古雪椿は勇者である   作:メレク

38 / 333
三十六話 逆壁ドン

「というわけで、やるわよ」

 

今日の依頼は、先日と逆、男子がドキッとする仕草を教えてくださいと来た。

 

私達の出す提案は決まっているし、『検証』はしっかりしなければならない。

 

「さよなら」

「待ちなさい」

「やだよこれ以上恥ずかしい思いさせるなよ!!!大体男子は壁ドンされてもドキッとするか!」

「あんたしそうじゃない」

 

既に椿は混乱気味だけど、この前みたくやられっぱなしじゃ気がすまない。

 

(あたしたちと同じ気持ちを味わいなさい)

 

「へいへいつっきー壁ドンやってこうぜー?」

「園子...東郷!お前はやらないよな?な?」

「...友奈ちゃんは?」

「えーと...やってみたいかな」

「古雪先輩♪」

「そんな...」

「っ!!?」

 

既に東郷に壁ドンされてる椿は丸まっていて、庇護欲をとてつもなくそそられる。

 

(......はっ!?)

 

なんとか現実に戻ってこれたあたしは、ひとまず椿を拘束してから壁ドンの順番を決めた。

 

「俺は生け贄か何かか...?」

 

初めは夏凜。

 

「い、いくわよ...いくわよ!!」

「なんでお前も緊張してるんだよ...」

「やったことないんだから仕方ないでしょ!!」

 

怒りが混ざったような壁ドンに、椿は上級生とは思えない怯えた顔をしていた。

 

「...どう?」

「......知らないっ」

「んなー!頑張ってやったのに!!」

「にぼっしーいいよー。イメージが実現してるよー!」

「やらなきゃいいのに...後五人?嘘だろ?」

 

椿が恥ずかしがりながらも絶望的表情しているのは珍しい。なんだか優越感を感じるというか_______

 

「次はわ、わわ私...」

「樹、やらなくていいんだからな?パスでいいんだからな?」

「やらせてください!」

「樹!?」

「えーい!」

「...なんか安心した。樹は強く出来ないもんな」

「手が...」

「よしよし...無理するなよ?」

 

妹が同級生に迫っているのは少し心が揺れたが、それ以上に自分の番が心配だった。

 

後の順番は、東郷、友奈、乃木、あたしだ。

 

「東郷?やらないよな?」

「やるからには全力でいきます」

「お前もか!?」

 

壁に手だけでなく肘までくっつける東郷。あたしの角度からだと顔がくっついてるようにしか見えない。

 

(いーなー...じゃなくて!)

 

「ど、どうですか...?」

「......」

 

前の二人の時は騒いでいた椿だったけど、今度は顔を真っ赤にしているだけだった。黒髪も赤色に変わりそうな勢いだ。

 

「あの、先輩...私も恥ずかしいのですが...」

「そう思うなら離れろ......心臓に悪いんだよ」

「は、はい...」

 

肘まで近づくのは効果的らしい。

 

「つっきー、わっしーの胸柔らかかった?」

『っ!!!』

「言うなよ!!本人気づいてなかったんだから!!!」

「私、私が先輩に押し付け...きゅう」

「ちょ、東郷!?」

 

確かにあそこまで近ければ勇者部一のメガロポリスが形を変える。

 

(椿も男の子ねぇ...)

 

それでも他の男子と違って下心を感じないのは、椿の精神が強いのか、あたしの気持ちの問題なのか。

 

どこか遠い気持ちになりながら、どんどん話は進んでいく。

 

「次は私...」

 

夏凜に保健室まで連れてかれた東郷の無事を確認してから。友奈はこっちにも音が聞こえるくらい大きく息を飲んだ。

 

「なんでお前ら乗り気なんだよ...もう適当に返信すればいいじゃないか...」

「椿先輩」

 

変なスイッチの入った椿ががたがた震えてる中、友奈がゆっくり壁へ迫る。

 

「友奈...」

「大丈夫ですよー...安心して、私も緊張してますし...」

 

さっきまでの三人とは違う優しさを、椿を思いやるような、包み込むような暖かさ__________

 

「先輩...」

 

友奈が静かに壁につける手を両手に増やし、肘までついて、もたれかかるようになってあたしは思わず息を飲む。

 

「友奈...」

「椿先輩...」

 

二人は二人だけの世界に入り込み、誰も声をあげられないような空間になって、距離がゼロまで__________

 

「ゆーゆーそのままキスしちゃえー!」

「「っ!?!?」」

 

乃木の声で二人がバッと離れた。林檎と同じくらい顔を赤く染め、椿は壁に張り付く。

 

「ーー!!」

 

(乃木、ナイス)

 

あたしも空気に当てられて正常な判断が出来なくなってきたけど、そんなことはもうどうでもよかった。

 

「次は私だね~」

「...もう、いい......」

 

ただ壁際で待ってるだけな筈の椿は、長距離走を走り終わった時のように肩で息をしている。

 

一方、手をわきわきさせて、目を爛々と輝かせ、ご馳走を食べるかのような乃木。

 

「弱ってるつっきー...いいよーいいよー、アリだよー」

「なしだよふざけんな...」

「とうっ!!」

 

壁が抜けそうな勢いで手を叩きつけ、その動作だけで椿が小動物みたく縮こまる。

 

「椿は私だけ見てればいいんだよ」

「っ!!!」

 

普段と違う呼び方、先日の異種返しのように言われた言葉に、椿は全身を震わせた。

 

「これ癖になる~。つっきー可愛い~!」

「は...はは...」

 

既にショート済みの椿。

 

 

 

 

 

つまり、何やってもいいってことよね。

 

「最後はふーみん先輩...ふーみん先輩?」

「ふ、風?」

 

壁にもたれて激しく呼吸する椿。顔は赤くて、普段の冷静なキリッとした感じはどこにも見えない。

 

あたしは子供っぽい異性があまり好きじゃない。基本同学年の男子は下心見えるし。なんかバカっぽいし。

 

(でも、これは別物...)

 

「ふ、う?風さーん...」

 

あたしはもう止まらない。舌舐めずりをして、乾いた唇を潤す。

 

「ひっ!」

 

それだけで丸くなる椿が可愛くて可愛くて__________

 

「椿」

「お、おう...?」

 

顎を持ち上げて、鼻先がくっつきそうな位近づいて。

 

 

 

 

 

「あんたは、あたしのよ」

 

 

 

 

 

後日。『壁をバンバン叩くのはやめなさい!』と先生に怒られたが、私はそれ以上に自分のした行為を思いだし椿の顔をしばらく見れなかった。

 

(あたしは、あたしたちはなんてことをー!?)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「マジでなんなんだよー...」

 

壁ドンした日から数日後の、壁ドンされた日。皆可愛くて、ドキドキして、自分でもわけがわからなくなった。

 

(ホント、みっともない姿見せたし...)

 

嬉しいような恥ずかしいような、そんな感情。整理なんて出来っこない。

 

(昔の方が心臓に優しかった...)

 

数年前、壁ドンが出るドラマをたまたま銀と見てた時。

 

『いいなー...』

『やろうか?』

『え、いいの?』

『いくぞー...!』

『!!』

 

別に、もっとくっついてたことなんていくらでもある。ただ、向かいあって特別なことをやるのは恥ずかしさがあった。

 

『...どう?』

『あはは...なんか嬉しい、かな?』

 

なんというか、初々しさを感じる懐かしい記憶。

 

銀も、やられたときこんな感情だったのだろうか__________

 

思い出に浸っていると、いつの間に眠っていた。その日学校で勇者部の皆を見ると、やっぱり恥ずかしくて顔をそらした。

 




前回よりは各キャラ場面が増えたと思いますが...夏凜ちゃんだけはどちらも少なめ。ごめんね夏凜ちゃん!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。