古雪椿は勇者である   作:メレク

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花紡ぎの章 7話

「はぁぁぁ~っ......」

 

浸かった湯船の水位が上がり、浴槽に入りきらなかったお湯が流れ出た。だが、そんなの全く気にできない。

 

「まさか、風呂がこんなに安らぐとは...」

 

『お二人とも、長旅でそんな余裕なかったでしょう?流石に全員という訳にはいきませんが、折角ですしどうです?内緒で』

 

歌野にそう誘われ、雪花と俺はすぐさま頷いた。雪花は女の子だし、俺もこの機会を逃すと入りにくいと考えたら、いつの間にか首を縦に振っていた。

 

いや、正確に言えば、本来だったら北海道の人に見られることも警戒をして断らないといけなかったただろう。だが、あの時の俺は日常に戻されていたため、返事を変えられなかった。

 

「旨かったな。蕎麦」

 

歌野を早めに追い出して正解だったとは思う。食べた瞬間バイザーを取って涙を拭かなきゃならなかったのだから。

 

(ぶっちゃけ、バイザー程度じゃ俺の正体なんてバレバレだろうが...まぁそこは切り替えていこう。上手いことやってくれ。過去の俺)

 

久々に食べたように感じた歌野の蕎麦。それは、知らず知らず疲弊していた俺に日常を感じさせるのに十分過ぎた。

 

そして、日常としては風呂にも入りたくなる。完全に無意識だったが、体のメンテナンス的にも重要だと分かったのはシャワーを浴びて体を洗ってた時だ。

 

(軽く揉むと、あちこちが痛いな...筋肉自体は休ませることがほぼなかったが、どこかで休まないとガタが来る、か)

 

休むだけの猶予はある。ここまでの動きがほとんど最短のものであるため、多少のズレは許容範囲_____かもしれない。

 

(棗の元へ行くのも早くしなきゃいけないが、その前に潰れるんじゃ意味がない)

(だが、わざわざ俺の体のために休みを取ることはない)

(...それはそうだ。効率的に休むのが一番ではある)

(だったら今することは一つだろ?)

(そうだな)

 

「はぁっ...」

 

今俺に出来るのは、今後のことを考えることじゃない。風呂の恩恵を最大限生かして心身ともに休ませること。

 

「分かってる。やることは沢山あるが、目的は一つだ。それが海来石榴の...いや、古雪椿がここにいる意味なんだから」

 

明かりに手をかざしながら、俺はそう呟いた。

 

『石榴さーん』

「!歌野か!?」

『はい、白鳥歌野です。着替え渡し忘れてたので持ってきたんですけど』

「あー、俺に着替えはいらん。基本戦ぎ...勇者服着てるから」

『そうなんですか?』

「あぁ。だから...!!」

 

言葉を遮るように聞こえたのは、朝にも一度聞いた警鐘の音。

 

「歌野!!」

『分かってます!!私もすぐ着替えて向かいますから!!』

 

脱衣所から飛び出したのを確認した俺は、体についてる水を最低限だけ拭いてスマホを握った。

 

「バーテックスどもが...!!」

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~...」

 

程よく温まった体が眠気を誘う。

 

(周りの人が警戒してくれるから、ありがたいんだよね~)

 

いくら勇者でもうら若き女子的にお風呂に入れないのは苦痛だったわけで(タオルで体を拭いてはいたけど)、久々に長湯を楽しんでしまった。

 

(他の人はまだだけど...ごめんね)

 

罪悪感はある。けど、北海道からの人はこの村の人より多いわけで、その全員をパパっとお風呂に入れるのは難しいんだろう。勇者はともかく一般の人はまだ私達、北海道から来た人に良い顔をしてないのも一部いる。

 

(海来さんも入ったのは意外だったけど...綺麗好きだったのかな...!!)

 

聞こえた来た音は誰かの声ではなく、敵が来た合図だった。眠たげだった目を擦って立ち上がる。

 

(大丈夫。どんな数が来ても時間稼ぎだけなら!)

 

まだお風呂に入ってるだろう人のことを思い浮かべながら、私は敵を見た人に声をかけた。

 

「すいません!こっちですか!?」

「おぉ勇者の!はい!あっちに20くらい!」

「ありがとうございます!」

 

(思ったより少ない。朝の残党?それとも陽動?)

 

「っ、切り替え。やれることちゃんとやる!」

 

決して油断しないよう気合いを入れ直しながら、舗装されてない土を蹴る。一体目を見つけた瞬間には、特に考えることもなく槍を投げつけた。

 

後ろからぞろぞろ現れたのにも刺していけば、それに気づいた仲間がこっちを向いて突撃してくる。口みたいなのを開いて、我先にと。

 

「いっつもワンパターンで!!」

 

バックステップを取りながら槍を投げれば、ただ突っ込んでくる奴等の対応は難しくない。

 

ただ、思ったより敵が結界に近かった。私はこの結界の詳細を知らないわけで、敵に触れさせた時点で耐久力が下がるのなら、後のことを考えれば私自身を囮として動いた方がいい。そうでないなら、安全圏である結界の内側から槍を投げてればいい。

 

(聞いとけばよかった...よし!!)

 

私が選んだのは所謂ゲリラ戦法だった。森の中に入って、追ってくる敵を少しずつ倒していく。数もそんなにいないようだし、案外簡単に__________

 

(いけるかな。これなら)

 

 

 

 

 

はっきり言おう。私は油断していた。

 

そりゃ、数年間一人で戦い抜いてきて、色んな人と休まることのない話を続けてきた私が、いきなり色んな面でサポートしてくれる仲間と共に戦うことになったのだから。

 

勇者として助ける立場だった私が、一緒に戦い、守ってくれる立場にもなったのだから。

 

「!!!」

 

だから私は、背後から飛んでくる、一筋の矢のような存在に気づかなかった。

 

 

 

 

 

そして。

 

「...いやぁ、ビックリした......」

 

後ろから飛んできたのが海来さんだったことに安心感を抱くこともまた、普通じゃありえなかったのだろう。

 

相変わらずの高速戦闘は、彼を全体的な姿でしか認識させてくれない。とはいえ、そんな芸当が出来ることが一人しかいないため、判別は可能だ。

 

「雪花さーん!!」

「歌野?」

「お待たせしましたー...って言いたい所だけど、私より先に石榴さんが飛び出して行って。もう終わりそうね。あんなに強いなんて...」

「歌野はあのくらい出来る?」

「インポッシブルね」

「イン...あ、不可能か。本当だよね」

「これで終わり!!!!」

 

お気楽に話していると、すぐ近くに一人と一体が地面に着弾した。気づけば他に敵の影もない。なんというか、異常な事態が多くて私自身乾いた笑いが出てしまう。

 

(本当はもっと緊迫感とか持った方がいいんだろうけどな...この人が離れた後、ちゃんと感覚取り戻せるだろうか)

 

「折角人が風呂入ってたってのに、お前らマジで何なの?人への嫌がらせ上手なの??星屑どもがよぉ...!」

「ちょ、そんなに怒って......」

 

もう動かない敵にメイスを突き立て続ける海来さんを意外に思いながら、止まるよう声をかけて________私は止まる。

 

何故なら、今の彼は。

 

「ぁー、雪花か...いや、思った以上に風呂に入れたことに興奮してたみたいでな。見えない所でのストレスの蓄積が」

「いや、あの」

「あら?石榴さん、あのマスクはどうしたの?素顔見ても良かったのかしら」

 

初めて素顔を晒していたから。

 

「......あ」

 

黒髪とお揃いにしたような黒い瞳は、ストレスを発散したようなキラキラした状態から、一瞬で固まった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『別に今すぐ関係ある訳じゃないが...というか、目元だけ隠してたところでどうしようもなかったのはあるが......まぁ、忘れてくれると助かる』

 

そう話して、石榴さんは目元を隠した。私は無理矢理暴く理由も無いし、彼が隠す理由も分からないから何も言えない。雪花さんはもう一回は似たようなやりとりをしたようで、特に何も気にしていなかった。

 

『今の俺は他の誰でもない、海来石榴だから』

 

寧ろ気になったのは、ぼそりと呟いた言葉。

 

(もし、あの時のが関係しているなら...)

 

「使者様!!」

 

三人で村へ戻り、特に異常がないか見ていた所で、一人の人が慌てたように石榴さんのことを呼んだ。私が知らない人だから、北海道から来た人なのだろう。

 

「及川さん、どうかしましたか?」

 

彼は雰囲気を変え、ゆったりと余裕を感じる様子で聞いている。

 

「これをご覧下さい!!」

 

_____その様子が変わるのは一瞬だった。

 

「...どうしたのですか?それは」

「はい!!先程の敵襲で避難していた所、あの子供が落としたのです!!」

 

指差しした先には、おばあちゃんと女の子。大声をあげているため、他の人もぞろぞろ集まってくるのを感じる。

 

「皆で協力している中、一人だけ食糧を隠し持っていたのです!!」

「及川さん待って!!!食糧って、そんな飴玉のことを言ってるの!?本気で!?」

「そうだ!!!これは協力しながら過ごしてきた我々に対する裏切り行為だ!!だから私は初めから女子供など不要だと...使者様!!どうかあの者に罰を!!」

「!」

 

ここまでで、ようやく私にも理解できた。つまり、この人は食糧が無い中、飴を隠していた女の子に怒り、いらない存在だと言ったのだ。それも、石榴さんに罰するよう要求している。

 

(嘘でしょ!?小さい子が持ってる飴だけで!?)

 

私も動揺、困惑し、雪花さんは明らかに怒っていて、男性と口論を始めてしまう。その様子を見て、他の人はざわざわと騒ぎ始めてしまう。北海道の人達は事情を知ってるのか、男性を攻めるように、村の人達は事情を知らないのか、何が起きているのか確認するように。

 

その中で、隣にいた彼は_________何も言わず、歩きだした。何を考えているのかは、バイザーで判別しきれない。

 

向かっているのは、おばあちゃんに抱きかかえられている女の子の所。

 

「あ、あの、石榴さん」

「海来さん!?」

「正直に答えてください。彼の言っていることは事実ですか?」

 

淡々と、確認するように、彼は同じ目線になるよう膝を落として女の子に問う。ただ、ついさっきまで会話していた私には、その声が底冷えた物になっていることに寒気がした。

 

「...はい。本当のことです」

 

女の子はそう答える。彼は手を伸ばし、頬をそっと触れ、すぐに離して立ち上がった。

 

「そうですか」

「そうだろう!!使者様!!どうか」

「及川さん!!いい加減にしてくださいよ!!」

「ウェ、ウェイト!!二人とも落ち着いて!石榴さんも!!」

「落ち着くことなどありません。白鳥歌野様」

 

次の瞬間、私達は目を見開く。彼の手には、小さな刀が握られていた。

 

『!?』

「調和を乱す者には罰を。すぐに終わります」

「ダメっ!!」

 

その声色は、今のこの人が別人であるかのようだった。本気で_____神罰とでも言うかの様に、女の子を切りつけそうな勢いで。

 

悲鳴があがる。私達は二人で突っ込む。

 

でも、刀を振り上げたその姿には、間に合わないことだけが分かってしまった。

 

「海来さん!!!」「石榴さん!!!」

 

 

 

 

 

気づけば、その姿は見当たらなかった。目の前にいるのは、女の子を庇うように抱き抱えているおばあちゃんと、覚悟を決めたように目を瞑った女の子。

 

でも、そこに石榴さんの姿はない。

 

「...ひっ」

 

次に聞こえたのは、後ろからの小さな悲鳴だった。反射的に振り向くと、尻餅をついてる男性と、右手を地面と水平にしている石榴さん。

 

「...食糧を隠し持っていたことは確かに悪いです。が、子供の行いを看過せず、吊し上げる様な行為をする貴方こそ、協力している方々との調和を乱す者であると、私は考えます」

 

そこで言葉を区切った彼は、ついていた物を払うかの様に刀を振るう。小さな音を立てて地面についたのは、赤い点を作った。

 

「次はありません。その自覚を持つように...これでこの話は終わりです!!皆様も、彼をこれ以上攻め立てたりしないようお願いします!!」

 

そうして「付近の見回りをしてきます」とだけ告げ、飛んでいく石榴さん。

 

残されたのは、痛いくらいの静寂だった。

 

(石榴さん、貴方は...)

 

 

 

 

 

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