▶️助けてくれた少女を見上げお礼を言う
庇った少女に怪我がないかを確認する
木刀が振られる。普通そんなものを生身の人間に向けるのであれば危険極まりないし、振った本人は精神的に安定しているか疑われるだろう。
だが、この場にはそれを疑う者はいないし、俺も避けることはなかった。木刀の軌道を読んで腕に取り付けたクッションで受け止める。
振ってきた本人もそれを理解して、素早く木刀を引き、更に横凪ぎに払う。俺は落ち着いてもう一度受け止める。バフッという空気が潰される音が響く。
一連の動作とも言える俺達の動きは少しずつ速度を上げ、ブレが大きくなり、いずれ見失う。
それでも焦ることはない。目で追えないなら見なければいい。もっと抽象的なものを感じるだけでいい。それだけで俺は耐えられる。
だって俺は、かれこれ三年になる付き合い、言うなれば幼馴染みだから。
いや、例えそうでなくても俺は。
「まだまだ、そんなものかっ!『乃木』っ!!」
「!でぇぇぇぇいっ!!!」
更に加速。これこそ彼女の力。だが、その一端に過ぎないことも知っている。
あの時の、彼女ではない。
(まだまだ、足りないだろ、こんなもんじゃないだろ。なぁ、乃木若葉!!!)
チリチリと痛む脳と悲鳴をあげる両腕をアドレナリンで黙らせて、俺は目を夜空に輝く星のように輝かせ__________
「そこまでです!!!」
「「ッ!!」」
第三者の制止によって、俺達は動きをピタリとやめた。半自動的に動いてた体は、彼女の木刀による突きを受けるべく両腕を突き出している。
それはつまり、あまりにもアンバランスで。
「やべっ」
「ふぅ...まだまだだな。古雪」
倒れ込む俺に対し、余裕を残しながら納刀の仕草をとる乃木は、声をかけてきた第三者に声をかけた。
「すまない、ひなた」
「本当ですよ。いくら椿君が若葉ちゃんに耐えられるからって、突きは流石に持ちません」
「それもそうだな...立てるか?」
「当たり前だ。バカにすんなよ」
立ち上がった俺を、それでもひなたが近寄ってくるので手で制した。綺麗な瞳は揺れているが、まだ我慢して貰うしかない。
「だが、本当に助かる。防御だけとはいえ、私にここまでついてこれる者はいないからな」
「そりゃどうも...っと!そりゃ最優の勇者って言われてるお前より周りが強かったら、お前は最優なんて言われないわな」
「...そう、だな」
どこか歯切れの悪そうな口ぶりの乃木に疑問を浮かべたタイミングで、上里の口が開く。
「若葉ちゃん、そろそろ」
「あ...はっ!もうこんな時間か!?」
「あー、あれだっけ?大社に呼び出しだっけ?」
「勇者は全員、テレビに報道されるんですよ」
「すまない古雪、ひなた、私はもう行かなくては」
「おう。わざわざありがとな」
「礼を言うのはこちらの...本当に時間がないな。すまない!また今度!」
「あぁ」
「私は特に呼び出されてませんし、いつも通り椿君の道具の付け外しを手伝ってから...行ってしまいましたね」
上里の言葉を聞く暇もなかったのか、そのまま走り去ってしまった乃木を見て、二人でため息をつく。気を使った上里が予定時間ギリギリまで声をかけないことが多いが、それは別に、今に始まったことじゃない。
「...行った?」
「行きましたよ」
「っ、はぁ~っ...もう無理~!」
「早く手を出してください。全く、いつも貴方は......」
上里は、だらりと下がった俺の腕を掴まないよう、肩を押して室内へと入れようとしてくる。俺はそれを拒めなかった。
拒むための腕は、きっとどす黒い赤色だろうから。
「無茶をして...」
「無茶をするつもりはないんだぞ?毎回、一応。あいつの成長速度が速すぎる」
「はいはい。終わりました」
「いてっ、ありがと」
巻いてもらった包帯には痛み止めと傷の治りを早くする薬が塗られている。染みるが、次の予定に間に合わせるには足りないくらいだ。
「もっと強い薬はないのかね」
「あったとしても、それが人に安全か不明ですし、勇者に優先されるでしょうね」
「ごもっともだ...よし、問題なし」
「問題しかないでしょう」
乃木若葉、上里ひなた、古雪椿。この三人は、バーテックス襲来という未曾有の危機にて、防衛拠点となった四国へ逃げ延びてきた者達だ。
その内、俺は何でもないただの一般人であるのに対し、上里は神様の声を聞ける巫女という存在、そして乃木は、今四国内で五人しか確認されていない勇者という存在である。
日本だけでも億を越える人間がいる中で、五人というのがどれ程貴重か。それはきっと、俺がどれだけ考えてもまだ足りないくらいのものだろう。
そんな彼女がただの凡人に予定を割くのは、単に同郷の幼馴染みだから。ではない。
「このくらいしないと、忙しい勇者様は来てくれないからな」
勇者様の訓練相手、壊れないサンドバッグ、 呼称は何でもいいが、今の俺達の接点は、乃木が剣術訓練を行うために俺の元へ来る。というものだけだ。
俺から勇者様のいる丸亀城の敷居を跨ぐことも、乃木が立場を捨てて遊び呆けることも、今人類を纏めている大社が許さない。
「そんなことは」
「少なくとも、世間体は良くないだろ。あいつは人類最後の希望、それが訓練時間に抜け出して遊んでるなんて解釈されれば、今どんなことが起こるか分かったもんじゃない」
「......」
「とはいえ、そろそろ限界だろうけどな...」
俺と彼女は俗にいうスパーリングをしているわけだが、いくらクッションをつけていても、彼女の愛武器代わりである木刀は痛い。まだ竹刀ならと話に上がったことがあるが、乃木が実際に使うものと違い過ぎるらしい。そしたらこれを行ってる意味がない。
とはいえ真剣は死んでしまう訳で、妥協の木刀だった。
「でも、若葉ちゃんは...」
「なんだよ。上里」
「...何でもないです。すみません」
「そっか」
「あと、ひなたです」
「うっ...別に、もうよくない?名前にそこまで特別性はないぞ?上里でもひなたでも」
「ひなたです。椿君」
「......」
「何を躊躇っているんですか?そこまでの特別性はないんですよね??」
「......はい」
彼女の圧に負けて、俺は肩を落とす。前回も負けつつ、それを今回さらっと戻していたのだが、やっぱり見逃されなかったらしい。男に名前で呼ばせて何が楽しいのか。
(十中八九、からかいたいだけなんだろうけどなぁ...)
楽しそうな、嬉しそうな(怖い)笑みを浮かべる彼女は、また顔を変える。今度はどこか曇りぎみに。
「でも、これ以上は本当に限界です。明らかに若葉ちゃんの動きを『予測だけ』で防いでますよね?いくら椿君でも無理が」
「続ける。絶対。妥協もなしだ」
「っ...どうして、そこまで」
「...そんなの」
ひなたには悪いと思いながら、それでも俺は、止められなかった。
「そうしたいからだ。俺が」
だって俺は、魅入られてしまっているから。
あの時から、ずっと。
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私と、若葉ちゃんと、椿君。私達三人がちゃんと喋るきっかけとなったのは、全ての始まりともなる修学旅行だった。
『乃木さん、上里さん、よろしくな!』
古雪椿。クラスは同じでも話す機会はあまりなかったため、明るいクラスメイト。くらいの認識でしかなかった。修学旅行で同じ班になって、初めてちゃんと喋ったくらいだ。
でも、あの時世界が変わり、泊まり先でバーテックスに襲われた時。それが変わる。
勇者として覚醒した若葉ちゃんが、バーテックスを追い払おうとした時、私は少し離れた位置にいた。
気が動転していた私は、若葉ちゃんの愛武器となる刀を見つけることはできたが、横から壁を破って現れるバーテックスに気づかず、若葉ちゃんも間に合わず、そのまま食い潰される筈だったのだ。
『上里さんっ!!!!』
それを助けてくれたのが、たまたまこちらの方に逃げていた椿君だった。私を押し倒すように一緒に倒れてくれたお陰で、若葉ちゃんの迎撃が間に合った。
『いっつぅ...』
『ふ、古雪君!?』
『二人とも大丈夫か!?』
『な、なんとか...』
『よかった...私から離れるな』
『の...』
その時私が感じたのは、若葉ちゃんへの安心でも、バーテックスへの不安でもなかった。
『の、ぎ?』
『奴等に、報いを』
私の目の前にある横顔は、私達を守る勇者へ向いて、その目は、綺麗に輝いている。
今この状況で、今この危機に、目に映るもの以外の全てを捨てたかのような、純粋過ぎる黒い瞳に対する疑問。
憧れへ恋い焦がれるような目をした人への疑問。
『綺麗だ_________』
(どうして、今そんな目ができるんですか?)
心を奪われたようなその瞳に、私もまた、心奪われていた。
四国へ避難してから、しばらく期間が空いた。若葉ちゃんは勇者としての鍛練、私は巫女としての修行、椿君は避難民としての手続き。
次に三人で会えた時、椿君がこんな提案をした。
『俺に何か手伝えることないか?人類の英雄なんて絶対ストレス溜まるだろ』
その提案を皮切りに纏まった意見は、『彼が鍛練の相手となる』というものだった。
正直、話として纏まっただけで無理だろうと思っていた。私は四国に来てからも若葉ちゃんの剣劇を見てきたから。
でも、だからこそ何故、私と同じように若葉ちゃんの力を見た彼がそんな提案をしたのか疑問に思ったし、初めてその機会になった時、目を見開いた。
『どうした?そんなもんじゃないだろ?』
初めてで若葉ちゃんが多少手加減をしていたとはいえ、彼が完璧に相手できていたから。
『え?上手くいった理由?...本人には言わないでくれよ。勇者と行動を共にしてた人間ってことで結構大赦に呼ばれて、その時勇者として訓練してるあいつの録画を記憶に焼きつけるまで見た』
『それだけで...?』
『受けの防御だけなら剣を振るより早く動けるし、それを最低限可能にする体はできてたみたいだからな。後はあいつの動きの予測から防御に移るまでの時間を可能な限り詰めるだけ。耐えられるかは微妙だったけど、できたからな』
嘘だという言葉が喉まで出かけたものの、実際やられたから本当に困ってしまう。
だから私は、当然の疑問を口にした。
『どうして、そこまで?』
その答えは、言葉で聞くより前に分かった。
彼の目が、黒い瞳が、真っ黒だったから。
『そうだなぁ...』
あの時の横顔を正面から見れば、こんな顔だったんだろう。
『また会えるから。会いたいと思ったから...あとは、俺がそうしたかったからだよ』
まるで、その黒は_________輝く星すら呑み込みそうな、闇そのものだった。
「天ぷらうどん大と、卵とじうどん並み一つずつ。あ、追加で野菜かき揚げもお願いします」
少し驚いてる店員さんに注文を終えた椿君が、お腹をすかせて待つ。私は、今の彼の瞳と、昔と、さっき見たあの瞳を比較していた。
「どうした?」
「い、いえ」
「ふーん...悩みがあるなら言えよ?巫女も勇者も普段どのくらい大変なのかは知らないが、間違いなく大変だろうし」
「...分かりました。ありがとうございます」
「ん」
今目の前で笑う彼の目は、何を見ているのか。あの、何も見ていないような_____いや、見るもの全てを吸い込みそうな黒が、私の心を掴んで離さない。
「とはいっても、しばらくは会えなくなるな...四国の外に行ってくるんだろ?」
「はい。まずは北の方まで」
「えーっと...高嶋さん、だっけ?彼女も?」
「?はい。勇者の皆さんは全員」
「そっか。いやほら、この前の乃木は反則だっただろう?あれがもっと強くなったら無敵だろうなーって」
そう言われて思い出すのは、友奈さんとの柔道を経験した若葉ちゃんが、普段使いしている抜刀術ではなく、体術と刀を混ぜて椿君と戦った時のこと。
椿君は二つ以上の攻めに耐えられることはなく、すぐにやられていた。
「そんなに違いますか?」
「無理無理!足が出た時点ですぐに諦めがついた。俺にあれを捌ける才能も技術もないよ。数年やれば違うかもしれないけど...でも、逆にあいつはあれだけすぐ自分の技として組み込めるんだから、やっぱ凄いよ」
「若葉ちゃんですから」
「確かに」
「「...ふっ」」
椿君も、あの時は自分がボロボロにされたのに『すげぇ!』なんて若葉ちゃんを誉めていたのを思い出したのか、二人して笑ってしまった。
「でも、バーテックスに役立つかは微妙か...いや、高嶋さんがそれで敵を倒してるなら、勇者の力なら倒せるのか?」
「可能なのではないでしょうか?」
「そっか」
そのタイミングで頼んでいたうどんが来て、食べて、少し話を続けてから別れて。
「しっかり休んでくださいね!」
「お前もな」
四国を出る前に会えてよかったと思いながら、私は身支度をする。
(しばらく若葉ちゃんとの鍛練もお休み...体を治すには良い期間ですね)
彼に抱きしめてもらえる最後のチャンスがここだったなんて、私は思えるわけがなかった。
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『綺麗だ』
夢から覚める。何年も前から、どんな夢を見ても、最後にはあの言葉が聞こえてくる。
「......」
カーテンの隙間から覗く太陽のように輝いた、黒い瞳。全ての希望が詰め込まれたような声。
私を最優と称し、英雄と讃え、勇者だと信じて疑わない者。
「...本当は、私なんかが最優でない方がいいのに」
小さく呟かれた言葉は、虚空へと消えた。
私、乃木若葉は、慕っていた祖母の戒めをよく口にする。『何事にも報いを』という考え方。
初めてバーテックスを_____白く巨大な怪物を近くで見た時、その白は赤く塗られていた。
その直前まで楽しく話していた友達が、ひなたのお陰で仲良くなれた同級生が、物言わぬ姿に成り果てた結果。
私は無我夢中だった。友人を殺された怒りと、これ以上殺させないという使命感と、口にしていた戒め。
『奴等に、報いを』
人間を殺した怪物に、死を。
ひなたに導かれながらも、必死に刀を振るい。次にちゃんと意識を持てたのは、彼の声を聞いてだった。
『綺麗だ_________』
ひなたを庇い、私を見ていた彼。その時感じたのは、友人を守れたことの安堵でも、二人がこんな状況になるまで意識が飛びかけていた自分への反省でもあったのかもしれない。
だが、漠然と。期待されているんだな。そう思えた。
抵抗できない自分達の救済を。友人達の復讐を。
その期待は、その瞳は、私にとってあまりにも重かった。
私は復讐に動く者だ。バーテックスに、人類を襲った侵略者に、然るべき報いを。
だが、復讐心で動いている人間に、期待を、希望を、全てをかけてくれる人がいた。私はそれを甘美なものとして受け取り、後に後悔する。
最初はよかった。頼られていることが嬉しかった。だが、その時点で私はおかしくなっていたのかもしれない。
『乃木は凄いよ。人類の英雄だ』
『勇者か、納得だな』
『乃木。ありがとう。感謝してもしきれないけど、伝えさせてくれ』
復讐心で動いている人間なのにも関わらず、彼は私に全幅の信頼を置いてくれている。その事実が、私に罪悪感を募らせた。
私はそんな、褒め称えられるような人間ではないのに。ただ自分勝手なだけなのに。
それは、少しずつ私へのストレスに変わった。だから彼が私の剣術を受けることになった時も、躊躇いこそすれどその提案そのものは止めなかった。
とはいえ、こんな提案は危なすぎる。そう思い留まる。
『どうした?そんなもんじゃないだろ?』
しかし、抵抗していた最後の砦は、彼が取り払ってしまった。
彼は私の攻撃を全て防ぎきり、あまつさえ木刀でも構わないときた。その次をしても、その次も。彼は全て防ぎきった。
そうしたら、もう止まれなかった。
私は復讐のために磨いている腕を守るべき人へ向け、ストレスを発散させている。罪悪感があるのに喜んでいる。
『はっや...凄い剣の使い方だな。流石』
やめられない。だが、彼の隣にいることの居心地が良すぎた。全て肯定され、私の全力を受けても尚倒れず、私へ笑顔と感謝を向けてくる。
『降参!体術まで習ってきたら強いって!凄いな乃木!?この数日で!?』
自分の理性がやめろと言っているのに、彼が毎回修復が難しいレベルまでボロボロになるのを知っているのに、彼が隣にいてくれることの居心地が良すぎて甘えてしまう。やめられない自己の矛盾に耐えられない。
私は、壊れてしまったらしい。それでいて、まだ止められない。いや、止まる気がない。居心地が良すぎる。
だから私は、最優なんかでないほうが良いのだ。私が劣っていれば、もう私が戦うためにいらなくなるから。戦うための経験をする必要もないから。
彼を傷つける必要などなくなるから。
だが、私より強いものは一向に現れず、今もまだ、最優の英雄として呼ばれている。
朝起きた私は、荷物の最終確認を済ませ、ひなたと合流し、他の勇者達と共に移動を始めた。四国を訪れてから初めてになる外の世界。その調査は、諏訪まで行って案外すぐに終わった。数日経過したところで、四国に戻されたのだ。
戻された理由は、敵が襲来が予測より早まったから。実際戻ってすぐに戦い、その後も外の調査資料を纏めたりと、忙しい日々が続いた。
だから、私がその事を知ったのは、焦った顔をしたひなたの言葉からだった。
『椿君が、椿君の体が!!』
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「おいっす」
椿君の挨拶は、見た目に対してあまりにも軽かった。
「椿君!!」
「おーつっこまないでくれよ。うえ...ひなた。俺はまだ死にたくない」
「ぅっ...」
気持ちを堪える。どこもかしこも包帯でボロボロ。見るだけで心が辛くなる。
「そんな気にするなよ。たかだかちょっと巻き込まれただけだからさ」
そう言う彼を、私はじっと見た。見たところでなにも変わらないが。
椿君の救急搬送、そして入院。その原因は、樹海内での戦いがフィードバックされることによって発生した天災に巻き込まれたためだった。
神樹様の生成するフィールドも、元の土地は私達が暮らす四国。戦闘が激化し被害が拡大すれば、元の土地も無傷とはいかない。
その結果として崩れた家が、彼の借りていた家だったのだ。正直、入院で済んでいるだけまだ良いんだろう。
_________当時、腕に力を入れにくかったせいで逃げ遅れたのだ。という話を聞くのは、ずっと後のことである_________
だけど、私の不安を煽るのはそれだけではなかった。
『彼の容態は酷いですね。いや、酷いなんて生ぬるい』
先程お医者様から言われたこと。
『明らかに今回のとは無関係の傷があります。長い時間をかけてつけられたような。その上で...まるで、そうですね。これまでの災害を肩代わりしてるかのような痕が』
『それは...』
『はっきり言えば異常です。並みの人間ならまず耐えられない。勇者様の特殊訓練相手と聞いていますが...上里さん。貴女は何か知りませんか?』
その言葉を、私は上手く答えられなかった。私はそこまでと思ってなかったとはいえ、全てを知った上で放置していたのだから。
「ひなた?」
「...私、決めました」
「うん?」
「とにかく、入院生活中は大人しくしていてくださいね?」
「えー。でも俺まだ動くし」
「なんですか???」
「...分かった。ここから出ない」
「はい」
私は覚悟を決めて、スマホを操作した。
(もう、これ以上、こんなことは...)
「それで、話というのは?ひなた」
その日の夜、病院の屋上に私達はいた。月夜に照らされ、若葉ちゃんが私を見つめる。
「...若葉ちゃん」
これからするのは、私だけなら決して考えなかった。若葉ちゃんの力になりたい私なら、若葉ちゃんとだけ幼馴染みの私なら。
でも、私には________もう一人、大切にしたい人がいる。
あの人が、この人のことを好きでも。そのために努力していても。
「椿君はもう若葉ちゃんとの訓練に耐えられません。他の勇者である皆さんと一緒に訓練をしてください」
「...それは、古雪がそう言ったのか?」
「そうではないですが、今は入院していますし、入院前からダメージを負っていたんです...若葉ちゃんのことを思って黙っていましたが、会う口実としてはもう限界です」
若葉ちゃんが、小さく息を吐く音がした。
「口実作りなら、私も一緒に考え」
「なら問題ないな」
「ま......は、い?」
「古雪本人から言われてないなら、大丈夫ということだろう」
「...ッ!?」
彼女の言葉を理解した瞬間、私の理性は潰れる。
「若葉ちゃん分かってるんですか!?椿君は貴女に会うためにもうボロボロで」
「分かっていたさ。いくらカバーしているからといっても、あれだけの力で振るう木刀など、殺しきれる威力じゃない」
「だったら何故っ!?」
「...何故。か」
若葉ちゃんの目が、私を見た。
「私はあいつが好きだ。だから、あいつの望む私でありたい。人類の英雄、最優であり絶対、バーテックスを喰い千切り、報いを与える者。だがな、ひなた。私は疲れてしまったんだ」
「疲れた...?」
「英雄であることにも、最優であることにも、戦うことにも。無理だ。私には...だが、そんな私を今でも奮い立たせてくれるのは、他でもない彼だ。彼の隣にいる間だけ、甘えられる。好き放題やっても許される。何をしても、彼だけは肯定してくれる......もう、それができる環境にあるのにも関わらずやれない。というのは、無理なんだ」
「そんな...」
「だから私は、私の好きな人のために、好きな人を傷つけるのを止められない」
言っていることが理解できなかった。どうしたらそんな結論になるのか__________どうして私は、こんなになるまで若葉ちゃんを止められなかったのか。
「ひなたが気づかないのも無理はない。お前であればまず気遣うのが古雪の方だと思ったし、私もなるべく気づかせないようにしていたからな」
「っ!!おかしいですよ!!」
「あぁ。そうだな。私はおかしくなってしまったんだろう。だが、人類の英雄となる人間が、常人と同じではないだろう」
そう語る彼女の目は、いつか、どこかで見た闇と同じだった。
人を掴んで離さないカリスマ。だが、本来の彼女はこうではなかった_____
きっと、彼はこの顔に狂わされたのだ。
「ぁ...」
「それに、古雪は私とやることを望んでいたしな。ついさっき、ここに来る前に聞いてきたんだ。あいつが断るならまだ考えるが...」
「ぅ...嘘、です。だって」
「あいつはあそこから出ない約束をしただけで、あそこでやればいい話だ。勇者の命なら、誰もが従う。私の機嫌を損ねれば、人類全員の危険が高まるからな」
(あぁ...)
視界が明滅し、暗くなる。彼も、彼女も、私の知らない所へいってしまったのだと悟った。
どうして、もっと前から突っ込んだことを言えなかったのか。私は、巫女としても、友達としても、何もできなかったのか。
「やるべきことはやる。任せろ。ひなた。人類は守る。奴等に報いを与える。これまでもこれからも変わらない」
そう言ってきた若葉ちゃんに、どう返したのか、どうやってそこから帰ったのか、何も覚えていない。
次に私の意識が回復したのは、彼が死んでしまったという報告を聞いてからだった。
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「そうか...ありがとう」
連絡を受けたのは、丸亀城の近くに立っていた時のことだった。
古雪椿は、あっさり逝ってしまった。
原因は、私も再起不能となりかけた程の大規模戦闘によって発生した天災。それが、彼の入院する病院に直撃したらしい。
本来であればとっくに退院していた筈の彼は、怪我の治りが非常に悪く、入院が長引いていた。
『お前の望むことなら、なんだってやるよ...俺も、一緒にいたいしな』
治りが悪かった原因など、一つしかない。入院中も病室で私の相手をしてもらっていたからだ。
「...古雪の借りていた家も全壊。もし退院していたとしても、逃れられなかった事態だった」
今私が口にしたのは、あくまで言い訳に過ぎない。そうだ。彼を殺したのは私だと言って過言ではない。
次に会った時、ひなたは何て言ってくるだろうか。その言葉を聞いて、私は泣くのだろうか。
「本当は、私なんかが最優でない方がいいのに。まだ私が最優だ」
先の大規模戦で、一緒に戦っていた勇者は全員いなくなってしまった。今四国を守るのは、ここにいるただ一人。
大赦が何か策があると言っていたが、詳細は聞いていなかった。
「いや、それ以前に、私は勇者ではないのだろうな」
勇者であれば、他人で鬱憤を晴らさない。そう思う。そんな中で私は、甘える対象を無くしたことで、初めて止まれる。
「......いや、止まれないな」
彼がいなくなったのにも関わらず、奴等に報いを与えるべきだという私の考えは何も変わっていなかった。
そう。何も。
「...」
海の先を見る。あるのは神様が作った防波堤。
『流石だな、乃木』
『英雄だよ。お前は』
『いつもありがとう。守ってくれて』
『ここでもやる。俺は最後まで、お前のために』
『なんでって?そりゃお前...俺がやりたいからだよ。やらせてくれ』
「私はもう狂っている」
ひなたですらしてきた否定を、ついぞ彼は吐かなかった。
「...だから、報いよう」
人類の敵に、報いを。
大切な人に、報いを。
大切な人を傷つけた私に、それ相応の報いを。
こんな私に寄り添い続けてくれた彼に、報いを。
「戦う。戦い続ける。一人になろうと、私を英雄だと称えたお前のために、お前に報いるために」
きっと私は、傍から見たらおかしいのかもしれない。だがもうそれで構わない。
私は、刀を掲げる。銀に輝く刀身が、星々の光を受けて煌めいた。
彼の魂は、私が生きている限りずっと、ここにあるから。
椿が最初から西暦にいる人間で、あの時若葉を見ていたら。というifでした。以前から話としては面白そうだと思っていたものがようやく形になったので。
椿にとっても若葉にとっても、あの状況下の姿は激物だと思います。その上で、小中学生の精神的危うさと恋の盲目さを足したら...