色々考えてる話はあるのですが、前のように文章化するのが難しいですね。
よければ高評価や感想をお願いします。元気出ますので。
さて、強欲なお願いは終わりにして、お楽しみいただければ嬉しいです。
最初の感想を語るなら、理解できない。これに尽きた。
当時の俺にとっての小学生という存在は、学校に来て、休み時間はドッジボールで遊んで、美味しいご飯を食べて、放課後も遊んで疲れたら寝る。それで世界が回っていたから。
病院なんてものは、おじいちゃんおばあちゃんが元気になるための場所で、元気な子供は怪我や熱で苦しくなった時に薬という魔法を貰える場所だった。
だから、学校を休み続けて一学年下と同級生になる子供がいるという噂を理解できなかったし、その特別さ故にすぐ覚えた。
たまたま来ていた病院で同じ名前を見た時、扉が半開きになっていることに気づいた時、踏み込むことにした。
『何で学校来ないの?』
これは、俺の罪の起源。
『変なの』
人の心を傷つけた、その始まり。
「......っ」
意識が覚醒してきて、夢見の悪さに顔を歪める。
(寝てたのか...まぁ、昨日もギリギリまで頭に入れてたし)
隣の座席を占領しているバッグには、ここ最近読み込んでいる本が入っている。
「到着しました」
「あ、ありがとうございます」
車の扉を開けて、大きな城を見上げる。これからしばらく、俺の活動拠点となる場所。ガタガタと揺れるキャリーケースを転がしながら歩けば、その入り口に待ち人がいた。
「お待ちしておりました。古雪椿さん」
「...上里、ひなたさん。お世話になります」
「はい。よろしくお願いします」
値踏みされるような視線は一瞬だけで、奥へと通す上里さんに従って歩く。
いかにも和の様相の通路を通され、やがて止まった。
「ここが、貴方の活動場所です。今日は一度こちらで荷物を置いていただいて、夕方頃寮までご案内を」
「あー!!!!」
上里さんの説明をかき消す大声で耳元を抑え、元凶の方を向く。真っ直ぐ俺に指をさす彼女のことも、俺は知っている。
「土居、球子様」
「お前だな!!!今日から来るって野郎は!!!」
ずんずんと廊下の木材を壊しかねない歩き方で、俺の目の前まで来た彼女は、俺のことを下から上まで睨みつけてさらに口を開いた。
「何しに来た!」
「...何しに」
そんなことは決まっている。極論は命令されたからだ。だが________答えは、決まっていた。
「俺の、役目を果たすために」
「......」
少し目を開いて、俯き、やがてぷるぷると震え出す。
(この人が聞きたいことじゃなかったか)
「えっと、言い換えると」
「み」
「?」
「タマは認めないからなぁ!!!お前が王子なんてえーっ!!!!」
ビシッとさっきより激しく指を立てたと思えば、来た道を戻るように走り出す土居様。
「...」
「...」
「え?」
「あ、あはは...」
何も分からず上里さんの方を見れば、彼女は乾いた笑いをあげるだけだった。
古雪椿は、四国に生まれたことに感謝していた。そうでなければ間違いなくバーテックスに襲われて死んでいたからだ。
たまたま生まれが人類最後の拠点で、たまたま人類最後の希望と顔見知りで、たまたま生き残れただけ。そんな感じの一人間。
そんな俺がいるのは、丸亀城に増設された建物の一室。部屋のプレートには『勇者相談室』と記載されている。
勇者は、人類の敵バーテックスに唯一対抗できる存在だ。人類の汎用武器は効かず、力に目覚めたたった五人の人間が振るう力だけが、人類存続の最後の砦。
とはいえ、その大役を担うのは、俺より年下の女の子達だ。誰が発狂したっておかしくはない。
そこで用意されたのが、カウンセラーの係。共感しやすいよう同年代を用意し、『愛は世界を救う』とでも言うつもりか、異性を配置。その条件を満たす人間を探し、俺が抜擢された。
(なんて、建前だ)
そもそも、カウンセラーを用意する上でそんな知識がない人間が選ばれている時点でありえない。こっちは配属が決まった日から必死こいて心理学やメンタルケアの本を読みあさっているのだ。
そして、そんな意味不明な人選の真の理由についても、俺は察しがついている。
男子禁制とも言える空間にわざわざ呼びつけ、晒し上げる。俺の知っている勇者様が、それを望んだのだろう。というかそれ以外接点がなさすぎて本当に他の理由に心当たりがない。
「しばらく会ってなくて、突然呼ばれるなんて、そのくらいだよな」
誰にでもなく呟いて、机の上に用意した簡易本棚に持ってきた本を並べた。
だが、彼女の心を傷つけた俺としても本望だ。ストレスのはけ口になるのなら、願ったり叶ったり。
それが、俺があの子にできる唯一の________
(ずっと、後悔してた)
今でも思い出せる。彼女の苦しそうなあの顔を。あの子は優しいから言わなかっただけだ。ずっと嫌だっただろうに。
『あの、すみません』
「!!」
控えめなノックと、柔らかい声。
「どうぞ」
やることはカウンセラーだ。安心できる環境を作り、気持ちを受容する。
そうして、俺は。
「し、失礼します...お久しぶりです。古雪さん」
「...ようこそ。伊予島さん」
伊予島杏に、再会した。
−−−−−−−−−−−−−−−−
「おはようございます」
「杏、おはよう」
「おはようございます、杏さん」
いつも通りの朝。教室に来た私は、若葉さんとひなたさんに挨拶した後、千景さんの席に向かう。
「千景さん、この前おすすめしてもらったゲーム、クリアしました!」
「随分早かったわね」
「面白くって!ちょっと夜ふかししちゃいました」
「土居さんが怒るんじゃないの?」
「内緒でお願いします」
「そう、どこが良かった?」
「一番良かったのはやっぱりクライマックスなんですけど、個人的には中盤の____」
「また始まったな」
「ふふ、ですね」
勇者になってから全くできないと思っていたゲームは、想像していたより与えられた自由な時間と、共通の趣味を持った友人が新しくできたことで、触れる機会が前より増えたくらいだった。
「おっはよう!ぐんちゃん、アンちゃん!」
「!おはよう、高嶋さん」
「おはようございます」
「二人ともゲームの話?」
「はい。この前千景さんにおすすめしてもらったものを」
「何日でやったんだ?」
「一週間で!...あれ?」
「あ~ん~ず〜!!!」
「た、タマっち先輩!?」
「この前控えるって言ってただろう!!!」
「あ~やめて~!」
『若葉が強く言わなくなった分、タマがガツンと言ってやるからな!』と言ったのは、少し前のタマっち先輩だ。そして、最近は有言実行するかのように私の髪の毛をわしゃわしゃとしてくる。
本を読んでもゲームをしていても『早く寝ろ!』と言ってくるのは、本当に厳しい先輩みたいだ。
「タマっち先輩もやろうよ!楽しいよ?」
「タマはや!ら!な!い!杏と千景を誰が止めるんだ!」
「私も?」
「そうだよ!」
「そう言えば杏さん、朗報ですよ。その彼、今日こちらに来るそうです」
「え!本当ですか!?」
「はい♪」
ひなたさんから伝えられたのは、私が以前頼んでいたこと。想像より大きなお願いになっていたみたいだけど、なんと応じてくれたようだ。
「そ、そっか...やった。えへへ,.....」
「随分嬉しそうだな」
「喜んでもらえてなによりです。大社にお願いした甲斐がありました」
「ぅ〜!た、タマは認めんからな!!そんなヤツぅ!」
皆にはもう伝えている。しばらく会えなかった大事な人。
(もうすぐ会えますね...古雪さん)
私にとって、王子様というのは憧れだった。
病弱だった私にとって、皆が楽しんでいた運動は避けるべきものだったし、本が友達になるのも自然なことだった。
いくつも、何度も本を読んできた私に夢としてできたのは、いつか私を病室から連れ出してくれる王子様。こんな言い方をしたら大きなことに聞こえるかもしれないけど、きっと私の願いはこうなる。
私にとって、一番理想の王子様は、タマっち先輩だと思う。
バーテックスに襲われた私達を助けてくれた。いつも私より前に立ってくれた。私を気遣って、守って、いつだって私のことを思ってくれる。勇者として皆と一緒に戦う時もそうだ。
でも、私にとっての王子様は。
『何で学校来ないの?変なの』
きっと、あの時声をかけてきた人なのだと、思っている。
古雪椿さん。私より年上の、同じ学校に通っていた男の子だ。
病室でそんなことを言われた直後の私は、酷く傷ついたのを覚えている。私だって、好きで病気になっているわけでも、好きで学校に行かないわけじゃない。今にして思えば、ずっと好きな本を読んでいられる環境は学校より良かったかもしれないけれど。
ただ、それだけだったらあまりにも最悪なエピソードだけど、これには続きがあった。
『え?動かないよう言われてるの?それは...ごめん』
『毎日同じ本じゃ飽きない?ゲームしようぜ!』
『ま、負けた...初心者に!?お、覚えてろよー!』
突然現れたと思えば、コントローラーを握らされて病室で対戦する。勝ち負けに一喜一憂したり、看護師さんに怒られて病室から出されたり。
『このゲーム機貸すよ。こっちカセットで、時間はかかるけどストーリー面白いから!』
『そうだよな!やっぱここのシーンは感動してさぁ!』
ある時はRPGを貸してくれて、ベッドの隣で私の感想を聞いてくれた。
『伊予島さん、これお土産。新刊読みたいって言ってたからお店探し回っちゃった』
『気にしないで、好きで来てるんだから。あー...そっちが迷惑だと思ってなければ。え、大丈夫?ならよかった』
少しずつ背が伸びてきた彼が、毎日のように遊びに来てくれた。
『逃げよう!!ここからっ!!!!』
世界が壊れた日に、私を背負ってどこまでも逃げようとしてくれた。
知らない世界をくれた。世界を広げてくれた。世界が終わるその時も、私のことを大切にしてくれた。
「し、失礼します...お久しぶりです。古雪さん」
「...ようこそ。伊予島さん」
だから、私の王子様は、きっとこの人なのだ。
「ここは保健室兼カウンセリングを行う部屋となっています。大社の指示で本日から私が担当することになりました。よろしくお願いいたします」
「そ、そんなかしこまった言い方じゃなくていいんですよ?」
「いえ、勇者様に失礼があっていけませんから」
「...私が昔みたいに話したいと言っても、カウンセリング相手の勇者が言ってもダメですか?」
「...分かったよ。伊予島さん」
「!はい!」
少し苦そうな顔をしながら、古雪さんは答えてくれた。
「あれからお元気でしたか?」
「体は健康そのものだ。環境は色々変わったし、学校には行ってないけど...そっちはよく見てるよ。テレビで見ない日はないから」
「そうですね...でも、体は良くなりましたよ!今は勇者として鍛錬ができるくらいには!」
目の前でパンチを繰り出す私に、彼の口が綻んだように見える。
世界にバーテックスが現れた日、古雪さんは私をおぶって逃げ回り、私は勇者になって、タマっち先輩と出会えた。
それからは、丸亀城から離れられない勇者と、丸亀城に入れない一般人で、一度も会えなかった。決まって病室で会っていたのもあって、連絡先も交換してなかったのだ。
「あっ、連絡先交換しましょう!!」
「それは...分かった」
連絡先を交換して、お互いにスタンプを送りあう。古雪さんのアイコンは、単純な単色の塗りつぶしだった。
「古雪さん、これは...?」
「......元々空が見えてた写真だったんだけど、天恐の人を考慮して変えてからそのまま」
「そうでしたか...」
(優しいんだ。今も)
そうして、今までできなかった話を続けていく。勇者としてどんなことをしているか。最近できた友人とどんなゲームをしたか。あの時出会ったタマっち先輩と、どうやって仲良くなったか。
「それで、それで!」
「伊予島さん。そろそろ時間だ」
「あっ」
慌てて外を見れば、もうほとんど夕焼けがなくなっていた。時間が過ぎるのがあっという間すぎる。
「すみません。夢中になってしまって」
「いや、それはいいんだけど...」
「また明日来てもいいですか?あ、今度はタマっち先輩達も一緒に」
「伊予島さん」
少し大きな声が部屋に響く。古雪さんは、少し苦しそうな、戸惑っているような、そんな顔。
「ここ部屋の主目的は、勇者様の精神的な不安を取り除くことだ。話してるだけでそれを満たしてるならいいんだが、遠慮も配慮もいらないからな?」
「!いいんですか!?」
「...その為に、ここに来たんだ」
(え、えっ!?夢じゃないの!?)
会えただけでも嬉しいのに、そんなことを言われれば、頭の中が色々なことを考え出してしまう。
「そっ、そしたら!」
既にいっぱいいっぱいだった私が、なんとか口に出したのは__________
−−−−−−−−−−−−−−−−
伊予島杏が自分の生活の一部から消えている間に、俺は一足先に中学生に上がって。あの頃していた病室通いが迷惑行為でしかないと思い至った。
最悪な初対面を果たし、あの気弱い伊予島さんが強く拒絶できるわけが無いのだ。
だから、この任務が決まった時、確信と覚悟があった。
俺を選んだのは伊予島さんで、俺に何かするためだということ。そして俺は、何があってもそれに従おうということだ。
それが、俺の考えた結論。世界的にもたった一人の一般人が犠牲になるだけで勇者のメンタルが良くなるなら儲けもの以上だし、俺もそれを望んでいた。
だから、ただ話をして帰ろうとする伊予島さんに声をかけたのだ。こんな危険な役目を負って、ただお喋りして終わりなんて、普通でいられるわけないのだから。
『そっ、そしたら!』
そう言われて、やっぱり何かここに来た目的は別にあるんだなと確信した。それに少し安堵すら覚えた。
そして、それからしばらく。俺の部屋には色んな人が来た。
『杏が作戦立案の参考にしていると言っていたから、私も話を聞きたくなってな』
乃木さんとは樹海での戦い方について相談を受けた。
『よろしくねー!』
高嶋さんはフレンドリーな一方、どこか一線引いた話を敢えて指摘せずに聞き役に徹して。
『そう...彼女より腕をあげたのね。やりごたえがあるわ。もう一度やりましょう』
郡さんにゲームでボコボコにされ。
『んー...こいつのどこが......』
土居さんに全身睨まれて。
『杏さんのどこがお好きなんですか?えっ、怖い?嫌われてる????』
『えっ』
ニコニコした上里さんが、謎の質問への回答に真顔になり。
そして、彼女には。
「杏、俺のモノになれよ...」
「そんな、困ります...私にはタマっち先輩が」
「そんなこと言うなよ。お前の相手は俺が相応しいに決まってる。そうだろ?」
俺は困惑している頭をそのままに、彼女に壁ドンで迫っていた。
「...これでいいか?」
「あっ、は、はい。凄いです椿さん!完璧ですね!すっごいドキドキしました!」
「それは、よかったです...」
(どうしてこうなった)
彼女からの指示は、端的に言えば芝居だった。彼女がプレイしていたという乙女ゲーのキャラになりきって、その言動を取る。
最初は予想外の命令に驚いたし、今は恐怖すら覚えている。ストレスで頭がやられているとしか思えない。
そうでなきゃ、嫌いな相手に好きなキャラの真似をして迫ってくれなんて言われるはずがないからだ。
「今度はこっちのシチュも良いですね。あ、あれもやりたかったんです!」
「お、落ち着いてくれ。伊予島さん」
「杏で良いって言ったじゃないですか」
「...杏、俺は逃げないから」
「いえでも、時間は有限じゃないですか!私はやっぱり」
興奮状態の杏と、『突然消える』杏。驚きはするも慌てたりしないのは、これが初めてのことではないからだ。
(勇者の、お役目)
今頃彼女は仲間と共にバーテックスと戦い、検診の為に病院へ向かうか、帰らぬ人になっているのだろう。
特殊な結界内で動けない一般人は、彼女達が戦っていたことすら認知できない。できることと言えば、戦闘の余波で現れる災害に備え、いつでも移動できるようにしておくことだけ。
「無事なら、いいんだが...」
この部屋も、毎日のように訪れる彼女のせいで、一人でいる時は広く感じるようになった。
『怖い、怖いよぉ...!』
病院から飛び出した時、泣きながら怯えていたあの子が、世界を守る勇者として戦っている。
命令されたから。力を与えられたから。体が丈夫になったから。
(中身は、ただの女の子じゃないのか?)
いくら考えても、考えることしかできない俺は、ただただ無力だった。
(...災害もなさそうだし、演技練習するか)
せめて、次回少しでも力になれるように。
−−−−−−−−−−−−−−−−
「杏!そっち行ったぞ!!」
「大丈夫!!」
バーテックスが合体して生まれる大型個体は、見た目、特徴に動物的な要素がある。というのに気づいたのは、私と千景さんだった。
『別の何かかもしれないけど、デザインの統一性というか、コンセプトはあるように思うのよね』
『ですね。この前戦闘したのは口のような箇所から攻撃を繰り出してました』
素早く敵を観察し、得手不得手、弱点を探る。自然とこうした観点を持てたのは、RPGゲーム等に触れていたからだろう。
今もまた、目の前に向かってくる大型バーテックスを、素早く観察する。
(球体が連なった尻尾がよく動く。先は...針!?)
いち早く気づけた敵の主武装に注視する。素早く振られた尻尾をギリギリの所で回避できたものの、足を掠めてしまった。
(多分、毒がある...)
掠めた足が動きが鈍くなる。こういう時、判断は遅ければ遅くなるほど致命的になる。ゲームでも、現実でも。
「雪女郎ッ!!!!」
勇者が精霊の力を借りることで使える超常の力。代償はあるけれど、『そんなこと』は生き残ってから考えることだというのは、これまでの戦いで学んできた。
どんなに辛くても、今生き残らないといけないから。
傷口を氷で覆う。それから靴に氷をつけて、内側から筋肉を使って動かすのではなく、氷部分を動かすように念じることで足を振り回して動かせるようにする。
針先が方向転換して、再び襲いかかってくる。いくら人を超えた力でも、あれは耐えられない。
(痛い、怖い。でも今は!!!)
だから、私は。
『っ!!!!』
樹海に氷柱を落とし、道路を陥没させるように樹海ごとこの身を落下させることで回避した。無理に追った針先は、樹海に深く突き刺さる。
「タマっち先輩!!今!!!」
本体の動きは鈍重で、的が大きくなっただけ。そこに私の仲間は答えてくれた。
「喰らえっ!!タマの一撃ぃぃぃっ!!!!」
「という感じで、今回も倒せました」
「いや足は大丈夫なのか!?」
「平気です。少し動きづらいですが、掠めただけなので」
仰々しく包帯に巻かれた足は、歩くことはできて、少しずつ回復傾向にあるとのことだった。
「そうか...ごめん」
「何で椿さんが謝るんですか?」
「そんなに大変なのに、守られてるだけだからさ...こんなことしかできなくて」
「...十分ですよ」
膝枕されて、耳かきをされている状況を堪能しながら、私は答えた。
「私は今、幸せです」
−−−−−−−−−−−−−−−−
『私は今、幸せです』
彼女に言われた言葉が、俺には理解できなかった。
俺達が再会した時からでも、彼女の体調は明らかに悪化していた。目の下は隈が深くなり、コントロールが難しいのか、咄嗟にかけられる力は日に日に強くなる。
詳細は分からないが、心身ともに削る力を使って敵を撃退していると聞くのだから、それだけ彼女達が奮戦し、追い詰められているということだ。
(そんな状態が幸せ?大社に洗脳教育されてるのか)
それでも、彼女の笑顔を前にすると、直接言えなかった。
「椿さん。こんにちは」
「杏...」
今日も今日とて部屋を訪れた杏は、慣れた動きで俺の隣に座る。
「...今日もですね。お願いしたいことがあって」
「なんだ?」
「えっと、すーっ...はーっ」
深呼吸を繰り返し、両手を伸ばす。
「...えっと?」
「ハグ、お願いします!」
「......」
「調べたんですが、オキシトシンって成分が分泌されたり、風邪が防げたり、睡眠の質が上がったりするらしいんです。だから、椿さんにお願いしたくてっ!?」
言い終わる前に俺が抱きついてきたことに驚いたのか、杏が裏返った声をあげる。華奢という表現が似合う体に、緊張を示すように早鐘を打つ心臓が直に感じられた。
だから俺は、もう限界だった。
「どうしてこんなになるまで戦うんだ」
「え?」
「分かってる。次の戦いを乗りきれば四国の外に壁ができて一区切りつくって聞いた。戦えるのは勇者しかいなくて、やるしかないことも...ずっとずっと分かってることだった」
俺は彼女より大きな声をあげた。
「でも、だったらどうしてそんなに笑っていられる!」
「それは...」
「辛くて苦しくて、なのに何で嫌いな俺をわざわざ近くに置いて、ここまで来て幸せって言ってるんだ!!」
「えっ」
漏れてしまった俺の本心に、杏は驚いた顔をしていた。
「俺は、代わりに戦ったり、何もしてやれないけど...」
「......」
「...杏?」
「ひなたさんが言ってた通りなんだ...」
「え?」
ゆっくりと彼女の腕に力が入り、俺の体が剥がされる。痛みで声をあげなかったのは、男の意地だ。
「椿さんは、私が好きでもない人にこうやってハグをお願いしたり、会いに来たりする人だと思ってますか?」
「それ、は...」
揺れ動く瞳が俺を射抜く。そんなわけがないという否定を拒絶するかのように。
「勇者の役目が大変だと思うこともあります。でも、勇者にならない方がよかったとは、言えません」
「何で」
「何も無ければ、今もあの病室で暮らしていたかもしれないので」
「!」
「外へ出れず、走り回れず、皆と遊ぶこともできない。自分の好きな本の世界に入って、それが私の全てになっていたかもしれません。どれだけ勇者が命懸けで、辛くても、そこは変わりません」
杏の顔が近づく。その目を離さないと言わんばかりに。
「そして、それは椿さんもなんですよ?」
「俺が?」
「そうです。椿さんは私に外の世界を教えてくれました。ゲームをしたり、話をしたり、本当に色んなことをしてくれたり。あんなに早く勇者の皆と仲良くなれたのも、一人きりだった私じゃ、きっとできませんでした」
もっと距離が詰まる。鼻先がくっつきそうなくらいに。窓から入る夕日の光が俺達を照らす。
「何を勘違いしているのか分かりませんが、私がそんな人を、嫌っているわけないじゃないですか。寧ろ...ん、んんっ」
か細い咳払いの後、今度こそ俺達の距離は重なった。頬を赤らめた杏が、目の前にいる。
「椿さん」
(あぁ、そうか。いつから俺は)
「私は、貴方のことが」
(この子のことを)
俺達は、そうして___________
−−−−−−−−−−−−−−−−
「好きです」
夕日の照らされた椿さんに、私はキスをした。感触なんて分からない。告白する流れになってから、頭の中はいっぱいいっぱいだ。
でも、椿さんから拒否もされなかった。
「ぷはっ、椿さん...?」
嬉しくなって、舞い上がったような声を出しながら、想い人の顔を覗く。
そこにいた椿さんは、『驚いた顔をしながら微動だにしなかった』
「...あっ」
気づいてしまった。椿さんは、勇者ではないのだ。『最後の戦い』にはついていけない。行けるのは勇者だけ。
いざ勇気を出して伝えた言葉は、相手に届くことなく消えてしまった。
(次に伝えられるとしたら、この戦いが終わった後...)
「...待っててください。椿さん」
どうしたらいいかなんて、決まっていた。
「すみません!遅れました!!」
「杏〜!」
「大丈夫だ。まだ敵も動いていない」
四国の外へと繋がる海が樹海に変わり、そこを多くのバーテックスが泳いでくる。
「...大型、数多くない?」
以前千景さん達が四国の外を探索しに行った際に見たという超大型だけでなく、大型も何体かいる。一体だけでも苦戦するというのに。
「他に敵は...いなさそうですね」
「杏、それは」
「はい。皆さん、作戦通りにいかせてください」
「大丈夫?やっぱり皆で戦った方が...」
「そ、そうだ!!アレだろ!?友奈の言う通りだぞ!」
「ううん。皆がいたら危なくてできないから...私にやらせて欲しい」
「...」
「もちろん、皆で帰るから。信じて」
「...作戦通り、杏の身に危険が起きたら、私達も加勢するからな」
「若葉!?」
「もう話し合った結果だろう?これが最も良い作戦だと...杏、何かあったら、いや、何かある前から助ける。だから気負わずやってくれ」
「若葉さん...ありがとうございます」
リーダーの言葉に、皆からの声が消える。
「じゃあ、行ってきますね」
皆の心配そうな顔を見て、それでも信じてくれた皆の顔を見て。私は決意とともに樹海を蹴った。
この戦いにおいて、私達の勝利条件はバーテックスの討伐ではなく、バーテックスが神樹様の元に到達しないことにある。極論、勝敗条件に勇者の生死は問われない。
今回はそこに、四国を覆う壁の建設完了が加わる。外との相互不干渉を示す壁が完成すれば、バーテックスは撤退する。
つまり、今回だけで言えば、時間稼ぎで勝ちが決まるのだ。そこで私が考えたのは。
(大切なのは、イメージ...)
ただでさえ精神を蝕む精霊の力は、練習なんてできない。ぶっつけ本番の一度きり。
(雪は氷に。氷を大気に)
このために氷を使うゲームや本を調べた。
「大丈夫。できる」
パキパキと、辺りの大気が凍りつく。そこ氷を取り込むように、大きく息を吸い込む。
「......ッ!!!行くよ!!!!雪女郎!!!!」
−−−−−−−−−−−−−−−−
『千景さんとも話したんですが、私なら、敵の動きを全部止められるんじゃないかなと思いまして』
この作戦の立案は、杏本人だった。そんなに高い拘束性はないものの、私達が攻撃する隙を与えたり、敵の進行そのものを抑えられたりしないかと。
はじめこそ私達全員で反対した。一人に背負わせる負担ではないと。強力な力の行使による見えない負荷は、私達を今も蝕んでいる。
だが、もうすぐ戦いが終わる。四国の壁が完成するという希望が見えた時。
『やらせて。皆』
話術で誘導されたと言ってもいい。それでも、杏にはそれを通せるだけの意志を感じられた。だからこそ、あの球子も私の静止一つで止まったのだ。
そして、彼女の成したことは。
「綺麗...」
場違いとも言える言葉を発したのは友奈。だが、それに納得するほどのものがあった。
世界が、凍っている。
杏は敵の狙撃を警戒しているのか、かまくらのようなドームに包まれており、こちらからは何も見えない。
敵はその進行を完全に停止させ、バタバタともがいているような素振りを見せるが、次から次に辺りの氷が増していき、氷像のように固まっていく。空を飛んでいるものには、樹海からツルのように伸びた氷が絡みつき、地中へ引きずり込むように抑え込んでいる。
普段の戦いからは想像がつかない静寂だけが、この場を支配していた。
(杏...)
満開の代償について一番調べていた彼女が、この力のリスクを知らない筈がない。逆に、何か私達に分かっていない利点もまた、彼女にしか分からないこともあるかもしれない。
(確かに私は賛同した。でもそれは、杏。お前が信じてと言ってきたからなんだ...私も信じるぞ)
あの氷雪の中で、彼女は何を考えているのだろう。そう思いながら、私は抜刀の構えだけを取り、沈黙を貫いた。
−−−−−−−−−−−−−−−−
私が高校生になったら、普通の、というより一般的な女子高生になりたいと思う。入院、勇者なんて全然一般的じゃないし、通学での突然の出会いなんてないに等しい。
それで、創作みたいな恋をするのだ。
遅刻で遅れそうになる新入生の私と、近道のためにフェンスを飛び越える先輩の彼とぶつかりそうになるのが理想的なシチュだろう。パンを加えてた所にぶつかるのは少し古いというか、やりたくない。
『あぁ悪い!!怪我ないか!?』
尻餅をつきそうになった私を咄嗟に庇って、怪我がないことを確認しつつも念のためにと持ってたハンカチをくれるのだ。
『ごめん、急いでるから!!使い捨てていいからな!』
そう言って立ち去る彼を、私はハンカチを返すために学校で探すことになる。
文武両道、部活はサッカー、いやバスケ部が良いかもしれません。客席が他の部活より近いので。固定のファンがついているのを理解していない朴念仁。
勇気の持てない私は、ハンカチを返すだけで終わり。そこからは話す機会がない。
次に出会うのは街の図書館だ。医学系の本を持っていた彼の手伝いをして、その拍子に理由を聞くのだ。
『昔、入院していた女の子がいてさ。そういう子を治したいなと思ったんだ。勉強して、難関大に行って、医者になる。それが俺の目標だ。まぁ、成績足りてないって言われてるんだけどな』
私はそんな彼を励ます。だって、その夢の起源である入院していた子は自分だから。嬉しさと、自分のような子を救って欲しいという共感から、気持ちのこもった言葉は、彼の気持ちを少し動かしたらしい。
『ありがとな。そう言ってくれて嬉しい。えっと、君の名前は...』
そこから、私は彼のことを手伝いたいと考え、色々とお願いした。部活のドリンクを用意したり、本を用意したり、果ては洗濯や料理まで。
流石に行き過ぎたお世話に私自身が違和感を覚えて、それを聞けば。
『流石に、お前にしか言わないよ。あの時のあの子だから、頼んでるんだ...え?そりゃ名前で気づくだろ』
私のことに気づいてたこと、その上で、私に側にいて欲しくて頼んでたこと。
『合格したら言おうと思ってたんだけどさ...杏、俺の隣にいてくれるか?』
そこからは大学生になった彼との恋人関係が始まり、大学の女性につめられる彼にヤキモチを焼いたり、同棲が始まったり、ゆくゆくは________
(あとは、ロッカーに二人で入ったり、体育倉庫で閉じ込められたり、修学旅行は...学年が難しいから、体育祭とか、文化祭とか)
『杏!!』
(漫画やゲームでやってみたいなと思ってたこと、沢山あるんです)
「杏!!」
(たくさん、たくさん、やりたいな...皆とも、椿さんとも)
「杏ッ!!!」
「しっかりしろ杏!!」
(あれ...呼ばれたんだっけ)
「敵は皆撤退した!!!お前の完勝だ!!!」
「いや、杏が帰ってこなければ負けだぞ!!そうだろ杏!!!!」
ここは学校でもなく、お城でもなく、夕日のあたる海岸沿いのように見える。波の音が聞こえる。
「...み、な......」
ただ、何故か口が思うように動かない。
(でも、もう少し、妄想に浸ってたいなぁ...)
私は微睡みの中に、また入っていった。
「杏ッ!!!!」
−−−−−−−−−−−−−−−−
「はい。問題ないですね。経過観察で大丈夫でしょう」
「ありがとうございました。先生」
「いえ、また不安なことがあれば、いつでも来てくださいね」
部屋を出ていく患者を見送って、俺は一息つく。
(まさか、本物のカウンセラーになるとは...)
病院の一室。それが今の俺の職場だ。空気清浄機の音だけが部屋の中に響く。
(勉強はしたが...大赦お抱えの病院なのに残業いっぱい。はー......今日は天恐患者が15人と、特別患者。纏めるレポートが多すぎる。全部家で書くけどさ)
「やりがいはあるが、こうも数が多いと上里様に言われるしなぁ...早く帰りなさい。あなたの一番大切なのはなんですか?なーんて」
呟いた直後、控えめなノックが聞こえる。
「はい。どうぞ」
「し、失礼します」
扉を開けて入ってきた相手を見て、俺は自分のノートパソコンを閉じる。
「椿さん」
「リハビリお疲れ様。帰るか、杏」
「...はい!」
大社、というより神樹様は四国の外界と分ける壁を建築。その後大赦と改名し、人類を平和に導くため注力することになった。
幸い、外界から来る化け物は来ない。人類は緩やかではあるが、平穏を取り戻していった。
今の俺は、その平穏への速度を上げることが役目で、彼女は、その平穏を取り戻した立役者だった。
当然、そんな偉業を成し遂げた人間が何も起きなかった筈もなく。俺が病院に飛び込んだ時には、彼女は全身に凍傷を負い、目を開けながらも意識がない状態だった。
そこから二年。いつ目覚めるか分からないと診断された彼女のためにあらゆる手を尽くした甲斐があったのか、神樹様のご加護か。突然彼女は目を覚ましたのだ。今となっては何が要因でも良い。戻ってきてくれたことがただただ嬉しいかった。
そこから更に一年、彼女は少しずつ自分で体を動かせるようになって、土居さんとリハビリに励んでいる。
「そろそろ、車椅子なしで生活できるようになるかもしれないって言われました」
「本当か?予定では後二ヶ月はかかるって話だったろ?偉いな」
元とはいえ勇者様。一般病棟に入れるわけにはいかず、少し離れた特別棟に貸し切り部屋が用意されている。キッチンなんかの生活用品もあり、アパートの一室みたいなものだ。
そこに、俺の懇願と、彼女の了承により、俺達二人で住んでいる。
「ただいま」
「ただいま、です」
「...おかえり」
「はい。おかえりなさい」
帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、後は寝るだけ。そんな彼女に、俺は少しだけ緊張していた。
(いや、うん...覚悟を決めろ。古雪椿)
「あのさ、杏」
「はい、なんでしょう?」
「大切な話があるんだ。聞いてくれるか?」
「...はい」
少し不安そうな彼女の瞳に、俺がうつる。
(あの時できなかったことを、今度は俺から)
俺は、数日前からしまっていた引き出しから、小さめな箱を取り出した。
「!」
「まぁ、察しはつくよな...んんっ、伊予島杏さん」
「...いいんですか、私、こんな体になっちゃったんですよ?今より迷惑をかけるかも」
「そんなの知らん。いや、関係ない」
「!」
「愛してます。これからも、俺と一緒に人生を歩んでくれませんか?」
杏は、大粒の涙を流して、それでも答えてくれた。
「はいっ!!!私も大好きです!!椿さん!!!ずっと一緒にいますからね!!!」
伊予島杏
幼少期から病院に通うことが多かったが、勇者になったことで体調が安定、その時遊んでくれた椿のその後が気になり(自分の側にいて欲しくて)ひなたに相談し、カウンセラーの仕事を用意した。カウンセラーに話すような相談をするのは球子相手の方が圧倒的に多かった。
ゲームによる経験で、戦闘時の発想力、応用力が上がっている。
古雪椿
杏からの好意に薄々勘づいていながら、小学生の無遠慮な自分の行いでそんなわけないと思考ロックしていた。現在は勇者お抱えの医師。
土居球子
「タマは認めないからなぁ!!」を三年言い続けた。
上里ひなた
終始ニコニコしていた。