古雪椿は勇者である   作:メレク

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バレンタイン短編出そうと思ってるので、その前に後日談を出しきりたいと思います。

ちなみにバレンタイン短編は、例のあれではないと思いますが突然高熱を出してまだ書き上げられてないので、明日投稿できるかは不明です。よろしくお願いします。

では本編を。


後日談 彼と彼女達のこれから

「成る程。面白い仮説だ」

 

そう言って、春信さんはジャスミン茶を一口飲んだ。さっき食べた肉の油を落としているのだろう。

 

「...俺が言うのもおかしいですけど、貴方、よく信じますね」

「先の一件もあるし、君がこんな嘘をつかないことも知っている。仮についていても、ここまで連れてきたら罪悪感を覚えるだろう?」

「だからこの店なんですか...」

 

高級中華料理店の一室。俺は恐る恐る、四桁の値段がついていた炒飯を口にした。

 

「まぁ、僕から見ても、この前の君の行動はおかしいと思ったし、色々あるのさ...さて、じゃあ、情報を整理しようか」

「......」

「以前、君は一夜にして過去を訪れ、歴史を変えた。これは君の記憶もあり、精霊ツバキの存在、君向けに送られている物が乃木家にあったことから、間違いないと見ていいだろう」

 

俺の胸にあるサファイアを指差し、春信さんは続ける。

 

「そして先日。君が僕に電話をしてきたあの日、伝えていない筈のレイルクスの調整をさせて、過去にもう一度戻ると言って消えた。しかし、約一日経って戻ってきた君は、そのことを覚えていない」

「はい」

「そこで君は、過去に神樹様から記憶を消されたことがあったから、今回も同様なんじゃないかと考えた。そして、調べを進めていくうちに...一つの仮定を作り出した」

「...この、『ザクロ』という記述」

 

乃木家では見つからず、大赦の書類を漁っていた時に見つけた手がかり。

 

「幾つかの地域の人間を、四国へ送り届けた神の遣い。この中には勇者、巫女が含まれていたが、君の知る勇者とは数が合わない。君が過去を訪れたときもそんな存在は聞かなかった。そこで、これをしたのが先日の君だという仮説を立て、僕に話をしに来た」

「はい」

 

何故『ザクロ』という名前なのかは分からないが、そう考えれば辻褄は合う気がするのだ。

 

春信さんは、一度考え込むような仕草をする。

 

「もう一度言おう。これは面白い仮説だ。十分可能性のある考察だ」

「...」

「だが、これは僕達では立証しようのない考察でもある」

「それは」

「乃木家には保管されていたのは、君が会ったことのない勇者を含めた『古雪椿』について。もしここにその存在が記録されていれば違っただろうけど...寧ろ、当時の勇者がその存在と君を結びつけているなら、その記述や写真が残ってないのはおかしい」

 

「そして」と、指を二本立てる春信さん。

 

「君は大赦に保管されていた古めかしい書物と、乃木家に保管されていた資料、どちらを信じる?」

「......でも、確かにこの勇者達に関しては記憶がないんです」

 

特に白鳥歌野という人物は、その結末をこの目で見てきたはずで__________

 

「...まず、ここでその議論をしてもいたちごっこになるということは分かるね?僕は君の記憶を頼りに話を聞くことしかできず、その君は記憶がない。あるのは同じ資料だけ」

「それは、分かります」

「その上で。僕は...君の記憶を消した人物はいる。そして、苦渋の決断で消したんじゃないかと考える」

「えっ?」

 

予想外の切り返しに、俺は若干声が裏返った。

 

「記憶を消したのが、今は亡き神樹様なのかも分からないから...仮に、その対象を『X』とでもしておこう。推理小説でよくある仮定の仕方だ」

「はぁ」

「Xは確かに君の行動に干渉し、記憶を消した。これは過去に行った行かないは関係なく、この前の君の突飛な行動をさせて、その記憶が思い出せないことからも確定としよう」

「はい」

「じゃあここで、去年のことを思い出して欲しい。東郷美森の記憶を神樹様に忘れさせられた時のことだ」

「...」

「あの時は、記憶を消され、写真や名簿からもその存在を消されていた。そうだね?」

「......そうですね。大赦に聞くまでは、あいつのことを思い出した俺達しか分かりませんでした。他の人は、基本的に何も」

 

下を見る。ジャスミン茶の透き通った水面が、俺の顔を映す。

 

「今度は一度過去に行った時のことだ。その時の記憶は鮮明にある。詳しくは聞かないが心当たりもある。そうだね」

「はい」

 

思い返される彼女の姿。彼女が俺の記憶を消すことはなく、この世界への影響も少なくしてくれた。

 

「では、今回はどうか。結論を先に言うなら、中途半端だ」

「...」

「消したのは君の記憶だけ。残存する資料には確信に至れないレベルというだけで、何個も情報が転がっている。X本人が疑ってくださいと言っているようなものだ。当然、神樹様の力がないため、消せる記憶量が減った。なんて可能性もあるけど...状況から推測するに、『敢えて』記憶以外を残したようにも思える」

「それは...」

 

言われてみて、確かにそう思う。神なら全て消すし、彼女なら何かしら残す時、告げてきそうではある。

 

「ならば、何故Xはその『敢えて』をしたのかという話になるけど...」

「本来消したくなかったが、何かしら理由があって消さないといけなくなった。だからそのXは、苦渋の決断で最低限の記憶だけを抜き去った。と?」

「僕の結論ではね。その結果が君の周りで起きているちぐはぐさだと...最も、真相はX本人に聞くしかないんだろうけど」

「...」

「僕としては、これ以上探しようがないし、忘れろとは言わないけど、気にせず生活した方が良いと思ってる」

「それは」

「もしXが君のために記憶を消したなら、記憶を思い出すことで、何か悪いことが起きるかもしれない...その可能性がある以上、やぶ蛇をつつくような行為は、おすすめできないかな。現に、他の部分、他の勇者に関しては何も問題ないようだし」

「......」

 

話を聞いて、感じたのは_____

 

(なんなんだろう、これ)

 

どこか変な、違和感だった。

 

「......」

「どうしたんだい?」

 

春信さんを見る。何か変なことを感じたまま________俺は、それを口にした。

 

「春信さん。貴方、何か知ってますか?」

「何かって、何を?」

「何か...俺の知らない、何かを」

 

話してることも、普段のこの人ならこう言う。きっとそうだ。だが、敢えて言うのなら__________

 

「貴方の言葉が、『真実を言い過ぎている』気がして」

 

まるで、正解を知っていて、その中から言葉を選んでるような。

 

「気のせいですか...?」

「......」

 

春信さんは、黙ってしまった。

 

「貴方は、何を知ってるんです?」

「...」

「答えられないんですか?」

「...ふふっ。そんな焦った顔をしないでくれ」

 

春信さんは意地悪な笑みを浮かべ「ごめんごめん」と繰り返した。

 

「確かに君の知らないことを知ってると思うよ。ただ、どう説明しようかなと少し考えてしまって。ごめんね」

「やめてくださいよ...貴方すぐ悪役になれそうなんですから」

「褒め言葉として受け取っとくよ...ちょっと待って」

 

何かをスマホに打ち込み始めた春信さん。その答えはすぐに俺のスマホに映された。

 

「これは...?」

「以前君に相談されたことがある。今の話を聞いて、もしかしたら手がかりとなるかもしれない。具体的な話はそこで聞くといいよ。そうだな...夏凜と一緒に行くといい」

「はぁ...」

「僕の方でも少し調べてみよう。とはいえもう大赦の人間ではないし、あまり期待はしないでね」

 

 

 

 

 

「それで、ここがその目的地だと」

「まぁ、そうなんだが...覚えあるか?」

「ないわね」

 

春信さんに教えられた住所の先は、ごく普通の一軒家だった。俺の記憶にはなく、夏凜も首を横に振る。

 

「まぁ、何かしら分かればいいけど...」

 

そう思い、俺はインターホンを押した。あまり間を置かずに、相手の声が聞こえる。

 

『あれ、椿さん?』

「!?」

「えっ、ここが?」

『夏凜さんもいるんですか。待っててくださいね』

 

すぐに切れるインターホン。しかし、俺は動くことができない。

 

(何で俺の名前を!?)

 

声を聞いた限りでは、知り合いにはいないものだった筈。

 

「夏凜!何か知ってるのか!?」

「何言ってるの?知ってるも何も、前に依頼に来た子じゃない」

「へ...?」

「いらっしゃいませ!どうぞ中に!!」

 

玄関を開けた名も知らない女の子は、笑みを浮かべて俺達を誘うのだった。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「どうぞ!」

「あ、あぁ。ありがたく頂くよ...」

 

戸惑いながら、椿がお茶を飲む。本人からすれば、知らない人の家で飲むんだから無理はないのかもしれない。

 

『この前の話と同じで、俺この人に関する記憶ない。上手いこと話を通してくれないか?』

 

家に入る直前、そんなことを言われた私は、何を言ってるんだと思うと同時に、どこか納得がいった。

 

兄貴がこの場所を指定して、私を付き添いに呼ばせたのは、そう言うことなんだろう。

 

(事前に説明しておいてくれてもいいじゃない...)

 

私も家に来たのは初めてだったから、驚いてしまった。

 

とはいえ、接点が少ないということは、逆に話す内容が短く分かりやすいということだ。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

「この前の依頼について、もう一度聞き直したいと思ってね。お願いできる?」

「それはいいですけど...連絡くれれば部室に向かいましたのに」

「わざわざ二回来させるのは酷だからさ。それで...写真あるかしら?」

「はい。ちょっと待っててくださいね」

 

リビングを出ていく彼女を見送って、私は椿の方を向いた。

 

「名前は皆川優衣(みなかわ ゆい)、私達と同級生。前に勇者部に依頼を持ってきたの」

「内容は?」

「これから持ってくる写真に関係してる。詳しく話してる暇はないわね。それからは、あの子が入ってるサバゲー部と何回か対戦して交流があるわ」

「俺はなんて呼んでた?」

「優衣ちゃんって呼んでたわ。本人が希望して」

「希望して...?まぁ分かった。ありがとう」

 

素早いやり取りが終わった瞬間、扉が開く。

 

「お待たせしました」

「待ってないわ。というか、突然ごめんね」

「いえ!それで、この前もお見せした写真です」

「ッ!!?」

 

見た瞬間、椿の息を飲むのが伝わった。前よりも凄く驚いてる様子だ。

 

(えっと...そっか。椿としては知った状態で見たことないのかしら)

 

優衣が初めて勇者部を訪れたのは去年の秋。その時も椿はこの写真を見ているけど、本人が過去に行ったのは皆の学年が上がってから。

 

だからこの写真を_____古ぼけた、でもしっかり椿だと分かる写真を、過去から戻ってきてから見てないのだろう。

 

「改めて見ると、本当似てるわね...」

「今でもそう思っちゃいますよ。やっぱり」

「これが、皆川家にずっとあるんでしょ?」

「はい」

「...椿、もっかいじっくり見比べてて。私達で改めて整理しましょ」

 

椿を敢えて放置して、私達で話を進めていく。

 

この古ぼけた写真は、皆川家に昔から、それこそ西暦の終わり頃からある写真らしい。そして、疑問を持った優衣が、勇者部に依頼を出してきた。

 

『この写真の人、椿さんの御先祖様じゃないか、確認ってできますか?』

 

写真は二枚。内容は、ある男子の物が一枚と、その男子と、小さい女の子、それから、眼鏡をかけた男子と同じくらいの女子が写った一枚。

 

男子というのは言うまでもなく椿で、小さい女の子は優衣の御先祖様らしい。女子の方は_____何か引っかかるものがあったけど、見覚えはない。

 

『元々勇者部さんには、サバゲーの対戦相手をして欲しくて依頼を出そうとしたんです。ただ、ホームページに載っている椿さんの顔があまりにもそっくりだったので...』

 

今の状況を照らし合わせると、この写真の椿と隣に座っている椿はイコールなんだろう。前に話を聞いた時には、こんな写真を撮ったことは聞かなかったけど。

 

『詳しいことはもう分からないんですけど、御先祖様、この人に命を救ってもらったらしくて。ちゃんとお礼をする前に消えてしまったらしいんです。私はもうほとんど関係ない立場ではありますが...これだけ顔が似てるのですし、もし椿さんの御先祖様にこの方に関する物があれば、御先祖様に、感謝する相手だけでも伝えられるかなと』

 

当時言われたのはそんな内容で、当時の椿は自分の家を漁っていた。

 

『古雪家は乃木家や上里家のように、歴史的な家庭でも、古くからの伝統を重んじてるわけじゃないしな...家系図漁ってあるのか?』

 

しかし、結果としては何も見つからず。真相は謎のままだった。

 

(でも...)

 

話を振り返り、ちらりと椿の方を向く。

 

あの時とは状況が明らかに違う。兄貴が優衣の家を指定したことといい、何か違うことが__________

 

「椿?」

「椿さん?」

「......」

 

椿は、片手で写真を持ち、片手で頭を抑え、どこか苦しそうだった。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「...あぁ。大丈夫」

 

頭を振りかぶり、一度お茶を飲んだ椿は、深呼吸してから呟いた。

 

「やぶ蛇。か」

「え?」

「優衣、ちゃん」

「はい?」

「この写真以外に、昔の写真は無かったんだよな?」

「そ、そうですね」

「じゃあ、抵抗がなければ、君の昔の写真、見せてもらってもいいか?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「それで」

「ん?」

「収穫はあったの?」

 

夏凜が煮干しを食べながら聞いてきたのに対し、俺は慣れ親しんだみかんジュースを飲み込んでから口を開いた。

 

「あったというか、なかったというか」

「?」

 

今いるのはイネスのフードコート。皆川優衣という彼女の家は、もう一度古雪家を漁って300年前の命の恩人について探してみると伝え、お開きとなった。

 

「具体的なことは、もう少し自分の中で纏めてから説明したい。ただ言えることは、皆川優衣の御先祖様と写真を撮ったことは、覚えてる、ような気がする」

「随分曖昧ね」

「そうだな。自分でもそう思う」

 

あまりにも不確定で未確認。だがあの写真を見た時、確かに感じたのだ。この写真を撮ったのだと。

 

『北海道からずっと、守ってくれてありがとう!!』

 

その言葉の意味など、何一つ覚えなどないのに。いや、言葉そのものは『今』覚えているが、俺は四国から出たことなどほぼないのに。

 

そして、もう一人の少女についても。

 

「?メール?」

「園子にさっき、確認を取って貰うよう連絡したんだ。ビンゴだったみたいだな」

 

メールと中身を夏凜に見せる。

 

『秋原雪花って名前の勇者はいたみたいだよ~!確認しました!!』

「秋原、雪花...」

「さっきの写真で俺の隣に写ってた女子だ。北海道から四国へ避難してきた勇者」

「北海道って...元々の日本の最北にある?」

「あぁ。寒くて試される大地とか呼ばれる、北海道」

 

俺はその勇者の存在を『知らないし知っている』

 

「でも椿、前にそんな人のこと言ってたっけ?」

「言ってない。そんな記憶はない。あの時代の四国勇者は五人、それだけなはず」

「じゃあなんで」

「だが。四国勇者が『八人』の時の記憶が、ある」

「......どういうこと?」

 

自分で言ってても上手く呑み込めてない。だが、そうとしか表現ができない。

 

「...俺が過去へ行ったのは一度だけだ。だが、さっきの写真を見て、今の俺には、その記憶と、もう一つ、記憶がある。勇者や周りの仲間が多かった記憶が」

「??」

「...うん。そんな顔するのは分かる。伝えやすい言い方をするなら、あの写真を見たら、やった覚えのない記憶が急に思い出されたんだ」

 

雪花も、歌野も、棗もいる。優衣の祖先であろう子供が雪花の元へ遊びに来たり、水都と麗奈が話している姿が思い出される。

 

「......自分でも戸惑ってるし、頭が痛かった」

「だ、大丈夫なの?あんた。体調とか...」

「体調は平気だ...けど、この記憶についてもっと知りたいとは、今は思えない怖さがある」

 

確かにこの先を知ることは、きっと俺の思い出せないことが分かるだろう。

 

だが一方で、この先を知ることを躊躇う俺もいた。さっきの頭痛以上の何かが、自分が壊れてしまいそうな何かがきそうな気がして。

 

「...どうするの?」

「......今詮索するのは、やぶ蛇かもしれないからな。ここで大人しくすることにするよ」

 

春信さんが言っていたXがこの事態を引き起こしているなら、確かに俺の記憶を返そうとしてるのかもしれない。

 

それを、まだまだ全国の復興が必要な今、闇雲に漁る必要はない。

 

もし何か時が来れば、Xが返してくれるかもしれないし__________

 

(欲しさはある。が......)

 

今、この日常を再び非日常に変えるリスクを負う必要は、ない。

 

「...そうだな。ここで終了だ」

「そっ。まぁ椿本人が言うならいいんだけど。本当に大丈夫?」

「大丈夫。心配するな...もし心配なら、この手、離さないでくれよな」

「なっ!?」

 

夏凜の手を握る。この温もりは、俺の居場所だ。

 

今いる皆が問題ない。それなら、俺はそれでいい。

 

_____ここにいない彼女達も、きっと見守ってくれている。

 

「この前銀にキスしといて次は私とかっ!許さないわよっ!!!」

「ぐふっ」

 

綺麗なアッパーカットを貰い、俺は吹き飛ぶ。

 

願うのは、流石にさっき思い出されたばかりの記憶が消えて欲しくないなと思うばかりだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

立地的に、昼ではあるが日陰になる場所で、手を合わせ、やがて立ち上がる。

 

(別に、ここに埋まってる訳じゃないが)

 

ここは、勇者や巫女、人々が神世紀を生き抜くために力を使い戦ってた者達の慰霊碑がある場所。

 

今日は来ない『彼』の代わりであり、顔を見せにきただけ。ついでに、人気のない待ち合わせに使えると判断した。

 

「来たよ...それは、誰のなんだい?」

「これは白鳥歌野。長野の諏訪で勇者をしていました。これで最後です」

 

生きて監視するといっても全部に目を通している訳じゃないため、知ってる名前も、知らない名前もある。だが、少なくともこの時間までに知ってる名前には手を合わせたつもりだ。

 

「白鳥、歌野...西暦の、最初の勇者の一人。そう言ったね」

「四国にとっての勇者としては、きっと最初の枠にいないんでしょうけどね。あいつが四国に来たのは、バーテックスが世界に現れてから二年以上経ってからなので」

「......本当に、彼ではないんだね」

「あれは俺です。まぁ、あいつではないというのも確かですが」

 

顔を向ける。そこには、どこか緊張した面持ちの三好春信がいた。この人のことだから、きっと俺の存在を鋭敏に感じ取っているんだろう。

 

「改めて、初めまして。古雪椿の分身、別存在です...いや、精霊ツバキ、もしくはザクロと名乗った方が良いですかね?」

「......僕は、椿君と呼ぶよ」

「好きにしてください。どうせすぐに記憶を消しますから」

 

俺がここにいる理由も、自身の記憶が消される理由も分かっている春信さんは、俺の言葉に驚かない。

 

「...この前は驚いたよ。突然電話がかかってきたと思えば、その声で色々話し出すんだから」

「古雪椿は貴方を信頼している。違和感を持たせずあの会話をさせるのに適していたのは、俺の中では貴方以外にいなかった」

 

あの後。残った力でこの世界に顕現した俺は、目の前にいる春信さんに連絡を取った。自分の存在と、過去と、今の古雪椿の状況から、やって欲しいことまで全て。

 

その上で、この人は古雪椿と話を進め、やって欲しいことを全てやってくれた。

 

「過去を探ろうとする古雪椿を止める。なんて本人に言われたら、何であろうと話は聞こうとするさ」

「...あいつの記憶には蓋をしました。しかし、俺としても消したい記憶ではなかったので、選択した記憶は最小限。結果、どうしても違和感が生まれる」

 

消したいのは、というより、消さなければ古雪椿が持たなかったのは、精霊ツバキの記憶と、海来石榴として活動してきた時の記憶。これを消さなければ、あいつは人でいられなくなる。

 

かといって、銀や皆への思いを消したくはなかった。だからこそ、過去に行ったりするのに使っていた力の残りを、このアフターケアに使うことにしたのだ。

 

「それで、僕に頼んだと。意図的に疑問を持つよう敢えて証拠を残しながら、記憶を自分で探らせるように誘導し、今後探らせることを躊躇わせるようにするために」

「そうでもしなきゃ、何を拍子に必要以上のことまで思い出すか分からなかったので」

 

調査することを危険だと判断させるのに、存在しない記憶_____棗や歌野、雪花達がいる状態での西暦に行ったという記憶は、十分な効果を持っている。

 

あいつにとって危険な記憶は、俺と絡んだ時の物だ。逆に、古雪椿が古雪椿として活動していた西暦の半年間の記憶は、問題ない。

 

寧ろ、彼女達のこともこんな形であれ覚えていて欲しい。そう考えた時、今古雪椿が思い出している記憶は最高にうってつけだった。

 

そして、その話を調べさせるための始動、誘導役として、この人は使える。包み隠さず話したら、この人は従ってくれると思っていた。

 

「...僕としても、彼が壊れるようなことはあって欲しくない。協力はするさ」

「その割りきりの良さ、流石って思いますよ。普通の人間はこんな話信じないで済ませて終わりだ...さて」

 

俺は構える。これは事前に説明していたことではあるから良いだろう。

 

古雪椿の気持ちを変化させるのに協力してもらったが、その話に必要な情報は、俺について知ってる人間は、残しておけない。

 

当然春信さんを物理的に消したくもないから_____今ここで話したことも含め、関連している記憶を全て消す。

 

「最後に、何か聞きたいことがあれば、答えるだけ答えますよ」

「全て記憶を消すのに?」

「言うのはタダなので」

 

俺がそう言うと、春信さんは少し迷ってから口を開いた。

 

「...仮に僕がここで、この話を誰にも言わないと誓っても、君は僕の記憶を消すのかい?」

「消します。必要ないし、必要になればあいつや勇者部を含め、また教えますから......最も、そんな時は来ない方が良いですが」

 

もしそんな時が来たら、それはまた日常的ではないことが起きたということだ。そんなの、ない方が良い。

 

「そんな便利な力があるんだ」

「いえ。ただ...危機に陥る時は無理してでもでしゃばるので」

「...なら、聞くことはないかな。時間の無駄だ」

「分かりました。理解が早くて助かります」

 

記憶を消すこと、与えること自体は、神からエネルギーを摂取していたこともあって、そんなに苦ではなかった。特に自分に関しては。

 

他者についても、新しく知ったばかりの記憶くらい造作もない。

 

「まぁ」

「?」

「ありがとうございました。付き合ってもらって」

「...どういたしまして」

 

 

 

 

 

「終わった。か」

 

春信さんの記憶を消し、少しして。雲を見上げながら、俺は呟く。

 

やりたいことはやった。椿は過去に興味を持ちながらも積極的には探らなくなり、突飛な行動の原因、自身と周りの想いを考えながら、勇者部で日常を過ごす。

 

俺は既に、ユウの元へ戻るだけ。平行世界や過去で行った力を使うには、新しくエネルギーを得る手段を考える必要があるだろう。

 

「......あの世界の記憶とかも、ちゃんと残しといてやりたかったけどな」

 

平行世界の神樹内でやっていた造反神との話は、神の記憶操作範囲だから、思い出させてやりたくてもどうしようもない。俺の操作の管轄外なのだ。

 

「...俺は消えるさ。これからも見守っていてくれ。『俺達(あいつら)』をさ」

 

ある慰霊碑に留まる青い鳥に向けて、俺は微笑んだ。

 

俺達と彼女は別の枠組みだ。だから、そっちに任せるとする。

 

だけど__________

 

「だが、まぁ。なんだかんだ、記憶が戻ったりするかもな」

 

適当に言いながら、俺は受け売りの言葉を口にした。

 

『世界の理なんてさ。どんなにお利口に取り繕っても、そんなもの、簡単にぶっ飛ばせるんだよ』

 

「勇者の絆は、世界の理を簡単に壊せるらしいからさ」

 

古雪椿が勇者であれば、それもまた、悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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