「今日はホワイトクリスマスになるらしい」
窓の外は曇り空、予報ではこのあと雪だとか。
「前もあったな...確か俺の元にゲームカセットが、お前のところにそのハードがきて二人して遊んだっけ」
買ってきた花を花瓶にさして、昔話にも花を咲かせる。
「よし、今日はこんなもんかな。後で東郷と園子も来る予定だ。皆には...後で言うか。先伸ばす必要もないしな」
返事はなくても、俺は話を続ける。
「そうだ。これはお前が持っててくれよ」
左手のミサンガを外して、彼女の左手に移す。
「もう一回俺に渡したかったら、今度は直接渡せよ。いいな?」
また来るよ。銀。
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「...病院の手配、ありがとうございました」
「大したことはしてないよ」
銀の病室を出ると、春信さんがいた。
俺と銀をスムーズ過ぎるほど上手く病室に入れられたのは、この人の融通があったからこそ。
「だから発信器だか盗聴器だかを着けたことはなかったことにします」
「君が動くことが確定しているのに、何も出来ないなんてことは無いようにしたかったからね」
からから笑う春信さんは、すっと目を細めた。
「三ノ輪銀...あの少女のことを知っている大赦の人間は僕とごく一部だけだ。かなり無茶して病院と手続きしたから降格間近だよ」
「...ありがとうございます」
「気にしなくていい。妹のような存在を大切にするためならいくらでも協力するよ」
「...シスコンで本当よかったです」
俺達は歩きながら会話を進める。
「彼女は検査の結果、体の組織的には人間から離れている」
「っ...やっぱり、バーテックス?」
「あぁ。だが話を聞いてまとめるなら、三ノ輪銀の生まれ変わりと考えるのが妥当だろう」
見た目は人間、魂は銀、正体はバーテックス。
「何故寝ているのか、いつ目覚めるのか、目覚めた時三ノ輪銀の精神は残っているのか...目覚めることなく心肺が止まるのか。何も分からない」
「...戦っているんだと思います。銀は」
主要のバーテックス______黒い霧は倒した。後はあのバーテックスを自分の体とさせるだけ。そうすればきっと目覚めるはず。
まず、銀として生きてるかどうかも疑問だが_________『ただいま』と言った彼女を信じるしかない。
「俺は、あいつが戻ってくれるのを待つだけです。どれだけ時が過ぎても、ずっと」
「...そうだね。ひとまずおめでとうと言っておこう」
「ありがとうございます」
「確か部長も入院なんだろう?」
「はい。今向かっています」
「だったら夏凜もいるだろうし、逃げておこうか」
「会わないんですか?」
「君達勇者部に僕は必要ないからね。夏凜とは年末にあえるだろうし」
「......勇者部といると隠れて観察出来ないから、とかじゃないですよね」
「まさかそんなわけはっはっは」
(普通に仲良くすればいいのに...)
「...あ、そだ」
俺はスマホを春信さんに投げる。
「これは?」
「勇者システムが入ってるスマホです。朝試しましたけどやっぱり俺じゃダメでした。なのでお返しします。イレギュラーな存在がまた現れたら使わせてあげてください」
「...椿君、戦衣も貸してもらえるかい?」
「え?」
「武器が使い物にならないことは盗聴器でわかっているんだよ」
「...お願いします」
スマホを渡して、春信さんと別れて風の病室まで足を運ぶ。それなりに大きい病院だが、何回か来てるのでもう迷うことはなかった。
(あんま慣れたくはないけどなぁ...)
「風、入ってもいいか?」
「椿?いいわよ~」
扉を開くと、相変わらず痛々しい風が見えた。
「体調は?」
「ただ安静にしてなきゃいけないってだけだから暇なものよ」
「勉強しとけ」
「うぐっ...」
「なんてな。流石に患者にそこまで言わねぇよ。これ家に置いてたマンガな。好きに読んでくれ」
「おー!ありがと!」
風は本当に元気だが、だからこそ巻かれた包帯が、傷が目立つ。
「......事故らせたやつ潰さなきゃな」
「あーいいの!昼に話ついたから!」
「慰謝料ぶんどったか?それとも一生下僕か?」
「なんでそんな過激なのよ...確かにお金払ってもらったけど」
「風が交通違反するとは考えにくいからな。あっち側に責任があるだろって適当に思ってた」
「適当って...」
飲み物をちうーと吸う風は小動物みたいだった。
「そういう椿だって怪我はもう大丈夫なの?」
「腹のは大丈夫。昨日も無事ですんだし」
「昨日...?そいえば友達と会って来たんだっけ?」
「あぁ...事後報告で、黙ってて悪いとは思ったけど、聞いてくれ」
「え?」
それから俺は口を開いた。黒いバーテックスの正体を確かめるため壁の外へ出ようとしていたこと。昨日戦ったこと。そして、銀として残ったバーテックスをこの病院に運び込んだこと。
以前俺が秘密で壁の外へ出ていたときは泣かれてしまった。その上でこれである。
「殴られるくらいは覚悟してる」
「あっそ」
意図も簡単に、気軽に風は顔面を殴ってきた。といっても威力はほとんどない。ぺちんという間抜けな音が病室に響く。
「ほんと...ほんと......また内緒で」
「......」
「...なんで私が殴ったか、分かる?」
「内緒で行ったからだろ?それで危険なめにあったから。東郷や園子まで巻き込んでな」
「......あたしにも話なさい。銀はもう勇者部の部員なのよ。直接関わりあった奴だけで調べようとするとかふざけないで」
「風...」
「椿、あたしはもう許さない。許して欲しかったら...銀を今度、ちゃんと紹介しなさい」
「......ごめん。ありがとう」
「あと釜あげうどんを所望する!」
「このタイミングで!?」
本気で怒っていた風も、冗談を言うくらいには落ち着いてくれたらしい。
「本当...今度こそちゃんといいなさいよ」
「善処します」
「あぁん!?」
「ごめんなさい」
「お姉ちゃんうどん食べたいの?って椿さんもいらしてたんですね」
「嘘、外まで聞こえてた?」
「バッチリ」
樹が入ってきて持ってきてくれたリンゴを机に置く。
「流石にうどんは用意できないよ」
「わかってるわよ!」
「果物ナイフとかあるか?剥いてやるよ」
ナイフを病院から受け取り、するする皮を剥いていく。
「でも樹よかったの?今日大事なイベントでしょ?」
「いいの。お姉ちゃんが怪我してるのに、私だけ楽しい思いはできないから」
「お姉ちゃんのことなんて気にしなくていいのに」
「ううん。お姉ちゃんが楽しくないと私も楽しくないから。だからいいの。代わりの人にも頼んだし」
二人の会話に割り込むことなく、ひたすらリンゴを一口サイズに切っていった。
(風、いい妹を持ったな)
「ご飯食べてる?朝は?」
「スーパーのお惣菜が多いけど、しっかり食べてるよ。朝もちゃんと起きれてる。家のことは心配しないで」
「ご飯も炊けなかったのに...樹の方がお姉ちゃんみたい」
「風が妹かー...面白そうだな」
「なによ、文句あるの?」
「なにもないですよ。ほらリンゴ」
「おーありがと......」
リンゴへ手を伸ばす風だが、俺はそれをひょいと避けた。
「なんのつもり」
「怒るなよ....ほい、あーん」
「なっ!?」
「前の仕返し」
つまようじでリンゴを刺して風に向けた。前は俺がやられる側で恥ずかしかったので、同じことをやられて恥ずかしがればいい。
「いや、仕返しって言ったって...」
思った通り風は動揺しているので作戦は成功。にやにやしてると隣から声がかかってきた。
「椿さん」
「ん?」
「あむ」
樹を方へ向くと彼女はリンゴを食べてしまった。
「あ」
「樹、あんたあたしのを」
「だってお姉ちゃん食べないんだもーん♪椿さん、もう一回お願いします」
「あ、あぁ...」
「椿!あたしにも寄越しなさい!!」
てんやわんややっていると、サンタ帽を被った東郷と夏凜、園子が病室にやってきた。
「なにその格好?」
「せっかくのクリスマスですしね」
「にぼっしーサンタでーす」
「袋の中身はサプリかにぼしか?」
「どっちでもないわよ!!」
夏凜が持ってきたのは白い袋だった。中身はなんてことないお菓子だったけど。
「そういえば友奈ちゃんは?先にきてると思ったんですけど...」
「まだ来てないぞ」
「あれー?」
「病院内で迷子とか?」
「...風」
「なに?友奈のこと知ってるの?」
「取り敢えずお手洗いに行ってきます」
急に込み上げてきたのでトイレへ向かうと、床に何か落ちていた。
「これは...」
なんてことない、押し花が施された栞。
俺はそれに見覚えがあった。
「......」
いつも、自分の本に挟んでいる栞と、似ていた。
「あ、椿、友奈家の用事でこれなくなったんですって」
「友奈ちゃん...事故とかじゃなくてよかったわ」
「ですね」
「怪我するのはあたしだけでいいわよ...って、椿?」
「...なんでもないよ。風は自分の体を一番気にしろ。あと勉強しろ」
「あんたさっきマンガ持ってきてくれたのに!?」
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「ここだよな...」
寒さで吐く息が白くなる中、東郷から離れて友奈の家についた。
(にしても、随分大きな車が停まってるな...)
「すいません、以前お邪魔させて頂いた古雪椿です。友奈さんはいらっしゃいますか?」
返答はノー。おまけに客も来ているから今度にしてくれとのこと。
(それなりに遅いぞ...どこ行ってるんだ)
結局その日、友奈を探したが見つかることはなかった。