古雪椿は勇者である   作:メレク

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九話 ハッピーバースデー

十時五分前に部室の前までつく。開けると誰もいなかった。

 

普段では考えられない静けさに不気味さを感じながら、十時を迎える。

 

「...遅いわねぇ」

 

日曜日。誘われた子供会の筈なのに、勇者部は誰一人来ることはない。電話もメールも誰とも交換していない。

 

「...おかしい」

 

渡されたプリントを見返す。確かに十時に__________

 

「あ...現地集合じゃない」

 

気づいた時には三十分以上回っていた。勇者にでもならない限り、今から向かうのは無理過ぎる。

 

遅刻してまで向かうつもりはなかったし、そんな失態を晒したくなかった。

 

(...行く必要なんかないわ)

 

なにもせず部室を去る。今日の分のトレーニングは折り紙の練習でしていなかった。

 

部屋に戻って、ある本が目に入る。折り紙入門書__________

 

「...バカじゃないの」

 

勇者が何をやっているのか。世界の存亡と子供の相手、どちらが大事など語る必要もない。

 

外のトレーニング場として利用している浜辺で二本の木刀を振り回す。

 

きっと、今頃折り紙を教えているのだろうか__________

 

(っ!集中!!)

 

気合いを入れ直しても、

 

(私は世界の未来を託されている。だから、普通じゃなくていい)

それでも結局どこか気の抜けた、普段と違うものな気がして早々にやめてしまった。帰ってからも何一つ身入らず、あっという間に日がくれて。

 

「......なんなのよ。これ」

 

こんな気持ちは今までなかった。ひたすらに勇者を目指し、それ以外はなにもしてこなかった私は__________

 

「なんなのよ...」

 

ピンポーン。

 

「...?」

 

それが外からの呼び鈴と気づくまでに。

 

ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピン_________

 

「あーなんなのよ!!」

 

思わず木刀を構えてドアを開けてしまった。

 

「寝込んでたわけじゃなくてよかったです」

 

木刀に動揺しながら答えたのは車椅子の東郷。いたのは勇者部の三人。

 

罪悪感を感じたものの、語気は強めで聞いていた。

 

「何?」

「まぁまぁ、ちょっと入るわよー」

「あ、ちょっと!?」

 

部長の風とその妹樹、三人は私の部屋にずかずかと入り込んでは、トレーニング器具を触ったり、冷蔵庫を物色したり、机にお菓子を並べたりしている。

 

「なんなのよ!?いい加減にしないと追い出すわよ!」

「にぼし食べてるわりに沸点低いわねぇ...」

「突然こられたらこうなるでしょ!」

 

私が叫ぶと、三人はこしょこしょと話をしてから、こっちを向いてきた。

 

『夏凜(さん)、ハッピーバースデー!』

「...え?」

 

突然のこと過ぎて思考が止まる。確かに今日は私の誕生日だけど誰にもそのことなんて________

 

「あんた誕生日でしょ?」

 

そう言って風が取り出したのは入部届け。書いたのはクラス、名前、生年月日。

 

「あ...」

「児童館でやりたかったんだけどねー。本人来ないしケーキはないしで...お、来た」

 

ピンポーンとさっきより控えめなチャイムが鳴り、風が出ていく。

 

「セーフ!?」

「ギリギリ間に合ったくらいかしら?」

「よっしゃあ!」

「くたくたですー...」

 

風に続いて現れたのは友奈と古雪。

 

「夏凜ちゃん、ハッピーバースデー!!」

「友奈が美味しいケーキ屋で予約取ったのはよかったんだがな、本人確認が必要な上、開店は午後、おまけに隣町ときたもんだ」

「椿先輩それ以上言わないで!」

「はぁ...ま、味は保証するけどさ」

 

持ってきた箱を開封すると、大きなショートケーキが。

 

「三角帽子持ってきたよ~」

「いいじゃない!パーティー感出てきたわね!」

「ありがとう友奈ちゃん」

「美味しそうなケーキです...古雪先輩、どうぞ」

「ありがとな樹。でもなんで三角帽子俺と三好の分ないんだ?」

「えへへ...」

「お前か友奈...三好?」

 

皆が好きなように座って、私だけ立っている。

 

「バカ...ボケ...誕生会なんてやったことないから...」

 

少しだけ見える景色がぼやけたけれど、皆が笑顔だった。

 

「...とりあえず座れよ。主役」

「っ...」

 

そこからはいつものように__________いつもより騒がしかった。

 

「あ、折り紙!練習してたんですか?」

「な、ななななな!?」

「部活の予定と...遊びの予定」

「友奈、それ全部丸ついてるじゃない」

「カレンダー真っ赤ですね...」

「友奈、にぼっしーがにぼし食べてた日もカウントしていこうぜ。全部たまったら高級にぼしプレゼントみたいな感じでいこう」

「はーい!」

「なーー!?!?」

 

 

 

 

 

それが、一時間前。今日のトレーニングとは違って、過ぎた時間はあっという間で、今は誰かいた痕跡なんて何もない。

 

(いや...)

 

第二会場となったかのように、連絡アプリ NARUKO が騒がしくなる。風から『連絡手段として持ってて』といわれ、今さっき『勇者部』のグループに参加したばかりだ。

 

写真が送られました。

 

風:これなら連絡が行き違うこともないでしょ。おめでとう夏凜

 

友奈:ハッピーバースデー夏凜ちゃん!学校や部活でわからないことがあれば何でも言ってね

 

樹:これからも仲良くしてください。よろしくおねがいします

 

東郷:次こそはぼた餅を食べてくださいね。有無は言わせない

 

椿:誕生日おめでとう三好。同じ勇者部部員としてよろしく頼む。主に風を弄る役割で

 

「ふっ...了解っと」

 

夏凜:了解

 

風:レスポンスいいじゃない。椿覚えてろ

 

椿:怖いんですけど!?

 

樹:古雪先輩...お姉ちゃん怖いです......

 

椿:こう言えって友奈が言ったんです!

 

友奈:ええ!?私!?

 

東郷:夏凜ちゃんはぼた餅食べてね。古雪先輩は明日楽しみにしていてくださいね?

 

椿:東郷まで敵に回した!?助けてくれ三好!!

 

夏凜:椿が頭を地面につければいい話よ

 

椿:土下座!?

 

「あっ...椿って送っちゃった」

 

何度も椿という文字を見たからか、つい送ってしまった。

 

「...いいか」

 

私は一番始めに送られてきた写真を開く。笑顔の皆に、面白いくらい戸惑った顔をする自分自身。

 

「......」

 

自然と、部屋に満足げな吐息が漏れた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『大成功で終わってよかったな!』

「そうだな」

 

授業の予習復習を済ませていると、勉強中にしては珍しく銀が答えてくる。普段なら『アタシはもうやる必要ないな!』と言って出てくることはないのに。

 

「どうかしたか?」

『え?』

「勉強中なのに出てくるのは珍しいだろ?数学解くか?」

『解くか!なんでグラフが曲がるんだよ!』

「はぁ...で、本題は?ケーキ食べたかった?」

『いやそうでもなくて!別に理由はないんだけど...本当によかったなって』

「...」

『勇者部皆良い人達じゃん。夏凜さんも言葉選びが下手ってだけみたいだし』

「折り紙練習してたり、このやりとり見てたらそう思うよな」

 

作った鶴と放ったスマホに軽く触れる。

 

『アタシは嬉しいんだ。頑張ってバーテックスを追い返した世界で、幼なじみが良い友達と過ごしてることがさ』

「銀......」

『たはは、湿っぽくなっちゃったな!ごめんごめん!』

「...銀もいるから俺の生活は楽しくなるんだよ」

『つ、椿...』

「これからもよろしくな」

『おうよ!』

 

心の声は、勇者部の中では友奈が一番似ていた。

 

友奈や銀は、いつも自分より他人のことを考え、優先する。そんな女の子は好きであり、少しだけ嫌いだ。

 

他人を思いやるあまり、自分のことはないがしろにして、結果、どこかへ行ってしまいそうだから。

 




こうやって夏凜のエピソード書いてると、勇者部に入ってからどんどん変わったキャラだなって思います。

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