倉橋裕翔。それが俺の名前である。今年讃州高校に入った高校一年生。
突然だが、俺には友人がいる。その中でも特に普通じゃないのが一人。
「裕翔」
「ちょっと待って今回想シーン中だから」
「は?」
その彼とは、何を隠そう、今話しかけてきた同学年の古雪椿である。中学からの付き合いで、高校でも同じクラスにいる。
「おーい」
こいつのおかしいところは幾つかあるけど、まず、部活が変である。
こいつが入っている『勇者部』は、ボランティア活動していたり凄く良い部活だ。だけど、この讃州高校にはなく、讃州中学にあって、椿や風は卒業しているのにも関わらず中学校まで行くのだ。
普通なかなかないだろう。違う学校の部活をするなんて人は。
「古雪ー、行かないのかー?」
「ちょっと待ってくれ...いや待つ必要ないか?」
だが、大きな問題は別にある。
それは、勇者部での男が椿ただ一人であり、他が揃いも揃って美少女の部活ということだ。
「...置いてくわ。今行くー」
以前勇者部に俺も入れて欲しいと伝えたら、きっぱりと否定された。
(...思い出すとやっぱ腹立つな)
男子高校生にとっての青春を親友とも言える友人に分け与えないとは何事か。自分だけモテようなど到底許されるものではない。
現に、同じクラスの勇者部部員を見ても、恐らく明らかで_____
「許せんッ!!!椿ぃ!!!!」
立ち上がり、声をかけてきていた奴に向けて怒鳴りつける。
「...あれ?」
だが、周りには椿どころか誰もいない。次の瞬間にはチャイムが鳴る。
「......あ」
俺はそこでようやく、次の授業が体育だったことに気がついた。
「椿、お前...!!」
「いや俺悪くないじゃん」
今俺が聞きたいのはそんな正論ではない。
「まぁいい...俺はお前に決闘を申し込む!」
「嫌だが?」
「ルールは簡単!この後やるバスケに勝ったら俺を勇者部に入れるよう検討してくれ!!」
「チーム戦かよ。いやそれ以前に勇者部にって...また?」
「俺達は共に部活の試合の補欠になった者。周りは皆バスケ部員じゃない。条件は同じ!!」
「......え、これ乗らなきゃダメ?」
「こっち見られても...」
椿が同じチームのメンバーと話を始める。やはり、チームメンバー含め乗り気ではなさそうだ。
だが、以前一対一でやってた時は俺の方が勝つことが多かった。この勝負に乗ってもらわなきゃ困る。
幸い、こちらにも切り札はある。これで決めるのだ。
「俺が負けたらみかんジュース一月分!!どうだ!!」
ピクリと、椿の動きが止まった。やはり切り札は強い。
「ごめん。ちょっと追加で話いいか?」
「ふ、古雪?」
「いいから」
何やら話を続けて、頭を下げた椿にメンバーがうなずいた後、椿がこちらを向いて__________黒い眼差しが、俺をじっと見る。
付き合いが浅い奴でも、人が怒ってる時の目だと分かるであろう目。
「つ、つば」
「分かった。やるよ。やろう」
「お、おう...ご、ごめん」
「何で謝る?」
黒いオーラすら見えそうなくらいの感情が、言葉の端から漏れ出るように伝わってくる。こんな椿は初めてだ。
「な、なんか悪いこと言ったか?それなら」
「いや。寧ろ全力で来いよ。俺の方が勝率は悪いが、やりようは幾らでもある」
「古雪ー、俺の代わり確保したぞ。バスケ部のエース候補」
「あぁ。悪いな。先生への言い分も通ってそうだし、問題はないか」
あまりにも短時間で下げられた勝率。俺は明らかに椿の琴線に触れている。
「チーム戦だもんな?もう試合も始まる。やるか」
「えっと、その...」
「......自分が冷静じゃないのは分かってる。だからまずは試合だ...だが、一つだけ言ってやるよ」
そう言って、椿は獰猛な笑みを浮かべた。
「俺がみかんごときで勇者部を天秤にかけると思ったこと、後悔させてやる」
「......」
浅い考えだったことを後悔する前に、試合は終わっていた。
「そ、それは...」
「怒るだろうな。椿は」
もっともなことを言われ、 机に突っ伏す。郡彩夏、古波蔵棗、他にもいたものの_____肝心の椿はいない。
「風が屋上で一緒に食べてる。椿は落ち着くとは思うが...」
「いや、うん。ありがとう...知ってはいたけどさ。勇者部が大切だっていうのは」
「うん...」
「私が言うのはまた筋が違うだろうから、何も言わない」
この場にいる唯一の勇者部が黙ってしまい、完全に沈黙していた。
(...あんな怒ってる椿、初めて見たな)
静かにキレているのは分かった。試合中に考えていたのは、どうやって謝ろうかというだけだ。全力でいけるわけがなかった。
椿は普段優しいけど、誰にだって大切なものはある。
「...絶交言われても文句は言えねぇ」
それだけ大切なのだろう。勇者部は。
創設メンバーであることは知っていたのに。何かと落ち込んでいたことも、部員と喧嘩したりしていた時期があったことも遠巻きには理解していたのに。
そうして築きあげてたものだって分かってたのに。
「そう重く考えなくていい。椿だって自分の非を口にしていたんだろう?なら、引きずるタイプでもないだろう」
「そうかぁ...?」
「戻ったわよー」
「「!」」
「来たか、風」
立ち上がって扉の先を見る。でも、肝心の謝りたい相手はいなかった。
「椿は?」
「元々午後は大赦に用事で早退。伝言だけ預かってるわ。放課後この場所まで来てって」
「......」
「まぁ大丈夫よ。そんな深刻そうな顔しなくたって」
「ほ、本当?皆が言うには、本当に怖かったって...」
「彩夏もあたしもその時の椿を直接は見てないから、不安にもなるだろうし、なんとも言えないけど...少なくとも、さっき話した限りでは平気じゃない?」
「...勇者部だと、見慣れてたりするのか?椿のあんな顔」
「...あれよ?別にそんな普段から怒らせたりしてないからね!?」
「来たか」
指定場所_____学校から少し離れた所にあるファミレスの席に、椿は座っていた。少し寒いからか、それとも別の意味があるのか、ココアを飲んでいる。
「ドリンクバー頼んでるから、好きなの持ってこいよ」
「...お、おう」
促されるまま、無心で取り出したコップにみかんジュースを注ぐ。なんとなく一口飲んだものの、甘さは全然感じられなかった。
「......」
「お、戻ってきたか。腹減ってる?俺ポテト食べたいんだけど」
椿は、いつも通りに見える。
(...いや、甘えてたらダメだよな)
「おーい」
「ごめん!!椿!!」
「うおっ」
勢いよく頭を下げた。そのまま早口で続ける。
「お前が部活もあの子達も大切にしてるのは知ってた!なのに俺は...」
「...ぁー、風がメールしてきた通りなのか......とりあえず頭あげてくれない?」
言われるままにあげると、椿はクスッと笑った。
「わ、笑うことじゃないだろ」
「いや、そんな苦しそうな顔されると思ってなくて...まぁ悪いと思うならとりあえず話させてくれよ。こういう時大抵一方的に話されて許す空気じゃなくなるからさ」
「まず、お前や風が心配してるほど怒ってないし、気にしてないから安心してくれ」
ポテトを食べながら、椿はそう話し始めた。
「確かに言われた時はカチンときたが、お前があいつらを落とすような意図で言ってきた訳じゃないのは分かってたし、俺も警戒しすぎてたというか、敏感になってたというか...まぁ色々タイミングが悪かっただけなんだよ。終わってから誤魔化そうと思ったけど、すぐ風に連れてかれたし、大赦に行く用事はあったし」
「じゃあ、絶交は...」
「いや、する気もないしされたら困るが。男友達が減るのはなー...特にお前は」
「椿......!!」
「その顔はちょっとやめて欲しいが...目を輝かせるな」
目を逸らした椿は、新たなポテトにケチャップをつける。そんなにお腹すいてたのか。
「はぁ。ま、ホント気にするな。どうしてもというならここの代金は奢れ」
「...おう!!任せろ!!」
「ん」
「......高いもの、頼む?」
「頼まないよ。それならもっと高い所行く。一品四桁の中華料理屋とか」
「スーっ...感謝します」
「お前も食べたら?」
「おう!」
安心からか、一気にみかんジュースが甘く感じられて、同時にお腹もすいてくる。適当に摘まめそうなのを頼み、すぐに来た唐揚げを一つ食べた。
「食べる?」
「その変わり身の早さは尊敬すらするわ...貰う」
「レモンは?」
「お好きに」
「じゃあ残りはレモン」
値段の割りに美味しい唐揚げを食べてると、椿は紅茶を持ってくる。
「今日はみかんジュースじゃないのか?」
「んー、あの人の前で飲むとまた言われそうだしなー...別に嫌ってわけじゃないんだが」
「あの人?」
「この後来る人」
「え、じゃあ俺さっさと出たほうが」
「いや、お前を会わせるのも目的の一つだからな」
「??」
「順を追って話すよ」
ポテトを食べ終え、レモンをかけた唐揚げへ箸を伸ばす椿は、今日の顔とも、普段の顔とも少し変わってるような気がした。
(なんというか、少し事務的というか...)
「お前をここに呼んだ理由は、待ち合わせ場所としてよく使ってるのが一つ。もう一つが一応学校で話すのを躊躇ったからだ」
「...そんな話を、俺に?」
「お前なら言いふらさないだろう。さっきも言ったが、それくらいには信頼してる」
「椿ぃ...!!」
風が好きになる理由が分かった気がしてしまった。俺が女だったら大変だったかもしれない。
「勇者部は、大赦の支援を受けてるんだ。もう知ってはいるだろうけど、今想像したより割りと密に...創設理由に関わってくるくらいには」
「え、そうだったのか?風とお前が始めたんじゃ」
「それはそうなんだけど。その辺の説明聞かれたり変な依頼とかされても困るから、一応黙ってて欲しいんだが」
「あぁ。それは勿論」
「ん。それで、何でこんな話をしてるのかと言うと、部員をおいそれと増やせないんだ。お前をあしらってたのは俺の感情もあるが、そっちの理由もある」
「......」
下手をすると、俺は四国一の組織に喧嘩を売ってたりしていたのだろうか。そう考えると、背筋が冷える。
「ここまで言えば、そう簡単に言ってこないだろ?」
「それは、そうだろうな...それ、本当に俺に言ってもよかったのか?」
「このくらいなら許可は貰った。気にしなくて良い」
「そ、そうか...」
「そもそもこれからお前を勇者部に入れられないか相談するわけだし」
「はいっ!?!?」
唐突な発言に舌を噛みそうになるも、なんとか抑えられた。
「これから来る人に一先ず相談する。依頼で男手が欲しいのは確かだし、裏方業務でも欲しくないかと言われれば嘘になりそうだからな」
「え、い、い、いいのか」
「...言っとくが、提案するだけだからな?後はお前次第だ」
「お、おう...」
「きっとダメだろうと思ってるからこその提案なんだけどな」
「えー......」
嬉しいとはいえ、ダメ元で頼むのはどうなんだろう。
「普通にやったらまずダメだろうな」
「じゃあ敢えて普通じゃなくやれば...欲望をぶちまければ素直でオッケーってなる?」
「ならないだろうなぁ」
呆れる椿、それでも提案する俺。それは、日常の光景そのままで、よかったと思いながら話を__________
「でもそうだなぁ...あ、その前メイド云々で話してた子。えっと、夏凜ちゃんだっけ?」
「ん?」
「そうそう。夏凜ちゃん可愛くて彼女のためなら何でもできそうなんですよとかって言えば」
「おいバカ待て」
「いいや待たないね!そんで、あわよくば夏凜ちゃんの彼氏になれれば」
「待て止まれバカ野郎!!!」
「へぇ」
「ピッ」
鳥の鳴き声みたいなのをあげた椿が、ゆっくり首を回して後ろを見る。俺も顔を出してみれば、そこには一人の男性がいた。
(うおっイケメン)
「ハ,ハルノブサン」
「そこにいるのが例の彼かい?」
「あ、もしかして椿が待ってた...初めまして!倉橋裕翔と言います!!」
「......椿君」
「ハイ」
「君は『今日は』帰っていいよ」
「ワカリマした!?いいんですか!?!?」
「え、帰るのか椿?」
「うん。いいよ」
「お疲れさまでしたッ!!!」
勢いよく飛び出す椿の席に、今度は三好さんが座った。ゆっくりと、静かな、不気味な足取りで。
(あ、あれ、イケメン過ぎて嫉妬してる?でも俺が?なんだ??)
自分でもよく纏まらない思考。今日の椿に感じたのが『恐怖』だとしたら、今目の前の人から感じるのは『未知』だ。
「僕は三好春信。大赦の職員さ。彼から話は聞いていると思うけど...うん。気になる所だけ話そうかと思ったけど、君とはゆっくり『お話』しなきゃいけなくなったからね...少しの間だけど、よろしくね?」
笑顔を浮かべ、凄く爽やかイケメンの気配がする三好さん。
「はい、よろしくお願いします!」
だから、椿が逃げた理由にも、これから地獄が始まる理由にも、俺は気づけなかった。
「じゃあ『お話』しようか?」
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「ねぇ、一応聞くけど、昨日、仲違い的なのしてたのよね?」
「そうだね」
「じゃあ、この状況は何?」
「よく帰って来た!!凄いぞ!!今日は祝勝会だ!!」
「......ごめんな、今まで。もう勇者部入りたいなんて言わないから」
「いいんだそんなこと!!俺達親友だろ!?お前が無事でいてくれればそれでいいんだ!!!」
「...え、何この状況。椿?何やってるのよ?」
「見て分かんないのか!裕翔が生きてるんだぞ!!」
「いやなんでそんな喜んでるのよ!?」
「バカか!風お前、あの状況から五体満足で生き残った時点で凄いに決まってるだろ!!生きてるだけで偉いだろうが!!!」
「えぇ...」
「よーしよしよし。ゆっくり呼吸すれば大丈夫。大丈夫だからな?」
「...椿」
「棗?どうした?」
「いや、メールだ」
「......」
「え、何、何でそんな震えだしてるの」
「もしもし!!夏凜!?放課後お前の写真集作らせて!!お願いしますっ!!まだ死にたくないッッ!!!!」
「!!カッ、カリン、ミヨシ、カ、カカッ、カッ!」
「く、倉橋君!?」
「頼む夏凜!!あの人バーテックスより怖いっ!!!絶対消されるッ!!!!」
「ちょっ、椿!?ここ高校!!」
「やめろ風!!あの人から逃げなきゃ俺の命はないッ!!!」
「カァ!」
「今日は、海の音があまり聞こえないな」