「石榴。皆を集めた」
「ありがとう棗。後は基本俺が」
翌日。なっちに連れられて来た皆に向けて、海来さんが顔を出した。昨日と違い、ちょっと機械的なバイザーをつけている。それを見た皆は困惑気味だ。
(ところで...何故私はこっちサイドなんだろう)
なっちと私、海来さんがいる方向と、他の皆がいる方向。事前に話を聞いたとはいえ、私は本来反対側にいる人の筈だ。
「素顔を晒せない事情があるため、このような形で失礼します...私は海来石榴。北海道から遣わされた神の使者です」
昨日とは似ても似つかない声色で話し始めた彼は、皆にしっかり聞こえるよう口を大きく開いた。
「私の目的は、皆様を守るため、勇者である棗様を中心に、皆様が日々戦っている敵、皆様が白い悪魔と呼んでいるあれらへの防衛機構が出来ている四国へ、皆様をお送りするために来ました」
『!!!』
「色々疑問はあると思いますが、まずは私の話を聞いていただければと思います」
大まかには昨日聞いた話。四国には防衛機構があって、少なくともいつ襲われるか分からない恐怖に晒されることがないこと。他にもなっちと同じ勇者がいるから彼女の負担も減らせること。
この沖縄にいることが消耗戦になってることは言わなかったし、皆も話さなかった。言わずとも分かってることだからだ。なっちへの負担が大きくなってることも。
違う点は、海来さんの正体がよく分からない設定になってるのと、四国に行くメリット、ここにいるデメリットが少し大きく聞こえること。事前に聞いていた私が思うだけかもしれないけど。
(私があの話聞いてて、本当によかったのかな...)
「ここまでで、私の話は終わりますが...皆様が納得するまで、私はここにいます」
その言葉を皮切りに、ひそひそボソボソと話が広がっていく。突然こんなことを言われて戸惑うのは当然だ。
「ではワシから聞こう」
そんな中、皆からおばあと呼ばれて親しまれているおばあちゃんが手をあげた。
「お主が神の使いである。四国は安全だ。という話は信じるとする。そこを疑うのは意味のない詮索になりそうだからの...その上で幾つか問う」
「どうぞ」
「そもそも、この話に棗様は乗ったのかい?」
「事前に話を通しています」
「あぁ。この土地も、海も、確かに見捨てることになる。しかし...命が助かるなら、その方が良い」
「...棗様がそれだけ信じているなら、話は本当のようだねぇ...四国までどうやって向かうんだい?」
「当てはあります。確認をしてから、その手段を取るか、ダメな場合は空路での移動を考えています」
「四国までの道は?言い方として海路なんじゃろうが、白い悪魔達はどう対処するつもりで?」
「私を信じて貰うことになります。棗様と似た力を私は持っているので...そして、彼女より強いので」
『!!』
「ほぅ...」
事実上の宣戦布告であり、今まで皆を守ってきたなっちをけなしてると言われかねない言い方に、皆が驚いて、なっちが驚いたように呟く。
「棗様より強いと...?」
「白い悪魔...四国ではバーテックスと呼ばれる敵への殲滅能力だけなら。この力で、皆様を傷一つなく四国へ送り届けます」
一瞬でつけられた機械染みた翼、背中から手に握ったメイス。その存在感、威圧感が、皆を黙らせた。私も昨日物自体は見たものの、本人の圧はひしひしと感じる。
(こんな...構えただけで)
この汗の吹き出るような感じは、本当に人間がすっと出せるのか。初めからこの感じの圧を受けていたら、神の使者と言われても信じられそう。
「なら試すか?」
「え?」
「皆が彼の話を疑い、実力も疑っているのは分かる。だから、私がやるだけでその一つが証明できるなら、信頼足る要因が出来るだろう」
「...本気ですか?」
「本気だ」
「棗様、それは危険です!この者はそれが狙いなのかもしれない!!」
私とは面識がない男性が声をあげた。確かになっちを倒すのが目的で、この展開を誘導したようにも_____
「私がここで倒れるなら、勇者としてそれまでと言うことだ」
なっちがハッキリと言った。
「彼がもし敵なら、私が勝てなければ未来はない。今手に持つ武器を振り回されれば、止められるのは私だけになるのだから。だが、そうでないなら...私達を助けるために、私と同じか、下か、上の力を発揮してくれるなら、それは信用するに値する」
「棗...様」
「他に、このことに反対する人はいるか?」
『......』
「...棗様の、ご自由に」
「分かった」
沈黙してから答えを返したのはおばあで、その答えを聞いたなっちは愛用しているヌンチャクを構えた。昔から伝えられている琉球古武術の一つだ。
「皆離れていろ...本気で来い」
「......では、遠慮なく」
『!!』
海来さんは、背中の翼を広げ、地面から浮いた。その光景と武器の切っ先が、空から襲ってくるあいつらを連想させる。
「...手は、抜きませんから」
----------------
「ここより北か...?」
敢えて空は飛ばず、ゆっくりと目的のものを探す。レイルクスで飛べばすぐに見つかるだろうが、先程あんなことがあったため時間を潰しておきたいのと、俺一人での探索ではないため徒歩を選択した。
砂浜には、俺と緋之宮の足跡がついている。
「さっきの、やりすぎだったんじゃないの?」
「いや、初めは戦うにせよ手加減するつもりだったんだがな」
棗が沖縄の人々に俺を信じさせるために取った、決闘というスタイル。色々と話して一つ一つ信じて貰うよりは、上手くいけばずっと早いだろう。
「棗があれだけ煽ったんだ。本気でやって圧倒しないと、俺の強さの証明にはならないし、棗を程よく痛めつけるくらいじゃないと、全力じゃないって信用を得られないか、やり過ぎて恨まれる」
そんな絶好の機会を作ってくれた棗に対する精一杯のお礼は、本気で彼女を叩き潰すことだ。
(それに、十分強かったからな...飛行のアドバンテージがなければ案外危なかったかも)
本気でやったが、別の世界にいた時より腕が研ぎ澄まされていた気がして、実際なかなか攻めきれなかった。あれが一人で戦い抜き、極限まで気を張っている時の棗の強さなんだろう。
「私から見たら、ずっと圧倒してたように見えたけど...」
「そんなことないぞ。割りとマジで」
冬に寒くて動けないと言ってこたつむりをしていた彼女と同じだと言うのだから、驚くだろう。
「ともかく、出来る証明はした。あとは沖縄からの脱出方法を提示する。それに対して信用してくれるかは、あっちの相談次第だろう」
「そ、そう...そうだね」
「あっさり信じるんだな?やっぱ変わってるよ。緋之宮」
「その言われ方はあまり嬉しくない」
「棗に似てる」
「それは喜んでいいのか分かりにくい...!」
今朝目覚めたツバキには、一般人に色々教えたのかと呆れられたが、こうして話をしていくと、気にしなくなって辺りの警戒をしている。
『お前...そうか。まぁそれならそれでもいい』
それこそ話した直後はちょっと意味深な言い回しをされたが、案外納得してくれたらしく何も言わなくなった。自分自身のことの割に、分かりにくくなってるような_______
(あったぞ)
(俺も気づいた)
(.......)
(どうした?)
(何でもない)
「さて、問題は今しっかり動くかだが...」
「え、もしかしてあれ?」
「そうだ。あれを使う。一隻ずつチェックするから付き合ってくれ」
海辺に捨てられてるように放置された漁船郡を見ながら、俺は足を進めた。
棗を慕う赤嶺が神世紀にいることからも想像できるが、本来、俺がいない時も、沖縄の人達が移動した方法がある。
そして、それはツバキの記憶として覚えているのだから当然知っている。それがこの、避難時に乗り捨てられた漁船郡だった。
俺自身一度船を動かしたことがあるし、あれからちょっと調べたから、しっかり動くかどうか、燃料が足りてるかどうかの確認くらいならできた。
結果。燃料を移し換えたりして動くのは全部で七隻。さっき見た人数から逆算して、全て動かせば問題なく移動できるだろう。
「こっから四国って、船でどのくらいだ?」
「飛ばせば速いかもしれないけど、私も具体的なのは...フェリーで鹿児島までだったら、大体一日だよ」
「鹿児島...確か、ここから一番近い、九州の最南端だったよな?フェリーよりは速いだろうが、距離的に...二日かかるくらいか?それ以上か?」
どのみちこれなら移動時間は陸路よりずっと短い。その間海上で生活しなきゃいけない点と、ずっと気を張ってないといけない点はあるが。
(後は、運転手の問題か。七人...出来れば交代制にしたいから倍は欲しいな)
(そうだな...!!)
「隠れて」
「えっ」
船内に身を隠し、遠目で見た星屑の死角に入る。巡回しているのか、ふるふると震える体は同じ場所を何回か往復した後、見えない場所まで飛んで行った。
(あっちは人がいない方向...下手に刺激してここに注目させるより、見逃した方がいいか)
「過ぎ去った。すまん、大丈夫か?」
「う、うん...よく気づいたね」
「もう長年の付き合いなんでな。さて、戻ろう。状況を説明しないと」
自分で言ってて悲しくなってきたが、それだけ長い期間戦ってきた相手だ。習性も動きもよく分かっている。
(...もしかしたら、これからも続くのかもしれない。だがまぁ、一度決着つけようぜ)
「にしても緋之宮、よく計器とかまで確認できたな。漁の手伝いとかしたことあるのか?」
「あー...ちょっとね」
他愛のない会話をしながら、来た道を戻る俺達。その瞬間だけ、最近味わってなかった日常を感じられた。
----------------
「というわけで、船を用いての移動になります。期間は二日から三日。数は七隻。大きさはそれぞれ異なっていますが、この場にいる全員を乗せることは出来るでしょう」
「そんな所に、船が...」
頬にガーゼをつけているなっちが呟く。そこまで遠くはなかったけど、私達全員知らなかった場所だ。
(見つかってる漁船はあっても、燃料がほとんど底をついてたから...でもこれなら、確かに皆で逃げられるかも)
「これで、こちらが出せるものは全て出しました。後は皆様の納得と、船を動かせる人員...可能であれば14人以上、それが揃えば、いつでも出発できます」
「確かに、これなら...」
「あぁ、全員で脱出できる」
「しかし、四国が安全というのは」
「だがさっきの彼の強さは」
なっちの側にいた人達が話し始めるのを、海来さんは止めない。なっちも沈黙している。
(折角、チャンスが来たのに...)
この人が嘘をついてるとは思えないし、なっちにこれ以上負担をかけたくない。なら、今ただの一般人である私が出来ることは_____
「あ、あのっ」
「ならば善は急げじゃ」
『!!』
「すぐに用意をしなければの」
私より強い声で言ったのは、おばあだった。少しだけなっちの方を見てから、強い口調のまま話を続ける。
「おばあ...」
「...必要なのは、船を動かせる船員じゃな?」
「えぇ」
「皆、ここにいない者達をもう一度全員集めてきておくれ。特に漁師は必ずじゃ」
「分かりました!」
「お任せを!」
ぞろぞろ部屋を出ていく皆を見送ってから、おばあが足を動かす。
(でも、おばあは...)
「おばあ」
「何じゃ?」
「いや...おばあはここに残ると思っていた。例え命の危険があっても、おばあはこの沖縄を愛しているから」
「...残るつもりではあった。私はこの土地を、海の神をずっと想っていたからね」
「......」
「だが、全員が助かる方法が見つかって、それを棗様...今まで私達を守り抜いてきたあんたが賛成しているんだ。私が頷けば反対意見も大体がなくなってすんなり事も運ぶ。そしたら、そうするさ」
「おばあ...ありがとう」
「私からも、感謝します」
「いらないよ。命を救ってもらってる身だからね。ただ、あんたにはしっかり働いて貰う」
「分かっています。必ず」
「それと、もう一つ問題があるよ」
人差し指をおばあは立てた。
「私の覚えている限りだと、今満足に動ける船員は12人しかいない」
「12...?」
「あぁ、新垣さん達か」
「なっ...棗様、ご存知で?」
「しばらく漁に出なくなったから、漁師は敵に襲われた家を直したりする大工の仕事をしていたんだ。今もやっているから呼びに行ったわけで...その内、新垣さんを含めた何人かは、大工作業や敵に襲われたことで怪我をしてるから、きちんとした船の操作が出来ないかもしれない」
「...それで、今現在、しっかり船を扱えるのが12人だと?」
「もし七隻で行くなら、二隻が一人で運転になる」
「それは...避けたいですね。一人は負担が大きすぎます」
(...もしかして)
「麗奈、今の人数を六隻以下で運べないだろうか?運用する船が少なければ、それだけ運転手も減らせる」
「うん...ちょっと難しいと思う。正直、七でもギリギリ。生け簀の部分に人を入れるのは環境的に色々危ないだろうし...」
「...最悪、私が運転できますが、戦いになれば船を止めて行かざるを得ません。そうするとしても...最低あと一人、誰かに操作を覚えて貰うかしなければ......一番小型なのを捨てて、過重覚悟でわけるか、私がずっと空にいれば...」
三人が悩む。その中で、私だけが別の意味で悩んでいた。
(自信はない、実力も分かんないし、迷惑をかけるかもしれない。でも、ここで手をあげるだけで皆の役に立てるなら...!)
ただ話を聞くことしかできない一般人。友達に守られるだけの存在。そんな私が、変えられるなら。その力があるなら。
「戻ってきた人の中で、体力のありそうな人を」
「あ、あの!!」
「麗奈?」
「どうしました?」
「そのっ...その運転手、私がやります!!!」
「麗奈が船を動かせるなんて、知らなかったぞ」
「いや、私も実際に動かしたことはないから、分からないんだけどね...」
夕暮れ時、なっちと会話しながら、説明書と照らし合わせて一つ一つの機械を確認する。この一番小さい船なら、私でもなんとかなりそうだ。
(付け焼き刃でしかないけど...!)
きっかけは、なっちの存在だった。
あの子は、海の神に選ばれ、私達の為に日夜戦ってくれている。そんな彼女にせめて役立てられることはないかと始めたの物の一つが、船の操作機器を学ぶことだった。
船が動かせれば、沖縄から脱出しなきゃいけない時に動かせる。新鮮な魚を食べさせるために、漁に出る手段を手に入れられる。
(本当に役立つとは思ってなかったけど...)
「棗。交代だ」
「石榴」
「皆手際が良くて、明日朝一には出発できるかもしれない。今のうちに休んどいた方がいい」
「分かった。そうしよう」
「じゃあ麗奈、また」と言って船から離れるなっちと交代で、海来さんが壁に寄りかかった。外を眺めてるのは敵の警戒だろう。
「悪いな。折角話してたのに」
「いえ。それより、動かし方とか教えた方がいい?」
「いや。いい。元からある程度知ってるが、具体的なのは明日運転してるのを見て分かると思う。それでもダメなら聞くから」
「分かった...」
「荷物は御両親が準備してくれるんだったよな?」
「うん。ていうか休まなくていいの?なっちには言ったのに」
「俺はいい。この前寝たし、今更二日がなんだって話だから」
この前寝たというのが何時のことだか察しがついた私は、色々小言を言おうとして結局やめた。この人が規格外染みてるのはたった今知った訳じゃない。
「未来の人は、皆そんな風に特別なの...?」
「もし全員同じなら、今頃この世界は未来人で溢れてるかもな。残念というべきか、俺だけだ...正確には違うかもしれんが」
「え?」
「何でもない」
「そう...でも、なっちと同じ特別な勇者様の一人なんでしょ?」
「......俺は、勇者と言っていいのか。悩みどころだな」
含みのある笑いに、私は思わず彼の方を向いた。あの力が特別じゃないならなんなのか。
「勇者でありたいと思う。自分の大切な人を守れる存在でありたいと思ってる。だが、この世界の基準としては、俺は勇者ではない枠組みだからな...偶然がなければ、俺はここに来ることなんてない、何も知らない一般人だったんだろう」
「一般人なんて、私みたいなのに言うんですよ」
「俺を勇者だと呼称するなら、お前も勇者だ。緋之宮」
「ぇ...?」
笑いは微笑みに変わっていて、目が隠れていてもどことなく優しさを感じる姿に、私は言われたこととセットで混乱してしまった。
「何で」
「だってその技術、学んだのは棗のためだろ?もし脱出することになった時、少しでも手伝えるようにって」
「!」
「誰かのために危険を犯して動くのは、立派な勇者だ。お前の言う『特別』だよ」
(__________っ、ぇ...)
まさか、そんな風に言われるとは全く思わなくて。鵜呑みできないにせよ、私がなっちと同じかもしれないと言われたことは、色んな衝撃があって。
「さて。そろそろ真っ暗になるな。まだ確認するか?光はあいつらに見つかりやすくなるからおすすめはできないが、準備を万全にするなら付き合うぞ」
「......うぅん。大丈夫」
辛うじて伝えられた意思に、彼は淡白に「そっか。じゃあ戻ろう」と言ってくる。
「海来さん」
「ん、呼んだか?」
「...頑張るね」
私が出来る精一杯を尽くす。それが私にとって出来る特別なことだから。
そんな決意を自信なさげな声と共に口にしたら、精神的にもやってやろうとなった。
そして、そんな私の言葉を聞いた彼は。
「あぁ。頑張ろう」
----------------
普段がどうなのか比較できるほど知らないため分からないが、その日の夜の沖縄は人がいないと勘違いしそうな程静まり返っていた。
日数は進んだが、トントン拍子で事が進み、出立は明日の早朝____残り数時間となった。英気を養うために必要な睡眠は、十分行われてると言っていいだろう。
『夜の警戒はする』と言った俺のことを信じて貰えた。と考えるなら、良い意味合いだと思う。
(ここまで順調だと、逆に不安になってくるな...)
全員の体重、家族構成、船を動かせる人間の情報を元に、船のスピードが落ちるほど過積載にならないよう計算して人員を分けた。
一番小型な船には、俺、棗、そして緋之宮が乗り込む。この船の余剰分は食料を入れて、最悪乗り換え、破棄ができる予備機になった。
順調な理由は俺の力ではなく、彼女と、ここに住む人々のお陰だ。そう分かっていても、このスムーズな展開に不安になる。
だが、ここまでくれば後はもう進むのみだ。
(これが終われば、目的のほぼ全てが終わるな)
(あぁ...これで)
俺がこの時代に戻ってから過ぎた期間は、決して短いとは言えない期間だろう。
だが、ここまで出来ることはしてきた。これからも出来ることをする。
「起きていたのか」
「棗」
月明かりを見ていた所で、後ろから声をかけられた。相手はこの場所で唯一聞き慣れてる声だから、間違えようがない。
「俺は見張りするって言っただろ。お前こそ眠れないのか?」
「私は...そうだな。特に何もないのだが」
「まぁ、緊張とかするタイプでもないか......」
(うーん、なんだろなぁ)
かつての棗に前例がないか探すも、パッと思いつくものはないように思える。
「......」
「?」
突然、彼女が目の前に立ってきた。表情はどこか真剣に見える。
「どうした?」
「...」
「!!」
そして、無言のままおでこ同士をくっ付けられ、俺は完全に固まった。
「...棗さん?何これ?」
「......石榴。無理はしていないか?」
「!!」
「上手くは言えない。が、どこか無理しているように見えるんだ。私には」
「...それは、海か?」
「......分からない」
(棗...やっぱ凄いな)
目を閉じたまま答える彼女は、いつかの彼女と全く同じに見える。確かに姿形は同じで当然だが、そうではなく、彼女の中身までもが俺の知っているような__________
「...無理してない。とは言えないだろ」
だから、自然と口にしてしまっていた。
「人が動くには限界以上のことをしているし、その自覚はあるさ」
いくらもう一人の存在がいても、体のガタがくるのは当然。今ここにいるのは、間違いなく戦衣とツバキのお陰だ。それらがなければ、もっと危機的状況に_____いや、一人でこの速度を維持していたら、もう人の心など持ててないのだろう。
(だけど...)
「でも、もうすぐやれるんだ。お前を助けて、おまえが大切にしている人も助ける。だから俺はまだこの体を使わなきゃならない。まだ...な」
棗が皆を見捨てない限り、俺もここの人達を見捨てない。棗が諦めない限り、俺も諦めない。俺は自分の為には立ち上がれなくても__________大切な誰かの為なら立ち上がれる。
まだ、俺は戦える。何度でも立ち上がれる。
「......そうか」
そう言った棗は、おでこを離した。
「なら、無理をして貰う。皆を助けて貰う。その代わりというのはあれだが、私が支える」
「...バーカ」
彼女の言葉を否定すると、彼女は首を傾げる。俺は嬉々として続けた。
「俺は、お前を助けに来たんだ。支えるのは俺だ」
男子の、精一杯の強がりを。
「...ただ、まぁ...今だけ、少しだけ......」
そして、古雪椿としての弱さの吐露を。
----------------
(束の間の休息...なのだろうな)
寝息に耳を傾けながら、海を見つめる。
ここ数日、敵の襲来が多かった。しかし、今隣で眠っている彼が来てからは、その襲来がほとんどない。
だが、明日からの移動には、必ず敵が来るだろう。目立つし、海がよく告げてくる。
そして、彼を頼れとも。
(だが...うむ)
海の声が全く聞こえなかったとしても、今は同じ事をしていた気がする。そう思えた。
(...今だけは、おやすみ。『 』)
『彼の名を呼んだか分からないまま』私は夜空を見上げる。輝く月は、私達の出発を見送るかのようだった。