「~~♪」
四国一の大型ステージが、一人の少女に従って震える。
『ラブ!』とか、『こっちにウインクして!』とかそんなうちわを振ったり、黄緑のペンライトを高く突き上げたりと、会場内は大盛り上がり。
それもそのはず。今や知らない人はいない讃州の歌姫(ディーヴァ)の異名を持つ彼女のワンマンステージなのだから。倍率は140倍を越え、出したCDはどれだけ生産しても再生産が決まる。今日の物販も既に完売が報告された。
「~♪。ありがとうございました!!」
『ウァァァァァァ!!!!』
四国一のアイドル。その名は犬吠埼樹。
またの名を_______俺の婚約者と言う。
「椿さーん!」
「お疲れ樹。流石に慣れてきたな」
「まだまだです...今日は大勢いて緊張しました」
「そんな風には見えなかったけど?」
「えへへ...」
ライブが終わり、変装を済ませた樹をバイクに乗せて家まで帰る。
樹は高校生になってから出した三枚目のシングルが爆発的な大ヒットを記録。今年20歳になるが、高校を卒業して本格的な歌手となり、あれよあれよという間に四国一の歌姫となった。
天の神との戦いが終わった直後こそ、歌は無価値だと叫ぶバカもいたが、今では人々に力をくれる大事なコンテンツの一つとほとんどが認識。その先導者こそ彼女である。
俺は表向きは彼女のマネージャーだ。
「とうちゃーく」
「変装は疲れますね...」
「仕方ない。今スキャンダルとかとられたら大変だし」
「私はそれでもいいんですけど~」
「樹に変なファンメール届くのは避けないといけないからな」
アイドルが恋愛してはいけないという風潮は割と昔からあるらしい。今はそう大した問題ではないが、樹に誹謗中傷を目的とした物を送られたら俺が許せないので、もう少しブームが過ぎるか、熱愛報道をしても大丈夫なくらい人気を磐石なものにするかということで、まだ伏せている。
「でも、無理して別の家に住もうとはしませんよね?」
「...お前のことが好きなんだから、離れたくないんだよ。察しろ」
「その言葉だけで嬉しいです」
「くっ...」
最近はこうして仕事でも家のなかでも手玉に取られることが多くなった気がする。嬉しいのと恥ずかしいのとあるが、彼女の笑顔を見てると可愛く見えてどうでもよくなる。
「明日は久々のお休みですよ!どこ行きましょう?」
「休まなくていいのか?疲れてるだろ?」
「疲れますけど椿さんと一緒に過ごせる久々の休みなんです!寝てるなんて勿体ないですもん!」
「...わかった」
次の日。俺と樹はお出かけ______はせず、家でDVDを流していた。彼女の顔は若干不機嫌だ。
「私のDVD見たいって...椿さんのためならいくらでも歌いますよ?」
「俺と一緒に休みを過ごせればいいんだろ?」
体育座りする自分の股の間にすっぽり収まった樹は、体重を俺に預けてくれる。動けないよう抱き締めると、甘い声を鳴らした。
「...そうですけど」
「俺はこうしてたいな。樹の体温を感じてたい」
「...そう言われて、嫌ですなんて言えませんよ」
昼過ぎから夕方まで、彼女の歌をBGMにつっつきあったり手を重ねたり。
「すー...」
しばらく経つと、彼女は寝ていた。前は朝も起きれなかった子がここ最近はライブのレッスンなんかで朝から夜まで忙しかったのだ。昨日の夜も少し無理していて、うっすら隈ができていた。
「...お疲れ様」
毛布を被せて頭を撫でる。彼女はこんなに疲れてるのに、それでも俺との時間を大切にしてくれてるのだ。
「......今日はご馳走だな」
嬉しさを噛み締めながら、俺はキッチンへ向かった。
「好きです...椿さん......」
「...俺もだよ」