そんな二本目もリク、椿×園子と椿×樹です。
ここから本編です。
『料理教室in古雪家』
突然だが、俺は勇者部の活動を一度すっぽかした。悪気は勿論なくて、別の用事が長引いてしまったためだ。
何故今そんな話をしているかと言うと、何でも一つだけお願いを聞かなくても良いじゃないかと主張する理由を正当化するためである。
こういった意味合いを込めて目の前に座る彼女を見ると、笑顔を返してくれるだけだった。
(こりゃダメだ)
頬をかきながら諦めも肝心ということを二秒で悟った俺は、あまり気乗りしないながらも口を開いた。
「...で、わざわざ俺の家まで来て何をお願いするつもりだ?人間にやれることは限界があるからな」
「つっきーは私をなんだと思ってるのかな?」
「考えが奇想天外のぶっ飛びガール」
ぶっ飛びガール(園子)は、その言葉を受けてはしゃいだ。それなりに長い付き合いとなってきたが、突然の発想と反応には未だ慣れない。
まぁ、そういうところも園子らしくて良いんだけど。こうして何か命令を待つ身としてはなんともやりにくい。
「私がつっきーにするお願いはね...料理を教えてほしいんだ~」
「料理?」
「うん」
案外普通のお願いで安心した。
「そういうことなら命令じゃなくてもやるぞ?」
「うぅん...今日一日ずっと付き合って貰うのが命令だよ。つっきー意外と忙しいからね」
「...なるほどな。そういうことなら仰せのままに。お嬢様」
_____意外とこの命令はきつかった。明日までの宿題が残ってたのだ。
(でも...園子のお願いを断るわけないしな)
「ありがと~」
「...そういやお前焼きそば作ってたよな?あれ美味しかったし別に教えることなんて...」
「レシピ通り作ろうとすれば出来るんだけどね。レパートリーが偏ったり、わっしーやつっきー、ふーみん先輩みたく手際良くできないから...料理を作りながらアドバイスが欲しいなって」
「了解。だったらまずは食材買いに行くか」
「デートもできるなんて...!」
「男女のデートで食材売り場は行かんだろ...」
「じゃあ夫婦?つっきー早い~」
「はいはい。冗談はそれくらいにして...行くぞ?」
部屋に転がってた薄手のコートを羽織って園子と一緒にショッピングセンターへ。
「そういやなんで俺の家なんだ?園子の家の方が慣れた器具で出来るだろうに」
「ミノさんを驚かせたいんだ」
「...良いやつだな」
「へへーん」
今同じ場所で暮らす銀に美味しい料理を振る舞いたいから、影で努力する。その手伝いができるなら喜んでしよう。買い物を手早く済ませ、家のキッチンへ並ぶ。
「というわけで...まずはハンバーグを作ろうと思う」
「ハンバーグ?」
「肉の塊を上手く作れると、つみれにしたりコロッケにしたりと応用が効くからな」
「なるほど~」
教えられる限りのことを指示していくと、流石園子と言うべきか、みるみる腕が上達していった。
「完成~」
「早速食べてみるか」
テーブルに並べて実食。正直俺が作ったのより旨いと感じた。
(...一応、教えながらだったんだがな......一発で越えられるとは)
「ど、どうかなつっきー」
「そんな心配そうな顔するな。美味しいから」
「本当!?やった~!」
「園子も食べてみ?ほら」
「あーんして」
「へ?」
「あーん」
小鳥のように口を開けて待つ園子。
「...」
「命令です!」
「はぁ...今回だけだぞ」
恥ずかしさを抑えて園子の口に小さく切ったハンバーグをあげると、嬉しそうに頬張った。
その後もチャレンジは続く。味噌汁、卵焼き、うどん_______朝食のメインなんかを作って貰って技術力を見ては、全て食べさせた。
「もうほとんど言うことないな。あとは回数の慣れだ」
「そればっかりはどうしようもないね~」
「まぁその辺は料理作ってればなんとかなる」
手際よく目玉焼きを作ると、園子が感嘆の声をあげた。
「おー!私も頑張ろう」
「そのいきだ」
「じゃあまず...あたたたたー!!」
刻んでいたネギの高速で切り出したのを見て皿を取り出してると、変な音がまな板に響いた。
「園子...!!!」
「ぁ...えへへ...」
左手から血を流している園子は、いつものような笑みを浮かべていた。
「ちょっと待ってろ」
「でもつっきー、こんなの大したことないよ~。曲げられるし平気」
「いいから余計なことしないで待ってろ」
手早く救急セットが収まった棚を開け、ティッシュと椅子もキッチンに運んでいく。
「座って。こっちに指出しな」
「こんなの唾つけときゃ治るぜ~」
「いいから!ちょっとしみるぞ」
要領は銀やその弟達でかなりやった。実は料理よりこういった処置の方が自信あったりする。
「ふぅ...終わりっと。これにこりたら調子には乗らないこと。あぶないからな」
「は、はい...あの...つっきー」
いつもと違った声を出してる彼女の顔を見ると、頬の赤みが増していた。
「えとね...ありがとう」
「どういたしまして。ひとまず今日はこれで終わりな。日も沈んできたし。送りたいけど親が帰ってくる前に片付けしないといけないから一人で帰りな」
「わ、私がお願いしたのに」
「その傷で手伝われたら心配になるんだよ」
「でもこんなの」
「かすり傷でも傷は傷。な?」
動こうとする園子の頭を撫でると、やる気を吸いとられたように落ち着いていった。
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「......」
まだ、頭に手の感触が残ってる。
『いいから余計なことしないで待ってろ』
ただの切り傷なのに、ちょっとだけ血が出て驚いちゃっただけなのに、私の不注意が原因なのに。
治療してくれてる顔が、凄く真剣で。
「かっこいいな...」
上手く言葉が出なくなるくらい、気持ちが溢れた。
左手の絆創膏に、熱があるみたいだった。
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「椿ー、弁当よ」
「ありがとう」
「にしてもどうしたの?『出来ればでいいから少なめで頼む』なんてメールして」
「実は...」
「なにその弁当。自作?」
「......例え朝弁当まで作る時間があってもやらないだろうし、ふりかけでハート型は自分じゃやらねぇよ...」
「誰から貰ったの」
「...園子」
「......アドバンテージが」
「え?ちゃんと喋ってくれよ」
「何でもないわよ!」
新クラスメイト(園子って誰!?)
新クラスメイト(もしかして古雪君って本当に風ちゃんが恋人じゃないの!?)
旧クラスメイト(爆発しろマジで)
『お兄ちゃん』
以前俺は、勇者部皆との約束を破ってしまった。そのため、俺が一つ彼女達のお願いを聞くことになった。
以前園子には料理を教えて欲しいと頼まれ、言われたことをすぐに達成する園子は尊敬と羨望の念を向けた。
そして、今日は樹である。
「お邪魔しまーす」
「どうぞ...」
通されたのは犬吠埼家、そのまま俺は樹の部屋まで通された。
「風は?」
「お姉ちゃんは出掛けてます」
「へー...」
「...気になりますか?」
「いや、樹がいるのに風がいないって珍しいからさ。にしても、部屋片付けたな」
前に訪れた時は、もう少し床や机の周りが散らかってた気がする。
ついでに、甘い香りが漂ってて少し心地よかった。
(...落ち着く)
「そ、それは片付けますよ!椿さんを招くんですから!」
「まぁそうだよな。一応先輩入れるんだからな...いや、普段から綺麗にしとけよ」
「...そういうつもりで言ったわけじゃないのに」
「?...それで、樹は俺になにさせるつもりだ?あんま無理のない範囲で頼むぞ...」
「...椿さん!」
ごくりと唾を飲み込む音がこっちまで響きそうなくらいの動作をしてから、樹は言った。
「わ、私の...お兄ちゃんになってください!」
「...おう?」
これまた予想外の言葉で戸惑ってしまった。
「えと...お兄ちゃん?」
「はい!お願いします!」
「......」
少しだけ思考を巡らせる。
(樹は小学生の頃に家族が姉である風だけとなった。風が異常なほど溺愛してるとはいえ、もしそれで恋しくなっているなら...)
「分かった。いいよ」
「やったぁ♪」
(普段からそんな素振りは見えなかったけど)
もしそれが彼女の優しさによるものなら、それで少しでも安らぐなら__________
「と言っても、なにすればいいんだ?」
正直、兄らしいことでパッと思いついたのは三ノ輪兄弟への対応だが、樹とは年も性別も違う。
「えーと...椿さんなにかあります?」
「それだ」
「え?」
「まず敬語抜き、お兄ちゃん呼びだろ」
「...いいんですか?」
「そういう命令だしな」
「じゃあ...今日はよろしくね。お兄ちゃん」
「っ...あぁ」
ドキッとした心を抑えて、ひとまず活動を始めた。
昼飯を作り、勉強を教え、掃除もした(風の部屋に勝手に入るのは悪いと思ってやってない)
「これで終了っと...」
「お疲れ様お兄ちゃん。はいこれ」
「お、ありがと樹」
貰ったお茶をぐいっと飲み干してテーブルに置く。
「あとは...」
「お兄ちゃん。私お願いがあるんだ」
「どうした?」
「あのね...」
兄妹設定が慣れてきた樹から頼まれたのは、膝枕だった。
今、座っている俺の膝では樹が気持ち良さそうに寝ている。角度から顔は見えないけれど。
(これでいいのか...)
まぁ、最近歌のレッスンとかで忙しかったのかもしれない。お姉ちゃんの隣に立ちたいと言っていた手前、頼りすぎるのも嫌だったんだろう。
(多感な頃だからなぁ...人のことを言える年ではまだないけれど)
風に言えば必要以上に心配するかもしれない。そう考えるとこの『お兄ちゃん』の必要性も分かる。
「...樹」
頭を優しく撫でながら、小さな声で言いたいことだけを言った。
「大変ならそうだってちゃんと言いな。お姉ちゃんに心配かけたくない、並んでたいって気持ちもわかるけど...お兄ちゃんだからとかじゃなくて、支え合うのが家族であり、仲間なんだから。相談されない方が、悲しい。きっと風も...そう思ってるよ」
窓から入る西日が、樹の髪を照らしていた。
「...ま、聞いてないよな」
「たっだいまー!」
「しー」
「え、椿?」
「いいから静かに...妹が寝てるから」
「妹って...あたしの妹でしょうに」
「今日は俺の妹だ」
「え、あたしリストラ?大体樹寝てな...」
「え?」
「......何でもないわ。夕飯作っちゃうわね」
「頼む。あとな________」
結局樹のお兄ちゃんは、その日限りだった。たまに呼ばれることにはなったけど。