彼は凄い。成績優秀、容姿端麗という言葉がものすごく似合う人だ。
「...」
私は、そんな一つ上の先輩にほのかな恋心を抱いていた。叶うことがないというのはわかっている。彼の隣には沢山の女の子がいるのだ。
後から来た私が_______敵うわけないのだ。
でも、気持ちを伝えないというのは耐えられなかった。心が張り裂けてしまいそうで。
どうしたものかと考えたとき、カレンダーの文字が目に入る。
バレンタインデー。女の子が好きな男の子にチョコを渡す日。
「これだ!」
私は料理はそこまで得意ではないけれど、手作りを、私の想いを届けたいと思った。
納得出来るものが作れなくて、繰り返すうちに火傷や切り傷が増えていく。それでも作り上げたものは、市販に比べれば渡せる物じゃない。
(でも...)
バレンタインデー当日。先輩の下駄箱にいれようとしたら、既に溢れんばかりのチョコがあった。
休み時間には人だかりができていた。
あっという間に放課後になっていた。
(...こんなはずじゃなかったのにな)
私は、人より勇気も根性もない。遠慮し続けているうちに、本当に大切な物を逃してしまう。
「...悔しいよぉ」
そんな自分が情けなくて、悔しくて、辛くて。先輩の下駄箱の前で涙がこぼれた。
「ったく...重たいんだよ」
「っ!」
気づいた時には、その先輩が両手にチョコが詰まった袋を携えていた。
「ん?なんだ...っ!」
「え、あの、なんで...」
さっき、先輩が帰ったと思ったからここに来たのに、お手洗いに行ってたのか、チョコを運ぶのに苦労したのか。
「...それ、俺にくれるのか?」
「え...」
胸元で大切に抱えていたチョコ。私の想いの結晶。
「聞いてるんだけど」
「...先輩。好きです!」
訳もわからなくなった私は、思わず愛の言葉を口にしていた。
(ぇ...なにやってるの私ー!?)
「はっ...」
あざげるように笑った先輩は__________両手の袋を地面に捨て、私を壁に叩きつけた。
「いたっ...」
「おい」
「!」
大きな音がして、目の前に先輩がいる。壁ドンされている。
「気に入った。俺のものになれ。ソノ」
「っ!?!?」
「拒否権はねぇんだよ」
「...どうして、私の名前......」
「んなもん決まってんだろ...お前のことが好きだったからだ」
「月先輩...」
こうして、私達の始まっていた関係が改めてスタートした。
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「......」
俺は、体を震えさせていた。持っていた紙がなんとも重く感じる。
(なんだ、これは)
得体の知れないおぞましい何かに触れている気分だった。
そして、目の前には__________もっと、なんというか黒いオーラを纏った作者(園子)がいた。
「どうだった?つっきー」
園子から俺への依頼。それは、新作小説の評価。
内容は________ブロンド髪を靡かせる儚げな少女『白石 ソノ』と、その先輩で黒髪なイケメン『星空 月』が、バレンタインをきっかけに交遊を持ち、恋人関係になる四月までを表現したもの。
形成される文章力から内容は凄く引き込まれたし、強気な月と弱気なソノの感情表現なんかは流石園子と言う他ない。
ただ、俺の汗は止まらなかった。
(......どうかんがえても)
そう。これ、大体のプラス部分を抜けば月は俺で、大体のマイナス部分を抜けばソノは園子なのだ。はっきりそのイメージができてしまうくらい、この小説は良くできてる。
(...いやいや)
しかし、ここで「モチーフは俺達か?」なんて言えない。恥ずかしすぎる。園子と最終的に濃厚なキスまでもっていくなんて__________
「ダメだったかな?」
「...い、いや。そんなことないぞ。凄く面白かった」
顔が熱いのを誤魔化しながら作品を誉める。本当に良い作品なのだ。ただ、だからこそ脳裏から離れなくて園子を意識してしまう。
「わーい!じゃあネットにもあげてみよ~」
「勘弁してください!!!」
頭を下げると、園子の声のトーンが一段と高くなった。
「なんで~?」
「...へ?」
顔を上げると、満面の笑みの園子。心を掴まれた感覚に戸惑いながら、誤魔化すような言葉を続けていく。
「え、いやわ、その...」
「つっきーは、面白いと思ってくれたのに、どうしてネットにあげてほしくないのかな~?」
(こいつ...絶対気づいている!!)
間違いなく俺が恥ずかしいから言わないのを分かっていて、それでもなお催促するサディストが目の前にいた。
「つっきー」
「っ!?!?」
「なんで?」
耳元で、囁かれる。心のどこかが削がれる感覚がする。
耐えられない俺は_______震えたまま、口を開いた。
「...俺とお前がこういうことになってるの想像しちゃって、恥ずかしいんだよ......」
「......そっか~。じゃあやめるね」
あっさりと園子は下がった。
「じゃあつっきー、また新しいの書いたら読んでね~」
嵐より素早く去っていく。ポツンと残されたのは俺だけ。
「...あれ?」
急に動いた事態に、頭がついてこなかった。
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「ふんふふふんふーん♪」
スキップしながら廊下を進んでいく。鏡で見た顔は赤いながらも満面の笑みだ。
(録っちゃった~。つっきーの恥ずかしい声~)
隠し持っていたボイスレコーダーには、さっきのやり取りが入っている。
『...俺とお前がこういうことになってるの想像しちゃって、恥ずかしいんだよ......』
(...えっへへ~♪)
私の放課後は、幸せ色だった。