十時五分前に部室の前までつく。開けると誰もいなかった。
普段では考えられない静けさに不気味さを感じながら、十時を迎える。
「...遅いわねぇ」
日曜日。誘われた子供会の筈なのに、勇者部は誰一人来ることはない。電話もメールも誰とも交換していない。
「...おかしい」
渡されたプリントを見返す。確かに十時に__________
「あ...現地集合じゃない」
気づいた時には三十分以上回っていた。勇者にでもならない限り、今から向かうのは無理過ぎる。
遅刻してまで向かうつもりはなかったし、そんな失態を晒したくなかった。
(...行く必要なんかないわ)
なにもせず部室を去る。今日の分のトレーニングは折り紙の練習でしていなかった。
部屋に戻って、ある本が目に入る。折り紙入門書__________
「...バカじゃないの」
勇者が何をやっているのか。世界の存亡と子供の相手、どちらが大事など語る必要もない。
外のトレーニング場として利用している浜辺で二本の木刀を振り回す。
きっと、今頃折り紙を教えているのだろうか__________
(っ!集中!!)
気合いを入れ直しても、
(私は世界の未来を託されている。だから、普通じゃなくていい)
それでも結局どこか気の抜けた、普段と違うものな気がして早々にやめてしまった。帰ってからも何一つ身入らず、あっという間に日がくれて。
「......なんなのよ。これ」
こんな気持ちは今までなかった。ひたすらに勇者を目指し、それ以外はなにもしてこなかった私は__________
「なんなのよ...」
ピンポーン。
「...?」
それが外からの呼び鈴と気づくまでに。
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピン_________
「あーなんなのよ!!」
思わず木刀を構えてドアを開けてしまった。
「寝込んでたわけじゃなくてよかったです」
木刀に動揺しながら答えたのは車椅子の東郷。いたのは勇者部の三人。
罪悪感を感じたものの、語気は強めで聞いていた。
「何?」
「まぁまぁ、ちょっと入るわよー」
「あ、ちょっと!?」
部長の風とその妹樹、三人は私の部屋にずかずかと入り込んでは、トレーニング器具を触ったり、冷蔵庫を物色したり、机にお菓子を並べたりしている。
「なんなのよ!?いい加減にしないと追い出すわよ!」
「にぼし食べてるわりに沸点低いわねぇ...」
「突然こられたらこうなるでしょ!」
私が叫ぶと、三人はこしょこしょと話をしてから、こっちを向いてきた。
『夏凜(さん)、ハッピーバースデー!』
「...え?」
突然のこと過ぎて思考が止まる。確かに今日は私の誕生日だけど誰にもそのことなんて________
「あんた誕生日でしょ?」
そう言って風が取り出したのは入部届け。書いたのはクラス、名前、生年月日。
「あ...」
「児童館でやりたかったんだけどねー。本人来ないしケーキはないしで...お、来た」
ピンポーンとさっきより控えめなチャイムが鳴り、風が出ていく。
「セーフ!?」
「ギリギリ間に合ったくらいかしら?」
「よっしゃあ!」
「くたくたですー...」
風に続いて現れたのは友奈と古雪。
「夏凜ちゃん、ハッピーバースデー!!」
「友奈が美味しいケーキ屋で予約取ったのはよかったんだがな、本人確認が必要な上、開店は午後、おまけに隣町ときたもんだ」
「椿先輩それ以上言わないで!」
「はぁ...ま、味は保証するけどさ」
持ってきた箱を開封すると、大きなショートケーキが。
「三角帽子持ってきたよ~」
「いいじゃない!パーティー感出てきたわね!」
「ありがとう友奈ちゃん」
「美味しそうなケーキです...古雪先輩、どうぞ」
「ありがとな樹。でもなんで三角帽子俺と三好の分ないんだ?」
「えへへ...」
「お前か友奈...三好?」
皆が好きなように座って、私だけ立っている。
「バカ...ボケ...誕生会なんてやったことないから...」
少しだけ見える景色がぼやけたけれど、皆が笑顔だった。
「...とりあえず座れよ。主役」
「っ...」
そこからはいつものように__________いつもより騒がしかった。
「あ、折り紙!練習してたんですか?」
「な、ななななな!?」
「部活の予定と...遊びの予定」
「友奈、それ全部丸ついてるじゃない」
「カレンダー真っ赤ですね...」
「友奈、にぼっしーがにぼし食べてた日もカウントしていこうぜ。全部たまったら高級にぼしプレゼントみたいな感じでいこう」
「はーい!」
「なーー!?!?」
それが、一時間前。今日のトレーニングとは違って、過ぎた時間はあっという間で、今は誰かいた痕跡なんて何もない。
(いや...)
第二会場となったかのように、連絡アプリ NARUKO が騒がしくなる。風から『連絡手段として持ってて』といわれ、今さっき『勇者部』のグループに参加したばかりだ。
写真が送られました。
風:これなら連絡が行き違うこともないでしょ。おめでとう夏凜
友奈:ハッピーバースデー夏凜ちゃん!学校や部活でわからないことがあれば何でも言ってね
樹:これからも仲良くしてください。よろしくおねがいします
東郷:次こそはぼた餅を食べてくださいね。有無は言わせない
椿:誕生日おめでとう三好。同じ勇者部部員としてよろしく頼む。主に風を弄る役割で
「ふっ...了解っと」
夏凜:了解
風:レスポンスいいじゃない。椿覚えてろ
椿:怖いんですけど!?
樹:古雪先輩...お姉ちゃん怖いです......
椿:こう言えって友奈が言ったんです!
友奈:ええ!?私!?
東郷:夏凜ちゃんはぼた餅食べてね。古雪先輩は明日楽しみにしていてくださいね?
椿:東郷まで敵に回した!?助けてくれ三好!!
夏凜:椿が頭を地面につければいい話よ
椿:土下座!?
「あっ...椿って送っちゃった」
何度も椿という文字を見たからか、つい送ってしまった。
「...いいか」
私は一番始めに送られてきた写真を開く。笑顔の皆に、面白いくらい戸惑った顔をする自分自身。
「......」
自然と、部屋に満足げな吐息が漏れた。
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『大成功で終わってよかったな!』
「そうだな」
授業の予習復習を済ませていると、勉強中にしては珍しく銀が答えてくる。普段なら『アタシはもうやる必要ないな!』と言って出てくることはないのに。
「どうかしたか?」
『え?』
「勉強中なのに出てくるのは珍しいだろ?数学解くか?」
『解くか!なんでグラフが曲がるんだよ!』
「はぁ...で、本題は?ケーキ食べたかった?」
『いやそうでもなくて!別に理由はないんだけど...本当によかったなって』
「...」
『勇者部皆良い人達じゃん。夏凜さんも言葉選びが下手ってだけみたいだし』
「折り紙練習してたり、このやりとり見てたらそう思うよな」
作った鶴と放ったスマホに軽く触れる。
『アタシは嬉しいんだ。頑張ってバーテックスを追い返した世界で、幼なじみが良い友達と過ごしてることがさ』
「銀......」
『たはは、湿っぽくなっちゃったな!ごめんごめん!』
「...銀もいるから俺の生活は楽しくなるんだよ」
『つ、椿...』
「これからもよろしくな」
『おうよ!』
心の声は、勇者部の中では友奈が一番似ていた。
友奈や銀は、いつも自分より他人のことを考え、優先する。そんな女の子は好きであり、少しだけ嫌いだ。
他人を思いやるあまり、自分のことはないがしろにして、結果、どこかへ行ってしまいそうだから。
こうやって夏凜のエピソード書いてると、勇者部に入ってからどんどん変わったキャラだなって思います。