古雪椿は勇者である   作:メレク

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花紡ぎの章 8話

(やっちまったなぁ)

 

人気のない夜。村で一番高い建物の屋根で、俺は一人大きくため息をついた。実際、やってしまったでは済まないことまで起こしたわけで、それを妙に達観して感じている俺自身が嫌になりそうだった。

 

やらかしたことの一つ目。風呂に感動した俺は、敵襲にバイザーを着けずに戦い、二人の勇者に素顔を見られた。これでこの時代の未来、神世紀から来たばかりの俺は彼女達から質問攻めに合うだろう。あの精神下でそれがどう影響するかは分からない。

 

まぁこれは、姿形を変えられなかった時点で怪しまれてただろうし、今更な部分もある。もしかしたら以前より早くよい関係になれるかもしれないし、二人の善意と過去の俺自身にかけるしかない。

 

そして、やらかしたことの二つ目であり、今俺を悩ませている主な原因は、その後のことだった。

 

(...一般人を傷つけた)

 

以前助けた女の子が、持ってた飴を避難の最中に落とした。それを目につけ、奪った挙げ句俺に罰を下せと宣(のたま)ってきた人間。

 

当然思うところはあった。この時代の大人の醜さを大きく受けた。だが、俺も神の使者として立場があり、勇者を四国へ届けるのを第一としている。

 

だから、あの場は穏便に済ませて一般人からの求心力を高めるか、最悪女の子に次はないと言うか脅すことで、全員を恐怖心で纏めればよかった__________本来は。

 

 

 

 

 

『あぁ。これが人間か』

 

煩い男からの話を聞いて感じたのは、そんなことだった。狂気に陥った人間の行動というのは、理解の範疇を越えている。

 

でなければ、どうしてほんの少しの飴を隠してる子供を見つけて、避難より制裁を優先するのか。協力して逃げるのではなく、頬が腫れる強さで殴った上に、俺へ罰を下せと言えるのか。

 

信じられない。不可解だ。

 

そして、何より信じられなかったのは__________一瞬でもそれを『是』として判断していた、俺自身だった。

 

(違反者に罰を下すのは当然のこと)

 

確かに、俺は一度そう判断していたのだ。どれだけ取り繕ってもその事実は変わらない。

 

気づけば、俺は短刀を握っていた。それはある種正しいのだろう_____例えば、人間の悪事に鉄槌を下す神様、あるいは精霊としての立場であれば。

 

だけど。俺は人間だ。俺は人間でありながら、同じ人間に、上からの立場のような決断を下し、罰を与えようとした。

 

それはまるで、俺自身が神の様な理不尽な行いだった。

 

(.......っ)

 

神としての立場なら、そもそも天罰を下さない、もしくは、老若男女関係なく、あの女の子に罰を下す。

 

人としての立場なら、女の子に暴力を振るった男を許せはしないが、暴力ではなく話し合いで解決できた筈。

 

自分の中の色んな感情がぐちゃぐちゃになった結果、最後に俺が取った行動が、自分の許せない男に対して、殺さないレベルで刀を振り抜くことだった。

 

首に引っ掻いた痕のような、薄皮一枚レベルだけ切り裂いた刀には、血が一滴乗っていただけ。

 

とはいえ、俺自身、振り抜くことを止められはしなかった。

 

(理由は、分かってる...)

 

『すまない』

「謝ることじゃない。しょうがないことではあったんだと...思う」

 

今のもう一人の俺であり、精霊であるツバキ。そのベースは俺だし、人間という自覚はあるが、同時に精霊という神の使いであり、この過去へ来れた力も神から吸い取ったエネルギーを使ってる。

 

その上で、神側の影響を一切ないと考えていたのは、俺達の迂闊さを現しているだろう。

 

(強引に割りきるなら、しょうがなかった。予期できなかったし、結果的に誰も死んではいない。目下一番の問題は)

(あの行動がどう影響しているか、不安である。というところか)

 

あの一連の騒動で、俺が状況次第で人に手をあげる印象を一般の人に植え付けてしまった。神の使者は、逆らえば牙を向くかもしれないと。

 

安全を保証する神の使者ではなく危険な存在と認識を改めた上で、北海道の人は変わらずついてきてくれるのか。諏訪の人は計画に賛同してくれるのか。

 

『最悪、残るという人間は置いていくか、こっちで選別を...いや、違うか』

「そうだな。俺は神にでもなったつもりか」

 

目的が勇者達メインとはいえ、俺が勝手に連れていく人間を選定するというのは、それこそ人が人にするもんじゃない。

 

(...悪い。思ったより人間のつもりでいた)

(それ、元から俺が人間じゃないみたいなんだが......仕方ない。今更どうこうできるもんじゃないし、かといって今この力は絶対に必要だ。お前のお陰で思い出せた記憶もな)

 

今の俺に出来ることはない。なら、少しでも前向きになれるよう、支障なく体を動かせるよう、今は休む時だ。

 

(とりあえず、一度寝ておけ)

(そうするわ。久々に人らしく過ごせて正直くそ眠いからな)

(おやすみ)

 

「ん。おやすみ...」

 

一言口にして、意識と体を手離す。元からそれなりにあった眠気は、一瞬で俺を襲った。

 

(...俺がもう人っぽくないなら、狂ってるなら、今はそれでもいい。ちゃんとやり遂げなきゃならないことがあるから)

 

自覚と覚悟を再認識しながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

もうすぐ夜が明ける。雲のない夜空は、きっと綺麗に照らされるだろう。

 

(ユウも、俺も、確かに人ではない)

 

精霊として生まれた自分。今『観測者』として色んな時間軸の綻びがないか見ているだろう彼女。元は人間であることは間違いないが、300年という時間は、無自覚に変容するには十分な時間だ。

 

人としてだけの精神ならば、当然磨耗する。

 

(それが害になるなら...少なくとも、姿を表すべきではない。か)

 

陰ながら見守っても、こうして直接的な干渉はしない方がいい。そうでないと、今を生きるメンバーに迷惑がかかるかもしれない。

 

今眠っているもう一人の『俺』にも。

 

「......」

 

空が黒から茜色に変わる。山々に囲まれてるこの村は、太陽を直接拝むより先に夜空が変わっていく。

 

(選別するような見方は良くないが...彼女達と一般人を分けている時点である意味選別をしている)

 

確かに、相手の意思を尊重してついてくるのかどうかを決めさせ、それを元に選別するのと、俺達が無理矢理選別するのでは訳が違う。しかし、それは彼女達を助ける以外の中での話だ。

 

(その矛盾を自覚しながら、人を見殺しにする覚悟を持ちながら生活するというのは、『古雪椿』の手に余る)

 

『椿』は、ここ最近で体が変わり、自分自身と戦い、決意を持ち、その記憶を濁流の様に植え付けられた上で今も戦っている。

 

それは、確実に負担だ。

 

「石榴さん。こんなところにいたんですか」

「歌野?」

 

気づけば、こちらを見上げる形で歌野が立っていた。俺は何も考えず、屋根から飛び降りる。

 

「よっと...どうした?朝早くに」

「農業王の朝は早いので!これから畑の整備に行くんですが、良ければご一緒にどうですか?」

「......行こう」

 

少し不安が過りながら、俺は彼女についていった。

 

不安な感情の中身は、彼女の行動だ。俺を連れての畑整備というのが、もし、昨日の出来事のせいでここに残る決心をさせた結果だと言うなら__________

 

(...そしたら、どうする?)

 

歌野がついてこないということは、水都も動かない。そうしたら、無理矢理にでもつれていくのか、それとも_____その選択肢がないことは分かっていても、冷静な頭は諦めるという言葉がちらつく。

 

(......)

 

「さ、つきましたよ」

 

畑は、立派な野菜が沢山あった。元から彼女の実力は知っているが、心なしか野菜も喜んでるように見える成長具合だ。

 

「収穫するのか?」

「いえ。朝の水やりと土壌等の確認を...」

 

歌野は、そこで言葉を区切り。

 

「それだけしようと思ってたんですけどね」

「ん?」

「日課だけやって、この子達はそのままにすることも考えたんですけど...大きい子達はもう持っていきますから、収穫もしますね」

「持ってくって、お前」

「えぇ。ここから離れるのに、道中の食糧確保も兼ねて持っていきます。後、種もなるべく持っていかないと。四国でも農業やりたいですからね」

 

そう言う歌野は、朝日に照らされながら微笑む。

 

その純粋な表情に、思わず俺は口を開いた。

 

「...なぁ」

「はい?」

「良いのか?ここを放棄して」

「誘ってきたのは貴方じゃないですか」

「それは、そうだが...昨日あんなことをしたのに」

「男性に攻撃したことですか?」

 

彼女の問いに、俺は頷く。ここで誤魔化した所で何もない。

「...良いことだとは思いません。でも、私が同じ立場なら、きっと相手は同じでした。それに......女の子が殴られていたから、ああしたんですよね?」

「......」

「私だってあんなことした人は許しにくいです。見ていた皆も似たような感情だったみたいで、石榴さんが消えてから色々あったんですよ?あの人がもう暴れないようグルグル巻きにしたり」

 

自分で説明した光景を思い出したのか、歌野は笑みを深めた。

 

「それに、あんな風に仲間割れするくらいなら、早く避難できる場所へ向かうべきだって話もあがって...石榴さんの意見次第ですが、今日のうちにはここを出たいってことになりました」

「!そ、そうか」

 

(結果オーライ、って奴だな...)

 

自分の行動を悔やむ一方、有効なチャンスを無駄にしないよう頭が勝手に思考を巡らせ始める。

 

(いや、そうだな。『俺達』に後悔してる暇なんてない)

 

何のためにここにいるか、見失わない。悩むためにここにいる訳じゃない。動くためにここにいるんだから。

 

(...俺の骨子が、上書きされてるみたいだな。影響を及ぼすのはお互い様ってことか)

 

数百年前の基礎ベースが、今更新されている。それは別に嫌な気分じゃない。

 

「石榴さんも準備しといてくださいね?」

「...あぁ」

 

(......だが)

 

「なぁ、歌野」

「はい?」

「もしも『俺達』が潰れそうになったら」

 

精霊も人間も混ざった半端者。だが、それでも『古雪椿』なら。

 

「その時は、お前達が発破をかけてやってくれ。頼むな」

 

一人ではなく、周りを頼るだろう。

 

「?石榴さんが潰れそうなことあります?寧ろ私達の方が先にダメになりそうですけど...?」

「...ははっ、確かにな。今の俺滅茶苦茶強いし」

「それ自分で言うのもどうかと考えますけど...って、話ながらでもいいので手は動かしてくださいよ。ノットビーレイト!」

「...了解だ。農業王」

 

(俺の役目は、短い方がいいだろうな)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

北海道の人達が来てから数日で、諏訪は破棄する意向を決定した。

 

それぞれの人が色んなことを考えてる。渋々って人もまだいる。それでも皆、生き残りたいという思いは共通していたから。

 

そして、もうすぐ出発という時に________私は、ある部屋を訪れた。慣れた手つきで準備を済ませて、通信機をつける。

 

「あー、あー。聞こえますか?」

『あぁ。聞こえている』

 

通話相手は、いつも通りの凛とした声を響かせた。

 

『こちらは前回から特に変わっていない。白鳥さん、そちらはどうだ?』

「そうですね...色々ありました」

『色々?』

「えぇ。敵の襲来もあったのですが...詳しくは内緒です」

 

別に隠すことでもないのかもしれない。ただ、どうせなら彼女を驚かせてみたかった。

 

『そうか...では、吉報を待つとしよう』

「えぇ、楽しみにしていてください!」

『?私が楽しみにすることなのか?』

「それは秘密です...あぁそれと、これからこの定期連絡、出来なくなるので」

『!?白鳥さん!何が起こってるんだ!?秘密を抱えた上で連絡も出来なくなるなど...!』

「いえ、悪いニュースじゃないんですよ?二度と話せなくなる訳じゃないですし」

『...その言葉、信じて良いのか?今なら無理にでも四国から増援を』

「大丈夫ですよ」

 

薄々勘づいてはいる。四国の態度も、諏訪の状況も。

 

だからこそ、これはチャンスだ。私達は生き残る。乃木さんにも会ってみせる。

 

「だから、そこで待っていてください」

『......分かった。白鳥さんがそう言うなら』

「ありがとうございます。あ、そうだ。ついでに聞きたいことがあるんですよ。海来石榴って名前に聞き覚えはありますか?」

『みらい...?いや、知らないが...石榴は果物のことか?』

「あぁいえ、何でも...んー」

 

少し迷って、私は更に口を開いた。

 

「じゃあ、『椿』という名前には?」

 

昨日、お風呂場で聞こえた独り言。シャワーの音で消されながら聞こえた単語だけ私は話す。

 

『椿...花のことか?』

「......そうですよね。椿と言ったら花のことですよね」

『白鳥さん、本当に平気なのか?』

「えぇ。寧ろよくなりました」

『?』

 

彼の言葉に嘘はなかった。隠していることがあっても__________全員送り届けるという言葉を、信じられる。

 

「じゃあ、今回の通信はこのくらいで」

『あ、あぁ』

「乃木さん」

『ん?』

「いいリアクション、期待してるわよ」

 

乃木さんの言葉を待つことなく、私は通信を切った。

 

「よしっ!」

「うたのん、終わった?」

「みーちゃんグッドタイミング!そっちも準備終わったのね?」

「うん。あとは出発するだけだよ」

「よし...じゃあ、行きましょう!!」

 

外に出れば、動くのを待つバスが三台と、外に立っている彼がいる。

 

「準備は出来たか?」

「えぇ。完璧よ」

「分かった。三台目に諏訪の人達をいれたからそっちに...はい。では、これより我々は諏訪を出ます。目標は...四国、香川です」

 

すれ違い様、彼の目を見る。バイザー越しで決して見えない筈の、黒い瞳。

 

でも、私はそれを見て________

 

(元気そうで、よかった)

 

そう思うのだった。

 

 

 

 

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