助けてくれた少女を見上げお礼を言う
▶️庇った少女に怪我がないかを確認する
「よし。できた」
慣れた手つきで料理を作る。人間というのは不思議で、自分達のことなのに自身の体について知らないことが多い。男女の違いは勿論、体内の構成要素とか、細かい部分をつつくなら皮膚に入る汚れとか。
だが、体の資本は摂取する栄養、即ち食事から来るものだというのは、昔から言われてることだ。
つまり、とりあえず良い食事は誰もが良くなれる条件だということ。そう考えれば、作るのも食べるのもモチベーションが上がるだろう。
とはいえ、目の前の少女にそんな理論武装で話して納得するとは思えない。なんなら俺はお節介ともとれることをしようとしている。
ただ、あの時のように、何もできないことに耐えられなかったから。だから俺は、歩きだした。
「はい」
「え?」
「よければどうぞ。これで栄養バランスバッチリ」
小さくカットしたりんごが入ったヨーグルト。その小皿をすっと渡す。
「あ、苦手だったらいいから」
「...頂きます」
「そう?よかった」
「......あの」
「ん?」
「まだ、何か?」
目の前の椅子に座ったことを疑問に思ったんだろう。その疑問も最もだと思う。
だから俺は答えとして、お節介の一歩目を踏んだ。
「名前、知りたいなって」
「名前?」
「うん。いつも会うのに『はいどうぞ』しか言えないのも味気ないなって。よければ教えてくれる?」
「......上里です」
(そう来るんかい)
「......そっか。じゃあよろしく、上里さん」
俺、古雪椿は、人類を今尚救っている勇者、乃木若葉と共にこの四国へ逃げ延びた避難民の一人だ。
バーテックスの襲来という未曾有の危機に対し、一般人はあまりにも無力で、自衛隊の火器も効かないとなればいよいよ終わり。人類滅亡とか大規模なことは言わずとも、少なからず、今俺は死んでいた筈だった。
それを救い、今も人類の希望と評されているのが、たった五人の、年の近い当時小学生の女の子達である。
突然人類の命運を託されて、とても正気でいられるとは思えない。後遺症を患った人間からしたら尚更。
『任せろ。私が全て守ってみせる』
俺の知る勇者は強かった。集められた丸亀城内で鍛練を始めたと聞けば、正直嘘だろと思わざるを得ない。どこでそんな気合いが手に入るのか。
そして、やはりとも言うべきか、そうした戦いを敬遠する、怖いと思う、俺の危惧していた人もいたらしい。人数的にも権力的にも拒否権というものは皆無だったらしいが。
当たり前の話だ。無理もない。そう思った俺は、ふと自分のことを考えた。勇者に助けられた俺は、外へ出ることも躊躇ってしまう俺は、どうすればいいか。
結論として、俺は料理を始めることにした。何か役に立つとして、戦えないのなら、戦う以外で役に立つしかない。あの時一緒に逃げたもう一人のように、神の声が聞こえるわけでもないし。
そうして俺は、それはもう必死で料理の知識を叩き込んだ。もし食べさせるとして、人類の英雄の体調を壊すような料理は出せない。かといって、中途半端なものを微妙な反応で美味しいと言われたくもない。
『別に、私にはよくないですか?』
『嫌だ!せめて自分で納得できるまでは待って!』
意地とプライドで補強された思いを胸に、ひたすら知識の吸収と実践を繰り返す。
そんなこんなで、気づけば丸亀城の料理担当の一人になっていた。
いや、俺自身予想外だった。彼女達の暇な日に料理を振る舞えたら良いなくらいの気持ちだったのに、幾つかのお店に頼み込んで働かせて貰った経験と、勇者達と歳が近いことを活かせる場面があるのではということで、料理番の一員として採用された。
まぁ、なってしまったのなら、その役目を果たすしかない。というか立場上やらかすと大社に目をつけられる。それはごめんだ。
というわけで、料理をしつつ、採用理由を実際に活かすべく、中学生の感性をもってメニューを考えたり、彼女達の好みを調べたりした。
『事情は分かっていますが、隠れて皆さんを観察しているのは、大社の方達も良い顔しないでしょうし、その...ストーカーみたいです』
『ヴッ』
たまに傷つきながらも、なんとか業務をこなす。そうしていけば、彼女達の好みや性格も把握してくる。
それを活かせていると思いたいが__________
(せめて、勇者が食べてる間くらい、安心できる場であって欲しかったんだがな)
樹海化と呼ばれているらしい勇者と化物の戦場は、他の人間は知覚すらできない。突然消えた勇者達と、途中で残された料理達を見て、俺はため息をついた。
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勇者の食べるご飯は、基本的に食堂で用意されたものを食べる。料理をしない私にとって正直助かることだ。
少し悩みの種はあるものの、別に、全くのマイナスというわけではない。寧ろプラスに働いているだろう。
古雪椿という人物は、少し前に食堂で料理を作る係として大社から呼ばれたらしい。腰のベルトに帽子をつけて、胸ポケットにはサングラスをつけている。訓練している私達の様子を見ていて、皆がその姿を確認していた。
二つとも装備した姿は、完全に不審者だったけど。
『ん!?んまーい!!』
『タマっち先輩、古雪さんに苦手なもの返したの!?こんな偏ったメニューにして!』
『んー?いや、アイツには何も返してないぞ。スパイスが効いてて最高だ!』
『...このカレー、細かく野菜が入っていますね。私のはスパイスもそこまで入っていないので、球子さんのはそれをごまかすためなのでは?』
『!?』
『何!?それぞれに味変えてるってことか!?』
ただ、彼が来てから、私達の食事に好物が増えた気がする。単に偏っている訳ではなく、これまでより健康面のバランスは取りつつ、私達がより喜んで食べれるような内容に。
聞いたことはないから、偶然かもしれない。そう思いつつも、別に聞くことはないし_____
(...あら)
私が食堂を訪れて、たまたま彼のことを考えていたからか、視線が彼を捉えた。
ただ、いつもいる厨房側ではなく、椅子に座ってテーブルに広げたノートを見ては唸っている。
(......)
なんとなく、本当になんとなく、私はご飯をトレーで受け取り彼の前に座った。どうせ後から寄られるなら、こうした方が驚かなくて済む。
_____なんとなくすら私にとってあり得ないことである筈なのに、それに気づかないまま。
「ん?あぁ、上里さん」
「何をしているの?」
「あー、帳簿をな、確認してるんだ。普段俺の仕事じゃないんだが...」
「じゃあどうして?」
「それが、うどんが一玉分なくなったらしくて。最後にそこ触れてたのが俺だったから、色々確認してるんだけど...ホントに一玉ないこと以外は、何度見ても異常ないんだよなー」
シャープペンで頭をかく彼へ、私は少し迷い、代表として頭を下げた。
「ごめんなさい」
「何で上里さんが謝る」
「その消えた先、分かったから」
「え」
「...土居さんが、バーテックスに効くかもって、さっきの戦闘でうどん玉を」
ビニールパックに保存されていたうどんを思い浮かべる。バーテックスは見向きもせず神樹様へ向かい、全員が驚愕した瞬間。
だが、こんなところで迷惑がかかっているとは思わなかった。
「ごめんなさい。何か言うべきだったかもしれないわね」
「あーいやいや。寧ろ勇者様の役に立ったのならよかった」
「いえ、効果はなかったのだけど...」
「そっか、まぁ消失先は分かったわけだし、報告すればいいだけだから大丈夫。ありがとう。何だったら今度湯がいたのでチャレンジする?」
「しないわ」
「そう?土居さん辺りなら喜びそうだけど」
そう言いながら、彼はノートに何かを書き込んでいった。私は私で一段落したと思い、ご飯を食べ始める。
しばらく無言が続き、だからこそ引っかかった違和感に気づいた。
「でもそっか、食べ物か...」
「...貴方、どうして私のこと上里って呼ぶの?」
「え?どうしてって、そりゃ君がそう言ったから」
「本当は知ってるんでしょう?観察してたものね」
土居さんと彼が直接名字を呼びあったのは見たことがない。しかし、その割に彼はついさっき、彼女の姿と名前をスムーズに合わせていたように思えた。
それは、勇者の普段の様子を見たことがあるからだろう。
じゃあ、分かるはずなのだ。私が普段上里と呼ばれてないことも、簡単に。
「敢えて乗っていたの?私が言ったから」
「...そりゃ、本人がそう言って誤魔化すんだったら、理由があるんだろうなって話合わせるだろ」
彼は、少しばつの悪そうにした。それをするべきなのは騙していた私だろうに。
「まぁ、高嶋さんがいっつもこっちまで届く声で『ぐんちゃん』って言ってるし、そもそも『上里』じゃ俺には効かない」
「......郡(こおり)よ」
「そう呼んでいいのか?」
「...構わないわ」
「じゃあ知ったついでだ。他にも幾つか知りたいことがあるんだけど、いい?」
取り出されたメモ帳は、私も見たことがあった。
『あの人、覚えたいレシピとかはあのメモ帳に取ってるんですよ』
『そもそも『上里』じゃ俺には効かない』
(...あぁ、そういうこと。それなら土台無理でしょうね)
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「起きてください」
「ん、んんっ...?」
体が揺すられた感覚で目を覚ます。薄く目を開けると、見慣れた艶やかな髪が飛び込んできた。
「んー...」
「ほら、もう夜ですよ」
「...じゃあ、寝てもいいんじゃ、ない?」
「ここが貴方の部屋なら、私も起こしたりしないんですけどね」
「......ひなたか」
会話で頭が起きてきて、目の前にいる相手のことを認識した。彼女、上里ひなたは、そんな俺に対して、腰に手を当てて呆れた様子で答える。
「もう閉めるから起こしてくれって頼まれたんです...またメニューの考案ですか?」
「いや、いつものメニューじゃなくて...ちょっとな」
片付けを始めつつ、俺も口を開いた。
「バーテックスに効く食材があるのか、ちょっと考えてた」
「バーテックスに?」
「今日、勇者様がうどんでバーテックスの気を引こうとしたらしい。効果は無かったみたいだが...じゃあ奴等が人を襲うのは、人を判別するのは、どうやってるか」
「それは...」
「視覚以外で相手を捉えるのは、魚を捕らえるためのソナーみたいな聴覚、もしくは犬みたいな優れた嗅覚。人の匂いってことは大まかに肉や血の匂いだから、それらに似たものがあれば...何か役に立つかもしれない。そう思って」
「......だからといって、食堂で寝落ちする程頭を使うことでもないと思いますが?」
「うっ...さ、さて!準備できたから出るか!」
「はぁ、全くもう」
ささっと席を立った俺に、ひなたがついてくる。外に出れば、確かに辺りは暗闇になっていた。
「......」
普段なら、最低でも帽子をかぶるのだが_____
「!」
「これで、大丈夫ですか?」
彼女は、帽子を取ろうとしていた俺の手を優しく握り、繋ぐ。
頼みがちな身としては、こうして先にやってくれるのは迷惑じゃないかもという実感も受けるし、嬉しい。
その結果のプラシーボ効果でも何でも良いが、意を決して辺りを見る。
「...うん、新月で暗いし、大丈夫」
「よかったです。では、今日はこれで」
「......」
手を繋いだまま、帰り道を歩く。平気とはいえ、基本見るのは地面だ。
『天空恐怖症候群』大層な名前のそれは、バーテックスという怪物に襲われた人間が、奴等が現れた空を見ることで体調不良になってしまう症状のことを指す。症例としてPTSDが近いだろう。
俺には、その症例が見られた。
寝たきりになってしまうなど、決して重症ではない。だが、不意に空を見るのは怖い。時には体が動かなくなる。
だから、どこへ行くにせよ視界を塞げるサングラスと帽子を常備しているのだが、じゃあ何故、今俺がこうして普通にいられるかと言えば________
「やっぱり、安心するんだろうな」
「はい?」
「いや、聞き流してくれ」
(声に出てた...はっず)
繋いでいない方の手で顔を隠す。
上里ひなた。彼女と手を繋いでいる間だけ、俺は天恐から逃れることができる。他の例外はない。
だが、理由は分かる気がする。何故なら、俺にとっての彼女は、初めて怪物に襲われた時も握った特別なものだから。
『危ないッ!!!』
あの時、そしてこの四国へ向かう時。ひなたがいて、乃木がいて、俺は生き長らえた。
俺が最初に見た時、ひなたはバーテックスに襲われる直前だった。
咄嗟にできたことは、手を引き、庇うように覆い被さっただけ。当然ただの人間にバーテックスを倒す術はなく、彼女と俺を襲った敵も乃木が倒してくれた。
だから、俺ができたのはただひたすら手を握ることだけ。あの時点で失われた命は多く、それでもこの手だけは失ってなるものかという意地。あとは男子として女の子は守りたいというプライド。
それらが今も出るのかもしれない。彼女と手を握ってる間だけでも、たかが空を見上げる行為を怖がってる場合じゃない、と。
(いや、そうでなくとも...なのかな)
だって、俺にとって、上里ひなたは__________
「......」
「椿君?どうかしました?」
「...ひなたは可愛いなって」
「っ、突然おだててなんです?欲しいものでもできました?」
「お前は俺の母親か。いや別に、家事もできて、見た目も良くて、人類を救う職にもついてて?そんな子がわざわざ起こしに来てくれて、手を繋いで一緒に帰るってんだから、好きにならない方がおかしい」
「...椿君、そうやって他の女の子も口説いてないですか?最近だと千景さんにも」
「バカいえ。俺が好きなのは...」
ふと、さっきの言葉を振り返る。
『好きにならない方がおかしい』
(あれ、告ってる?)
いや確かに好きだが。まだ寝ぼけてるのか、天恐へのストレスがあったのか、とんでもないことを口走っているのに気づいてしまった俺は、滝のように汗が出る。
(どうしよう待てこんなの違うもっとオシャレなシチュの方がひなたは喜びそうだしいやそうじゃなくて告白とかいや好きだけど迷惑というかひなたは一生懸命に頑張ってるわけであれ俺手汗かいてない大丈夫!?!?)
「どうかしました?」
「な、な、なんでもない。あーひなた、今日はちょっと手を離してくれないか」
「?何故です?」
「いや手ぁ...ちょ、ちょっと不安になってきたというかなんというか」
「...ふーん、私じゃ不満ですか」
「そんなことは」
「それか、不安だと言うなら、はい」
「!?」
そう言って、素早く手を組み替えられる。さっきより指同士が重なり、より強固に。
「こ、こいっ」
「これで平気ですね?」
「いやあの、ひな」
「平気ですよね??」
「...はい」
俺の顔は、きっとリンゴと匹敵するくらい真っ赤になっていて。
「ふふっ...よろしい」
ひなたは、いつものように微笑んだ。
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私の名前は上里ひなた。神樹様に仕える巫女であり、ただの人間だ。
いや、ただの中学生の女の子。という方が嬉しいかもしれない。
「じゃあ、ひなた。ありがとな」
「はい。また明日」
そうでなければ、神様を一番大事にしているのなら、この胸の高鳴りは不要のものと判断してしまうから。
私には大切なものが幾つもある。同じ巫女の皆、友奈さん、千景さん、球子さん、杏さん、そして若葉ちゃんと、彼。
『大丈夫か!?怪我は!?』
『ぇ、な、ない、です...』
『ひなた!!大丈夫か!?』
『大丈夫みたいだ!状況はよく分かんないけどお前はあれを倒せるなら蹴散らしてくれ!!この子は俺が守る!!!』
本人が覚えてるかは知らない。でも、手を震わせながら若葉ちゃんとそんな話をしていたのを覚えている。
『ゆっくりでいい。歩けるか?ダメならおぶって行くから』
あの時、私を励ましながらずっと手を引いてくれたのを覚えている。
『どうしてあの時あんなに良くしてくれたんですか?四国へ来た時も、道を指定する私のことを一度も疑わなかったですよね?あの時は巫女とか何も分からなかったのに』
『えー、あの時は無我夢中だったし...自分でどうこうできるとは思えなかったし。だったら自信ありそうに言ってくる相手に合わせない?』
若葉ちゃんだって一度は確認してきたことを、彼だけは何も言わなかった。
『あとはそうだなー...』
『何かありました?』
『......いや、やっぱ分からん』
だから私は、好きなのだ。彼の、誤魔化しきれてないことを頑張って隠そうとしている姿すら。
(私も、突然言われて毎回動揺しちゃうんですけどね)
お陰で、大社でのポーカーフェイスも上手くなった自信がある。さっきの彼との会話も、上手く誤魔化せただろう。
誤魔化す必要があるかは、置いといて。
(せめて、この戦いに区切りがつくまでは。若葉ちゃんに、勇者達に全力を尽くさなくても大丈夫になった時には。きっと)
夜空を見上げる。星空は輝かない。だからこそ今日の彼は平気だったのだろう。
『いつか、いや、これからもっと美味しい料理を食べさせてやるからな』
空を眺めなくても構わない。だけどお互い、ゆっくり景色を、二人きりであることを心から楽しめるまでは__________
「というわけで、あれから二年ですね」
「どうした急に」
「いいえ。久々のお休みだなって」
(私達の付き合いも、そろそろ五年なんですよ)
私の隣で、椿君が「あー」と間抜けな声を出す。
「大赦のトップは大変だなぁ。今度の休みはどうするんだ?」
「椿君に料理を作って貰います」
「それは全然構わないけど。じゃあ久々に勇者様方も呼んで全員で」
「いえ、私一人で行きます」
「あれ?」
大赦の運営も安定してきた。若葉ちゃんのカリスマ性はもちろん、杏さんの支援も大きい。
『ひなちゃんなら行ける!』
『頑張って』
『そうだそうだ!やったれ!!』
他の勇者の方も、先程会った時応援してくれた。
だから私は、いつかのように手を繋いで、言った。
「覚悟、してくださいね?」
椿が最初から西暦にいる人間で、あの時ひなたを見ていたら。というifでした。この話を書いてたから若葉の方もあれだけ振りきれた。
もっと幼い頃から付き合いがあった場合や、元々四国民だった椿の話とかも書いたら面白いかもしれないですね。