うたのんとの出会いは、そこまで昔のことじゃない。それこそ、私が巫女として、うたのんが勇者として目覚めてからだ。
自分の危険を省みず、勇者としての力を使って皆を助けるうたのんを見た。
それから、四国の大社から私達に目覚めた力について話があって。諏訪の人々を守り、導くようにとも言われた。
でも、生きることはそんなに簡単じゃない。突然化物に襲われた人は、生きていく気力を無くしていた。
『今まで人はどんな災害にあっても、生き抜いてきました!!私達は、きっとまた立ち上がれます!!!』
そんな人々を気力を取り戻したのは、他でもないうたのんだった。
誰よりも一生懸命戦って、誰よりも一生懸命自分の好きな農作業をして、誰よりも一生懸命、生きていた。
その姿を見て、少しずつ賛同する人が増えて__________三年近くたった今、村の人皆が希望を持って生活している。
どんな辛い目にあっても、人はまた立ち上がれる。そう思いながら。
『俺の名前はふるっ、海来石榴だ』
そんな非日常ながら平穏だった_____平穏になるようにうたのんが頑張っていた場所は、たった一日で崩れた。
未来から来て、異世界で私達と仲良くなり、私達がやられる未来を変えるためにやって来たと言う、バイザーをつけた男性。北海道から来たというもう一人の勇者。
意味が分からなかった。彼が何を話しているのかも、何でうたのんがそれに乗り気なのかも。
『私やみーちゃんのことを知ってて、わざわざ助けに来てくれたんでしょ?だって私達のことどうでも良いと思ってたら、あんな話をせず穏便に食料調達だけ済ませてさっさとここを出ればいいんだもの』
うたのんはそう言って、畑を眺める。
『この土地を捨てるのは嫌だけど...農業王は何処だろうと立派な野菜を育てるわ。後は、この土地に長く住んでいる人の説得は難しいかもしれないけど...とりあえず、今日は一度自分でも考えるわ。おやすみ、みーちゃん』
自分の家へ戻って行くうたのんを見て、私は戸惑いを消せないまま、気づけば話をしていた場所まで戻っていた。
(...怖い)
ただひたすら、相手の存在が怖くて。未知の存在がうたのんに近寄っているのが怖くて。私は保管されていた包丁を持って彼の側へ向かい、でも何もせず、物陰で隠れていた時__________
「いつまでそうしてるつもりだ?」
「ッ!!」
「早く出てこいよ」
「......」
見えてない筈の場所から指摘され、震えながら縁側に出ると、ごろんと寝転がっているこの人を見た。
「...流石にそれは想定外だったけど、まぁいいや。それで?俺を刺すのか?」
「......」
「歌野が取られそうと感じたか?」
「!!」
まるで私の心を見通すかのような言い方に、思わず力が入る。
「答えてくれ。お前はどう思ってるんだ?歌野には死ぬまでここをずっと守ってもらいたいと?」
「そんなことない!!うたのんにはこれ以上戦って欲しくなんて!!」
一度開いた口は止まらなかった。
「最近は敵の攻撃も激しくなってきて、うたのんも苦しそうにしてることが増えた!それが平気になるなら、そっちの方が絶対いい...でも、貴方を信じられるかは話が別。うたのんに何かするなら、私は...!」
「そりゃそうだ。俺は怪しい奴だしな」
彼は肩をすくめ、おどけるように続ける。
「お前はそれでいい。歌野を最優先にして、一緒に夢を叶えてくれ...農業王と、その配達屋さん」
最後の方は何か呟いたようだけど、聞こえなかった。
「で、本題なんだが。藤森水都。お前とは取り引きがしたい」
「取り引き...?」
「そうだ。元より少ない日数でお前が信用してくれるとは思ってない。寧ろその方が水都らしい。かといってこちらにも長居したくない理由がある...だから取り引き。お前がするのは、歌野の意見を尊重してもらうこと。それに俺が払う対価は、これだ」
そう言って彼が腰から取り出して見せたのは、何十枚かの御札のような物だった。
「これは...」
「これはあいつらの攻撃を防げる札だ。持ってるだけであの白い奴からの突進攻撃は最低でも一度防げる」
「!!!」
「一枚効果実験に使ったんで、残りは29枚。これを全てお前に渡す。歌野に渡すも良し、自分で使うも良し、住民に配るも良し。四国に入る前には返してもらうが...少なくとも今より歌野を楽にさせられるアイテムだろう」
対策を考えてるという大社からも聞いたことがない、夢のような防御アイテム。それが突然出された事実は、私に今日何度目かの動揺を与えた。
「そんなの、どうやって...」
「基礎部分は一年以内に大社が作るんじゃないか?性能に関しては分からんが。まぁ今重要なのは、この札が今ここにしかないもので、お前が頷けば好きに使っていいという条件だけだ」
「......」
(これがあれば、今よりうたのんを楽に...)
「...うたのんの意見を尊重するだけでいいの?うたのんに四国へ行くよう説得するのを手伝えって訳じゃなくて?」
「あぁ。もしあいつがこの地で生きることを何より優先するなら、ここに残るって強く主張するなら、そうすればいい。勿論、説得してくれるに越したことはないけど」
そう言って、月を見上げる海未さん。その顔を見て、私は決めた。
「......分かりました。その取り引き、乗ります」
「おう。じゃあ、よろしくな」
向けられた御札を、私は両手で貰う。
月明かりで照らされた彼の顔は、バイザーで目元が見えなくても微笑んでるように見えた。
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札に気づいたのは、大赦で春信さんとレイルクスの武装確認をしていた時だ。
『こんなの入れてたんですね』
『初代勇者が戦い始めた時に、損傷した武器の代替え案として記録されてた物を改良した物だよ。寧ろこれに関しては君の方が知ってるんじゃないかな?』
『まぁそりゃ、当事者ですから』
恐らく球子が使っていた物の改良品。活躍の場面は一瞬だったが、こうしてまた役に立つのは良かった。
(歌野第一の水都をこんなスムーズに説得できるとは思ってなかったから、嬉しい誤算だったな。出発も早まりそうだから、さっさと体を休める必要はありそうだが...)
「石榴さん」
「んー?」
「さっきみーちゃんに言った言葉、私がいなくてもそう言ってました?四国へ行くよう説得はしなくていいって」
「...それを盗み聞きしていたお前が、聞かれてたことに気づいてた俺に聞いて意味あるのか?」
もう体を動かす気が起きなかった俺は、寝転がったまま目だけを向ける。上から覗き込んできた歌野は、月明かりによく映えた。
「何か企みがあるかもしれないだろ?」
「聞いてみたいんですよ」
「別に、お前が聞いていなくてもそう答えるつもりではあった。勿論、俺はお前達を四国へ連れて行きたい。そしてお前は、確かに蕎麦もこの土地も好きなのは知ってるが、何を一番大切にしているかも俺は知ってるから」
でなきゃ、水都がここに来てから、後を追うように現れることも、水都との話を聞いてることもなかっただろう。
「答えとしては満足か?」
「満足かって言われると違うのかもしれませんけど、分かりました」
そう答えた歌野は、俺の隣に座る。
「どうした?」
「聞いてみたいんです。未来から来た貴方が、どんな私達を見てきたのか。私と乃木さんだったり、私と貴方だったり、私とみーちゃんがどんな風に過ごしてたのかを」
「......」
「だって、素敵なビジョンが聞けるの、そうないじゃないですか?」
綺麗に切り揃えられた前髪を揺らしながら、そう言って微笑む彼女。
「...今夜は寝れないぞ?」
「覚悟の上です。私がどうしたいかちゃんと決めるためにも、聞いておきたいから」
「......了解」
(また、体も起きっぱなしだな)
少し痛む体を動かさないようにだけ気をつけて、頭はフル回転して思い出を探り出す。
やがて見た諏訪の朝日は、久々に景観で綺麗だと思った。
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「あれ、どうしたんです?」
「どうしたって何が?」
諏訪についてから二日目の早朝、海来さんは、バスの上で警戒体制を取っていた。
「だって海来さん、あっちで寝てたじゃないですか」
「寝床が占領されたんでな。やることもないし備えてる。住民の説得は今日の午後辺りには勝手にやってくれるだろ。それまで警備は俺達だけだから、しっかりな」
「は、はぁ...」
(あの歌野って人と何か話したのかな?)
自分で言うのもあれだけど、あの快活そうな彼女と私を比べたら、あっちの方に色々話しやすそうというのは簡単に想像出来る。
「この地域は柱が結界を生成してるらしくて、それが敵の進行を食い止めてるらしい。歌野がその柱の防衛。とはいえ敵の攻撃に耐えきれない時もあって、四本あった柱が今は二本だと」
「半分...守る分には数が少なくて良いかもしれませんけど、不安はありますね」
「だが、俺達を含めれば一柱につき一人以上は勇者を待機させられる。これ以上被害は出させないさ」
「...そうですね」
私達の目的は、あくまで安全だという四国へたどり着くこと。なのに、ここにいる間だけだとしても私が戦闘の頭数に入れられてることに、私自身何も思わなかった。
(この人に言われたからってのもあるかもしれないけど...なーんか、あの二人ほっとけないんだよなぁ)
「村の人も協力してくれてるらしくて、異変に気づいたら鐘を鳴らして警戒を...って、話をした直後にこれかよ」
「どこから!?」
「位置は確認済みだ。行くぞ!」
「はい!」
私達二人は多くを話すことなく、現場に向かって地面を蹴った。
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昨日、色んな話を聞いた私は、最後には睡魔に耐えられず寝てしまった。起きた頃には午後になっていたけれど、午前中に来た敵は素早く撃退され、被害はゼロだったという。
『歌野は眠いだろうから起こさないであげてくれって...代わりは俺達がするって』
みーちゃんがそう伝言してくれて、代わりに諏訪を守ってくれた二人にお礼を言いに行くと、
『別に気にしなくていい』
『一宿一飯の恩を返しただけだからさ』
そんな風に言ってくれて、特に気にしてないようだった。
その二人の様子を見て、私は__________
『いいかしら?みーちゃん』
『...うん。うたのんがそう決めたなら』
『ありがとう...皆さん、聞いてください。私は、これから諏訪を放棄し、四国へ行くというこの方々についていこうと思っています』
みーちゃんに相談してから住民皆に聞こえるよう声を張り上げて伝えた。
『突然なことだというのは分かっています。この土地に強い愛着があって、離れたくないという人がいることも。私だってそうです。可能なら離れたくない...でも、それは皆で生きていればこそです』
私の声に賛同してくれる人、よく思ってなさそうな人、突然のことに戸惑っている人。全員を説得できるよう、私は言葉を重ねる。
『四国には私と同じ勇者が五人もいます。彼女達も四国防衛のためこちらには来れませんでしたが、今朝皆さんが見たように、今は北海道から来た二人の勇者と一緒に四国まで迎えます。ついに活路が見えてきたのです。ですから...ですから!!ここを放棄して、私についてきてほしい!!一緒に逃げてほしい!!お願いします!!』
私達が離れるこの土地に残るということは、見殺しにするのと何ら変わらない。そんなこと、私はしたくない。
だから、逃げるなら全員で_________そんな思いは、皆に届いたものの、ひとまず保留になった。
『歌野ちゃんの言いたいことも分かる...だけど、ちょっとだけ考える時間を頂戴』
『俺はついていくぞ!!歌野ちゃん!!』
『畑は四国で作り直せば良いさ!』
概ね良い声を聞けたけど、全員は納得してないから。皆にも考える時間がいる。
(無理ないわね。どうにか頷いて欲しいけど...)
ともかく、後で説得するにしても今は個人で考えて貰うしかないから、私に出来ることはない。
「よし!!」
だから私は、今出来ることを始めていた。
「任務、フィニッシュね...んーっ!」
「お疲れ様」
伸びをする私に声をかけてきたのは石榴さんだった。
「まさか、全員分の蕎麦を用意するとは思わなかったぞ...」
「今日の私は何もしてませんから」
「そんなことはないだろうけど」
北海道の人も、諏訪の人も、お互い知らない人が突然増えて、それ以外にも色々あって疲れ気味なのは分かってる。だから、少しでも仲良くなれるように、安心できるように。そんな思いも込めながら作って配った。
そして、もう一つは_____残念ながら叶わなかったから、これからする。
「それより石榴さん、今日も食べませんでしたね?おばちゃんが豚汁まで作ってくれたのに」
「いやほら、俺は配膳係だし」
「はぁ...ついてきてください!」
「え、ちょっ」
無理やり引っ張って連れてきたのは、私が蕎麦を作ったキッチン。まだ蕎麦湯の香りが部屋に残っている。
「何を...」
「はい!どうぞ!」
「!」
私が出したのは一人前分の蕎麦だった。
「予め一人分残しておきました。ここなら人目を気にすることもないですし、ちゃんと食べてくれますね?ここなら蕎麦湯もついてますよ」
「......あー分かった。頂くよ、ちゃんと。ただまぁあれだ...外で待っててくれるか?蕎麦湯貰う時には呼ぶから」
「?良いですけど...」
「じゃあそれで」
(...あれ?)
いつの間にか料理人が外に出された事に気づいた私は、入り直そうとして大人しくやめた。
(何か理由があるのよね...流石に蕎麦を食べないほどのうどん派という訳でもないだろうし......お風呂でも沸かしといたら喜ぶかしら)
「あれ、歌野どったの?」
「雪花さん?」
「あ、うん。雪花さんなんだけどさ。どうしたの?外で立ってて」
「あー、石榴さんが蕎麦を食べてるんだけど、見ないでくれって」
「え、何それ......あっ」
「何か心当たりあるの?もしかして、石榴さんってうどん過激派で、私の知らない所であの蕎麦は捨てられてたり!?」
「それはないと思うけど...まぁ、理由の察しはなんとねくついた気がするけど、ホントかどうか分からないし」
「全部聞こえてるんだが」
「「!?」」
足音もせず開かれた扉からは、バイザーを動かしている石榴さんが出てくる。
「久々の上手い食事であっという間だと思ったら、そんなこと言いやがって...歌野の蕎麦を捨てるとか罰当たりどころの話じゃないっての。それより蕎麦湯くれ」
「あ、は、はいっ」
「全く...いくらうどん過激派でも捨てることはないだろうしな」
「えっ過激派はいるんですか」
驚く雪花さんと何かを呟きながら席に座り直す石榴さんを背にして、私はちらりと蕎麦が盛られていた器を見てから蕎麦湯を用意する。
(すっごい綺麗に食べてくれてるじゃない)
「底の方から掬ってくれよな。ドロッとしたのが飲みたい」
「了解よ!!」
「ねぇ海来さん、うどん過激派って四国にそんないるんです?ラーメン派の私消されません?」
まるで、日常の一場面のような様子。その姿に、私がその姿の一因になっていることに、私自身、違和感を全く感じなかった。
「さぁ、熱いうちに飲んでくださいね!」