古雪椿は勇者である   作:メレク

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ここ数日タマっち先輩の名前がミスってたみたいで...申し訳ない!


3話 胸が痛む

「んー......」

 

ショッピングセンターの地図とにらめっこして、次の目的地を決める。

 

(でかいところは必要ない物まで多いからなぁ)

 

本屋へ進路をとりながら、両手に抱えた荷物を眺めた。

 

元より無一文、持ってたのもパジャマと本とスマホだけだった俺は、必要な諸々を大社の金で買えることになった。といっても娯楽品までのお金はそうくれず、既に用意されている制服等を除いた私服、寝間着、シャンプーや歯みがき粉といった生活用具だ。ありがたいことに変わりはないが、ここまでしてくれるならもう少しお金多くてもいいじゃんと思う。

 

テレビなんかを買おうとしているわけでもない。買いたかったのはイヤホンと本だけだ。

 

妥協したくはなかったため、イヤホンはかなり奮発した。そしたら本を買うお金はほとんど消えた。

 

(まず、どんなのが売られてるかも分からないからな...)

 

未来の本は勿論なければ、今この時代にどんな本がブームで、今なお刊行しているのかというのもまるでわからない。完結か継続中かわからなければ内容もわからないので、ただでさえ少ないお金をどう使おうかも悩む。

 

それでもなにか掘り出し物があるかもと望みをかけて行ってみれば__________本より別の光景が目にはいった。

 

「君可愛いね。お茶でもしてかない?」

「あの、私...」

 

ダッフルコートに身を包み、暖かそうなのに怯えた顔は色が白くなる一方。

 

(...300年経とうと、ナンパの仕方は変わらない。か)

 

どうでもいいことを学びながら、二人の間に割って入る。

 

「彼女困ってるじゃないですか」

「ぁ...」

「あ?ガキがうるせぇぞ」

「そのガキと可愛い女の子を脅してるおっさんは、周りからどう見えるか確認した方が良いと思いますよ」

「......っち」

 

状況を察したおっさんは早々に消えた。

 

「舌打ちしたいのはこっちだっての...大丈夫だったか?伊予島」

「...ありがとうございます!古雪さん!」

 

そう言って、彼女_______伊予島杏は頭をさげた。

 

「私、怖くて...けほっ!」

 

緊張の糸が切れたのか、咳き込む彼女。

 

「大丈夫か...そんなわけないか」

 

ここ数日だけでも伊予島が大人しい子だというのはわかってる。そんな彼女が押せ押せの奴に勝って余裕というのは考えられなかった。

 

(あーもう)

 

「!」

「よしよし...」

 

涙目の彼女を抱え、背中と頭を擦る。始めはびくついてた彼女だが、少しずつ落ち着いてくれた。

 

「嫌だったら離していいから...落ち着け...な?」

 

そこから数分。自販機に硬貨を躊躇いなくぶちこみ、緑茶とみかんジュースを買った。

 

「...どっちがいい?」

「......みかんでお願いします」

「ほいよ」

 

青白い感じだった彼女の顔は赤く染まっている。一安心して緑茶の蓋を開けた。

 

「土居はいないのか?」

「...今日は本を買いに来ただけなので、タマっち先輩は一緒じゃないんです」

「なら、タイミング的にはよかったな」

 

この時代、勇者という存在は大々的に報じられているが、星屑との戦いはまだ二戦。容姿が出てるのは乃木だけ。俺の存在はまだ世間に知られてなければ、彼女も普通の女子中学生だ。

 

(知られたら知られたらで注目されるだろうけど...)

 

「あの...古雪さんはどうしてここに?」

「ぁ...しまった」

「え?」

「いや...色々足りない生活品を買いに来たんだけどな。本も欲しかったけどお金が足りなくて」

「...もしかしてこの飲み物のせいですか!?お、お金は」

「いいって。そんな気遣われるほどじゃないし、どんな本があるか見に来ただけだから。元からお金もそうないしなー」

 

あわあわしていた伊予島は、本という言葉にピクリと反応した。

 

「ぁの...でしたら」

「?」

「古雪さんは、恋愛小説って大丈夫ですか?」

 

 

 

 

 

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「......はぁ。良かったなぁ」

 

気づいたら日付が回っていた。続きが気になる引きかただけど、一つの締めとしても十分成り立っていた。

 

私が好きなのは恋愛小説。紆余曲折あった男女の気持ちを伝え合うのが凄くたまらない。病気がちで気遣いという名の距離から逃げるようにのめり込んだ読書は、今では欠かせない私の一部となった。

 

孤独感を抱きながら、物語の王子さまのような人が救い出してくれることに憧れていた。そんな私が恋愛小説を読んでいくのは当たり前だったと思う。今はその思い自体は薄れているけど。

 

今日も、日付が変わる前には寝るつもりだったのに________

 

「...」

 

ふと、今日この小説と似たことが自分にも起きたことを思い出した。でも、いつもしてくれそうなタマっち先輩じゃなくて。

 

『そのガキと可愛い女の子を脅してるおっさんは、周りからどう見えるか確認した方が良いと思いますよ』

 

スマートさはあまりなくて、どちらかと言えば脅迫に近いもの。

 

(でも、私を気遣ってやってくれたことには変わりない...よね?)

 

古雪椿さん。中学三年生だけど、凄く落ち着いてて______戦いを見たときから、怖い人だと勝手に思ってた。

 

でも、助けてくれて、動揺していた私を落ち着かせてくれて。

 

『これ、おすすめなんですけど...』

『わかった。大切に読ませて貰うな』

 

助けて貰ってジュースまで奢って貰った古雪さんに申し訳なくて、寮に戻ってから本を買う予定だったという彼に自分の一番勧められる本を貸してみた。

 

『中身軽く見なくて大丈夫ですか?好みでなければ...』

『いつも本を読んでる伊予島が選んだんだ。十分だよ』

 

そう言って、何か絵柄の入った栞を本に挟んで自分の部屋に帰ってしまった。

 

(...今頃、あの人も読んでるのかな)

 

夢中になってくれれば、良いと思う。

 

(...暖かかったなぁ)

 

 

 

 

 

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「嘘だろ...」

 

気づいたら完全に夜中に入っていた。

 

一冊分の文量しかないものの、二人の恋愛感情もしっかり描写している。この本だけに限っていれば、園子を上回る。

 

「っ...三百年前だろうが恋愛は変わらないもんだなー」

 

少し眠い目を擦り、桜の栞を挟み込む。

 

本を読むのはいいかもしれない。

 

 

 

 

 

何かに没頭していれば、過去も未来も考えなくていいから。

 

会えない悲しさで、泣かなくていいから。

 

 

 

 

 

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「これ、今日も貸してもらっていいか?読み直したくて」

「もう読みきったんですか?かなり厚い奴ですけど...」

「読み出したら止まらなくて...凄く引き込まれる作品だった。特にこの主人公が自分の気持ちに気づくシーンとかがさ...」

「私はこっちが好きでして...」

 

授業開始前、珍しい二人が話していた。

 

「珍しいですね」

「なんでも杏が貸した本を古雪が偉く気に入ったらしい。タマは読まないでしょと返された...」

「球子さんはアウトドア派ですからね」

 

古雪椿。突然現れた六人目の勇者。

 

記憶の一部が抜けてて、勇者の装束も傷だらけ。武器も途中で折られた刀しかない。

 

正直、存在そのものが怪しかった。

 

(...でも、関係ない)

 

私はイヤホンを耳に刺して、ゲームを起動させた。


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