したから本文です。
古風な洗濯は、たらいか何かに水をいれ、そこで服の汚れを手洗いで落とすらしい。洗濯機が普及してからあまりみなくなったらしいが、やり方さえ知ってればいいだろう。
何故そんな話をしてるかと言えば、今俺がその手法で洗濯をしているからだ。
戦衣を洗うと、乾いた血が徐々に落ち、本来の若草色を取り戻していく。血塗れのそれを洗濯機に入れるわけにはいかない。
(...穴だらけだけど)
貫通した部分は直しようがない。替えの部品なんてなければ、レイルクスもないのだから。
「...まぁいいや」
案外洗濯するのは楽しい。
「古雪さん」
「ん?...あぁ学校の時間か。今から行く」
上里が声をかけてくれて我に返った。思ってたより熱中していたみたいだった。
「じゃあこれを...古雪君」
「そこのxは25です」
「正解です」
適当に答えてノートを書き込みを加えていく。最も、今やっている数学なんかじゃない。
『今日からこの学校に転校?してきました。古雪椿です。よろしく』
あれから色々なことがわかって、考える時間もあった。夢ならどれだけよかったかと考えたが、もう諦めてる。ノートに書かれたことをさらっと振り返り、追加の書き込みをしていく。最初はこんなに落ち着いてなかったが、時の流れは俺を冷静にさせた。
まずこの時代。神世紀301年なんかじゃない。西暦2018年。俺の時代から約300年前だ。
タイムスリップ。口にするのは簡単だが、この時点で頭を抱えた。
(呻いてても仕方ないけどさ...)
この時代から三年前。世界はバーテックス______俺の時代で言う星屑に襲われた。それと同時に、各地で勇者と呼ばれる少女達が現れる。
四国には五人。それ以外にも各地で何人かいるらしい。
(......)
そして、最も重要な俺がここにいる意味。
『全てが終われば、元通りの時間、元通りの場所に戻す。だからお願い。壁が出来るまで__________救って』
はっきり覚えているのはずに、曖昧な声と感覚。壁と言われて思いあたるのは一つしかなかった。
今この時代にも神樹様はいる。四国を覆う結界の壁_______それが、ここにある『壁』のことだろう。
既に出来ているが、俺達の時代にあったものとは厚みも高さもない。
(つまり、近いうちにちゃんとした壁ができることになる...ついでに、四国以外が炎に包まれる可能性も)
俺達が取り戻した四国外の世界も、この時代には未だ残っている。
そして、『救って』という意味。四国は300年後も存在しているのだから_______この場合、救う対象は命を懸けて戦う勇者のことなんだろう。
乃木若葉、土居球子、伊予島杏、高嶋友奈、郡(こおり)千景。それから彼女達に付き添う巫女の上里ひなた。
(......)
纏めるとこうだ。神樹様かそれに似た存在が西暦の初代勇者を救うため俺を呼び出した。この世界での目的は『壁』が作り終わるまで勇者を守り通すこと。全て無事に済ませれば、俺は元の時代に返される。
勇者の力は未来に比べたら相当弱く、星屑だけでも苦戦するのだ。切り札なるものがあるにせよ厳しい戦いは必至。神樹様は記憶を消したり(正確には思い出させないようにだが)することも出来る。時代を動かすことができてもあまり疑問はない。だからこそ忘れてもいいようにノートに書いている。
(......忘れて、たまるかよ。絶対帰るんだ)
握っていたシャーペンを握りつぶさんばかりに掴んで、手についた跡を無くすように軽く振った。
この世界での俺の扱いは、幸いなことに勇者としてなっている。大赦、いや大社は樹海に入れてバーテックスを倒せるものを勇者とカテゴリしてくれていて、身寄りの全くない俺を保護、勇者専用学校に通わせ、衣食住全てを揃えてくれた。
かといって信用をするには互いに情報が少なすぎる。勇者アプリの調査を申し込まれたが、断った。なにがあるかわかったもんじゃない。
ひとまず最大限の恩恵を受けるため、俺は記憶の一部が抜け落ちてることにした。名前とか覚えてることはあるけど、親とか本当の家とかはわからない。といった具合。
(にしても...また神に巻き込まれた確率が八割、春信さんが作ったタイムマシンの実験に知らぬ間に付き合わされてるが二割って...春信さんすげぇよ。神の力を二割も疑わせるんだから)
次に各勇者について。一人目、乃木若葉。中学二年生。生真面目な性格の委員長。勇者達のリーダー。勇者の時の武器は刀。
二人目、土居球子。中学二年生。明るいと言うか騒がしいと言うか悩む。勇者の時の武器は盾にもなるヨーヨーみたいなの。
三人目、伊予島杏。中学一年生。でも一番小さいのは土居球子。穏和な性格。勇者の時の武器はボウガン。
四人目、高嶋友奈。中学二年生。ムードメーカーで______勇者の時の武器は籠手。
五人目、郡千景。中学三年生。基本ゲームしてる。勇者の時の武器は鎌。全体的にかっこいい。
そして俺。古雪椿。中学三年生。高校生と言おうとしたが、今が冬なので一つ学年を落とした。実際に出る年齢差はこの方が少ない。
勇者の時の武器は刃折れの刀。戦衣の性能はこの時代の勇者より数段上のため、機動力、防御力ではこちらが上だろう。武器が出来損ないということで攻撃力は未知数。
(......)
少し感情を抑える。ここからは心を持って考えられることじゃないのだ。本当ならあまり考えたくもない。
300年前という時代、未来で名家として有名な乃木と上里、顔立ちからして、乃木園子の祖先が乃木若葉。
顔立ちだけだが、高嶋友奈と結城友奈も似ている。
逆に、郡家というのは見たことがない。土居家と伊予島家は、銀の葬式の時にうっすら見た覚えがある。つまり、なにかあったのだ。寿命で亡くなってもそうでなくても、後世に残せないなにかがあって__________神樹様の操作かそうでないのかは謎だが、消される。
というか、名家として残っているのが先の二つだけということは________どこかのタイミングで、死ぬのかもしれない。乃木と上里以外の、今同じ教室で授業を受けている人は。
壁ができるまで皆を死なないよう助けてくれということ。それが俺がここへ呼ばれた意味。全てが終われば元に戻る。皆の元へ帰れる。
(...夢であればどれだけ良いことか)
救う道があるということは、本来の300年前は俺というイレギュラーのせいで変わる。それは、助けるだけじゃなく殺すこともあるかもしれない。
戻った世界で__________園子がいない存在となっているのかもしれない。
「っ!!!」
持っていたシャーペンを折ってしまった。慌てて持ちかえて、更に思考を深める。
「あの、古雪君?」
「大丈夫です。気にしないでください」
「は、はぁ...」
過去に未来人が入り、その未来の世界が変わるというはラノベで読んだこともある。もしそれが現実のものとなれば。
「...」
(...守るべき最優先は乃木、次点で高嶋)
高嶋友奈と、結城友奈は似すぎている。姿も性格も。ふと目を合わせれば彼女を思い出してしまうので、そらしてしまうくらいに__________
よく見れば違った雰囲気なのはわかるが、初めて会ったときの最初は全く分からなかった。
「...るゆき!」
(それから...郡)
土居と伊予島は普通に生き抜いたかもしれないが、郡は名前すらない。何かあるのだろう。
それ以外の細かいところは分からない。なんとかなると結論つけて、やるしかない。
(絶対戻ってやる...神なんかに負けてたまるか)
「おい!古雪!」
「うわびっくりした!?」
「全く...授業終わってるぞ?飯の時間だ」
「土居...ありがとう」
一応先輩なんだがなーと考えながら、それでもお礼を言っておく。
「なんでそんなボケーっとしてて問題答えられるんだ?タマはちんぷんかんぷんだったのに」
「中一から三までいるから、上のをやってるんだと思う。今分からなくても本来の中学生より早く習得できると考えたら、良いことだろ?」
「おぉ!いいなそれ!」
食堂には俺達以外の全員がいた。
「...もしかしてわざわざ呼びに来てくれたのか?」
「ま、まぁ新入りを気にするのは面倒見の良いタマの役目だからな!」
「...ありがと」
「おー...上手いな」
「お褒めに預り恐悦至極」
「キョウエツ?」
「気にするな」
癖で頭を撫でたが、気持ち悪がられなくてよかった。
「おばちゃん、うどんと...緑茶」
うどんの美味しさはしっかり後の世にも伝わってるらしく、未来と変わらない。
(早く来ないかな...)
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「乾いたな~」
勇者と私は訓練等が組まれた特別学校に編入しているため、同じ寮に住んでいる。
放課後私が雑貨を買って帰ってみれば、新しくこの寮に住みだした方が、朝に洗っていた勇者服を見て喜んでいた。
古雪椿さん。この間倒れているのを見つけて、なんと男の勇者だった人。
記憶が曖昧らしくて、保護する意味でも神樹様を祀る大社が即座に準備をしてくれた。
神託_______神の声を一方的に聞かされる私には、彼について何も言われない。
でも、この前初めて戦ったというわりに、その勇者服はぼろぼろ。若葉ちゃんの話では、武器も折れてる刀らしい。
『...私には、よくわからない』
友奈さん以外の皆さんが暗い表情をしていた理由は、戦ってる姿が怖かった。かららしい。勇気を振り絞ってバーテックスと戦う勇者が口を揃えてそう言う。
「穴だらけですね」
「ん?上里か...」
「ひなたでいいですよ?皆さん女性で居心地悪いかもしれませんが...これで少しでも仲良くなれればなーと」
「仲の良い男子でも名前同士では呼ばないんだよ...」
「え、そうなんですか?」
与えられている情報だけとれば、勇者に相応しいかもわからない。
けれど、私には理解できなかった。凛としてるというか、若葉ちゃんに似てる気がする。つまりそれは、悪い人ではないということ。
「...まぁいいか。よろしくひなた」
「はい。椿さん」
夕焼け空の中、椿さんは笑顔だった。