今回は今までの短編というより、甘い感じで書きました。もし大赦が適性を優先して椿(and銀)の元へ東郷を運んだらというテーマです。(この作品では、友奈より椿の方が適性高いので。詳しくは二十七話にて)
時期としては東郷が引っ越してから中学に入学する直前くらいですね。
下から本編です。
ヒラヒラと桜が舞う。
「こんな日に花見とはまた贅沢だな...おまけにぼた餅つき」
「遠慮せず食べてくださいね」
「お前のは食べ出すと遠慮できないからな...頂きます」
ぼた餅を口へ運ぶ。彼女のお手製はお金を払うレベルで美味しい。
そんな彼女、東郷美森との出会いは半年近く前だった。
銀が死んで、戻ってきて俺と共に生活を初めてしばらく、両親の都合で俺は引っ越すことになった。登校している中学は変わらなかったが、三ノ輪家に朝ご飯を作ることは出来なくなった。
銀も俺もそれを悔やんだが仕方ない。そうやって諦めがついた頃、隣の家に引っ越し業者がついた。
「ここに住むのか?」
「あの...」
「あぁごめん、俺は古雪椿。隣の家に住んでるんだ。よろしく」
「...」
ぎこちない感じで行われた握手に、互いに薄い緊張が走る。
「君の名前は?」
「...東郷、美森」
車椅子で生活している彼女は、事故で足が動かなくなり、記憶も無くしているらしい。気にかけるのは当然で、右も左も知らない彼女に町案内をしたりしてる間に仲良くなった。
銀は気になる発言をしていた。彼女の見た目は同じ勇者だった『鷲尾須美』という少女に顔も性格も似ているとか。だけどそれを証明する物もなく、本人の記憶も曖昧。釈然としない様子ながらもそのまま彼女と付き合っていくことになった。
銀が俺を説得するために話した数々の鷲尾話をずっと聞かされ、それが東郷の印象を変えていったのは悪い話ではなかったと思う。なにかと構うことになり、それでより彼女と仲を深めることが出来たのだから。
ぼた餅を作って貰ったり、彼女の身体的弱点を補ってあげたり。そうこうしているうちに、休みは大体一緒に行動して、俺が車椅子を押して歩く生活が続いている。
「学年が一緒なら、学校でも押して貰えるんですけどね」と語る東郷の顔が印象的だった。
「はぁー...すごい人だな」
今日はイベント。とあるライトノベルのサイン会だ。俺も中二心溢れる中学生だし、何より東郷も一緒だから楽しみは倍増である。
ラノベなんて東郷に合いそうにない物に彼女がついてきたのは______むしろ付き添いは俺なのだが______この作品の内容にある。
遥か昔、昭和と呼ばれる時代の軍艦に乗る男達の生きざまを綴っているこの本は、以前そういった物が好きだと語っていたの東郷を思いださせ、ハマった俺が東郷に貸したのが始まりだ。
どうやらこれが東郷も認めるくらい緻密に書かれた作品らしく、新刊が出る度即日手にいれるまでになった。ちなみに、銀にはさっぱり内容が分からないらしく、かっこいい戦艦イラストを眺めるくらいだった。
「始めて来ましたけど、凄いですね...」
「俺も始めてだから分からないけど...人気作なんだな」
サインの列はかなり長く伸びていたが、話していたらあっという間に自分達の番だった。
新刊の表紙にサインをもらって、軽く会話して。止まりそうになかった東郷をたしなめて出口へ目指す。
「もう少し時間があれば...」
「まぁ、あれだけ興奮して話せば目立ったとは思うぞ」
女性というだけでこの会場には珍しい上に、東郷は他を圧倒する程の美人。実はさっきから視線が集まってて居心地も少し悪い。
(人混みはあんま得意じゃないしな...)
といっても、東郷と行けるなら文句も問題もない。
「物販コーナーもあるのか...行くか?」
「行きましょう!」
「了解」
進路を物販コーナーへ向けて、内容を把握して停止。
「ちょっと待っててな」
「はい...いつもすい」
「それは言わない話だろ?」
「...ありがとうございます」
イベントなんかで用意される即席物販コーナーは、車椅子が通れる程スペースに余裕はない。事前に調べてわかっていたことで、ここが注文用紙に記入して購入することも調査済みだ。
こういうとき、東郷は申し訳なさそうにするが、本当に気にしていない。
事情を話すとスタッフの方は快諾してペンと用紙をくださった。ありがたい限りだ。
そして、すぐ戻った時__________ちょっとしたことがあった。
「嬢ちゃん一人?」
「車椅子なんて珍しいじゃーん。どっか行かない?」
ちゃらっとした男二人が、東郷に言い寄っていた。
(あちゃー...またか。須美はボインだからな)
気持ちは分かる。銀の言う通りおっ_____胸囲は大学生もかくやというもの。おまけに美人で今回は男性ばかりの所に一人いる珍しさ。
「あの、いえ、私は...」
ただ、そういったナンパは本人の意思を尊重して欲しいと思う。
「すいません、彼女困ってるんでやめてくれませんか」
「あぁ?」
「なんだお前」
「彼女の連れです」
テンプレ染みた言葉を吐く男二人に、仮面の笑顔を振りまく。できれば次の行為はしたくないのだ。
「はっ、こんなちんけなガキより俺達と遊ぼうぜ?な?」
「ガキはもう帰んな」
「ふ、古雪さんを悪く言わないでください」
「まぁまぁそんなこと言わずにさ」
男の一人が東郷に手を伸ばす。明らかに胸を狙っていた。
(......)
俺は、意識的に意識を切った。
(またやんのか?)
(いいから黙ってろ。銀)
銀や東郷は俺が優しいから仕方ないというが、東郷を守るには俺の威厳が足りない。でも普段からそんなことは出来ない。
だから俺は、俺自身を変えるのだ。どちらかと言えば穏和な性格なのを、彼女を守るために犠牲もいとわない屑に。
「なにやってんだよ、てめぇ」
「あ?あだだだだ!?」
さっきよりドスの効いた声で成人男性を中学生が圧倒する。ネットで見つけた術の一つ、痛い関節の掴み方だ。
「さっさと失せろ_______
気づくと、東郷の車椅子を押して帰路についていた。
(疲れたぁ...)
(お、お疲れ様です兄貴!)
(ありがとな、銀)
あの状態に入ると大体の記憶がなくなり、疲れもどっとくるのだ。大体銀に変わってもらってる。
「ふぁー...」
「古雪さん。今日はありがとうございました」
「いや、俺も楽しかったし」
「...また、助けて頂いて」
「それこそ気にするな...じゃなかった。ぼた餅な」
「はい」
前は互いに譲らず言い合っていたが、今では詫びぼた餅が俺達の中で用意されている。そうで無くても作ってくれるが、なんというか、気合いの入れ具合が違くて滅茶苦茶上手いのだ。
「東郷を妻にするやつは食事に困らねぇな」
「...」
何故か、返事はなかった。気にすることなく車椅子を進める。
こうして、俺達の一日は終わっていった。
(ほんと、須美がかわいそうだ...今頃顔真っ赤だろうな。車椅子押してるから見えないけど)
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私を助ける時、古雪さんは自分を捨てる。後になって聞いてもはぐらかされてしまうけど、決定的な証拠があるのだ。
『さっさと失せろ。俺の美森に手を出すな』
口調や態度も悪くなるけれど、こうして私の名前を呼ぶ。そのくらい私の為に行動してくれるのが嬉しく思う。
「...椿さん」
ぼた餅を作ってる間にボソッと呟いた言葉に、私は自分で顔を赤くした。
(...まだ、古雪さんかな)
この恥ずかしさが消えた時_________きっと、私達の関係が進む。そう思って、まずはぼた餅に愛を込めた。
さて、シリアスムードにはそこまで前書き後書きをいれたくないのでここで言いたいことを書きたいと。
これ以降は勇者の章完結まで短編多分書きません。
バレンタインが時期的に被りますが、恐らくそれも書きません。書いても完結してから。
今日も勇者の章更新します。
現場からは以上です。誤字報告や感想ありがとうございます。
勇者の章もあと数話...最後までお付き合い、よろしくお願いします。