古雪椿は勇者である   作:メレク

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花紡ぎの章 13話

ピスケス・バーテックス。神世紀で戦ったことがある、樹海の中を潜って攻撃してくる敵だ。

 

それが、ここから四国への海に潜んでいる。恐らくこの時代に、沖縄から大勢が高速で移動した後を予測した結果、それを阻止するために生まれたのだろう。

 

昔_____時間軸的にはずっと未来の話だが_____は、そこまで手こずった印象はない。敵として現れた何体のうちの一体という感じで、やられたのも奇襲。一対一ならそう大したものじゃないと思う。

 

とはいえそれを、いくら御霊がないとはいえ、戦衣と勇者服の持ち主が一人ずつで、人を守りながらの海上戦。

 

「俺だけ突っ込んで、船は迂回させれば」

『椿君だけ突っ込んでも、一人だけだと気にせず四国へ向かっちゃう。言い方は悪いけど、あの人達を囮にしなきゃいけない』

『あくまで狙うのは人か...そうしないと樹海で戦うことになるのは、まだ実践経験のない四国勇者...』

 

危険に晒すのは、勇者か、一般人か。

 

(その決断は、酷だろ...)

 

俺の取る道は決まっている。だが、この選択そのものが俺を苦しめる。

 

『...ごめんね。私が言えるのはここまで。後は手助けすることも出来ない』

『情報だけでも助かる。ユウ。後は任せろ』

『......歪な相手だけど、だからこそ手はある筈。頑張って』

 

その声を最後に、彼女の意志が消えた。

 

『...やるしかない』

「分かってる。分かってる...どっちを取るのかも」

 

この世界に来た目的は、約束した勇者を救うこと。どちらを取れと言われれば、俺が取る道は決まってる。

 

「......」

 

眼下には、俺達が戦っていた場所まで追いついてきた船が七隻。

 

囮にするのが決まっていても、犠牲を出すとは決めてない。要は全部守り抜けばいい。

 

「...なせば大抵なんとかなる。やってやろうじゃねぇか」

 

 

 

 

 

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「何か見えてきたぞ!!!」

 

誰かが言ったその言葉に、皆が反応する。陸地に見えるような、そり立つ壁に見えるような場所が目に入って、反応が喜びのものに変わった。

 

(あれが四国...!?)

 

私もその一人で、窓越しに見た先の景色に、水平線以外のものが見えて内心興奮する。

 

「なっち、これなら」

「あぁ...もうすぐつく。この調子なら日が暮れる前に」

「皆様、聞いてください」

 

歓喜に湧いていた人達が、空に浮かんだままの海来さんの声を聞いて静かになっていく。

 

「皆様にも見えたように、四国が...四国を守る壁が見えてきました。たどり着くのもそう遠くありません。しかし、その前に大型の敵が出る恐れがあります」

「大型の...?」

「敵...」

「敵の強さはこれまでの比ではありません」

『!!』

 

あそこまで言い切ることの絶望が、さっきまでの喜びを押し潰した。あの人がわざわざ嘘をつくこともない。ということは、本当なんだろう。

 

「敵はあまりに強大、迂回は無意味です...ですが、必ず皆様を四国へ送り届けます。ですのでどうか、敵の襲来に慌てることなく、指示に従ってください」

「...昨日今日、ずっと守ってきたあんたが言うんだ。信じようじゃないか!」

「おばあ...」

 

おばあの後に続く人の中で、反対だと言う人はいなかった。まぁ、それはそうだろう。たった二日ではあるけど、あの人が文字通り命を削って戦っていることは、皆見ているのだから。

 

「...っ、ありがとう、ございます」

 

どこか苦しそうな声をあげて、海来さんは頭を下げた。そして、私達がいる船へ着地する。

 

バイザーで目は見えないけど、その顔は声と同じように、どこか苦しそうだった。

 

「石榴、大丈夫か?」

「...あぁ。予想外な事態だが問題ない......ただ」

 

そこで言葉を止めた彼は、腰のポーチを漁り始めた。出てきたのは_____

 

「...お札?」

「俺は、善人じゃない。贔屓もするし取捨選択もする。だから、持っていてくれ」

 

言葉の真意が読めないまま、私となっちに向けられるお札。私達それぞれに三枚ずつだろうか。

 

「くれるのか?」

「肌身離さず大事に持っててくれ。四国に入ったら俺に返すか、最悪海に捨ててくれればいい」

「これは?」

「万が一のお助け品だ。意味を知ればきっと怒るから、言わないでおく」

 

ちらりとなっちを見て、 私達の手に押し付けてくる海来さん。

 

(なっちが知ると怒る物...?)

 

「...意味は分からないが、受け取っておこう」

「わ、私も」

「ありがとう。今はそれでいい...さて、そろそろだな」

 

そう言って、前ではなく、計器の方を覗く海来さん。吊られて見た私は_____

 

「...ぇ」

 

ソナーに見えた巨大な影に、掠れた声をあげてしまった。

 

「ここだな。船を止めるぞ。棗は他の船へ固まって動きを止めるよう指示を」

「ま、待って。待って海来さん、これっ」

「...先程から海のざわめきが止まらなかったのは、こいつが原因か」

「あぁ。雪女郎とか...普通の精霊の力くらいじゃかすり傷もつかないレベルだ。精霊の力もない今の棗の武器じゃ、どうあがいても無理だろうな」

「精霊?」

「詳しくは四国で聞いてくれ」

「海来さん待って!!」

「?」

 

平然と語るこの人を、私は止めた。

 

だっておかしいのだ。普段私達を苦しめてきた白い悪魔でさえ、精々が私達人間の倍くらいの大きさ。それでもなっち以外の人は為す術もなく食べられてきた。

 

じゃあ、今ここに映っている敵は______深海を潜る、20メートルは確実に越えているこの敵は、一体どんな強さなのか。

 

「に、逃げよう。だってこんなに大きいんだよ?無理だよ」

「......」

「なっちもそう思うよね?だって見てよ。これだよ?」

「麗奈...」

 

二人の反応に、私がおかしいのかと思ってしまう。でも、計器を見返してやっぱり私の感覚は正しいのだと思った。

 

「...ここで倒さないと、後がきつくなる。いや、全部終わりかねない。ここで決着をつける」

「!!」

「心配してくれるのは嬉しいけど、それだけでいい。何もしないでくれ。これは...俺の問題だ」

 

翼を広げ、船の端へ歩きだす。あと一歩で海に落ちてしまう。

 

「誰も、失くしたりしない」

 

(そんな...)

 

海に入った海来さんを追うことなんて出来ない。出来るとすれば、それは_____

 

「なっち、海来さんが...!」

「...分かっている」

 

なっちの手を掴んだ私は、やっと我にかえった。勇者になったからって海を自在に動ける訳じゃないのは、知ってる筈なのに。

 

私を元に戻してくれたのは、震えるなっちの手だった。

 

「私も、手伝えることがあるならする。だが、この震えは...恐怖、なんだろう。海から感じる強さがどんどん強くなっている。今の私では......」

「そんな...」

 

 

 

 

 

「だが、だからこそ」

 

なっちが呟いた瞬間、海に一つの柱が立った。慌てて見上げると、柱の先端に何かが見える。

 

「ッ!!」

 

その正体が海来さんだと分かる頃には、もう一つ柱が上がっていた。とはいえ、大きさはさっきの比じゃない。生まれた大きな波が私達の船を襲う。

 

「あっ...」

 

水飛沫が落ちて、その全貌が見えてくる。縦に長い海月(くらげ)のような見た目の頭に、足みたいなのが何本か伸びている。大きさは、全部合わせて旅行で見かけた大きいマンションのようなサイズ。

 

(か、勝てない...勝てるわけない!!!)

 

いくら神様に選ばれた勇者でも、未来から来た人でも、こんな怪物相手に何かできるはずが__________

 

「だからこそっ!!!」

「っ!?」

 

叫んだのはなっちだった。私を励ますように、自分を鼓舞するように、声を張り上げている。

 

「何かできることがあるかもしれない。できることが生まれるかもしれない。だから、私はその時が来るまで目をそらさない」

「なっ、ち...」

「諦めなければ、道は続く」

 

(...これが、勇者......)

 

『俺を勇者だと呼称するなら、お前も勇者だ。緋之宮』

 

ふと、昨日の言葉が蘇った。

 

「......」

 

(だったら、勇者様の隣にいる私は...なっちの友達の私は)

 

「...麗奈、他の船に移るか?過重にはなってしまうだろうが、動かないならば......」

「......」

「!そうか」

 

静かに首を横に振る。それだけで意味を理解してくれたらしい。

 

「驚いた?」

「そうだな。意外ではあった」

「そうだね。私も...私にはチャンスなんて分からないから、指示だけお願い」

 

 

 

 

 

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海上に被害を生まず海に潜る相手を倒す手段として、俺は海中で決着をつけるのがベストだと判断した。息継ぎはいるが目に関してはバイザーがゴーグル代わりになってくれる。

 

(いた。あれか)

 

すぐに見えたピスケスは、こちらをしっかり捉えてるように感じた。単に索敵範囲で気づいたのか、ずっと俺達を見ていたのかは分からない。

 

(ま、そんなの関係ない。やることをやるだけだ...行くぞ!!)

 

飛んできた足として捉えられそうな帯のような部分を、レイルクスの機動力で避けながら接近する。近づくにつれ後ろからも帯が伸びるが、それも避ける。

 

(突き刺すのは)

(脳天部)

(御霊を露出してた場所!!)

 

最後の一本を短刀で弾き、敵の目の前までたどり着いた。

 

(今の一撃、これまでの御霊無しより弱い。これなら!!)

 

確信めいた手応えと共に、俺はメイスを抜いた。例え一撃で沈まなくても、確実にダメージを入れられるよう腰を捻る。

 

(まずは、一発目ッ!!!!)

 

水の抵抗に負けない一撃は、奴の頭を確実に叩き『無反応』だった。

 

『「!?」』

 

感覚を共有していたために、二人して一瞬動揺してしまう。その隙の代償は、決して軽くなかった。

 

 

 

「ッ!がっ!はっっ!?」

 

溜まっていた空気を唾液と一緒に吐き出す。勢いで呼吸を繰り返すと、口回りについていた海水を吸い込んでしまい、それもまとめて吐き出した。

 

短刀で弾いたものとは明らかに違う帯に打ち上げられたのだと気づいたのは、海面にうっすら奴が見えてきてからだ。

 

「っー、はーっ...しょっぱ」

 

呼吸を整えつつそんな感想が出るだけで済んだのは不幸中の幸いだが、問題は何も解決していない。海面を勢いよく飛び出してきた来たピスケスを睨み付ける。

 

『...あぁ、あれが歪さか』

「歪さ...!!」

 

さっきユウが言っていたことと、加速した思考が答えを導きだす。

 

「つまり、あいつは普通の御霊なしより弱いところもあれば、強いところもある...?」

『恐らくな』

 

本来存在しない個体を生み出す際、元の星屑が足りないから色んな時代から引っ張ってきたのか、はたまた生まれた瞬間から継ぎ接ぎのような存在だったのか。それを知る術は今の俺にない。

 

敵の強さは理解できた。後考えることは現状で、打開策だ。

 

「まぁ、弱点があるならやることはある...というか、普通の御霊なしを相手にするよりチャンスがあるかもしれない」

『奴が漁船を捉えた。どっちを優先するのか分からないが、気をつけるぞ』

「あぁ。守りながら、まずは弱点探しだ」

 

メイスを後ろに納め、短刀を逆手で握る。

 

ピスケスの帯は、全てこちらに飛んできた。

 

(今の俺なら、こいつらの最大速度に差があることも分かるし、どれがどれかを覚えることもできる)

 

『「行くぞっ!!!!」』

 

最大加速をかけた体に、帯がついてくる。急制動、旋回、再加速を繰り返し、時に避け、時に弾きながら、本体を横凪ぎに切り続けた。

 

その全ての箇所、全ての帯の硬さ、速さ、強さを頭に叩き込んでいく。たまに漁船へ向かおうとする帯がいて、それだけはしっかり弾き返した。

 

(...よし)

 

脆い箇所はすぐに見つけられる。次に突破手段の検討、構築。再生能力が無いことの確認。

 

「よし」

 

全てが終われば、後は機会を伺うだけ。奴が俺の隙を逃さなかったように、俺も奴の隙を逃さない。

 

「よしッ!!!」

 

実行はジャスト12秒後だった。最小限の回避で最も動きの良い帯を避けた。

 

『いけるぞ』

「あぁ!!!」

 

目標へ向けてレイルクスの翼を広げて突っ込んでいく。横やりをいれてくる帯に対して足と腕を傾けて回避、短刀で弾いて回避。

 

(ッ!!)

 

残りの一つ、最も遅い物を更に加速させた体を駆使して回避した俺は、勢いを殺さずメイスを構えた。壁のような大きさの奴の体へ、どんどん近づいていく。

 

目標は、薄く切りつけた跡が未だに残る箇所_____

 

「ぶっ壊れろぉぉっ!!!!」

 

雄叫びと共に突き出した一撃を、切れ込みにねじ込む。反発に耐えながら更に力をいれて押し込んでいくと、奴の体が倒れていく。頭を海に押し戻した時には、大きな波が起きた。

 

だが、俺達は笑わない。笑えない。

 

(まだ...足りないか!?)

 

確かに効いてはいるが、撃破にはまだ足りない。

 

「だったら!!!」

 

切り替えはすぐだった。踏ん張ってメイスを引き抜き、再び空を飛ぶ。脆くなった箇所に、高高度からの一撃をもう一度。

 

「終、わ、りっ、だぁぁぁぁ!!!!」

 

空中で壁を蹴ったかのような方向転換に軋む体を携えて、未だ海に倒れ伏したピスケスへ__________

 

 

 

 

 

まるで金属同士がぶつかり合う音が、俺の鼓膜を壊しかけた。

 

届く筈だったメイスが、二本の帯で止められていた。明らかに硬い部分は、メイスで貫けない。

 

しかし、俺だってこのくらいは予測できる。次に来ることだって。

 

(ツバキ!!)

(真後ろっ!!)

 

主導権を渡し、辺りを警戒していたツバキが頭へ突っ込んできた帯に短刀を構えた。

 

これを下の帯へぶつけ、弾きあっている隙をついてたどり着く。それでも届かなければもう一度_____

 

短刀が帯を切り裂き、二つに別れて俺を通過していくのを見て、今度こそ焦りが生まれた。

 

(こいつ...っ!?)

(自分の歪さに気づいたのか!!)

 

自分の強い箇所、脆い箇所を把握して、それぞれに適した役割を与えている。メイスを止めるため強い帯を使い、短刀には弱い帯を仕向けることで、すんなり切られて_____切れた先が別れたまま、俺の背後から迫る。

 

「やらっ、せるかぁ!!」

 

まだ諦めるわけにはいかない。短刀を消し、体を捻って受け止めていた帯を避ける。背後から迫ってくる方は、腰に手を伸ばし札を掴む。これで離脱はできる筈。

 

確かに、一発手痛いダメージは負うだろうが_____

 

「まだ、終わりじゃ...!!!」

 

異変は更に起こった。ただし、今度は良い方へ。

 

突然何かが壊れるような音がしたと思えば、目の前に迫っていた帯が逸れていった。咄嗟の判断で奴の懐から離脱する。

 

(でも、何が...)

 

「えっ」

 

 

 

 

 

ひしゃげた船、打ち上げられた緋之宮、一つ目の帯を避けたが、二つ目に当たりピスケスの上から海に落ちていく棗。

 

そんな光景が眼下に見えて、俺は本能だけで体を動かした。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

怪物と海来さんの戦いは、完全に異次元のものだった。

 

怪物はイカの足みたいなのを何本も伸ばし、海来さんはそれを避けて攻撃している。というのは分かるけど、その様子が速すぎてどうやってるか、どっちが有利なのかというのは全く分からない。

 

(なっち...)

 

隣のなっちは無言で、注意深く先を見ていた。多分目で追えてるんだろう。

 

「...そうか、石榴の狙いは弱点か」

「弱点?」

「......私が通用するか分からないが、チャンスはある。合図するから、船を突っ込ませてくれ」

「わ、分かった」

 

船を敵に突っ込ませることに対して、とやかく言うつもりはない。もう覚悟は決めた身だ。

 

(女は度胸...!)

 

「麗奈っ!!」

「!!」

 

合図は割りとすぐに来た。海来さんが倒したのか、海に落ちる怪物。大きな波が起きる中、私達はその波に真っ直ぐ突き進んだ。

 

(お父さん、お母さん、ごめん)

 

近くの船に乗ってた人の驚きの声が聞こえるけど、全て無視。怒られるなら後で聞こう。

 

(今は、決心を鈍らせるわけには...!!)

 

「行くよっ!!なっち!!!」

 

(今は、友達のためにっ!!)

 

近づくにつれて、何が起きてるのか分かった。海来さんと敵の足が戦いあってて、どこか捕まってるように見える。このままじゃやられる________

 

「麗奈、戻れ。いいな?」

 

ここまでさせておいて信じられないことを言ったなっちは、船から跳んだ。敵に取りついてどこかへ一直線へ向かう。

 

そして、私は。

 

敵を見る。この船より大きいけど、海に浮かぶ様子は水色の岩があるようにしか見えない。

 

海来さんを見る。顔は足に隠されて見えないけど、両手に武器を持って戦ってる。

 

なっちを見る。その背中は、きっと何かを成してくれる。

 

(だったら、私は...)

 

「私はッ!!!」

 

二人のようになれなくても、特別になれなくても、皆のために________

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

最大船速で突っ込んだ瞬間、船の前が音をたてて壊れる。私も立ってられない程の衝撃。

 

でも、咄嗟に彼の方を見ると、無事バランスを崩した怪物の手から逃れられたみたいだった。彼女の方を見ると、私のせいで一度倒れたけど、無事目的地にたどり着いたみたいで、愛用している武器を敵に突き刺している。

 

(よし...よかっ)

 

私が考えられたのはそこまでだった。

 

 

 

 

 

(あれっ?)

 

曇り空が見える。分かるのはそれと、体が何故か回転してることだけ。

 

(何で空に浮いて...)

 

視界の先がくるくる回り、さっきまで睨んでいた怪物が見えた。やけにスローモーションで、全身をくまなく見れる。

 

(えっと...ぁー)

 

さっきまで自分がいた船見えて、そのぐしゃぐしゃ具合にようやく納得がいった。

 

(これ、空飛べたんじゃなくて...打ち上げれたんだぁ...)

 

こんなことを起こした原因は言うまでもないだろう。私には何が起きたかさえ分からないから、真実かどうかは分からないけど。

 

(じゃあ、やけにゆっくりなのは...走馬灯か。そっか。そうだよね)

 

ゆったり浮いていた体が、徐々に沈むように。少しずつ視界に映るものが海と雲だけになる。

 

(こんな破天荒と言うか、無鉄砲な子じゃないと思ってたんだけどなぁ。私)

 

あの怪物は倒せたのか、倒せるのか。私の行動に意味はあったのか、なかったのか。そのくらいは知りたかった。

 

(でも、ダメだね)

 

しかし、海がもう目の前に迫っている。暗くて深い、光の通らない闇の底。

 

(...なっち、ごめん。先に海の神様に会ってくるよ)

 

私は大人しく、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「ぐばっ!?」

 

あまりにも女の子らしくない声と共に、私は飛び起きた。

 

「え、ここどこ!?死後の世界!?」

「麗奈...元気だな」

「なっち!?」

 

隣を見るとなっちがいた。顔からして「私、呆れています」と言っている。

 

しかし、もっと呆れ顔をしてる人がすぐ側にいた。

 

「......お前らあれなのか!?バカなのか!!?言って欲しいなら言ってやるよこのバカどもっ!!!」

 

顔を限界まで見上げさせれば、そこには海来さんがいた。

 

「あれですか?もしかして皆で死後の世界行き...?」

「マジで死んだと思ったよ!!保険が効いたのと、あいつの使った帯が弱いので本当に助かったけど...何であんな無茶したんだ!?」

「無茶って、そんな...」

 

言われて、頭が冷えてくる。私が何故今なっちと揃って海来さんに抱えられているのか、何故怪物に目をつけられたのか、何故あんな行動を取ったのか。

 

「ぁ...」

「一歩でも間違えれば、いや、基本的には自殺行為そのものだぞ!!棗はともかくお前までそんなことして」

「石榴。そこまでにしてくれ」

「棗!!俺はお前にも」

「いいから」

「何で......っ」

「ぁ、あっ、あぁ...!!」

 

気づけば、涙と震えが止まらなかった。

 

「わ、わたっ、し...あんなことして......」

 

明らかに不相応なことをした。自分らしくなく、強気じゃなきゃやってられなかった。さっきまでの私はおかしかった。

 

「こわかったっ...怖がったよぉ......!!」

 

助けたかった気持ちも事実、役に立ちたかった気持ちもある。でも、今更やったことを振り返れば、私はもう動けなかった。

 

「よく頑張ったな。麗奈」

「...助けられた。その礼をしてなかったな......ありがとう」

 

私の嗚咽声の中、二人の言葉が耳を届く。

 

涙は止まらなくても、心の奥で_____頑張ってよかったと、私は思った。

 

 

 

 

 

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「棗様!!それに...」

「大丈夫。気を失っただけです」

 

抱えていた緋之宮を船に寝かせて、船員の皆を安心させる。 とはいえ、時間があまりあるわけでもない。

 

「...」

 

離れてきたピスケスは、余程気に入らなかったのか自分に突っ込んできた船を執拗に破壊していた。もう船と言うよりは金属の残骸だし、満足したのか、残骸を放置してまた宙に浮く。

 

「石榴」

 

隣の棗が声をかけてきた。さっきの攻撃はなんともなかったのか、ピンピンしている。

 

(まぁ、緋之宮が無事だった訳だしな...)

 

彼女も棗も、俺が渡していた札が機能し、ピスケスからの追撃もなかったお陰で、無事救いだし別の船まで戻ることが出来た。

 

ただ、こんなの偶然だから、気を失った緋之宮はともかく、棗にも下がっていて欲しいわけだが__________

 

「...言っても聞かないだろうけど、一応聞いておく。ここに残るつもりは?」

「ない。私も戦わせて欲しい」

「お前の武器は通用しなかっただろう?」

「手はあるのだろう?お前の目がそう言っている」

「......お互い様。ってわけか」

 

俺が棗の目を見て引くつもりがないのを分かったように、棗も俺のことが分かっていたらしい。

 

(引くに引けないな)

(分かってるよ...)

 

「棗」

「あぁ」

「力を貸してくれ」

「勿論だ」

 

 

 

 

 

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私は空中を自在に飛べる訳ではなく、かといってもう一度船を突っ込ませることなど出来ない。一度目でさえ麗奈にやらせることを相当迷いはしたが、彼女の気持ちに答えたつもりだ。ただ、あの涙を見て、二度目などない。

 

また、あれのお陰で私の武器では奴の弱点すら打ち砕けないことが分かった。私が操舵していたら、その確認をすることすらできずに吹き飛ばされていただろう。

 

「さっきやってたし、一応に過ぎないが確認しておく。もう一度奴を寝かすから、お前はそれで奴の急所、さっき狙った場所を刺してくれ」

「寝かせる手段は?」

「奴の思考を利用する。今度こそ完璧に」

「...気負いすぎるなよ」

「気負った分まで力に変えてやる」

「......そうだな」

 

翼の機械を跨いだ背中越しにも関わらず、石榴の気合いを感じる。その熱に当てられるように、私も刃の短い刀を握る手に力を込めた。

 

「じゃあ、行くぞ?」

「私を背負っていて、ちゃんと動けるか?」

「動ける。守りきる。だからチャンスが来るまでしっかり掴まっててくれ」

「...石榴」

「ん?」

「お前を信じる」

「っ...あぁ。任せろ」

 

敵が_____石榴がピスケスと言っていた巨大な敵が、私達の前に立ちはだかる。

 

「振り落とされるなよ!!!」

「あぁ!!!」

 

急に変わる視界と、台風に入ったかのような風を受けながら、私はしっかり石榴に掴まった。

 

 

 

 

 

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棗を背負いながら、ピスケスの攻撃を避け続ける。こっちの機動力は多少落ちてるが、敵の手の内もある程度分かった今、回避だけに専念するなら問題ない。

 

(......)

(いけそうか?)

(まだだ。まだ待ってくれ)

 

ツバキには突破ルートを組ませている。その時が来るまでは、ひたすら時間を稼げばいい。

 

(最も警戒の薄れる、最も利点のある箇所、そして、棗の通るルート、全部用意して!!)

 

「石榴!後ろ!!」

「分かってる!」

 

旋回した俺はメイスで受け止める。この帯は一番硬い物だから無理に受け止めず、俺が流されれば良い。

 

(今動かしているのは俺だ...今棗を守るのは俺だ!!!!)

 

「お前の出る幕なんて今更ないんだよ!!そこをどけっ!!!」

 

後少しでたどり着く、四国へのゴール。そのたどり着く先に、こいつは邪魔だ。

 

(これでっ!!五秒後後退、そっから同時に!!)

 

「棗!!そろそろだ!!」

「了解した!」

 

ぴったり五秒後、横から迫る帯がバイザーと頬に傷をつけるも、溢れる血すら置き去りにして、俺達は飛び退いた。そして、主導権を同調させる。

 

メイスを構えるのは、まさに特攻する光になるための構え。

 

『「突っ込む」』

 

誘導も誤魔化しもない代わりに、絶対的な速度を持った、確実に貫く意志を持った槍が突き進む。対抗するように飛ばされた帯にも臆することなく、ただひたすらに前へ。

 

(...ここでっ!!)

 

メイスに弾かれた帯と俺達がぶつかる直前、左手に握っていた札を_____さっき使わなかった物をばらまき、障壁とする。帯は激しくぶつかり、俺達の側を通り抜けた。一本だけが俺の足を抉っていく。

 

「っ、構う、もんかよぉ!!!」

 

だが、あくまでそれだけだった。それだけじゃ俺達は止められない。メイスは意図も簡単に、奴の弱点、さっきの攻撃の跡が残った箇所に_____

 

(ッ...)

 

たどり着く前に、帯がそこを塞いだ。最も強い帯が二本分、恐らくこのピスケスの中で一番の硬度だろう。少なくとも、突破は不可能。

 

「...ははっ」

 

だからこそ、俺は笑った。

 

(やっぱり、お前は知性がある。弱点をカバーしようとするよな)

 

「ぐっ」

 

すぐそばで棗の呻く声が聞こえる。俺自身覚悟していたが、肺の空気が全部出そうな感覚だった。

 

だが、だからこそこの手は通る。突っ込んでいた速度全てを上昇に回すことで、突然俺達は奴の頭のてっぺんを取った。邪魔をする帯はいない。

 

自身の良し悪しを分かって防御するなら、その防御を利用する。最も脆い部分を優先して守るなら__________最も硬い部分は、警戒が疎かになる。

 

「沈めぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

だから俺は、さっき刃が通らなかった頭へ向けてメイスを叩きつけた。殴られたピスケスはダメージこそ見られないものの、頭を殴られれば当然よろける。

 

間髪入れずに繰り出す足蹴りとメイスの追撃も相まって、奴はその体を再び海へ倒れ伏した。

 

それは________俺達の勝利への最後のピース。

 

「棗っ!!!」

 

 

 

 

 

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この高さから飛ぶことは、勇者でなければ決してしないだろう。だが、今の私は勇者であり、ここで行動できるのだ。

 

落ちる先には倒れ伏した敵がいる。石榴は見事に先程と同じ状況を作り出した。そして、今の私には対抗するための武器がある。

 

(これは、今までに守れなかった人のため)

 

さっきまで私達を攻撃し、急所を隠していた敵の武器は、予想外の行動にまだ反応がなかった。私は完全に重力に身を任せて落ちていく。

 

(そして、今守るべき仲間のため)

 

右手に握っていた刃先の短い刀を、両手で振りかぶった。

 

(私が信じ、私を信じた人のため)

 

「そのために、私は...負けないっ!!!」

 

全力を込めた一撃は、意図も容易く敵の急所に突き刺さった。

 

だが、まだ足りない。

 

「ハァァァァァァッ!!!!」

 

ただひたすらに奥へ押し込む。相手が動かなくなるまで、ひたすらに。

 

これ以上やらせないとばかりに、私に向かって攻撃が飛んできた。さっきは不思議なバリアで守られたが、もう一度受ければ気絶は免れない_____いや、命さえ容易く摘まれるだろう。

 

(...あぁ。大丈夫だ)

 

なのに、私は恐れることなくその場を動かなかった。力を入れ続け、捻り入れる。

 

確固たる理由は海が言っているから。ではある。そして、他に言うならば__________

 

(そうだろう?石榴)

 

 

 

 

 

瞬間、爆音が鳴り響いた。

 

海が再び波打ち、水飛沫として上がった一部が私の体を濡らしていく。

 

そして、私を狙う攻撃は_____唐突に勢いを落とし、海に落ちたり、その場で崩れたりした。

 

「......はーっ...」

 

やがて、私の耳に入る音が海の音だけになった頃。両手を刀から離し、溜めていた息を長く吐く。

 

「終わった。のだな」

 

長かったような、短かったような、不思議な感覚に包まれた時、ふと横を見る。倒れた敵の上にいた彼が、ゆっくりと立ち上がり、突き刺していた大きな武器を引き抜いた。

 

片足は血に濡れて、目につけている装備は壊れかけている。しかし、彼は全く気にしていなさそうだった。数日前と変わりなく、道を歩くようにこっちに来る。

 

「立てるか?」

「...ありがとう」

 

伸ばされた手を取って立ち上がり、無言で刀を返した。「ん」と受け取ったと思えば、それは溶けて消える。

 

「...勝った、のだな」

「そうだな。一時は焦ったが...まぁ、最後は上手いこといってよかった」

 

やがて、私達が立っていた敵も淡く光出す。溶けてなくなる兆候だろう。

 

「戻ろう。皆が待ってる」

「そうだな...あ、そうだ」

 

翼を広げた彼は、もう一度私に手を伸ばしながら、こう言った。

 

 

 

 

 

「棗。ようこそ四国へ」

 

 

 

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