この一週間近く、大社内部は大騒ぎだった。
突如下された神託に従い勇者様が向かうと、見つけたのはなんと長野と北海道からの避難民。そして新たな勇者様と巫女。
この時点で、大社は対応に追われることになった。数年ぶりの避難民は大社内の他の部屋にも聞こえるほどの衝突を起こし、不安の声も多くなる。その対応をしながら、彼ら彼女らへの住居等の工面をしなければならない。
とはいえ大社は今四国に住む人々を纏めたこともある。数日で事態は落ち着きを取り戻し__________今度は漁船が来たと言うことで、大混乱に陥った。
沖縄から避難して来たという避難民と、一人の勇者。疲弊していた大社は更なる対応に追われ、今も作業をしているのだろう。
のだろう。というのは、私達巫女への対応がいつも通り出来なくなったために休暇を与えた結果、私には情報が入らなくなってしまったからだ。今巫女として活動しているのは、恐らく勇者様と行動を共にしている一人だけだろう。
(...郡様は、何をしていらっしゃるのでしょう)
勇者様の一人を思い浮かべながら、私は唐突に与えられた休みをどう使おうか悩み、結果散歩をしていた。もう少し歩いたら、買い物でもしようか。
(それにしても、神様の使者...か)
それは、小耳に挟んだ話。避難してきた人は口を揃えて、勇者様に守ってもらった他に、使者様に守ってもらったという。
曰く、北海道の神様が人間を守り四国へ送り届けるために召喚された使者。その力は勇者様をも上回り、あらゆる敵を薙ぎ倒し、10階立てのビルくらいの大きさの敵をも倒してみせた。とか。
曰く、全ての人々を四国へ送り届けたので、その存在を消した。とか。
全員が言っていれば、大社としては確認が取りたい。しかし、その存在は既になく、勇者様は詳しく話さないという。
(皆が言うってことは、いたのはいたんだろうけど...)
信じるとしても、証拠がない。頼みの勇者様も話はしない。そんな確認したくても出来ない存在に、大社は苦しんでいるという。
(人の姿はしてたっていうことくらいしか私は聞けなかったし......どんな人だっただろう)
もしかしたら人の姿をしていても常人にはないオーラを発してたり、髪色や瞳の色が凄かったりするのだろうか。
「あの、すいません」
「は、はいっ」
突然声をかけられ、私は意識を現実に戻し、つっかえながら答えた。声をかけてきたのは、黒髪黒目の男性で、年は私より少し上くらいに見えるから、高校生、もしかしたら大学生くらいだろうか。
「丸亀城って、あっちの方であってますか?」
「え、あ...はい。あってると思います」
「そうですか。いや、行くの久々でちょっと不安だったんですよ」
「そうなんですか...あの」
「はい?」
「今丸亀城は、入れませんよ?」
今の丸亀城は勇者様の拠点で、一般人が入れる場所ではなくなっている。
「ぁー、丸亀城の近くに用事があるだけなので、大丈夫ですよ」
「そうですか...すみません。わざわざ」
「いえいえ。ありがとうございます...あ、ついでにもう一ついいですか?」
「何でしょう?」
「この辺で、お洒落な小物屋さんとか、あります?」
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『秋原雪花です』
『私、白鳥歌野です。よろしく!』
『藤森水都です。巫女です...よ!よろしくお願いします』
丸亀城でそう言ったのは、新たにここで暮らす仲間だった。
秋原雪花さん、白鳥歌野さん、藤森水都さん。秋原さんは北海道から来た勇者で、二人は若葉ちゃんと連絡を取り合っていた諏訪の勇者と巫女だった。
(本当に、驚きました...)
突如として四国を訪れた避難民。バーテックスに襲われながら逃げてきた人々は、ここまで来れたことに涙し、凄く喜んでいた。
逆に、大社は大慌てとなった。避難民を無下にできる筈もなく、かといって対応するのは自分達しかいない状況。一人一人の健康状態を確認し、衣食住を整え、長旅で疲弊した精神面も対応する。
その上同行してきた勇者、巫女もいるということで、避難民への対応の一部を四国勇者に任せる程度には忙しかった。
その中で聞けたのは、なんとも不思議な方の話。最初に聞いたのは、北海道から避難して来たという小さな女の子からだった。
『お兄さんが助けてくれたの!』
空を舞い、敵を倒し続け、避難民を四国へ導いた神の使者。最初はそんな存在を信じられなかったけど、話をする人ほとんどから聞けたとなれば、気になるのは当然だった。
『それだけ強いというのは、どんな存在なのだ...』
若葉ちゃんは、その正体より強さの秘密に気になっていたみたいだけど。
そんな使者様を探してみるも、今はいないという。もう消えてしまった。他の地域を探しに行った。北海道へ帰ったなど、色々な話を聞くなかで_____
『やっぱり、気になるよね』
私は、藤森水都さんに聞いてみた。勇者、巫女とよく話をしていたと聞いたのだ。
『はい』
『うーん...うたのんと話して、話すかどうしようかまだ決めかねてたんだけど...上里さんならいっか』
丸亀城の通路を歩きながら、藤森さんが続ける。
『実はね、四国についたら上里さんを頼れって言ってくれたのも、その人だったんだ』
『私のことを...?』
私はそんな存在を知る筈ないし、一気に頭が混乱する。
『あと、今言えるのは...名前くらいかな。他はどうすればいいのか分かんなくて』
『そのお名前は...?』
『名前はね____』
『古波蔵棗だ』
『え、えっと...緋之宮麗奈です!!』
それから数日。漁船が海に現れたと聞いて向かうと、沖縄からの避難民が来た。大社は当然混乱した。
私達はさほど変わらず、話し合う人が変わったことと、新たに勇者が加わったこと。そして、勇者が一般人の友人と一緒に生活したいといった要望が通り、特別枠として私達と生活する人が増えたことくらいだった。
その方々も、口を揃えて一人のことを言った。
『俺達を助けてくれた』
『船では寝ずに守ってくれてたんだ。敵が豆粒くらい見えたらすぐ飛んでってさ』
『巨大な敵が現れたのだが...棗様と協力し、見事討ち果たしてくださった』
巨大な敵というのが人によっては30メートル近くの敵だというので、大社は大急ぎで事情を聞いている。巫女である私にも、古波蔵さんと緋之宮さんに聞くよう言われたが__________
『やっつけはしたけど、やったのなっちとあの人だし』
『私も手伝いをした程度だ』
見た目、強さ、戦闘スタイル以外のことは、あまり分からないままだった。戦った本人がそう言うのだから仕方ないとして、やはり気になるのはそのもう一人のあの人。
『...白鳥歌野、秋原雪花、後は藤森水都だったか。彼女達と話を纏めてからにしたい』
そう言われ、まだ何も聞けなかった。結局私が分かったのは、私のこと、更には若葉ちゃん達のことを知っているらしく、ある程度の性格と、その名前_________
「海来石榴、さん」
呟いても、復唱しても、何も思うことはない。知り合いに海来という名字の方もいない。
(じゃあ、どうして私は、この名前がこんなに気になっているの?)
大社に言われた。勇者の強さに関係あるかもしれない。当然、気になる、不思議に思うことはある。だけど、どこか自分の中に、それ以上に気になる何かがある気がするのだ。
ここ数日、ずっとそのことばかり考えている。結果は未だに出ない。
(やはり、白鳥さん達が話してくれることを待つしかなさそうですね...)
「ひなたー!」
「あ、はい!!」
「置いてくぞー?」
「すみません、今行きます!」
どうやら考えすぎていたようで、若葉ちゃんが道先の曲がり角から声をかけてくれた。私は少し慌てて後を追いかけようと、その足を踏み出して__________
「すみません。落としましたよ」
そう声をかけられて、振り返った。
渡されていたのは、薄紫色のハンカチ。私はそのハンカチに見覚えがない。
「あの、これ私のでは...」
ありませんと言おうとして、目線を手元から上へ向ける。手先から、青いペンダントをつけた胸元と首が見えて、顔が見えて_____
「...?......」
違うのだと言うだけなのに、何も話せなくなった口に違和感を覚えた。次に目。まるで信じられないものを見たように、大きく開いてしまっている。何故か体も全然動かない。
(あれ、何で...)
そのまま、その人の黒い瞳と重なって。私は動き直すことが出来た。
何故か流れる、涙と共に。
「え?あれっ?何で?どうして涙が...」
「......ただ、もう一度顔を見せに来ただけなんだがな」
視界がぼやけて、目の前の人が見えなくなる。それが堪らなく嫌で、目を思いっきり擦る。
「あー、それじゃ痛いだろ。ほら」
「ぁ...」
「...これじゃあ、変な期待しちゃうだろ。分かる筈ないのにさ」
ハンカチで涙を拭いてくれる彼のお陰で、もう一度顔をしっかり見ることができた。
「俺だってこの時空に来る直前まで忘れてたのに...いや、これが神と半端に繋がっただけの一般人の限界なのかなぁ」
(何で、こんなことに...)
少し硬そうな黒い髪。落ち着いた様子の、今は呆れた様子の顔。優しげな目。
(何で、私、こんなに......っ!)
「...」
「私...わたし、っ」
ハンカチを持った腕の袖を掴み、反対の手は体の奥に回すべきか、もう片方の手を握るべきか迷って動かしている自分がいる。私自身は、何も考えていない。無意識に、私の全部が動いている。
「...ひなた」
「ッ!!」
「今の俺に、お前を抱きしめる資格なんてない。あったとしても、俺にはお前を抱きしめることが...」
「それでもっ!!」
自分でも信じられない、大きな声。
「資格なんて関係ありません。ですから...もう一度だけ。お願いします」
「......あー、もうっ」
諦めたように、でも全然嫌そうではない感じで、彼が私のことぎゅっと抱きしめた。
彼の温もりが伝わって、彼の心音が聞こえてくる。とくん、とくんという音が、私のことを包んでいく。
「...」
「......」
「...」
「......」
「これで、いいか?」
そんなに長い時間ではない。それでも、こんなに満たされた。まだまだ足りないと思っても、満たされてしまった。
「...えぇ。ありがとうございました」
「そっか。ならよかった。やっぱり笑った顔を見たいからな」
「ふふっ、なんですか。口説いてるんですか?」
「うっ、今そう言われると弱いんだが...」
だから私は、名残惜しさを感じつつも体を離した。
「ふぅ...じゃあ、また。とは言えないんだよな」
「貴様!!ひなたに何をしている!!」
「...元気で、な」
最後に微笑んで、走り去っていく名も知らない方。
「あの人...!!」
「いや、最後にとは言ったけど...」
「おい待て!!話は...!!」
何かを言う歌野さんと雪花さんの隣から、追いかけようとする若葉ちゃんの手を握る。驚いた様子の若葉ちゃんは、『抜く気のなさそうな刀』をしまって、私の涙を拭ってくれた。
「ひなた!どこかやられたのか!?ひなたっ!!」
「大丈夫、大丈夫ですからっ...」
若葉ちゃんに抱きつきながら、私は思う。
『やっぱり笑った顔を見たいからな』
(貴方の目に映る私が、笑っていたら嬉しいです)
『元気で、な』
(...はい。お元気で)
両手に握ったハンカチは、薄紫の中に、青いバラの刺繍が入っていた。
大好きです。椿さん________
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『これで、全部終わったな』
『そうだね。後のことは任せよう....任せてって言うべきなのかな』
「......」
『名残惜しいのか?』
「...ここでそんな躊躇いを見せたら、俺はどっちにも顔向け出来ない。そんな覚悟は、会う前に持ったさ」
『じゃあ、どうしたの?』
「......まだ力が少しあるって、さっき言ってたよな?」
『え、うん。あの神樹様から取ったエネルギーはまだある』
「その力で行きたい場所がある。最後に、もう一ヶ所だけ」
『赤嶺の所へ行くのか?』
「それは自分でどうにかするって赤嶺自身が言ってたからな。行かないよ」
『ならどこへ?』
「......全部は救えない。それでも、もう一人、助けたい人がいる」