『へ、変じゃないわよね?』
独り言と一緒に髪を弄っていた手を止めて、手鏡を鞄にしまう。少なくとも前髪は平気そうだ。
『よし』
『よしじゃないけど』
『うえっ!?』
振り向くと、そこには今日の相手である椿がいた。
『いたの!?』
『いたのじゃない。元々そういう予定だろうが』
そう言ってきっちりした『スーツ』の襟を直す椿は、少し呆れた目をしながらあたしへ手を伸ばす。
『え、何でスーツ』
『ほら、行くぞ。時間ないんだから』
そのまま手首を掴まれたあたしは、半ば強引に連れ出された。
向かう場所は白い教会のような建物。
『えっ、ちょっと椿!?』
せめて何か説明してくれないと、あたしにも心の準備が__________
「別に、あたしは...」
「さっきから何言ってるんだ風っ!起きろお前!」
「......へ?」
そこにいたのは、いつも通りの私服を着た椿だった。
「あれ、椿...?」
「やっと起きたか。昨日は何時まで起きてたんだか...樹から合鍵借りといて正解だった」
「は、え?」
辺りを見渡すと、あたしの部屋で、服が何着か床に放られていて、呆れ顔の椿がいた。
「とりあえず時間ギリギリだから、早く準備しろよ。いいな?今からコンビニ行って飯だけ買ってくるから」
それだけ言ってあたしの部屋を出ていく椿をよそに、あたしは顔をペタペタ手で触る。
散らかった部屋、パジャマ姿、顔は洗ってない、髪は寝癖つき。
つまり、女子力など、皆無。
「......ああああああああっっ!?!?」
全てを思い出したあたしは、朝一で絶叫した。
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『女子力ぅぅぅっっ!!!!』
(独特すぎる叫びだな...)
パンと飲み物を買ってきた俺に聞こえるレベルで、風の叫びが響く。近所迷惑を考えろと言いたくなるが、あいつもそんな余裕はないだろう。
寧ろ二度寝の確認をしに行く必要がない点に絞れば、このオリジナリティ溢れる叫びは最適と言ってもいい。
(一番早いルート、ぶっ飛ばせばまぁまだギリギリ...)
バイクに跨がりながら、スマホで地図を確認しつつメモ帳を開いて今日のスケジュールを再確認。
今日の依頼は『結婚式場の手伝い』だ。神樹が消えた今、細やかながら記念としてやりたいというのが依頼人の要望。めでたいニュースであるし、人手が欲しいだけであれば俺達も協力を惜しむ理由はない。
少し問題なのは、会場となる場所がかなり遠いことだろう。帰りの時間が読みにくいから、せめて高校生組で行くことになった。
(今このご時世、あんま気にしないでいいんだろうけど。俺はバイクで送れるし...まぁ、あいつらを夜遅くに出歩かせたくないしなぁ)
夜な夜な活動する代表として頭に浮かんだ国防仮面を振り払ってると、バイクに衝撃がはしった。
「ごめん!!遅れた!!!」
「とりあえずヘルメット」
「あたっ」
ついさっき部屋で寝癖を跳ねさせていたとは思えない程綺麗に整えている風に申し訳なさを感じつつ、少し強引にヘルメットを被せる。
「それから飯。安全を心がけながらぶっ飛ばすからその間に食べとけ。何もないの辛いだろ」
「ありがと!」
「ん、よし。じゃあ行くぞ」
アクセルをかけ、バイクを走らせる。未だに道が混む要素は少ないから、目的地までの勝負は俺の出す速度次第だ。
「にしても」
「ん!?ふぁに!?」
「いや...」
ちらりと風を見る。落ち着きのある大人びた服、さっきの部屋の散らかりが普段のことではないことくらい分かっている。
樹は先日歌のレッスンを泊まりでやると聞いていた。昨日は彼女一人だけ。
つまり。
「多分時間を忘れて夜まで着ていく服を悩んでたんだろうけどさぁ......」
「そうよ!!寝坊して申し訳ありませんでした!!!」
「いや...現地で服を支給してくれるって話、聞いてないか......?」
「......ぅ」
「ぅ?」
「うヴぅぅヴヴぅぅぅぅぅぅぅ......」
「あー...」
唸ることしかできなくなった風が俺の背中に顔を押し付けて、謝罪と反省の意を示す。
「ほら、折角整えた髪も綺麗な肌も傷つくから、落ち着けって。な?」
結局、宥めるのに現地に到着するギリギリまでかかったことから、遠い目的地で良かったかもしれない。
(風のミス自体珍しいが、何か悩みでもあるんだろうか...メンタル的にもきついだろうし、今日は負担かけすぎないように頑張ろう)
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「問題ないですかね?」
「はい。大丈夫ですよ」
「よかったです。着慣れてるものでもないので。では改めて、よろしくお願いします」
ギリギリ遅れずに済んだあたし達はすぐに別れ、次に会った時は、椿が夢で見たようなスーツ姿だった。
スタッフさんに見てもらいながらネクタイの位置を直し、袖を確認する姿は、頼りになるしっかり者の印象を普段より強く受ける。
(それに比べて、あたしは...)
同い年、同学年なのに、今日は寝坊までやらかしてしまった。
いや、理由は分かっているのだ。依頼の確認が『偏って』しまったのも、夜遅くまで起きていたのも。
だって、今日の依頼は_________
「風」
「!」
気づけば、目の前に椿がいた。
「しゃきっとしろ。お前が張り切ってた依頼だろ?」
「でも」
「間に合ってるんだから実質まだノーミスだ。後はやることやって、より良い会にしようぜ?」
「椿...」
「俺達にはそれができる。だろ?」
伸ばされた手を掴みかけて、一度遠ざける。そのまま自分の頬を両手で叩いた。
「そうね!いつまでもうじうじしてらんないわ!やりましょう!!」
「あぁ!」
運ぶ料理の準備、結婚を祝うため訪れた御家族や友人の受付、誘導、シーンに合わせた電気やマイクの調整。
頼まれたことが終わればすぐに他を見つけて手を出していく。それを繰り返していけばあっという間に時間が過ぎていた。
「犬吠埼さん」
「あ!」
声をかけられた方を見ると、依頼相手のお姉さんがいた。お色直しだろう。
「凄い綺麗です!そのウェディングドレス!あ、それより前にご結婚おめでとうございます!!」
「ありがとう。でも本当に助かってるわ。年の離れた妹から勇者部のことを聞いた時は、正直少し疑問だったけど...どのスタッフさんに聞いても助かってるって言ってて」
「あはは。色んなことに手を出してますから」
少し頭をかきながら、ふと目に入ったあいつに視線が向く。
「入り口にレッドカーペット敷き終わりました。天気予報も実際に確認しても少し雲があるくらいなので、他の設置も問題ないと思います。はい」
「二人で来てくれて助かったわ」
「いえ、寧ろあたしは迷惑かけちゃって...助けられてばっかりです」
「じゃあ、今度お礼しなきゃね?」
お姉さんが言ったことは、すぐに思い至った。数日後にピッタリのイベントが迫っているのだ。
「バレンタインデー...」
そう。この依頼を受けるきっかけとも言えるイベント。今日結婚するこの二人はバレンタインにチョコを渡して付き合うことになり、無事結婚までたどり着いたらしい。
それがまるでドラマの話のようで、あたしも今年どんなチョコを椿に渡そうか色々悩んで________気づけば朝寝坊するような時間まで起きてしまっていた。
椿が朝うちのキッチンを見てたら、その迷走具合に呆れていたことだろう。
「本当だったら、結婚式もバレンタインの日にしたかったんだけど...流石に平日じゃあ難しくて」
「そうですね...あの、お姉さんはどんなチョコを渡したんですか?」
「......ふふーん」
にやけた顔をしたお姉さんは、「んんっ」と喉を整える。
「手作りチョコだったね。あの人の好きな干したマンゴーにチョコをつけてさ。古雪君もそういうの好きなんじゃない?」
「あっ、あたしは...いやまぁ、好きではあると思いますけど...他の人もやりそうで」
「モテモテなんだ?彼」
「あはは......」
正直、好みだけならみかんにチョコをかけるだけで踊りそうなくらい喜ぶとは思う。でも、全員被りそうな気がして避けてる部分でもあった。
去年は正直それどころではなかったし。
「でもそうだねぇ。私の場合は競争率高かったわけでも...」
「すいません。そろそろ」
「あ、はーい。ごめんなさい犬吠埼さん」
「いえ、こちらこそ長く止めてしまってすみません」
「ううん。あ、これだけは言えるな」
すっと耳元に顔を近づけてきて、ドレスが少しあたしに当たる。
「チョコはあくまで機会であって、気持ちをしっかり伝える方が大事だと思うよ」
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「寒くないか?場合によっては山の方から帰るけど」
「平気よ。暖かいし」
「暖かい...まぁいいか」
すっかり日が暮れ、二月の海岸沿いを走るバイクが暖かいわけないと思ったが、当の本人がそう言うのだから問題ないのだろう。
月明かりに照らされた海と等間隔にある照明灯が、俺達を黒くならないように光を当ててくる。
「でもよかったな」
「そうね」
結婚式は問題なく無事に終わった。依頼人の満足度合いも直接聞けて大変良さそうだった。受ける前は高校生に出来ることがあるのかと疑問にも思ったが、あれだけ感謝されれば勇者部としても鼻が高い。
『君もちゃんとしてね?』
最後に言われたことはよく分からなかったが。
「結局お前が寝坊したのも問題なかったし」
着いた直後は気落ちしていたみたいだが、いざ気合いを入れてからの風はやはり頼もしかった。こうした気持ちの切り替えができるのは風らしいと言うべきか。
(銀が折れない。友奈が折れても止まらないって言うなら、風は折れてから直るまでが早いって言うか...いや違うか?)
「ねぇ椿」
「ん?」
自分の妄想を切って、背中越しに彼女の声を聞く。朝よりきつく腕を回されてるような気がして、ちょっと苦しい。
「どうした?」
「いつもありがとう」
「ん。気にすんなよ。もうかなり長い付き合いだろ?」
「今日も朝起こしに来てくれてありがとう。いつも気を使ってくれてありがとう。落ち込んでる時に励ましてくれてありがとう」
「お、おう...?」
「勇者部に入ってくれてありがとう。樹の夢を一緒に見つけてくれてありがとう。あの時止めてくれてありがとう」
突然始まった感謝の言葉攻めに、思わず運転が乱れそうになる。
「ど、どうした?風?」
「友奈を助けてくれてありがとう。うどん食べる時に箸渡してくれてありがとう。この前ペン貸してくれてありがとう」
(本当にどうしたんだ?)
大小問わず、今までのことをずっと感謝され続ける帰り道。俺が止めようとしても止まらず、彼女の家の前に到着するまでずっとずっと続いた。
「ほ、ほら着いたぞ?」
「うん。送ってくれてありがとう」
「あぁ...えっと」
「じゃあおやすみ」
「あ、あぁ。おやすみ...」
「今度のバレンタイン、楽しみにしといてね」
「え?あ、うん...」
「あたし、椿の言葉で一喜一憂するからさ。椿も同じだったら嬉しいな」
その言葉だけ残し、あっさり帰った彼女を見送ってからしばらくして。俺はバイクを街灯の当たらない場所まで移動させてから、バイクにもたれる。
(え、何?何だったんだ?えぇ??)
「でも、バレてない、よな...?」
この真っ赤な顔は見られてないし、バグらされた心臓も気づかれてなかっただろう。普段のあいつなら絶対からかってくるから。
「あいつ、何なんだマジで...朝も変だったし。いやさっきのからして、バレンタインのチョコ凄いの要求されてるとかじゃないよな......?」
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「あ、お姉ちゃん!お帰りだけど出る前にキッチンの片付けくらいしてよ~!」
「......」
「...お姉ちゃん?」
「......」
「お姉ちゃん?どうしてそんな顔赤く...風邪?」
「......あたしはぁぁぁぁっ!?!?」
「え?あ、ちょっと暴れないで!?お姉ちゃん!!お姉ちゃんっ!?!?」