「ッ!!」
無言の気合と共に、竹刀を上段で止める。丁度面の位置だ。目標としていた場所として完璧。
だが、私は満足出来なかった。
(やはり、雑念があるな)
原因は分かっていた。ここにはいない彼女の言葉だ。
『乃木さん。いいリアクション、期待してるわよ』
諏訪を守る勇者、白鳥さんからの最後の言葉。これを境に、諏訪との通信は行えなくなった。何日かは向こうに連絡はつくものの声が聞こえない。といった様子だったが、最近はノイズが返ってくるだけになる。
(一体、何が...)
最悪の場合を予想してしまい、そんな筈はないと首を振る。だが、それを証明する術を、私は持ち合わせていなかった。
「若葉ちゃん」
「ん?ひなた?」
「こちらでしたか。もう夕御飯の時間ですよ」
「ぇ...本当だな」
時計を見れば、確かに皆で夕飯を食べる時間だった。竹刀を片づけ、練習場から出ていく。
「今日はうどんだったか。速く行かないと土居が我々の分まで食べてしまいそうだな」
「若葉ちゃんったら...あぁそうでした。先に伝えておきますが、夕御飯の後、皆さんにお話がありますから、すぐ帰らないでくださいね」
「話?何だ?」
「......神託が、来たんです」
ひなたが受けたと言う神託は、全員が首を傾げるものだった。
内容は、勇者が指定の日時に、壁の近くで待機するといったもの。
敵の迎撃でもなければ、そう意味のある行動とは思えない内容ではあったが、それがひなたの受けた神託だと言うのなら逆らう理由もない。
『良いことだとは思うのですが...皆さん、警戒はお願いします』
ひなたは自分でも困った様子で、そう言うのだった。
それから数日。私達は神託に従い、壁のすぐ側まで来ていた。
「相変わらず大橋はデカいな~」
「タマっち先輩、はしゃがない。ここにはお役目で来てるんだから」
「でもよー杏、何も無いぞ?」
「...そもそも、いつまで待てばいいのかしら」
「まぁまぁ、もうちょっと待ってみようよ。ぐんちゃん」
「......高嶋さんがそう言うなら」
他の勇者も、よく分からないままただ時間だけが過ぎる。やがて、指定されていた時間も回り__________
「ん?何だあれ?」
最初に気づきたのは土居だった。
「どうしたの?」
「いやほら、あれ」
示す先は真っ直ぐ伸びる橋。何も変わらないように見えた光景は、先が揺らいで見えた。
「何だ?動いてる...?」
「!ねぇねぇ、あれ!!」
『!!』
その姿はみるみる大きくなり、やがて私達は目を見開いた。
やって来たのはバス。しかも、上には誰かが乗っている。
「止まれ!」
「止まってください!」
中にも人が見えるとはいえ、一応警戒してバスを止めさせる。一方で、訪れた人々も指示に従うように止めた。前からは見えなかったが、バスは三台。
「四国の勇者かな?」
「そうじゃないかしら。ハロー。どなたか私の声に聞き覚えがある人はいる?」
「!!その声は...!」
眼鏡をかけた少女と、声をかけてくる少女。私は後者に聞き覚えがあった。
「あら、その声...もしかして乃木さん?」
「...白鳥さん、なのか」
「え、白鳥って若葉が話してたっていう諏訪の?」
「まさか、諏訪からここまで!?」
外の現状を分かっているからこそ、驚きが隠せない。このバスは、敵地を潜り抜けて来たというのだから________
「白鳥さん!!一体何が」
「ついたー!!四国だぁ!!」
「これで安全なんだよね!?」
「あんた達も歌野ちゃんと同じ勇者様なの!?」
「使者様!ありがとうございます!!」
私が声をかけるより前に、バスを飛び出してきた人に囲まれて動けなくなる。全員嬉しそうな、安心してそうな顔をして、抱き合ったり笑いあったり。
「...詳しい話は後でしましょうか。今はこの人達をちゃんとしたところへ連れていきたいし。大社へ行っても大丈夫かしら?」
その中で、白鳥さんは冷静にそう言った。
それからしばらく。結局、白鳥さんとは話が出来ないまま数日が経ってしまった。
突如訪れた避難民、蓄積された疲労からか、度々起こる衝突。なにより、勇者、巫女を含めた全員の今後の対応。大社とずっと話していた彼女ともう一人の勇者とは、なかなか話す機会がなかった。
私達四国の勇者も、何かと忙しかったのもある。主な理由は避難してきた人々を落ち着かせるため、話し相手になること__________その中で、情報は聞けた。
避難してきたのは諏訪と、なんと北海道からバスで移動してきた人々。北海道には秋原雪花という勇者が、諏訪からは、私も知る白鳥歌野と、巫女として藤森水都がいた。
それから、もう一人。北海道の神の使者と言われる人物が、話でよくあがったが_____その人は見当たらなかった。
四国へたどり着かせる役目を果たしたから消えた。とか、最後の攻撃を身を呈して庇ってくれたのを見た。とか、北海道に戻った。といった憶測の域を出ない言葉で、結局理由は分からない。
(白鳥さんは、何か知っているだろうか)
早朝、そんな事を考えながら、私はとある場所を目指した。寮からそう距離はない。
そして、目的地にはすぐについた。
「あら?乃木さん。こんな朝早くにどうしたの?」
「大社から、白鳥さんがここを使えるよう頼んだことを昨日聞いたんだ」
「そうなのね。ごめんなさい。なかなか話すことも出来ずに...ただ、朝に出来ることは全部しておきたいから話すのも片手間になっちゃうけど、いいかしら?」
「...構わない」
「ありがとう」
そう言って、白鳥さんは後ろを向く。広がっているのは、一人で管理するには厳しそうな畑だった。
(...農作業か)
人々を守る勇者にとって、不要だとは思う。しかし、以前から聞いていた彼女の愛や、ここまで逃げ延びてからやっていることから、否定も出来ない。
「白鳥さん。ここまで来るのに、使者と呼ばれている人がいたらしいのだが...何か知っているか?」
「使者?あー、あの人のことね」
「聞けば敵を圧倒的な強さで倒したそうじゃないか。その力を他の勇者達が使えれば、これからの戦いも」
「んー...確かに、そんなことが出来たら、あの敵...バーテックス?あれも簡単に倒せるかもしれないわね」
「じゃあ」
「でも」
白鳥さんが、私の言葉を遮るように口を開く。
「私達はあの人の強さの理由を知らないし、真似する方法も知らないわ。雪花さんの話も合わせると、一ヶ月近くほとんど寝ないで暮らす方法なんて分からないもの」
「...!?」
一瞬何を言ったのか分からず、意味が分かってから更に困惑した。言葉通りなら、それは人間には出来ない所業だ。
「それに、今貴女しかいないから話したけど、彼の詳しいことを大社に言うか言わないか、みーちゃんや雪花さんとまだ話し合ってるの。だから私が言ったことは秘密にしておいてくださいね」
「それは何故だ?」
「...そりゃ、そんな人がいたって話だけして詳しくは分からないんじゃ、大社としても扱いに困るでしょう?」
少し言葉に詰まった様子の彼女は、事前に耕し終えていたのか、土の中に何かの種を入れて、上から被せる。
「それに、きっともう一人来るから」
「もう一人?」
「きっとね。その人が来てからでも遅くはないでしょう...まぁ、もし四国が危険になるなら、私は一緒に戦うから。防衛戦だもの。人数は多い方がいいでしょう?」
「あ、あぁ...それは助かる」
「えぇ。任せて...と、これで後はあれだけね。乃木さん、折角だし、水やりを手伝ってもらえる?」
「分かった」
量を白鳥さんから教わりながら、畑に水を撒く。土はその色を黒に寄せた。
「...ん?白鳥さん、それは?」
いつの間にか水やりを終えていた彼女は、そこから少し離れた所で何かを植えている。見たところ何かの苗木のようだが__________
「これは私の持ってきた種じゃなくて、大社に頼んだの。まだ一つしか苗木を貰えなかったけど」
「これは?育つと何になるんだ?」
聞くと、彼女は少しだけ笑ってこう言った。
「これは『椿』よ」
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私は今日、珍しく海に入らずにいた。理由があるとするなら、それもまた海だ。
海が、何かを待つように訴えている。
皆を襲う敵が来るようになってから、私が力を持つようになってから、後少しで三年ほどになるだろうか。敵の襲来に対し、海に入ることをここまで強く待たせることはなかった。
であれば、これが示す意味は、より強い敵の襲来か、もしくは_________
「......来たか」
「ワンッ!」
それは海からではなく、空から来た。本来飛べない筈の人間が、空を飛んでこの沖縄に入ってくる。
不思議な存在であり、今の状況であれば本来警戒しなければならないことは、私でも分かる。
だが、私はそんな『彼』を、側で鳴くペロと一緒に見ていた。
「お前は、何だ」
ものすごい勢いで海に墜落する彼を。
「......ん?」