
『私はバスでいいです。貴方はゆっくりしてください』
(気を使われてるなぁ...あんま意味ないんだけど)
その裏手にあった縁側で、俺は目を閉じ寝転がっていた。夜空に浮かぶ月だけが俺を照らしている。
ツバキの影響はなかなか便利で、精神を交代して休むだけでなく、俺自身色々分かることが増えた。歌野が少し肩を気にしていたのもそう。
(消えたら不便そうだ...さて)
ともかく、ここでの目標の半分は達成した。後はもう半分である『彼女』についてだ。
「いつまでそうしてるつもりだ?」
「ッ!!」
「早く出てこいよ」
特に動くこともなく、ただ口だけで誘導する。少し間があって出てきたのは__________
「......」
包丁を構えた、藤森水都だった。