「すまん、遅れたか?」
「時間前よ。大丈夫」
手に息を吹き掛けている彼女を見てから、小走りで駆け寄った俺。彼女は俺に気づくと、何でもなさそうに答えた。
「私が早く着いちゃっただけだから」
「いやほら、寒い中待たせちゃったわけだし」
「それは」
「というわけで。ほらよ」
「えっ...カイロ?いいの?」
「バイクは流石にそれないと手が寒いんでな。逆に今はいらないから遠慮なく使ってくれ」
今も手はかじかんでるし、熱が欲しくはあるが、ここは男子として見栄を張る所だろう。
「...」
「千景?」
「...手を出しなさい」
「?」
言われた通り出した手のひらに、カイロが置かれる。口を開きかけたその時、追加で乗ったのは彼女の手。
「!」
「こ、これなら、お互い冷たくないでしょ。行くわよ」
「わ、ちょ、おい」
そのまま手を引っ張られ、俺達は歩き始める。だがそれは彼女の優しさであり、当然、悪い気はしなかった。
「で、この数から選ぼうというわけか...」
「高嶋さんの好みはリサーチ済みよ」
目の前に広がるのはチョコレートを販売しているお店の数々。イベントブースだし当然ではあるのだが、ここまでずらりと並ぶのは年にそうないことで、壮観であった。チョコの香りも凄い。
(千景があげたら何でも喜びそうだけど...そうじゃないもんな)
「よし、一つ一つ回るか」
「そうね。よろしく」
「了解」
ゲームで連携する時のように、余計な言葉は必要ない。お互いの使命を胸に、俺達は人混み溢れるブースに足を踏み入れた。
バレンタインは2月の14日。だが、バレンタインとして特集が組まれたり、イベントブースを出しているのは、早ければ1月の中旬。当日のずっと前からだ。
勇者部も準備は前々からしているが、今回千景は園子ズが暴れる前に準備をすることにしたらしい。ユウの好みをリサーチし、ここイネスのイベント会場でベストのチョコを探す。
この日のために俺もそれとなくユウにお菓子をあげて、傾向を千景に伝えてきた。彼女の隈を見るに、昨日はあまり寝ないで情報を纏めていたのだろう。
とはいえ、止めることはしない。体調的にはそこまで深刻なものじゃないし、体調以上の気力を感じられるから。
強いて言うならば_________
「古雪君」
「ん?」
「どうかした?ぼーっとしてるように見えたから」
「あー、これは気に入るかなって」
ユウの好みは歯ごたえのある、というかクッキーのようなサクサクした物。なら、目の前にあるチョコが挟まったクッキーなんて良いんじゃないだろうか。
「確かに...私はこっちも良いと思ったんだけど」
「んー...ありだな」
千景が指差したのは個包装されたミルフィーユチョコ。サンプル品は凄く美味しそうに見える。
「まぁ、満足いくまで回るわけだし。とりあえず全部見に行くか」
「えぇ!」
気合いの入った千景の声に、俺は微笑んだ。
----------------
「今日はありがとう。いえ、リサーチのことも含めて...そっちもね」
イネスのフードコートで、私は感謝を口にした。向かいに座りハンバーグを食べている彼は、ハンバーグを飲み込んでから口を開いた。
「こちらこそありがと」
「?何が?」
「色々学べることが多かったんでな」
疑問に思っていると「気にするな。個人的な話」と手を振ってくる。私は疑問に思いながらオムライスを口に運んだ。
「でも、買えてよかった」
「えぇ」
最終的に買ったのは、最後のお店で見つけたチョコクッキー。これを見つけた私達は、二人して頷いていた。
(これで、後は...)
「貴方は買わなかったの?自分が食べたいのとか」
「ぁー、いや、確かに美味しそうなのはあったけど、ユウ向けのを選んでただけだからなー」
「どれが美味しそうだった?」
「千景が最初に見つけたミルフィーユの奴かな。真似しようとしても出来る気がしないし」
「自分で作れるか作れないかが基準なの...?」
「そういうわけじゃないけど、今日見た中ならって感じだな。見た目が真似できても、使ってる材料とかを考えれば難しいのは沢山あるし」
「そうなのね...」
「ごちそうさまでした」
「!」
気づけばもう食べ終わっている彼を待たせないよう、オムライスを急ぎ目で口に運ぶ。
「焦んなくていいって」
「でも貴方、この後予定があるんじゃなかった?」
「ぁ、伝え忘れてたか。説明して後日に回して貰ったから大丈夫。この後どこか一緒に行くなら付き合うし、ちゃんと送ってくから」
「......そういうことが言いたいんじゃないのよ。バカ」
自分を送迎係とすら思ってそうな物言いに文句を言いつつ、私はもう一口食べた。
(...じゃあ、この後のプランはどうしましょう。うまく誤魔化しながら買う方法は......)
それは、頭をよく働かせて計画を練るためであって、口角が上がりそうになったのを制限するため等では決してない。
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「じゃあ今日はよろしくお願いします!!先生!!!」
「いや、先生と言われるほどじゃ...まぁいいや」
千景と買い物をした翌日。俺の家には、エプロンを装備したユウがいた。
「それで椿君、今日は何を作るの?」
「いや戻すんかい」
「気分で変えます!サー!」
「あぁもぅ...今日作るのはトリュフチョコだ。こんな感じの」
「おぉー!」
スマホで見せたトリュフチョコが美味しそうだったのか、目を輝かせるユウ。
「これが郡ちゃんの好きなやつ?」
「だと思う」
千景と行った買い物。その時俺は、別の任務も遂行していた。ユウから頼まれた『千景のチョコの好みを探る』という任務を。
あれだけ大きな場所で、事前に調べていたユウの好みとは合致しないものの、それでも見つめていたり目にとまっていたのが多かった気がする。
(お互い、サプライズにしたいのは分かるけど...一緒に買って一緒に作ってもいいだろうに)
「作る難易度的にも丁度良いラインかもな」
「簡単に作れるの?これ」
「手間暇かけた感じが出る。というと聞こえは悪いかもしれないが、市販品からそこまで難しい工程もなく、少しの工夫でスーパーのお菓子コーナーではあまり売ってない商品になる。という意味では良い案配だ」
基本的に、こうした時の手作りチョコは、市販のチョコを湯煎して再度固めることが多い。しかし、ただそれをして形を変えるだけなら、どうしても味は市販品以下になってしまうだろう。一度湯煎した方が美味しいならとっくに企業がやっている。
しかし、トリュフチョコの場合は湯煎後にクリーム等を入れて味を変えるし、そこそこチョコの種類が多い場所まで行かないと見かけることも少ない。あっても普通の板チョコよりも値が張るわけで、あまり手を出さないだろう。
そういう意味で、ユウが千景にトリュフチョコを作るというのはかなり良いと考えた。
「一応ネットにあった作り方についての動画を見てもらったと思うが」
「見ました!」
「なら説明の手間が省けるな。やりながら必要になれば解説する」
「よろしくお願いします!」
とは言われたが、実際熱心に動画を見てきてくれたのか、俺が何か言うまでもなく彼女は作業を始めた。俺は調理道具を渡すだけ。
市販の板チョコを刻み、お湯に使っているボウルに入れ、ゴムベラで押しつけて溶かしていく。
「お湯の温度低いのかな...?」
「いや、これで大丈夫だ。時間はかかるがこのくらいの温度の方が完成した時美味しいから」
「ラジャー!じゃあ頑張る!」
(レシピ本から齧ったレベルだから、これだけ信頼されてると申し訳なくなるな...)
俺の言葉に敬礼して答えるユウは、気長にチョコの様子を見る。俺は適度に温度のチェックと、ネットで作り方やコツを再検索した。
そうこうしていれば、チョコがやがて液体になってくる。事前に沸騰させて放置させていた生クリームを加え、空気の入らないようゆっくり混ぜる。
一言断ってから、手近にあったスプーンでチョコを救い、手の甲に垂らして舐めれば、しっかりとした甘めのチョコができていた。
「ん。美味しい。後は少し冷ましてから形を整えれば...?」
隣を見れば、何故か目を輝かせているユウ。
「ペロッてするの、料理人っぽい...!」
「......やる?」
「やる!」
スプーンに残っていたチョコを、彼女が差し出す手の甲に乗せてあげる。彼女は嬉しそうにそれを舐めていた。
(そんな幸せそうにしちゃって...)
「!美味しい!!」
「ならよかった」
味のメインは完成した。後は形作りと仕上げ作業。
「じゃ、パパっと作り上げちゃうか」
「うん!」
----------------
「うん。美味しい」
「!はむっ...!!」
完成したトリュフチョコを食べた椿君の第一声を聞いて、私は自分の分を口に運ぶ。口の中に美味しい甘さが広がって、目を見開いた。
「ほわぁ...!」
「完璧だな」
「うん!ありがとう椿君!!」
「今回ほとんど何もしてないから」
椿君は何でもないように言うけど、そんなことないことは私がよく分かっていた。郡ちゃんの好みを調べてくれて、そのチョコの作り方を調べてくれて、場所まで貸してくれた。
その結果が、このとっても美味しいトリュフチョコだ。
「まぁ、流石に当日まで日持ちはしないから近くでもう一度作ることになるだろうけど、俺がいなくても問題ないだろ。場所はどうする?寮だと千景に気づかれるだろうし」
「それは大丈夫。もう家庭科室を使えるように頼んでるから」
「優秀かよ」
「なら全部問題ないな」と呟く椿君は、柔らかい笑みを浮かべた。
「椿君はどうするの?」
「ん?何が?」
「チョコあげるの?」
「ぁー...いやまぁ本来バレンタインって女子が男子に...いやでも勇者部だしなー」
呟きながら悩んでる彼は、やがて一度頷いた。
「まぁ全員に個包装とかするとキリがないし間に合わないから、作るなら全体に渡せるよう纏めてかな。そもそも作るかはもう少し考える」
「そっかー...自分用には?」
「わざわざ作らないって」
「自分で自分の好きな味にできるのに?」
「作る労力に似合わなさすぎるかな...誰かのためならともかく、俺が自分で買うなら市販の板チョコを食べる」
「何味?」
「んー、ビター?」
「甘いの苦手?」
「いや。ただ今日もチョコ食べたし、甘いの続くなら少し苦めのがいいかなって」
「ふーん...」
「なんだよその目は」
余程普段と違う視線を送っていたのか、薄目で睨んでくる椿君。私は気にせずにただ答えた。
「何でもないよ」
(そうなんだ...待っててね)
心の中にしっかりメモしながら。
----------------
「ふぁーあ...」
あくびを噛みしめ今日も登校する。もし俺が勇者部に所属していなかったり、周りに女子がいなければ何でもない一日なんだろう。
だが、現実にはバレンタインを意識せざるを得ない一日だ。
(朝から園子ズの強襲は、なかなかエネルギーを使うな...)
贅沢な悩みだが、朝からラーメンを食べたようなお腹一杯さになる。
「ふぅ」
「朝からお疲れね」
「ぅぇ!?」
「!?ご、ごめんなさい。驚いた...?」
「......千景か...大丈夫、まぁ驚きはしたが」
突然の声に悲鳴をあげると、千景が申し訳なさそうにしていた。手を振って気にしないアピールをすると、彼女は胸を撫で下ろした。
「でもどうしたんだ?」
「直接報告をと思ってね」
「報告?あ、ユウに渡したのか?」
「えぇ。さっき寮で。無事渡すことができたし、ちゃ、ちゃんと貰ったわ...」
最後の方は少し恥ずかしそうに話す千景。さっきのことを思い出しているのか、嬉しさを隠しきれていない。
「よかったな。まぁ、正直何も心配してなかったけど」
「やっぱり貴方、高嶋さんの方にも関わってたのね」
「本人がそう言ったのか?」
「直接は言われてないけど、すぐ分かるわよ」
「言ってくれれば...」と呟く千景。とはいえ俺が勝手に言うわけにはいかないため、「でも嬉しかっただろ?」と追撃をいれた。それを受けた千景はさらに頬を赤くする。
(可愛い...じゃなくて)
「それにしても、それなら学校で会ってから言ってくれれば良かったのに」
「え?」
「だってユウの話と、俺に追及するだけなら、わざわざ寮からここまで来る必要も...あ、裕翔の前とかで話すのは恥ずかしいか?」
「......」
「いてっ」
何故か一度はたかれる俺。千景はより頬を赤くするが、どちらかといえば怒ってそうな感じだった。
「千景?」
「......はい」
「ぇ、これ...俺に?」
渡してきたのは綺麗にラッピングされている箱。そのロゴは覚えがあって________
『千景が最初に見つけたミルフィーユの奴かな』
(そういうことか...)
「早く受け取りなさい。それから...ぁ、ありがとう......色々」
「...こっちこそ嬉しいよ。ありがとう」
千景が俺のために悩み、こうして渡してくれる。そのことに感情が込み上げてくる。
「ほ、ほら行くわよ」
「えっ、おい」
「学校遅れるわ」
繋がれた手は彼女の頬と同じくらい赤く、それでいて熱かった。
時は流れ、放課後。既に部室での騒動は終わり、皆帰路についているだろう。今年のバレンタインも終わりが近い。
(まぁ、もう夜だしな...)
だが、俺は家に帰らず、公園のベンチに座っていた。冷え込みが厳しくないのか、息を吐いても白くはならない。
とはいえ帰ればいいだけだが、それでもここにいる理由は、彼女に『待ってて』と言われたからで_____
「椿君!!待たせてごめんね!!」
「気にしてないから大丈夫だ、ユウ」
呼吸を整えていたユウは、やがて深呼吸をして両手を出してきた。
「はい!どうぞ!!」
「ありがとう。頂くな」
彼女は、俺に渡す予定だったチョコを家に置いてきていたらしい。朝千景から貰ったチョコをしまうため寮に戻った時に一緒にしちゃったとか。
「はぁ...よかった~」
「そんな焦らなくても俺は帰らないし、なんなら明日とかでもよかったのに」
「だって、日持ちはあまりしないって言ってたから...」
「...え?これが?」
凄く丁寧に包装されていたから市販の物だと思っていたが________
「開けてもいいか?」
「うん。どうぞ」
「...」
中に入っていたのは見覚えのあるトリュフチョコだった。ノンストップで一つ口に運んだことに、ユウが小さく声をあげる。
前より甘さの抑えられたチョコが口の中で溶けて、舌に広がっていくのを感じた俺は、自然と口許が緩んだ。
「美味しい。前より上手くなったな」
「!!本当!?」
「嘘つく必要がない」
(ちゃんと好みまで反映させてるし..)
「やった!」
「ありがとう、ユウ」
「私こそ、いつもありがとう!椿君!」
花咲くような笑顔が、俺の目に飛び込んでくる。
「ぐんちゃんにも椿君にも、来年はもっと凄いの作るからね!!」
「それは...過度に期待して待ってるよ」
彼女ならやってくれる。そんな思いも込めつつ、俺は彼女に笑った。