勇者というお役目は、普通の暮らしじゃ決して経験できないことの連続だった。
神樹様に選ばれて、人類を守る立場として、襲いかかってくる敵と戦う。これが皆体験することだったら別の意味で大変だ。
(でも、大変なことばかりじゃなかったんだよね)
勇者というお役目をやっていたからこそ、友達になれた二人がいた。
ふわふわしてて、たまに何考えてるか分からない、可愛い女の子。
凛としてて、暴走しがちな、真面目な女の子。
勇者にならなくても友達になれたかもしれない。でも、絶対ここまで深い仲にはなれてない。
それこそ、目を閉じたら思い出す幼馴染みと並ぶくらいだ。
(あいつとは、結構会ってないんだけどなぁ...)
ついさっきまで顔を見てきた二人と、昨日とはいえ最近の会う頻度からすれば結構会えてない一人とが、同時に思い出される。もし数年後もう一度振り返ることになったら、一人の方が後になってるかもしれない。
でも、それだけ友達がアタシの心の中にあるということだ。
(二人には言ったけど...あいつにも最後に挨拶くらい、しとくべきだったかなぁ)
想像して後悔する、しないは置いておいて。
三体のバーテックスは、あまりにも強かった。アタシ達も三人だし、皆で戦うなら大丈夫と思っていたけど、結果として起きたのは、傷だらけのアタシと、気絶する程の攻撃を受けてしまった園子と須美だった。
アタシは二人より特攻する武器の仕様上、勇者服の防御面が高かったのか、単に二人より受けた攻撃が少なかったのか。こんなことなら先生の解説をもう少し聞いておくんだった。
「...今更言ってもしょうがない。か」
戻ったら先生の話をもう少し聞こう。あと、あいつの注意も。
「さて」
いい加減動き出した現実を見なきゃいけない。ラインは結構下げて取ったけど、そこに入り込んでいくように、じわじわと近づいてくる影かあった。
さっきまで戦っていた三体のバーテックス。赤青黄色とカラフルな敵は、さっきまでアタシ達から受けていた傷を回復させて、神樹様へ進み始めた。味方なんて関係ないと言わんばかりの範囲攻撃をした理由は、この回復力があったからなんだろう。
「......」
ゆっくり、でも確かに、握った斧で樹海に線を引く。
決意は、覚悟は、もう持った。
「守る」
この世界を、友達を、幼馴染みを、家族を。
「守り抜く」
他の誰でもないアタシが。
「聞けよ。バーテックス。今日の所は、この名を聞いて帰ってもらうから」
腕は痺れてる。足は痛い。
それでも、まだ立てる。
「アタシの名前は三ノ輪銀!!!お前達を倒す勇者!!!アタシの守りたい人の為に...こっから先は、通さないッ!!!!」
青いのから放たれた矢と、アタシが振った斧がぶつかって、目の前で閃光を放つ。
戦いが、始まった。
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「ただいまー」
鍵を使って入った我が家に帰宅を告げて、誰もいないから意味のないことだったと気づいた。
「あー...そっか」
とりあえず自分の部屋に荷物を置いて、外に干している洗濯物がないこと、メモが残されてることを確認する。
(今日はご飯一人か...最近料理するようになったからって、一人はまだ不安なんだけど)
幼馴染みは忙しくなった中でも、幼い弟たちの面倒を見ている。その支えになれればと始めた料理も、何だかんだで数ヵ月目だ。
(そう言えば、今日は遠足だっけ...)
『今度椿にも紹介するからなー』
一緒にゲームしていた時、そんなことを言われた。写真では見せてもらった、友達になったという二人の女の子。
今もその子達と遊んでるのだろうか。
(帰ってくるのも遅くなるのかな...んー、そしたら今日は隣でご飯作って、一緒に食べようかな)
予定が決まれば、家でやることを早々に済ませて隣の家まで行く。ここの往来はうんと小さい頃から慣れたもので、今更何でもない。
以前から許可は貰ってるから、まずは冷蔵庫の中身を確認し、自分で作れる範囲の料理があるか見なければならない。
「こんにちはー」
(...今日は銀の好きなのにしようかな)
何となく献立を絞りながら、我が家のごとくあがった。
(喜ぶといいな。あいつ)
「とりあえず確認。さっさと終わらせるか」
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「ぐっ...あ、っ」
耐えていた口が限界を迎えて、血の混じった空気を吐き出した。ピチャッっと音を立てて、血が樹海を赤くする。
戦いは、まだ続いていた。決して良いとは言えない方向へ。
確かにバーテックスは進んでないし、引いた線はまだアタシの後ろにある。立派に防衛できてるんだろう。
でも、アタシはもう服の所々が破けてて、色んな場所から血を流している。元々赤い勇者服が、深紅に染まりつつある。
それでも、アタシは立ち上がった。
「はっ!!ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
押し潰すように飛んできた反射板を両手に握った斧で対抗し、弾き飛ばす。
「ッ!?がっ!」
そのせいで見えなかった箇所から飛んできた黄色い尻尾についた針は、アタシの腹に刺さる前に斧で防いだ。とはいえ、勢いは殺せない。
弾き飛ばされたアタシは、勢い良く打ち上げられたまま、地面に落ちた。勇者だからこそ死んではいないけど、身体中どこも痛い。
もう一度血を吐いたアタシは、それでも立ち上がろうとした。ただ、少し視界がぼやけている。おでこから流している血が目に入ったのではない。
(血が、足りないのかな...貧血だっけ。こんなことなら、昨日はレバーを食べるんだった......)
どうでもいいことを考えてたら、滑って地面とぶつかった。世界がぐるりと回って揺れる。
「く、そ...」
言葉も上手く出なくなり、視界も、やや薄暗くなる。
(...これで、終わりなのかな)
この斧を手離せば、地面で楽になれる。そう思ったアタシは__________
「...ま、だ......っ」
力を振り絞って、片膝を立てた。
(体が上手く動かないのがなんだってんだ。まだアタシの決意は、覚悟は、魂は)
「折れちゃ、いない...!!!」
例え体が動かなくても、心が動いている。まだアタシは、戦い続けられる。
(折れるわけには、いかないんだ!!!)
この先には、皆が、大切な人達がいる。ならどうして、アタシが諦められる。
「ゆう、しゃは、気合いと!根性ッ!!!」
立ち上がったアタシの目に映るのは、矢を構えた青いバーテックスだった。ゆっくり見えたその光景は、光を増していっている。
それでも。
「...帰るんだから」
無意識に、言葉が漏れた。
「皆の所に...あいつの、所にっ!!!」
やがて、矢が放たれる。目で追うことすらできないその一撃は________
アタシの隣に、深々と突き刺さった。
単純に外したんじゃない。横から飛んできた何かが青いバーテックスにぶつかって、攻撃がずれた。
(園子?須美?)
咄嗟に二人のことが思い浮かぶけど、その存在がどちらも否定した。
それは、上から舞い降りた。機械みたいな翼を広げ、右手には大きなメイス、左手には小さな刀という、あまりにもバランスの悪そうな武器。
それが、アタシとバーテックス達の間に割り込み、こちらを向いていた。あいつみたいな黒髪で、目元は壊れかけたバイザーで覆われている。
「......生きてるな。なら良い」
それだけ言った、声で恐らく男の人だと分かる彼は、もう一度ゆっくり振り返る。視線の先には、さっきの一撃を回復しているのを含めた、三体のバーテックス。
「時間は取らせない。すぐに蹴りをつける...お前の魂、一度借りるぞ」
その返事をする前に、静かだった睨み合いが苛烈な戦いに変わった。
まるで分かりきった攻撃かのように、針のある尻尾も、反射板を利用して飛ばされた矢も、押し潰そうとしてきた反射板も避けて、相手がよろける強烈な一撃をお見舞いする。
「もう何回目だと思ってる。いい加減にしろよ」
飛ばされた青いのは黄色いのにぶつかり、その隙に赤いのに向けて刀を突き刺す。ガリガリ音を立てて引きずれば亀裂みたいなのが赤いのに走り、やがて光になって消えていく。
御霊が出たことに驚く暇もなく、その人は残り二体に迫った。針を刀で弾きながら、矢をスレスレで避けながら、青いのの口を塞ぐようにメイスを突き立てた。
隙間から、矢の風圧か何かでバイザーが壊れていくのが見える。
「さっさと終わらせるぞ」
その言葉は、どこかで聞いたことがある気がした。
「撤退したか。今は追い返すだけでよかったんだよな...」
数分もせずに、その人はアタシの元に降り立った。
「ちょっと触るぞ」
「いっ!?」
腕とか足とかを触られて、アタシは痛みに耐えながらもされるがままになっている。
と思えば、今度はスマホを取られた。
「......内臓までは分からないが、外傷で致命的なのはないな。もうすぐ樹海化も解けるし、大赦に連絡も送った。今は安静にしていろ」
淡々と言われることを呑み込んでいくうちに、どんどん疑問が出てきた。
この人は誰なのか、何で男の人がバーテックスと戦えてるのか、何で樹海とかを知ってるのか、その翼は何なのか。
「あ、あのっ」
「ん?」
「え、えと...」
詰まりながら出た問いは。
「何で、アタシを助けてくれたんですか...?」
「......」
それだけの問いに、何かを言いかけたまま、少し止まってしまった。
「...今回だけだ」
しばらくして出たのは、そんな言葉。
「いいか、三ノ輪銀。これは今回だけだ。次はない。次からの戦いも、決して楽ではない...この世界の俺は、こうなれない」
怒るような、戸惑うような、どう表現するのが良いのだろう。分からないまま、言葉が続く。
「だが、これだけの傷を負って、次があると分かってて、それでもこうして戦うなら。魂が折れてないのなら」
アタシより大きな手が、頬に当てられた。
「...ッ!?」
「生きろ。生き抜け。お前の大切に思う人のために...いいな?」
触れていたのは一瞬。それだけで、彼はすっと立ち上がる。
「さて、潮時だ...じゃあな。銀」
「あっ......」
手は伸ばせない。一瞬の動揺のうちに、その姿は遠くなってしまった。アタシが空を飛べても、あの翼に追いつける気がしない。
「銀ーっ!!」
「ミノさーんっ!!!どこーっ!?」
よく聞く声が聞こえて、アタシは緊張の糸が切れたように、樹海に寝転がった。
いや、本当だったら、あの声も、顔も、よく見聞きしてる__________
意味が分からない。分からないまま、アタシは笑った。
「...ありがと。頑張るね」
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「走らないで!」
「すみませんっ!!」
注意されてもやめない走りに明らかに良くない顔をしたけど、それでも走ることをやめなかった。やめられなかった。
一秒でも速く、一歩でも速く。
『...事故?ですか?』
『え、えぇ...遠足の帰りに。それで、今は病院に』
病棟を走り抜く。角を曲がった特別室。
「何だ?」
「止まりなさい!」
変な仮面をつけた二人が部屋の前にいて、こっちに気づくと立ち塞がるように構える。
そんなことで止まるわけにはいかない。この先に彼女がいるのなら。
「邪魔だ!!どけっ!!!」
躊躇うことなくスライディングして、大人二人分の手を避けながら通り抜ける。一回転して廊下を蹴り、病室の扉に手をかけた。
「銀っ!!!!」
部屋にいたのは、二人の女の子と一人の女性。そして、ベッドに寝ているのが__________
「あーうん。だと思ったけど色々やり過ぎだって」
色んな場所に包帯を巻いて、微笑んでいる幼馴染みだった。
「事故で怪我したって聞いて!!心配でっ!!!」
「銀、この人は...?」
「捕まえろ!」
「あー皆ストップ!!一旦ストップ!!!」
その声に、後ろに置いてきた大人も、声をかけていた黒髪の子も、俺も止まる。
「色々話すことはあるけど。まずアタシは最初にやらせて。椿」
「え?」
銀は、微笑みを満面の笑顔に変えた。
「ただいま!」
「...おかえりっ!!」