三台のバスがゆっくり、だが確実に進んでいく。その屋根上で、俺は一度あくびを噛み殺した。
事前に聞いていた二ヵ所の人口から算出したバス数は、食糧をぎゅうぎゅう詰めにしてギリギリだった。諏訪を出た直後はスペースもほぼなかったが、食糧は日を追うごとに消えていく。
北海道の人は諏訪で落ち着いたのか、今も縛られて自分じゃ動けない及川さんのようになりたくないと思ったのか、以前より大人しくなった。一方、諏訪の人はかなり元気だ。
(土地的な差か、リーダーの性格が影響してるのか...)
これまでのことから、歌野の明るさが伝播してそうだというのは分かる。だからこそ、今の状況でも__________
「!!!!」
見えた景色が無理矢理俺の思考を止めた。別に悪い話ではなく、寧ろ最高の発見。
「見えた。四国...!!!」
大きな橋を見た俺は、自然に口角が上がった。
北海道から一月近くかかってきた移動の時間も、終わりが迫っている。
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「うーん...こりゃまた、壮観だな」
「どこがですか。ていうか何ですかあの壁!?」
海来さんが冗談めかして言っている側で、私達は驚きを隠せなかった。
本州から四国へ伸びる橋_____名前は忘れたけど、テレビで見たことはある_____の周辺には、敵がふよふよ浮いてるし、何よりその奥、四国の方には、大きな壁が立っている。あっちはテレビで見たことなんてない。
「詳しい説明は中の奴等にでも聞いてくれ。俺はお前達を送り届けたら、すぐ沖縄へ行くからな」
「え、石榴さん一緒じゃないんですか!?」
「俺の目的はあくまでお前達を四国へ送り届けることだから」
「これで四国の中が地獄だったら恨みますよ...」
「そしたら中にいる勇者達も、俺もアウトだろうな」
全然笑えなさそうなことを喋った彼は、壁があることに全く違和感がないらしく、平然としていた。
「それで石榴さん、私達の食糧的にもこれから彼処に行くことは決めてると思いますけど、あれどうするんです?」
歌野が指差した先には、よく見る白い化け物の他に、見慣れない化け物が幾つかいた。青かったり赤かったりしてるのは、たまに気持ち悪く震える。
「俺も見慣れないタイプだが、恐らく複数星屑...白いのが合体した進化体だろう」
「進化体って、危険なんじゃ」
「確かに白いのよりは強いかもしれないけど、御霊なしどころじゃないし、俺一人ならまだ敵じゃない」
ハッキリ言い切るその姿は、味方である私達にとって凄く頼もしく見えた。
「よし。まずは確認だ。水都」
「え、わ、私!?」
「あぁ。これまで移動してきて、敵の襲来は予想出来たか?」
「う、うん...村にいた時とあまり変わらなかった、です」
「オーケー。じゃあまず先陣を俺が切る。遠距離を攻撃できる敵を優先的に倒していって、二人はバスで待機。バスに敵が近づくのを水都が察知する、もしくは俺が橋付近の敵を全滅させたら、急いで橋を渡り四国へ突入する。これでどうだ?」
「反対意見は特に...私達が一緒に出ても、バスの危険性が増えるし、足手まといになりかねないし」
「私も意義なし!強いて言うなら一緒に戦いたかったですけど...それに、石榴さんはいいんですか?負担が大きそうで」
「大したことはない...それに、俺はお前らが無事ならそれでいい」
敵を見終わったのか、彼は顔を前から私達の方に向けてきた。
「勇者は結束前とはいえ仲間がいるし大丈夫だろ。巫女は、上里ひなたを頼るといい」
「上里...?」
「あいつは隠し事があるかもしれないが、ひなた個人は信じられる」
「は、はぁ...」
「後は...まぁ、四国に行くのが目標ではあったが、ゴールじゃない。いや、きっと辛く感じることもあるかもしれない」
「え、ちょっと」
突然の暗い言葉に思わず声が出る。それでも海来さんは止まらなかった。
「でも、それでも生きて欲しい。だから...元気でな」
『......』
バイザー越しではあったけど、その声を聞いて。私達三人の中で、すぐに何か言える人はいなかった。
「...石榴さんも、お元気で!」
「あぁ」
「......あ、あの」
「ん?」
「これ!!返します!!」
水都が取り出したのは、何かお札の束みたいに見えた物。
「四国にたどり着くまでが条件でしたけど...ずっと使わなくていいほど守ってくれましたから」
「......そうだな。これの影響力も考えたら今ここで貰っとくのが理想か。分かった」
「...ありがとう、ございました」
水都が海来さんに直接感謝を告げるのは、付き合いの短い私でも珍しいことは分かった。歌野と一緒にちょっと驚いてると__________
「こっちこそ...ありがとう」
口許を緩ませて、海来さんも微笑んでいた。
間に何か言っていたようにも聞こえたけど_______それが何なのか、私には聞き取れなかった。
「じゃあ、善は急げ。行きますか」
「海来さん」
「雪花?まだあるか?」
「...沖縄から帰ってきたら、もう一度くらい、落ち着いた場所で顔見せてくださいね」
「......できたらな。できなかったらすまん」
彼の戦いぶりは相変わらずだった。空を飛び回り、青い奴を優先的に倒している。大物の武器を振り回して、たまに足で蹴り飛ばして。
遠目から見たところ、どうやら青い奴が自分の体の一部を飛ばすみたいで、それを弾きながら凪ぎ払っている。赤い方は自分自身が弾丸となるみたいで、我先にと海来さんに突っ込んでいた。
(思えば、おんぶに抱っこだったな...)
北海道から四国までの長い道のり。決して楽じゃないと思ってたけど、実際はただ進みにくい道を進んで、その分寝て。といった感じだった。見張りも戦いも説得も、全部やってくれていたから。
これなら、北海道にいた頃の方がずっと苦しかった。
(あの人はもうすぐいなくなる。それで、私は...ちゃんと出来るかな)
「!!」
「みーちゃん?」
「後ろから来る!結構な数!!」
「「!!」」
「運転手さんすみません!石榴さ...使者さんに連絡を!!」
「後運転の準備を!あの中を突っ切ります!!」
(ここで証明しよう)
『でも、それでも生きて欲しい。だから...元気でな』
あの人が言ったことを、私はちゃんと出来ると示すために。
「連絡来ました!好きなタイミングで来て下さいとのことです!!」
「みーちゃんはバスに!」
「うん!」
「乗り込んだらすぐ行きますよ!後ろから襲われたらたまりませんから!」
_______彼処にいた時のような寒い場所より、この心地よい風の吹く方へ。
「ーっ...行きますっ!!!!」
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「はぁぁぁっ!!!」
よく見る星屑と、見慣れない赤いのと青いの。赤い方は自分自身が槍である様に突撃してくるタイプで、青いのは体に纏わせてる槍を飛ばしてくるタイプ。
天の神は槍好きなのかを疑いたくなるが、そんなことは関係ない。
(後方三)
「っ!!」
ノールックで体を倒し、頭があった位置に赤いのが通り過ぎたのを確認する。続いて来たもう一体は体を捻ることで避け、最後のとはメイスを構えて迎え撃つ。
甲高い音を響かせ、空中制御と力だけで強引に跳ね上げさせた敵に、手元へ出した短刀を投げて倒した。
(銃があればもっと素早いんだが...!)
四国に入る隙を窺ってたのか、敵の数はそこそこ多い。いくら空を飛んで素早いとはいえ、過剰威力をぶつけにいくのと適切な火力を乱射するのでは効率が違う。
そして、今求められるのは効率的な殲滅だ。
「しつこいッ!!」
ボールの様に飛ばした赤いのは、青いのが射出した槍に突き刺さった。それを影にして接近し、メイスを叩きつける。
「次!!」
側にいた青いのへ襲いかかった時、スマホが震えた。片手で相手をしながら操作をすると、最近聞きなれた声がした。
『使者様!バスに敵が近づいているとのことです!』
「分かりました。好きなタイミングで橋の通過を開始してください。敵の攻撃は止めます」
『わ、分かりました!』
最低限の指示だけ出して、通話を切った。
(厄介なのは青。次点で赤。星屑はあの二人がやってくれるだろうけど...)
優先的に倒していたから、青の数は少ない。とはいえ、一発でもバスに刺さればアウトなのだから、油断するには早い。
「...ここからが、正念場だ」
橋の側で隠れていたバスが飛び出したのを遠目で確認して、俺は気合いを入れ直した。
(ここまで来たんだから、それくらい、やってのけろ!!)
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凄い勢いでバスが走り出した。皆は椅子にしがみついたり、頭を抱えたり。悲鳴をあげる人はいないけど、皆無事に行くか分からない移動に不安がっている。そんな中、私はただ外を見ていた。
凄い数の敵が群れで動いていたり、見たこともない色の敵もいる。そいつらが、私達を見つけた瞬間迫ってくる。
それでも私は目を逸らさなかった。確かに怖い。私達じゃ勝てない。あれがどうやって人を殺してきたか、ここまでの道のりで知ってしまった。
(でも、それでも...見てなくちゃ)
近づいて来た白い敵が、急に飛んできた物に叩きつけられて飛んでいく。私が一番見てきた武器で、私が一番好きな人だ。
(うたのん、秋原さん)
二人はバスの上で私達を守るために戦ってる。天井からたまに音が聞こえるのはそれだ。本人は見れないけれど、存在は感じられる。
そして、遠くの敵が海の方へ落ちていくのを見えた。沢山の流れ星が落ちていくかの様に、次から次へ真昼の空に流れていく。
それが、私が全身を見れる人だった。
(海来さん)
目で追うのがやっとな軌道で敵を倒し続ける姿は、凄く頼もしく見える。
(...頑張って)
今も尚、私達を守るために、一緒に四国へ行くために戦っている三人。その姿を見続ける。
私は、うたのんの友達として、勇者を支える巫女として、この戦いをしっかり見てなきゃいけない。そう思ったから。
(私は一緒に戦えない。けど、逆に言えば、戦うこと以外なら一緒に出来る)
「あと少しだ!!!」
『!!』
運転手さんの声で前を向く。最後尾のバスだから真っ直ぐは見えないけど、よく分からない大きな壁がさっきよりハッキリ見えてきた。
「た、助かるんだ!」
「あそこがゴール!?」
「早く!!!」
バスの中の人達が嬉しそうに叫び出す。私自身、希望が見えてきた。これなら皆無事にたどり着く_________
目線を外に戻した時、私は気づいた。
目で見えるギリギリ。そこに、こっちへ槍のような矢を構えた青い敵がいた。
(っ...)
声が詰まる。あの距離はうたのんは勿論、秋原さんの槍も届かない。なら、あれを止められるのは一人だけ。
誰も傷ついて欲しくない。もう誰にも、悲しんでほしくない。自然と私は、以前の私なら取らないような行動を取っていた。
こんな速く動くバスの窓を開け、身を乗りだし_____私は叫ぶ。
「海来さん!!!あれ!!!」
あの人なら、きっと何とかしてくれる。期待の押し付けにも等しい行為。
それでも_____うたのんが信じた、私も信じられた、あの人なら。
「危ないから顔を出すなよ!」
上から降りてきた海来さんは、小さな刀を構える。
(...頑張って)
邪魔しないよう声にも出さずただ祈る。でも、それに呼応するかのように、彼は叫んだ。
「集中ッ!!!!」
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「こいつら!いい加減にッ!!」
バスの後方_____本州側にいて、後からバスを追いかけてきた星屑達は、最短ルートでこっちへ向かってきていた。
(後少しなのに...!)
いつもの星屑は遅いため問題なし。青いのは遠距離武器がメインなものの、星屑より遅い。
しかし、赤いのだけは突撃用だからか素早く、バスを四国へたどり着く前に対応するしかなかった。
叩きつけていたメイスは、順調に敵の数を減らしていったが_____三匹纏めてメイスに突撃したと思えば、自分の切っ先同士を絡ませ抜けないようにした。
(鉄砲玉の囮!?)
振り払おうとすると、食らいついたと言わんばかりに離さない敵。こんな時間をかけてる場合じゃないのを分かってる俺は、すぐに思考を巡らせた。
(橋に叩きつけて引きずり回せば問題はない。けどバスが移動してる橋を不必要に揺らすのは)
「海来さん!!!」
「!!」
声がしたのは、そんな時だった。
声の主は、この時代じゃ聞いたことのない声量で叫んだ藤森水都。俺を名指しで頼ることなどないと思ってた人物からだった。
「あれ!!!」
指差す先を目で追って、背筋が凍る。捉えたのは、自分の武器を構えるように止まった青い敵だった。
倒し損ね、別動隊、そんな言葉が脳裏を巡って_______俺は、メイスから手を離す。
物理的な距離から、相手の攻撃を止めるのは間に合わない。だからといって諦める選択肢などない。
だから、俺が取った行動は。
「危ないから顔出すなよ!」
バスと並走しながら、握った短刀を構えることだった。
俺は決して、生まれもった天賦の才などないのだろう。勇者としての力は彼女の残り物で、神が最適とした武器はさっき捨ててきた。
そんな人間がやろうとしてるのは、『寸分の狂いなく、飛んでくる槍を弾き返す』こと。
橋にダメージは与えられない。バスに当てるわけにはいかない。バスの上で戦う彼女達に飛ばすわけにはいかない。
それを短刀で、槍先を_____点と点の接触で、全て成す。
そんなことが出来るのはマンガやアニメの主人公だ。
(だからって、諦めるのは違うだろ?)
不意に、ツバキ(俺)がそう言った。
(...なら)
今だけでも、主人公に。勇者として最高の力を。
(大丈夫。ここには...)
天賦の才はない。だがそれを、三百年分の経験と、二人分の人格でカバーする。してみせる。
ちらりと後ろを向く。バスの中にいた彼女は、中の方へ入りながらも、こっちをしっかり見ていた。
(俺の守りたい人がいるから)
『「集中ッ!!!!」』
自分を鼓舞して、短刀を横凪ぎに払う。軌道上には一本目の槍が飛来していて、耳がおかしくなりそうな音を立てた。
構うことなく払った短刀は、バスの進行方向の反対へ槍を飛ばした。勢いは殺してないため橋を跨いで海に落ちるだろう。
構う暇もなく二本目、三本目。一つは同じように払い除け、もう一つは完璧に弾き返した。
(目も体も動いてる。これなら!!)
(油断はするなよ。来るぞ!!)
感覚を高め、高速で飛んでくる物をより捉えようとする。続いての三本を、短刀を右手から左手に持ち替えながら対処した。曲芸の類いではなく、弾きやすい方の手に武器を顕現させているだけだ。
(生えてたのは10本!!あと半分切った!!)
「石榴さんっ!!」
「!?」
叫ばれたのと自分で気づいたのはほぼ同時。見上げると、バスではなく俺を狙う星屑が三体。
(狙いを変えて!?)
(迎撃する!!)
並列に回る思考が動揺と対処をこなす。一体はバスの上から飛んできた槍が刺さり、 一体は鞭が横凪ぎに払われ飛んでいく。
そして俺は________
(やって、みせろっ!!!)
思考を最大加速。敵から飛んできた槍の先端に、短刀の刃先を擦り合わせる光景を、しっかり目で捉えた。
「ッ!!!」
跳ね上げさせた槍は、星屑の頭を貫いた。
「次ッ!!」
頭が痛みを訴えているのを自覚しつつ、目線は前を向ける。逃しは_______
(_____)
一瞬目を逸らした。意識を自分に向けた。それを逃してくれないのは、嘆くべきか、笑うべきか、誉めるべきか。
飛来してきた『二本の槍』は、もうすぐそこに迫っていた。
(二本)
(同時)
(どう切り抜ける)
(剣は一つ)
(体を盾に)
(諦めたくない)
(他の武器は)
(考えろ)
(考えろ)
((考えろ...!!!))
「やら...せるかぁぁっ!!!!」
叫びながら、腰から無造作に取り出したそれをばらまく。槍は宙を舞う札とぶつかり、光と音を発したまま置き去りにされた。どこまで効力があるか分からないが、今からバスを追いかけるように曲がることはないだろう。
(だが、これで)
(もう誰も失わない!!)
「俺達の...勝ちだ!!!」
勝利宣言と共に、俺は最後の一本を弾き返した。勿論気は抜かず、同じように見逃しがないか、奇襲がないか、万が一の可能性を探る。
探って________すぐその時がきた。
「石榴さん!!」
歌野が手を伸ばす。
「海来さん!?」
雪花が驚く。
「歌野...」
俺は、その手を取らなかった。
「皆、元気でな。もう一人も連れてくるからお楽しみに」
「石榴さん!!せめてこの先まで一緒に」
「じゃっ」
驚いたままの彼女は、そのままバスと共に消えた。正確に言うなら、壁の中、四国へ入っていった。
せめて大社と話をつけるまではいた方がいいのかもしれない。だが、もう一人、沖縄にいる彼女も連れてきたい。
そんな考えをしながら_____だが、今の俺は、一瞬だけ全てどうでもよくなった。
今この瞬間、守りきれた。彼女達との約束を一つ叶えた。
「っしゃ......よっしゃあああああっ!!!!」
四国に届くことはない声が、瀬戸大橋を震わせる。
「さぁ、次だ!!」