「することねぇー...」
勇者になって半月近く経った休日。バーテックスの進行はなく、日課の三ノ輪家朝飯作りは終了し、勇者になってから続けてた筋トレもノルマは達成させた。
(勇者部唯一の男にして最上級生としては、やることやっとかないとな...といってもノルマは終わらせたし)
「銀~、何かやりたいことないか?体貸すぞ。弟達と遊びに行くか?」
『アタシもいいや。この前のノートは作り終わっちゃったし、弟達とはさっき遊んだから』
銀の言うノートとは、勇者になってから東郷(鷲尾須美)に関してわかったこと、わからないことを纏めた物だ。東郷が鷲尾とは限らないけど。
『須美は弓使ってたんだよなー...』
「俺が銀のをほぼそのまま使ってるなら、東郷は前のをそのまま使っててもおかしくないよな」
『あーそうだったら間違いないのに...』
「気にすんなよ」
『そう言われてもなぁ...』
(...はぁ)
すくっと立ち上がり、手早く出かける準備をする。
『どうしたんだ?』
「やることないからイネス行く。醤油ジェラートとみかんジュース買おうぜ」
『お、いいねぇ!』
「...やっぱ中止」
『え!そりゃないよ椿ー!』
「悪かった悪かった...だがまぁ、こっちの方が優先度は高いからな」
開いたスマホには『hepl me!』と書かれていた。
「...help meだろ。普通」
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「ありがとうございました。椿先輩!」
「いや、暇してたからいいけどさ」
うどん屋さん『かめや』で結城とうどんをすする。ちなみにお代は無料だ。
「おまけにこうしてタダでうどんが食えるならよかったよ。良い依頼主だったな」
結城は午前中、迷子のペット探しを手伝っていた。しかしなかなか見つからず、援軍として俺を呼ぶことに(犬吠埼姉妹と東郷は用事があるらしい)
捜索範囲を広げたお陰かなんとか昼頃に見つけ、依頼主さんはお礼に現金を渡してきた。
勇者部は別にお礼目的で動いているわけではないのでしっかり断ったが、それならばとうどん無料券を渡してきた。
うどんの魔力には逆らえず、現金は断ったという達成感からか、気づいたら無料券が手元にあり、依頼主は去っていた。
食べないのも勿体ないし、皆に見せたらめんどくさいことになるだろうしで今こうして遅めの昼食をとっている。銀は寝ちゃってるのかうどんを前にしても騒がない。
「うどん美味しいです...」
「トッピングでおろし醤油つけてよかった...」
四国のうどんは日本一!(四国以外の日本には行ったことないし行けないが)と叫びたくなるが、流石に自重してめんをすする。
「でも、勇者部の活動も程々にしとけよ?休日までやってたら体が幾つあっても足りないぞ」
「あはは...困ってる人がいたら助けたくなって」
「...そこが、結城のいいところなんだけどな」
人を助ける、どんなときも前向きで明るい結城だからこそ、いつの間にか人の中心にいる。勇者部も部長こそ風だが、場を明るくしているのは結城だと思う。
昔銀も人を助けてたが、あれはどちらかと言えば不幸体質だ。それでも凄いけど。
「...先輩」
「どうした?急に改まって」
「どうして私を『結城』って呼んでるんですか?」
「え?」
「風先輩も樹ちゃんも名前で呼んでるじゃないですか。東郷さんは本人の希望ですけど」
「えー...あの姉妹いつも一緒だから名字だと紛らわしいし、『犬吠埼』が呼びにくいから。それ以外はクラスの奴も名字だぞ?普通じゃないか?」
「よかったら『友奈』って呼んでください」
「...わかったよ。ゆ、友奈」
「!ありがとうございます!」
名前で呼んでくれと頼んでくる女子などいなかったため、少しドキッとする。
(よかったですねー古雪さん)
(ちょっ、起きてたのかよ!?)
「椿先輩?」
「あぁ、いやなんでもない。それよりこの後は予定あるのか?」
「予定...あー!お母さんに買い物頼まれてたんだった!」
「絶対それ目的で外に出ただろ...」
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「すいません先輩。荷物持ちまで...」
「後輩の女の子一人で買い物行くってのに、暇人が何もしないのもな」
ところ変わってショッピングセンター。ちなみにイネスではない。
とはいえそう大した違いもなく、友奈のお母さんが頼んだ物も量こそあれど苦労することなく買えた。寧ろ量が多いからこそ、男手は役に立つ。
「頼まれてたのはこれで全部か?」
「はい」
「じゃあちょっと休憩しとくか...これから運ぶとなると少し重たいだろ」
「はい...あの、私お手洗いに行ってきますね」
「行ってこい行ってこい」
たたたーと駆けていく友奈を眺めて、改めて荷物の多さを確認する。
「友奈のお母さん...流石に女子一人に持たせる量じゃないっすよ」
大きめのビニール袋が三つ。どれも食材、雑貨等でパンパンに詰まっている。
「たまたま会ってよかったわ...」
『その上気遣いまでできる椿先輩サイコー!』
「なんのことやらさっぱりです」
友奈がそわそわしてたからなんとなく察しはついていた。
「異性の後輩への態度なんてこんなもんだろ」
『ついでにアタシにアイス買う気遣もあれば...』
「そっち目当てだろ!」
思わず大きな声が出たが、辺りを見渡し誰も聞いていなかったのを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。
(また変人だと思われるところだった...)
(いや変人ですよ)
(誰のせいだと思って...)
銀との共生は楽しく、形は少し違うけど俺の理想だ。例えそれが他人から見れば不自然で、世界から見れば異端であろうとも。
「つくづく、甘くなったもんだ...色々と」
雨の中叫び、世界を恨んでいた俺はどこかに消えた。そのお陰でクラスや勇者部の仲間と絆を深めることができたといっても過言ではない。前のままでは間違いなく違った結果になっていたはずだ。
(...でも)
現れた勇者としての適性、これが俺自身の物であればいいなと強く思った。
もし銀の人格あっての適正ならば、それは神樹様が銀に更なる戦いを望んでいることであり、俺は用済みの器でしか__________
「大丈夫ですか?」
「っ!?」
気づいたら目の前に友奈がいた。しかもドアップで。
「って友奈か...びっくりしたー...」
「あぁすいません!そんなに驚くなんて思わなくて!」
「頼むから次からも少し離れてくれな。可愛い後輩の顔がいきなり目の前に来たら心臓に悪い」
「え、あ、は、はい...」
(たまにアタシにも分からない呟きするし、天然タラシなんてやっぱり変人だろ...)
銀の呟きは、胸の高鳴りで全く聞き取れなかった。
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「いやーいい休日だった」
買い物を終え、結城家に荷物を届けると、お礼がしたいと言われて結局夕飯をご馳走になってしまった。
友奈のご両親も良い方だったが、俺が名前呼びすると目のハイライトが消えるお父さんは怖かった。娘さん直々のお願いですからそんな顔しないでください。
「ありがとな。友奈」
「いえいえそんな!お母さんのムリに付き合ってもらってすいません」
提案者は友奈のお母さんで、俺の両親の許可をとり、ご馳走を用意してくれた。
「美味しかったし、友奈とより仲良くなれたからいいさ」
「は、はい...是非また来てください!」
「...機会があれば、またお邪魔させてもらうさ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
日はとっくに落ちていて、街灯だけが体を照らしている。
『美味しそうだったな...今度焼きそば作って食べたくなった』
「焼きそば要素一切なかったけど...銀の作るやつ美味しいもんな。期待してる」
『任せて!』
こうして、平和な休日は終わった。翌日、友奈から昨日の出来事を聞いた東郷に根掘り葉掘り聞かれたのは本当に勘弁してほしいと感じた。
年明けの勇者の章最終話が、幸せな話になって欲しいなと願いつつ。来年もよろしくお願いいたします。