「かくがくしかじかで~。スタート!」
俺と友奈はまた園子に呼び出され、小説のネタとして先輩後輩をやめて演じてくれと要望された。一々やるのも疲れるし、変な気分になるので断ろうかとも考えたが、友奈が『わかった!』と言ったためやることに。将来が少し心配だった。
「椿先輩!」
「また間違えてるぞ」
「あ...」
演劇もやったりしてたので、今さら同学年のフリなど_____と考えていたが、賛成していたはずの友奈が案外失敗していた。ちなみに、間違えた数は遠くで見守ってる園子によってカウントされている。
(自分でシチュエーションまで要求しといて、罰ゲーム染みた設定の用意もするとか...)
「なんというか...ダメなんですよね。先輩は先輩って感じですし」
「敬語と名前でツーカウント」
「はわわわっ!?」
俺は普段と変える要素があまりない。逆に友奈は敬語なし、俺のことを「椿君」と呼ぶため苦戦していた。
こうして街中でデートっぽくさせているのも、普段の感じを出すためだろう。
(...まぁ、俺も楽しいけど)
普段言われ慣れない呼び方はドキドキする。手を繋いで言われれば尚更。
「...とりあえず、うどんでも食べに行くか?」
「いいです...いいね!行こう椿君!!」
「っ...」
眩しい彼女の笑顔は、思わず直視してしまうくらい可愛かった。
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「ふぅー...ふぅー」
「んー!美味しい!」
『かめや』でうどんを食べる私達。椿君はおろし醤油、私はきつね。
「椿君、あーん」
「...いや、うどんでそれはしにくいだろ。ちゃんと自分で食べなさい」
「ぁ、そうだよね...ごめん」
「......そんな悲しそうな顔するな。気持ちは嬉しいからさ」
テーブルを挟んで頭を撫でてくれる椿君。
(これって...今お芝居をしてるからかな。それとも...普段から、思ってくれてるのかな)
先輩はここまでかなり上手に演技してると思う。でも、普段とあまり変わらない気もする。
どこが『椿先輩』としての言葉で、どこが『椿君』としての演技なのか_______それが、凄く見分けにくい。
「友奈?どうした?」
「...ううん。大好きな椿君といれて嬉しいなぁって」
「っ!?」
顔を真っ赤にする椿君を見て、私は凄く嬉しくなった。
(分からないなら...普段の先輩になったときも好きだと思ってくれるくらい、気持ちをぶつければいいよね)
恥ずかしいけれど、今日は園ちゃんが小説のために設定した日。大丈夫だと心に言い聞かせて、うどんをもう一口食べた。
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もう夕暮れが近づいてきている。ぶらぶら歩いていたから、少し遠めの公園まで来てしまった。
「おい、そこのカップル!アイスでも食べていかないか?」
公園の中では車でアイスクリームを販売してるおっさんがいた。
「カップルだなんて...」
「イチャイチャ手を繋いで歩いてるあんたらがそんなこと言うのかい。妬けるねぇ」
「ははは...」
今日は間違ってないので否定せず、メニューを見ることにする。
「わ、私ミックスベリーで...」
カップルの言葉に釣られたのか、、友奈が『カップル御用達!』とかかれているミックスベリーの文字を指差した。
「あぁ悪いねぇ。ミックスベリー味は売り切れなんだ」
「そうですかー...」
「......成る程なぁ」
「え?」
「友奈、ちょっとそっち行っててくれ」
俺が友奈を公園のベンチに行かせると、おっさんが笑みを作った。
「坊主、気づくの早いなぁ」
「さっき似たようなやり取りをしてたものですから」
二つのアイスを購入し、友奈の元へ。
「友奈、お待たせ。ミックスベリー味な」
「え?でもそれはないんじゃ...」
「あぁ。彼処は元からミックスベリー味なんて販売してない」
「??」
「まぁまぁ...まず食ってみ?」
手渡した方のアイスと俺の顔を交互に見ながら、不思議そうにアイスを口に運んでいく。
「...ん!美味しい!」
「ならよかった」
「で、でもやっぱりミックスベリーじゃ...ラズベリーですか?これ」
「そこでだ...ほら、口開けろ」
「!?」
「はい、あーん」
「ぇ、えと...あ、あー...」
俺のアイスを乗せたスプーンをくわえた友奈が、頬を染め目を丸くする。
「!!ミックスベリー!!」
「ふっ...」
俺が買ったのはブルーベリー味とラズベリー味のアイス。
宣伝しておきながらメニュー表記にはなかったミックスベリー。ミックスベリーが売り切れなのにブルーベリーとラズベリーは書いてあるメニュー。
結論を言うと、これはカップルが一つづつ頼み、互いのを食べさせあって作る味なのだ。
(よく考えたもんだ...)
うどんを食べてるときにあーんをされなければ、思い付かなかっただろう。
「椿せん...椿君!」
「ん?」
「はい!あーん!」
いつの間にか俺のスプーンを取っていた友奈が、ラズベリー味を俺に向けてくる。
「溶けちゃうよ?」
「...わかったよ。あーん...」
恥ずかしさを隠して食べる。「早く自分のも食べて!」と顔に書いてあったのでブルーベリーも頂いて_______甘味と酸味が絶妙に合わさった味か、口の中一杯に広がった。
「ん...美味しいな。ミックスベリー」
「そうだね!」
それ以外の甘味が口の中に残った気がしたが、友奈に見惚れてた俺には分からなかった。
「私にも頂戴!」
「分かった分かった。ほら、あーん...」
それから食べさせあいっこは、日が暮れるまで続いた。
「はぁー...」
友奈と手を繋いで帰り道を歩く。互いの指を絡ませるそれは友奈とより近くなったみたいで嬉しい。
「着いたぞ」
「椿君、今日はありがとう!大好きだよ!」
「っ!」
家の光をバックにそう微笑む彼女が可愛すぎて直視できなかったのは、俺は悪くないと思う。
帰り道、好きと言われるのが凄く多かった。
(友奈...そんだけ言われると舞い上がっちゃうからやめてくれ...)
そんな俺の気持ちは届くはずもなく。彼女は家に入っていった。
「じゃあねー!」
「あぁ。またな...友奈」
「いやー良いネタになったよー」
「うわびっくりした!?」
完全に園子に言われてやってたことを忘れていた。思わず何歩か後ずさる。
「つっきー」
「な、なんだ?」
「今度、私にもミックスベリー味食べさせてね」
「...わかったよ」
あんだけ美味しそうに食べてれば、園子も食べたくなるだろう。
「ほら、送ってくよ」
「ありがと~」
瞬く星の一つが、夜空を流れた気がした。