「遂にこの時が来た。皆、不安も抱えているだろう。しかし、ここまで生き延びてきて、ここに好機がある。この好機を逃す訳にはいかない...今一度言おう。皆で生き残るために、力を貸してくれ」
彼女の言葉に頷かない者は、ここにいない。その様子を見て、彼女は一度目を閉じ、見開いた。
「ではこれより、我々は...沖縄を脱出し、四国へ向かう!!!」
----------------
動き始めた七隻の船は、くの字で隊列を組んで進んでいた。その先頭を走るのが、私の乗る、私が動かす船だ。
といっても、今船を動かしているのは私ではなく、一番の戦力である彼。
最初は私が動かそうとしたけど、それを止められたのだ。
『緋之宮、お前は緊急時と夜だけ運転を頼む。それ以外は休んでてくれていい。それが一番良い形なんだ』
そう言われて、意味はその後で理解した。
昼間は、周りの皆も遠くの敵を見つけられる。その分早く対応できるし、本人の対応が遅れてもいい。
反面、夜は辺りの暗さで皆が見つけるのは困難。その分、彼が集中して辺りを警戒しなきゃならないんだろう。
それが分かれば、私は夜に備えてなるべく休んでおかなきゃならない。
(大丈夫。やることは簡単だし...)
不馴れな私達は、ただ真っ直ぐ船を進ませれば良い。例え何があっても真っ直ぐに。それなら、運転初心者の私達でもなんとかなる。
(でも...暇だなぁ)
そろそろ出発から三時間経つが、特に何も起きない。案外、このままあっさり四国まで__________
「そろそろ来るか...」
「え?」
『おーい!!敵が見えたぞ!!四時方向!!!』
「ビンゴかよっ!!くそっ!!」
その言葉だけで、皆が慌ただしくなった。当然と言えば当然だ。逃げ場がない場所で初めて襲われたんだから。
(でも...)
「棗!!」
「分かってる」
「緋之宮!運転任せるぞ!」
「分かった!!」
この二人なら、何とかしてくれると思う。なっちは当然で、海来さんも。
恐怖と興奮で速くなる脈を自覚しながら、ハンドルを握る。さっきまで誰かが握っていたような暖かさがあった。
「とにかく何があっても直進で!変に止まると囲まれかねないからな。頼んだ!!」
「そう緊張するな。私達が守り抜く」
「うん...頑張って、二人とも!」
私の声に、二人が手を上げて答えながら船室を飛び出していく。
直後に何かがぶつかり合う音がして、開戦の鐘を鳴らした。
----------------
敵が来た時は、棗が各船を飛び回りやすくするために船同士を近づける。それが出来るのは漁師の人達の技量の高さを表していて、指標となる先頭の船が一定の速度で動いてるからだろう。
「あれか」
「じゃあ、船の防衛は任せた。不足の事態があっても時間さえ稼いでくれれば必ず助ける」
「分かった」
はっきりした返事に頷いて、俺はレイルクスの翼を広げる。
視認した星屑の中には、以前見た赤だの青だのといった変異型がいない。
(なら、片っ端から倒せばいい)
(油断はするなよ)
(分かってる)
単純明快な戦いは、最初から集中力を酷使する必要がないからありがたい。
(とはいえ...)
「通しはしないからな。一匹残らず」
メイスを握った俺は、一気にトップスピードをかける。
先頭にいた一匹目を叩き潰して、最初の戦闘が始まった。
特段危ないことが起きることもなく、これまでも戦ってきた俺達にとっては振り返る必要もない戦闘。戦いがいなんて無い方が良いが、その分だけ敵が戦力をどこかで集めているかもしれないと思うと、不安が募る。
(これをちゃんと考えてやってるなら、天の神は星屑に知性与えすぎだっての...)
こちらの戦力は二人。一つのミスも許されない。考えれば考える程良くないことだと思うが、戦況を理解するならどうしても必要になるから止められない。そんな雑念が、俺の中で生まれつつあった。
(甘えるな。古雪椿。俺の成すべきことと、この不安は別の箇所にある)
戦闘中なら、まだ意識をそっちに割けるが__________
「石榴」
「ん?んむっ」
「食事の時間だ」
残っていたカロリーバーを口に押し込まれた俺は、それをしてきた棗を見る。
「しっかり食事を取り、休めと言ったのはお前だろう」
「...悪い」
「本当だよ。私が早めに変わったのに」
「いや、それはそっちが言ってきたからじゃ...」
「知りません」
日が落ちる前に運転を変わった(変えさせられた)緋之宮は、こちらを向かず前だけを見ていた。
「...はぁ。よし」
指摘されて直せないようじゃダメだ。しかも、これからは夜になる_____協力して警戒してくれていた周りの人は遠くの敵を確認できなくなり、こちらは最低限の光源、駆動音でも、敵に見つかりやすくなる。
ちゃんと守れるかは、敵を感じとるしかない。俺次第。
(...守る。守ってみせる)
「じゃあ辺りの警戒に入る。敵襲の場合は伝える」
「分かった。任せたぞ」
「任された」
嫌でも力が入って、俺は船の屋根上に立つ。ここが一番アンテナを立てやすい。
(......)
(...そうだな。余計なことは考えるな。ただ雑音だけを聞き取ればいい)
船の音、波の音、自分の息遣い、全てを無いものと捉え、それ以外の異音の発生を待ち続ける。
普通ではあり得ない空気の振動、奴等の気配。
(今の俺なら...できる)
明らかに人から逸脱している五感を活用した結果は、海に落ちていく星屑の数が証明となった。
敵を叩き続けたメイスには何もついてないが、血を払うようにメイスを振る。そこまでして、やっと俺は息を吐いた。
(この数...でも、残存戦力はなし。一安心だが、四国へ行くまでどうなるか)
「いや、悩んだら行動」
決意は、とっくに決まっている。
----------------
船の移動をはじめてから、丸一日が過ぎた。七隻の船は変わらず移動を続けている。このペースで行けば、今日の夕方にはつけるかもしれないという話を聞いた。
「...」
「なんだよ。俺を見ても何もないぞ」
見られてることに気づいた石榴は、そんなことを口にする。
「...分かっている」
この一日、私は敵と戦っていない。船の間合いに入る前に、彼が全て倒してしまうのだ。
その姿は確かに人々を守る英雄に見えたし、 私達を導く希望に見えた。少なくとも皆には。
私には、それに加えて_____戦っている時に見える、彼の冷徹な顔が気になってしまっていた。
まるで、全ての存在を拒絶するかのような瞳。まるで、その存在を許すまいと裁きを下すような動き。
その上で、夜間はずっと警戒をしていた。寝ずに協力して警戒してくれた人もいたが、結局倒すのも、一番最初に敵を見つけるのも彼で、正直あまり意味はない。
『石榴、一度休んだらどうだ?操縦は麗奈がやると言って聞かないし、朝日が登ったから皆も遠くまで警戒できる』
だから私は、一度休むよう提案した。鬼気迫る顔を見るのは、少し苦しい。夜が明けたから、少なくとも警戒だけは彼と同じように出来るから。
『いや、緋之宮に言われたし操縦は任せるけど、警戒はする。させてくれ』
でも、彼は反射的に答えてきた。
『あと一日なんだ。それで約束を果たせるんだ。あと少しの所で休んで、何かあったら...俺は、後悔してもしきれない。なんて言葉じゃ足りないくらいに悔やむことになる』
『......』
『だからやらせてくれ。俺の我が儘を、通させてくれ』
そこまで言われ、私は口を閉ざしてしまった。
(...)
もう一度彼を見る。何かにひっかかれたような傷の跡、視界の邪魔になりそうな長さの黒髪。
見覚えなどない。ある筈がない。なのに、どうして_____
(これは、海が教えてくれているのか?それとも...?)
「...おい」
「!」
「敵襲!敵襲!!一時の方向!!」
声をかける直前、構えをとって、他の船の誰かが大声をあげる。
「棗。六時方向からもいる。間に合わせるつもりだが、そっちをよく見といてくれ」
誰も知らない情報だけ言われた私は、既に空へ飛んだ彼を見送るだけになる。
「...」
危ういことは分かってる。でも、私にはどうすることもできない。
「絶対、戻ってこい」
だから私は、それだけ呟いて背を向けた。例え私自身が戦わない相手でも、迎え撃つために。
----------------
たらればの話。というのは、基本的に叶わないことに対して、自分の想像をぶつけることだ。
例えば、棗と仲良くできなかったら。例えば、歌野と水都に門前払いされてたら。例えば、雪花に信じてもらえなければ。
こんなたらればがなかっただけ、良い方だとは思う。だが、今のコンディションを考えると、俺にはあるたらればが浮かんでしまっていた。
「はぁ...はぁ...!」
もし、俺の体をもっと鍛えていれば。と。
『大丈夫か?』
「大丈夫に、見えるのか...というか、半分体使ってるんだから、分かるだろ?」
『人としての体を持つことは滅多にないから、正直分かりにくい』
「これだから精霊は...!」
自分自身に悪態をつくも、状況は変わらなかった。
簡潔に言うなら、体の限界が遂に来た。今朝から断続的に続く戦闘で、自分が動いて戦っていると言うより、レイルクスに体が振り回されているのだと自覚してしまったのだ。
肉体的にも精神的にも、擦り切れ始めている。
とはいえ、今更やめられるものじゃないし、約束も決意も変わらない。
(四国にたどり着いたら、まず寝てやる!!一歩も動かんからな!!!)
「だから、そこをどけぇぇぇ!!!!」
気合いと共に振り下ろしたメイスは、通算何百体目かの星屑を叩き潰した。
戦力を温存してたのか、それとも四国付近をたむろしてる敵が多いのか。四国に近づくにつれて、敵が来るまでの間隔が短くなっている。ほとんどの敵は星屑で、ほんの少し前に見た赤い突進槍タイプが混ざる。青い遠距離タイプはいない。
「これで、ラスト!!!」
橋を渡るときに特殊な敵は全滅させたとはいえ、こうして赤いのがいた以上青いのが生まれてる可能性がある。三台のバスを守るより七隻の船の方が守りきる方が難しい。
(とはいえ、これなら平気そうだな)
(やめろそういうこと言うの。フラグだぞ)
既に空中にいる俺は、うっすらと四国の地が、それを覆う神樹の壁が見えてきている。皆が見えるようになるのも、そう時間はかからない。
(でも、やっと...)
『二人とも、聞こえる?』
『「!!」』
だから、彼女の声が突然頭に響いて、二重の意味で驚いてしまった。
『ユウ?どうした?』
「どうしたじゃないだろ。お前が連絡してきたってことは...」
『...椿君、その通りだよ。良い話もあるけど...手短に、色々伝えに来た』
別世界で戦い、神の一部となり、一度俺を過去に送った高嶋友奈。今はツバキと離れ、俺達の行動によって各時代の大きな変化が生まれないか監視していた彼女が、行動中の俺達に連絡してくる時は__________このままでは取り返しのつかなくなる行動を、止めるため。
(なんだ...何をやらかした?敵を倒しすぎて天の神に警戒させ過ぎた?それとも別の要因?なんだ?)
『安心して。じゃあまずは良い話から。これまでの戦闘で未来への影響はほとんどなかった。後は今船に乗ってる人達を四国へ送り届ければ大丈夫な筈だよ』
「!!」
俺の思考を汲み取ったのは、高嶋友奈に言われたことに安堵する。このままいけば、俺に、俺達にとって、望んだ方向で終わる。
『じゃあ、悪い話は?』
『...未来には何も影響がない。ただ、今この時代、貴方達がいるその西暦時代に、綻びが生まれてしまったんだ』
「綻び...?」
『うん。四国に入る人が増えたことで、その四国を警戒するための存在が生まれた。本来この時代にはいない、バーテックスの誕生。名前は...ピスケス・バーテックス』
「!!」
『進行ルート上に奴はいる。迂回すると四国へ向かって行っちゃう...今ここで、皆を守りながら戦う必要がある』
苦しそうに、とはいえ言わなければならない事実を彼女が告げる。
四国の海域に入り、最後の局面が始まろうとしていた。