「はっ!?」
「うひゃあ!?」
飛び起きた途端、隣で女の人の悲鳴がした。慌てて見れば、同い年くらいの女子が尻餅をついている。
「お、起きた!?生きてるっ!?」
「...っと、俺のことで驚かせちゃったのか...悪い。怪我はないか?」
「な、ないよ...ていうか怪我ありそうなのはそっちでしょ!?なっち...棗様にどんな状態で運ばれてきたのか知らないの!?」
「棗?古波蔵棗?」
「そうです!」
(...とりあえず、目標地点到達?)
四国への送り届けを済ませた後。俺は最低限の戦闘だけ済ませ、メイスを回収して沖縄を目指した。俺だけなら奴等を振り切れるし、例えもう一度相手するとしても、沖縄で説明する暇がないほど来られるより、四国周辺でたむろしててくれた方が好都合だと思ったからだ。
それから移動を続け、やがて沖縄の、棗の姿を見て安心して________そこからの記憶がない。
(だが、そうか...来たのか、沖縄に)
「何で知って...いやその前に、大丈夫ですか?」
「ん、悪い。ボーッとしてた...俺ってどんな状態だったんだ?」
「どんなって、死んでるようにしか見えなかったですよ!!棗様が何か持ってきたと思えば、ゴツゴツした機械みたいなパーツは沢山ついてるわ、中の服はボロボロだわ、おまけに顔色悪くて今にもポックリ逝きそうな人だったんですから!!おまけに海で拾ったとか言って!!」
「拾ったって...」
(墜落でもしたのか、俺は...でもいいか)
沖縄に来て早々、棗の無事を確認できた。もう少し辺りを回らないと分からないと思ってたから、まぁいいだろう。
「えっと、助けて貰ったんだよな。ありがとう。君は?」
「私は...緋之宮、緋之宮麗奈(ひのみや れな)って言います」
「緋之宮さん...ありがとう」
「多分年近いじゃないですか。さんはいりません」
「分かった、緋之宮。棗...古波蔵さんは何故俺を君の所に?」
「多分、そうするのが良いと思ったんじゃないかな?海のお陰かもしれないけど。まぁ、他の人があの姿を見ちゃうと驚いちゃうから」
「耐性あるのか?こういうのに」
「あるわけないよ!!でも、棗様の突飛な行動にはまだ慣れてるから...介抱するだけならなんとかしてくれるって思ってくれたのかも、しれません」
そう言う彼女は、どこか気恥ずかしそうに頬をかく。
(確かに、今の俺とちゃんと会話してくれてるしな...)
「それより。貴方の名前は?私だけ言ったら不公平じゃない」
「あぁ悪い。俺の名前はふる......」
「ふる?」
「...古い名前は今使ってなくてな。海来石榴って言う。海に未来の来だ」
「海来石榴...海から来た人なんて、なっち好きそう」
「確かに」
「...今すぐ知りたいのはあともう一つ。貴方は、棗様と同じ力を持ってるの?」
「...あぁ。正確には違うけどな」
悩んだ末、そう答える。
「じゃあお願い!なっちを助けて!!あの子一人で」
「大丈夫」
「!!」
「俺は、あいつを助けに来たんだからな」
----------------
私は、何も特別なことはない。ただの一般人だ。
そんなことを自覚することも、こうして悩むようなことも、一生ないと思っていた。
『麗奈。下がっていてくれ。これが神の言っていた敵。私の倒すべき存在だ』
古波蔵棗様_________私の友達のなっちが、私をそう変えた。
元々、日常生活でもちょっと変なところはあった。小三辺りから『海の声が聞こえる』と言うようになり、実際その海トークがよく当たっていたり。まぁこれは可愛い範囲ではあったけど。
周りが遠慮しがちなことも、我が道を行くというか、歯に衣着せぬ物言いと大胆な行動で、率先してやったり。
そんな友達が神に選ばれて、迫り来る敵と戦うようになり、周りからの態度も変わっていって________特別な存在というのを、感じてしまった。
『海底を宮としている神からの助力、それが勇者、古波蔵棗に...棗様に宿っている力さ』
この地は神様への信仰が深くて、突然化け物に襲われても、暴走せず助けを祈る人が多かった。
でも、その分勇者様への態度を変えることもスムーズだった。
『麗奈からもなっちではなく棗様と呼ばれるのは、むず痒いな』
『勇者様に様付けしないと私が怒られちゃいますから。気安いって』
『そうか...私と変わらず接するのはお前だけになったな。ペロ』
『ワフッ!』
そうやって微笑むなっちは、それでも前を向いていた。沢山敵と戦って、弱音を吐いてる姿も見ない。訳の分からない敵相手に一人で戦うなんて、疲れるなんて言葉じゃ表せないほどに決まっているのに。
それに対して、私は襲ってくる白い敵は怖いし、周りの人に怒られるのも嫌で友達に敬語を使う。助けて欲しいという打算。ご機嫌とりも無意識に入ってしまっている。
その行為は、私がただの一般人だと思うのに十分だった。
私はただ__________
『人類の敵め。花により散れ』
皆の為に一生懸命戦っている友達のために、何か出来ることをしてあげたいと思っただけなのに。
『古波蔵さんに会わせて欲しい』と言われ、私は二つ返事で答えた。言ってきたのは海来石榴さん。
『麗奈、頼めるか?』
なっちが私を頼って運んできた人で、
『あぁ。正確には違うけどな』
装備や言葉から、なっちと同じ『特別』な存在。だから私はお願いをしたし、今もなっちの元へ誘導していた。
海で拾ったとか、明らかにおかしな服とか、訳の分からない所は沢山ある。でも、だからこそこの人が『特別』だと思えた。
『特別』なら、同じ『特別』を助けられるかもしれないから。守られてるだけの一般人ではなく、ちゃんと手を差し伸べられる相手だから。
(なっちを、少しでも助けて欲しい)
そんな願いを胸にしまいながらなっちを探すと、すぐに見つかった。
「なっ...棗様!」
「麗奈?おぉ、目を覚ましたのか」
「あぁ。お前が助けてくれたんだってな。ありがとう」
「礼などいい。困っている人を助けるのは当然のことだ...だが、聞きたいことは沢山ある」
「だろうな。さて、何から話すか...海から何か聞かなかったのか?」
さっきもそうだった。彼はまるでなっちが普段海と心を通わせていることを知っているかのようなことを口にする。彼の存在など、沖縄で過ごしてきたこれまでの人生で見たことないのに。
「何も聞かされてはいない。だからまず聞こう。お前は何だ?何故私を知っている?」
「...分かってる。聞きたいことは話す。ただ、ちょっと移動しないか?こんな道のど真ん中でする程短い話でもない」
「分かった。では私の家に行こう」
初対面で、とても普通の相手じゃないのに、驚くほどスムーズな会話。それに違和感を感じながらも、私はギリギリ許容できていた。
(なっちが、どこか信頼している)
何か感じてるのか、隣を歩くペロ(愛犬)が何も言わないからか。なっちの態度が柔らかいのを、私はギリギリ感じ取れる。
だから、話がスムーズなのも納得はいく。いくのだが_________そもそも、何故なっちが彼をこの短時間、会話もしてない状態で信頼しているのか、それが全く分からない。
確かに私も彼をなっちの元へ通した。しかしそれは、なっちを助けてくれるかもという打算ありきのもの。じゃあ、彼女は何故。一般人には分からない何かが__________
「えっと、緋之宮?」
「麗奈」
「うぇっ!?何!?」
「いや、ボーッとしてるから...」
「私の家に行くぞ」
「え、えっと...私、行く?二人の方が良くない?」
「いやー、棗はたまによく分からん所あるし、いてくれると助かる。棗とも仲良いみたいだしな」
「私から誰かに説明する時、麗奈もいてくれた方が良いだろう」
「え、えぇ...?」
何故か二人して仲良く私にいて欲しいと言う上に、その顔は本気で言っていて。
「...ぷっ、変なの」
色んなことが起こりすぎてパンクしそうだった私は、吹き出すように笑ってしまった。
----------------
最初から、棗を四国へ連れていく為として考えていたのは、偽ることなく全てを話すことだった。雪花や歌野は言われて考え直したが、彼女に取るのははじめからこれだ。
即ち、俺が未来から来たことも、別の世界で仲良くなったことも、全て。
彼女なら海の囁きとかで嘘かどうかくらい見抜きそうだし、彼女の性格から考えてもそうしたい。
ただ、誤算は__________
(......全部話したけどさぁ)
彼女に話す前から、以前のような、初対面としてはあまりにも馴れ馴れしい態度を取っていたことに気づいたのは、全部を話してからだった。
知らぬ間に気絶して、無意識に気が動転してたのはあると思う。現に、もう一人の俺がまだ意識を覚ましてないことに気づいたのもついさっきだ。
それと、棗があまりにも普段通り過ぎた。雪花、歌野、水都が多かれ少なかれそれぞれ違う態度だったのに対し、棗は俺の知る棗とあまりにも同じだったのだ。
それで、話してることに違和感が全く持てなかった。
(これで胡散臭いとかで信じてもらえなかったら、どうしよう...)
「え、つまり貴方は未来人で、この世界は四国以外の日本が化け物で溢れることを知ってて、別の世界で仲良くなったなっ...棗さまを助けるためにここに来たってことですか?」
「簡潔な纏め助かる。そういうことだ。正確には、四国も攻められはするが、あそこは防衛機構がもう出来てる。ここよりは良い」
誤算と言えば、彼女の存在もちょっと気になった。棗から愛犬ペロの話はよく聞いたし、今も彼女の側にいるのがそうだとよく分かるが、緋之宮麗奈、彼女に関してはあまり聞いてなかったからだ。
仲の良い友人がいるのは聞いていたが、これまでのやり取りから棗がもっと話しそうな存在だとも感じる。
(まぁ、いない友人の話をしてもどうしようもないからって棗があまり話さなかっただけかもしれないけど...)
こうしていると、棗が俺との話に彼女を混ざるようにしたことも納得がいった。それに、さっきも彼女自身が言っていたが、こんな状況に慣れてるわけがないのだから、歌野と水都のようにお互いを信頼しているのだろう。
(それに...頭が切れる、と言うべきなのか?飲み込みが早すぎる)
「いや何それ...流石に信じられるわけ」
「そうなのか。四国は安全なのか?」
「信じるのぉ!?」
「安全...と言うのは苦しいが、少なくともここよりは皆の危険が低い。お前が一人で戦うこともない」
「お前もいるのか?」
「いや、俺は未来に帰るからな。四国には今七人、勇者がいる。勇者を支える施設もあるし、目に見える神の加護がある」
「そうか...」
「......俺が言うのもあれだが、信じるのか?」
「そ、そうだよなっち!流石に鵜呑みにするのは...」
「......」
棗は目を閉じ黙ってから、すっと目を開けた。
「話に嘘を言ってるようには感じられない。海も静かだ。お前が私達に害を成す存在で...例えば、あの化け物の仲間だとして、私達を沖縄の外に出すのが目的であったり、四国に閉じ込めるのが目的であれば、私は騙されていることになるが...」
「なるが?」
「...何故だろうな。お前はそういうことはしない人ではないと思う...いや違うな。そんなことはしない人だと、私は信じてしまっている」
「!」
「別の世界とやらの記憶は、一切ないのだがな。不思議な感覚だ...まぁ、そんな感覚を抜きにしても、四国が大きな避難場所になっているという話は、最近別の人が話していた。人々を守り抜くなら、戦うのも私以外にいた方がいい」
「っ」
「棗...」
「...棗様がそう言うなら、私は特に何も。怪しいのは確かだけど、否定する証拠があるわけじゃないし」
棗の言葉に、緋之宮の同意。一先ず良い方向に進みそうな事実に、俺は思わず息をついた。
「はぁ...よかった。何よりだよ」
「でも、信じて貰うならあんなド派手な演出は考えない方が良いですよ。海に落下して助けて貰うなんて」
「それはわざとじゃないと言うか、不慮の事故と言うか...まぁ、気にしないでくれ」
「?」
「ともかく、四国へ移動する。ってことでいいんだな?」
「そうだな」
「だったら俺は全面的に協力する。よろしくな。棗、緋之宮」
「は、はい」
「色々考えることはあるだろうが、よろしく頼む...えっと、名前は?」
「あれ、言ってなかったか。俺は海来石榴」
「...それは、言えない理由があるのか?」
「!?」
体が硬直する。いくら嘘を見抜かれる想像をしていても、一応初対面の相手の嘘をこんな瞬時に見抜くのは、異常でしかない。
とはいえ、俺に取れる手は一つ。
「あぁ。訳あって言えない。そのうち分かると思う」
「そうか。分かった」
「...ありがとな」
あっさり納得してくれた棗に、俺は頭を下げた。
(...ちゃんと、お前の期待と信頼に答えてみせる)
「でも、名前を変えるくらいなら、顔も隠したりすればいいのに...」
「え?ちゃんと隠してるだろ。現に今......」
緋之宮に言われて思考と体が停止する。バイザーをつけている筈の俺の目元には、手を当てても何もない。
というか、景色が何かに遮られることなく見えてる時点で、察しがついた。
「......忘れてたわ」
自分でバイザーを着け忘れてることに気づかないほどの注意力の低さに、俺は乾いた笑いを浮かべた。