古雪椿は勇者である   作:メレク

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気づいたら前回の更新から一月経ってました。最近早いね。自分は最近コロナになりました。滅茶苦茶きつかったから皆さんも気をつけてくださいね。

総合評価も気づけば4500を突破していて、まだまだ応援されてるんだなと感じます。頑張るぞい。

そんな今回はブラウン・ブラウンさんからのリクエストになります。ありがとうございます!


ゆゆゆい編 82話

「こんにちは。椿さん」

「あぁ、こんにち...」

 

買い物帰りの休日。声をかけられ、振り返りつつ答えた俺は、その声を固まらせた。

 

聞き馴染みのある声でありながら、聞いたことのない声だったからだ。

 

「どうしました?」

「いやどうしたもないだろ、歌野」

 

振り向いた先にいたのは白鳥歌野。諏訪の勇者でありながら、今の勇者部でのイメージは明らかに農業王の方だ。現に今、農業王と書かれたTシャツを着込んでいる。

 

だが、元気の塊とも言える彼女の声が、あまりにも細々としていた。普段なら出会い頭に『椿さんグッドアフタヌーン!今日も良い天気で野菜日和ですね!』なんて言ってきても不思議じゃないのに。

 

「なんだ、落ち込むようなことあったか?それともこの前杏が勧めてきた映画の主人公のマネ?」

「そうではないですけど、大したことではないですよ。はい」

「いや大したことだろそれは。どうした?聞くだけで済むならいくらでも聞くし、何かできることがあるなら協力するが」

「いえ、ホントに...私、野菜買ってくるので」

「......あぁもう」

 

空いていた片手で彼女の手を握り、無理矢理帰る。あまりにも歌野らしくない行動に、俺も少し焦ってることを自覚した。

 

歌野はされるがまま、俺に手を引かれて歩いていく。ついたのは俺の家だ。

 

(何か重要な問題なら...)

 

大赦に声をかけるべきか、勇者部に共有するべきか、幾つかプランを立てつつも、鍵を使って家の中に入る。さっさと冷蔵の必要があるものをぶちこみ、飲み物をコップに注いで机に置く。

 

「それで?どうしたんだよ?」

「...ぁ、あのー」

「ん?」

「ここまでしてもらうのは、なんというか、申し訳ないといいますか...」

「いいから。別に何もないなら何もないで」

 

俺がそう言うと、歌野は少し詰まってから。

 

「......実は、これが」

 

と言って、自分の着ていた服を引っ張った。

 

 

 

 

 

「はぁーっ...」

「だ、だから言ったじゃないですかぁ!!」

「いや、想像以上にというか、まぁうん...」

 

(良かったというべきか、そんなことかと言うべきか...)

 

歌野が話してきた内容は、自分の着ている服についてだった。

 

白いTシャツに、農業王の文字が書かれたもの。シンプルで農作業には良い印象を受けるが、雪花からは『女子として矯正したい』と言われていた悲しいもの。

 

歌野が気にしていたのは、その文字についてだった。普段は無地のシャツに筆を使って作るらしいのだが。

 

『実は筆先がダメになってたので、買い直そうとしたんですが...どこのお店にも太い筆がなくて。普通のはあったのですが』

 

確かに、今彼女が着ている服に書かれている文字は、いつもより細い感じに思える。

 

少しだけ『イネスには絶対あるから行け』と言いそうになったが、彼女はイネスに拘りがあるわけでもないし、ここから多少距離があるのも事実だった。

 

「だが、文字が細くなったから落ち込んでる。というのはなぁ...」

「また言う。むー」

 

頬を膨らませる彼女に簡単な詫びをいれ、俺は記憶を漁った。

 

「とはいえ、俺もそこまで太い筆は持ってなかったはずだからな...」

「別に気にしなくていいですよ。なんだか、椿さんに話したら大した問題でもない気がしてきましたし。数日後には直る問題ですから」

「......」

 

彼女はそう言う。今の彼女は本当に気にしてなさそうには見える。

 

(...だが)

 

つい先ほどまで見ていた、彼女らしくない顔。

 

「......」

「椿さん?」

 

(そもそも、そうか)

 

「よし。少し待ってな」

 

やりたいことを固めた俺は、席を立ち部屋を出た。

 

決めたなら、後は実行するだけだ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

椿さんが部屋を出て数分、彼は何やら色々持って戻ってきた。

 

「ほら」

「?」

「服脱げ」

「ワッツ!?」

「いやなに驚いてんの、それに着替えて欲しいんだが」

 

投げられたのを確認すると、少し大きめのシャツ。

 

「普段俺が着てるものだけど、洗ってあるし平気だろ?」

「で、でも椿さん...」

「解決策を考えたんだから、やらせてくれ」

「ッ...」

 

そういう椿さんは、自分の持っている何かを床に置いていく。ただ、私にそれを確認できる余裕はない。

 

(ふ、服脱げって、ここで...?)

 

『これ良かったでしょう?囚われて尋問されそうなヒロインを助けに来るシーンなんて特に!』

 

これは先日杏さんにオススメされて、皆と見た、その、何とかしてやるから体で払えと言う奴では________

 

「どうした?」

「つ、椿さんはそんな人じゃないですよね?」

「え?何突然」

「だ、だから...その」

「?まぁ早くしてくれよ?」

「!!」

 

私を見る椿さんの目は、真剣そのもので、彼が作業に戻っても動揺が収まらない。

 

(で、でもそうよね。椿さんだって男の子なんだから。わ、私も一応女子だし...)

 

それに、普段お世話になってる先輩のためなら、こんな風に言われなくても少しは_______

 

(いや。私なに考えてるの!?)

 

「歌野?」

「ひゃい!!...は、はい。着替えます!」

 

この人が、普段そんなことはないこの人が、待ってる。

 

私は、震える手を服の裾まで持っていった。

 

(......女は、度胸よ)

 

意を決し、私は服を捲りあげ_____

 

「あぁ、部屋は何で脱いでんだお前ッ!?」

「えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

「言うわけないだろバカぁ...」

 

何度目かの大きなため息をついた椿さんと対称的に、私は自分の服を胸元で抱きしめていた。

 

着替えるのは必要だが、それは単純に私の着ている服に手を施すため。着替えるのは目の前でする必要なんてない。

 

改めて振り返ればそうとしか取れない受け答えをしていたのにも関わらず、勘違いしていた私はとんでもないことをしていた。ナーバスになっていたが故。というのは今なら分かる。

 

結果、椿さんの持ってきた服に着替えた私はそれなりに時間が経ってから落ち着いてきた。

 

「そ、ソーリー...」

「全く。他の、いや俺だからいいってわけでもないが、気安く男子相手にやめろよ?水都や他の部員が見てても止めるの間に合わなさそうだし...」

「気を付けます......」

「はぁ...それで、脱いだなら貸して......その必要もないか。はい」

 

そう言って、椿さんはさっきから用意していたものを見せてくる。そこには、習字ができそうか一式がセットされていた。

 

「!!おっきい筆あったんですか!?」

「いや、あったのはこれ」

 

出されたのは普通の筆。なんなら少し細く見える。椿さんはそれの持ち手側を私に向けて渡してくる。

 

「俺ができるのはここから説得する、精神論の話をするって言うべきか?まぁ、お前がこれを握るか握らないかは自由だが、話はさせてくれ」

「はぁ...」

「まず、お前の家にも筆自体はあったんだよな?」

「は、はい。それでこれも書いたので」

「何回か書けば太くなるぞ?」

「でもそれって二度書きになるじゃないですか」

「なるな」

「それなら、あまり良くないんじゃ」

「確かに」

「??」

 

肯定されてしまい、私には疑問しか残らない。椿さんは何故良くないことを勧めてきているのか。

 

「二度書きは良くないとされている。理由は色々あるらしい。墨と半紙がすぐ渇く関係上、二度書きは違和感が生まれる。とか、書道には一瞬に生まれる儚さが大切である。とか」

「そうなんですね...?」

「前に銀に聞かれて、調べた感じだとな。だが今回は、別に半紙に書くわけでもなければ、書道でも授業でもない」

「た、確かに」

「寧ろ、こうしたものは『補筆』と言われて一つの技としてやることもあるらしいからな。重ねて、墨の濃淡で表現するなんてのもやるみたいだし。要は、それで何を大事にしたいか、何を伝えたいか、どんな思いをこの字に込めたいか。ということだと思う」

「思いを、込める...」

 

一度、自分のシャツを見つめる。私はこの『農業王』という文字に、何を込めているのか。

 

一度口を閉じた椿さんは、「さて」と言って、筆を持つ手を伸ばした。

 

「言ってしまえば、俺がお前にしてやれるのは精神論だけ。今の話を聞いた上で、これを取る取らないはお前の自由だ」

「......」

 

確かに、椿さんは言葉を並べただけで、この準備をするだけなら自分の部屋で出来る。

 

でも。

 

「...作物の中には、小さな実が幾つも集まって出来るものが沢山あります」

 

私は躊躇うことなく筆を取った。

 

「決して一つが太く大きくなるだけじゃない。ですね」

 

たった今、椿さんが新しい道を示してくれたように。一人で上手くいかなくても、私には仲間がいる。特にこの世界では。

 

「感謝するわ。椿さん」

 

農業王の文字に、私の気持ちに、もう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぁーあ...」

 

歌野が無事農業王シャツを完成させた次の日、俺は朝からとある場所へバイクを走らせていた。

 

『じゃん!どうですか!!』

『...似合ってるよ』

『そうでしょうそうでしょう!!なんてったって椿さんがレクチャーしてくださったんですからね!!』

 

アドバイスした俺がべた褒めされるというよく分からない状況にはなったが、彼女は興奮冷めあらぬといった様子ですぐに俺の家を後にした。

 

次に連絡が来たのはその夜だ。

 

『よかったら明日の朝、私の畑に来てくださる?少し人手が欲しいんです』

 

要約するとそんな内容になるメールを受け取った俺は、こうしてバイクに乗り、歌野が管理している畑へ向かっている。

 

俺が指定された時間に着く頃には、既に管理人と、他に二人がいた。

 

「椿...」

「あ、おはようございます...」

「若葉に水都?二人も呼ばれたのか?」

「今日は収穫するものが多いから、人手が欲しいと言われてな」

「私は、結構一緒にやってるので...」

「そっか。まぁ四人もいれば手早くやれるかな。よろしく」

「あぁ、頼む...」

 

そう言う若葉は、どことなく歯切れが悪い。

 

「どうかしたのか?」

「いや、椿...昨日歌野のシャツについて、手を加えたんだろう?」

「?あぁ...歌野がそれを」

「つーばーきーさーんーっ!!」

「うごっ」

 

若葉との会話を遮るように、歌野が俺の腹に突っ込んできた。思わず呻くような声が出る。

 

「来てくださってサンキュー!」

「お、おぅ...頼まれたしな」

「今日は椿さんのバイクで野菜も運べるし、いつも以上にいけるわね!みーちゃんと若葉もよろしく!!」

 

離れてくれた歌野が着ているのは、昨日と同じ農業王のシャツ。

 

(嬉しいのは分かるが...)

 

「昨日と同じ服だよな。それ...?」

「む、ちゃんと洗濯は済ませてありますよ!昨日書いたばかりでしたけど...そうそう、椿さんが昨日私にね......」

「ぁー......」

 

何故か遠い目をする若葉。熱く語り始めた歌野。誉められられるのが気まずくて少し離れる俺。

 

「また始まっちゃった...」

「また?」

「...昨日ご飯食べる時に聞いてから、私は五回目、若葉さんは四回目みたいで......」

「......」

 

若葉がこちらをジト目で見てくる。

 

「でね。椿さんがその時言ってくれたの!」

「......なんか、ごめん」

 

自分がさもキメ顔で名言を言ったように話す歌野に耐えきれず、俺は恥ずかしくなる顔を抑えながら二人に向けて謝ることしかできなかった。

 

(歌野さん...頼む。もう少し...)

 

口を開きかけたところで、俺が見たのは、歌野の嬉しそうな笑顔。

 

(......甘いのかなぁ、俺)

 

「水都、どれを手伝えば良いのかは分かるか?」

「え?あ、はい」

「じゃあ、先やるか」

「...分かりました。こっちです」

 

俺の意図を汲んでくれた水都の案内で、二人の横を通り抜ける。

 

今の俺には、歌野の妨害をする気が起きなかった。

 

(そっちの方が、やっぱ似合うよ)

 

 

 

 

 

「椿。さっきはよくも見捨ててくれたな」

「違うんだ若葉。あれには事情があってだな」

「問答無用!!」

「ちょっ!?助けて歌野ぉ!?」

「うたのんなら、杏さんの所に行くって...」

「歌野ぉ!!!」

 

 

 

 


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