「椿さん。いらっしゃいますか?」
「んっ...開いてるぞ」
ノックされた扉はすぐに開かれた。向こうにはひなたがいる。
「あぁ、これは...気にしないでくれ」
「は、はい...結構ストイックなんですね」
「習慣...というか、なにかやってないと落ち着かないだけだ」
記憶が混濁してる設定なのに習慣だと言うのは変な感じもして言い直す。筋トレを続ける俺を気にすることもなくひなたは口を開いた。
「今日は休日、この辺の町案内をしたいと思いまして」
「でかいショッピングセンターは行ったぞ?」
「ここ丸亀にはもっとたくさんの場所があるんです♪」
「......どうせやることないし、いいか。ちょっと待っててくれ」
軽く着替えして、机に広げていたノートを閉じる。各メンバーの詳細を書いたノートは、既に半分近く埋まっていた。
それが、時間の経過を知らせてくる。
「お待たせ」
「いえ、では行きましょうか」
「よろしく頼む。俺はどこにもついていくから」
町並みを歩いても、勇者と巫女だと気づく者はまだいない。
それより怪しいのが四人______
(これは、指摘するべきかしないべきか...ほっときゃいいか)
「ではまず、この時間から開いている商店街からご案内しますね。ここはショッピングセンターより安い値段で売られていることが多く、掘り出し物を探すなら__________」
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「なぁなぁ。これする必要があるのか?」
「静かに球子!」
「もし恋愛に発展したら...キャー!」
「杏!!!」
「はっ、すいません...」
「あ、二人が曲がったよ!」
私、球子、杏、友奈はある二人を追っていた。視線の先には、古雪とひなたが並んで歩いている。
(ひなた...)
『今日は出かけてきますね』
『私もいこうか?』
『大丈夫です。若葉ちゃんと出かけることはとても嬉しいですが...買い物に行くわけではないので』
そんなことを言っていたひなたが寮から出る時をたまたま見れば、隣には古雪がいたのだ。特別休暇で実家に帰っている千景を除いた全員で追跡の準備を整えるまで、時間はかからなかった。
(ひなた...)
「しっかし、端から見ればただのカップルだなー」
「椿君はかっこいいし、ひなちゃんも可愛いもんね!」
商店街を案内して、図書館へ行き、そのあとは喫茶店で昼食をとっている。
「それにしても若葉...そのサングラス、いるか?」
「変装の為だ」
「!もしかして私達もやるべきだった!?」
「寧ろ目立っているような...」
奴が変な行為をひなたにした瞬間に捕らえるため、私はじっと二人を見ていた。
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からころ音を立てて氷をかき回す。入れたミルクはコーヒーによく溶けた。
「...美味しい」
「良かったです。このお店で私が一番好きな飲み物なんですよ」
若葉ちゃんと訪れたことのあるこの場所は、私の中でもお気に入りの一つ。彼も喜んでくれているみたいだ。
「椿さんはどこか行きたい場所等ありますか?大抵のものは揃ってると思いますよ」
「そうだな...ゲームセンター、とか」
「分かりました。まずそこを目指しますね」
笑顔で頷くと、微笑んでいた椿さんが真剣な顔をした。
「なぁ、別に無理して笑顔にする必要ないぞ」
「......え?」
笑顔が一瞬、固まった。
「無理して笑顔になれるような女の子じゃないですよ」
「じゃあ...何て言えばいいんだろ。気づいたのはいいが上手い言い方ができなくて。難しいな...取り敢えず、なんでそう思ったか話そうか」
椿さんは一本指を立てた。
「今日の目的は俺の素性調査。自分で言うのもあれだが、俺は警戒されて当たり前の存在だ。勇者の中で唯一の男、どんな環境で育ったか分からない、調べられない。もしかしたら敵かもしれない...だからどんな人間かより調べる必要があった」
「...」
「単に町案内をするなら、乃木も同伴するはずだ。まず君一人だけが俺のところに来るなんて考えられない。ここは人選ミスだな...で、じゃあなんでそんなことをしたかと言えば、巫女として上の命令に逆らえなかったから」
「...凄いですね。そこまで読むなんて」
「てことは正解なんだな。今度は『大社』か...」
「はい?」
「...いや、なんでもない」
頭をかく椿さんは、こほんと咳払いをする。
「乃木含め他の勇者にこういったことは苦手だろう。最悪勇者同士の亀裂も入る。性格面をいれれば精々郡くらいか」
「...はい。申し訳ありませんでした」
テーブルギリギリまで頭を下げる。私がやったのは仲間を信頼していない裏切り行為だ。しかも、笑顔まで看破されてしまった。申し訳なさと怖さが入り交じり、涙声になる。
「別に気にしてない。さっきも言った通り俺は怪しすぎる。寧ろユウみたく接する方が珍しい。命を懸けて戦う友達のため、同僚の観察はして当たり前だと思うよ」
「ですが...」
「それに......数日前のひなたの笑顔は、普通のだったからさ。この調査が好ましくないと思ってくれてるのが分かってるから、別にいいよ」
「っ」
「まぁ勿論乃木に向けるものとは全く違うけどなー...」という椿さんに、また頭を下げた。今度は私の本心からの言葉だ。
「椿さん。ごめんなさい!」
「ん、許す。今日は大社の思惑に乗せられとくさ。こっからはひなたと一緒に楽しむけどな」
「...ありがとうございます」
「さて...それで、もう一個聞きたいんだが」
「え?」
「...さっきの話が本当なら、なんで乃木達はついてきてるんだ?」
「......若葉ちゃん?」
たったままの指が、ある方向を小さく指した。見覚えのありすぎる髪色が揺れる。
「心配されてるいい証拠だな。まぁ俺の信頼は誰からも得てないことが確定した瞬間だが..._____」
最後の言葉は、若葉ちゃんに注視していた私の耳に届かなかった。
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天恐(てんきょう)。正式名は天空恐怖症候群。
空から突如現れたバーテックスに恐怖を刻まれ、そのショックから立ち直れない人達に名付けられた精神の病の名を指す。
軽度であれば空を見上げることを躊躇う程度だが、悪化するにつれ外に出られなくなり、重病者は幻覚、幻聴に苛まれ日常生活が困難、入院生活を送る。最後は自我崩壊すら。
「あぁ、お帰り千景」
「ただいま...お母さんは?」
「そっちの部屋だよ」
「......」
私の母親は入院一歩手前の重病者だった。今は薬を飲んで落ち着いているのか、静かに______死人の様に寝ている。
「久しぶりだな」
「お父さんが一度帰ってこいって連絡してたんでしょ」
「まぁ...それはそうだが」
「ゴミが溜まってるじゃない」
「あぁ、母さんの看病で忙しくてさ」
お父さんはそうはにかむ。見てられなくて自分の部屋へ向かった。
(何も変わってない)
両親の仲は良くなかった。 家のことを何も考えず仕事ばかりしていたお父さんに愛想を尽かしたお母さんは不倫。天恐のせいでまた一つになった家族。ずっと子供(私)を押し付けあって離婚しなかった、私という存在を呪っていた二人。
私は、そのことで同級生から虐められていた。『あばずれ』だとか『いんらん』だとか。当時の私は意味も分からなかったし、多分言ってきた彼ら彼女らも知らないと思う。ただひたすら、悪意だけを受けてきた。
誰からも疎まれ、蔑まれる存在。
持ってきた鎌を部屋に立て掛けて、イヤホンを耳に刺した。
(......だから私は、周りから自分を切り離した)
耳に触れる。ここには、もう見た目の違いしかないけれど、切れた痕がある。同級生に、髪と一緒にハサミで切られた痕。
(...っ)
電気もつけずにゲームを開き、バスの中でやっていた続きを始めた。
(......)
昔に比べればよっぽど上手くなった。サクサク倒してボスも瞬殺する。
(...現実じゃありえないわね)
現実ではもう二回戦った。初めは変身できない伊予島さんを攻めた。そのくせ勇者になってから動けなかった私を、高嶋さんが助けてくれた。
二回目は、あまり戦わなかった。突然現れた男がほとんど狩ってしまった。
どちらも決して簡単な戦いではなかった。死と隣り合わせ。
(死にたくなんかない)
前からそう。何も感じない。何も聞こえない。何も痛くない。周りからのことを全て耳を塞いで。現実から目を背ける。
無価値な存在だから仕方ないと自分に言い聞かせて。
「そんなこと...できるわけないじゃない」
いつの間にか帰る時間になっていた。
(何しに帰ってきたんだろう)
結局、普段と違う場所でゲームをやっただけな気もする。寧ろここは閉鎖的で息が詰まる。
「じゃあね。お父さん。お母さん」
「行ってらっしゃい」
出来ればもう来たくないという思いを込めて言った言葉はひらりと避けられ、ため息混じりに玄関を開けた。
和風の家で横開きの扉を開ければ_______見たことのないほどの人が、薄い笑みを浮かべていた。
「え...」
「おぉ、出てきたぞ」
「ほんとに戻ってきてたんだ」
「な...に?」
見たことある人達だ。この町にいたころ会ったことのある______
『キモいから息しないでくれる?』
「私達友達だよね?恨んでないよね?」
(...あぁ)
『お前に食わせるもんはねぇよ』
「食事する時は、うちの店に寄ってくれよな」
(そうか...)
『薄気味悪い子ね』
「あなたはこの村の誇りよ」
(これは...)
手に持つ鎌を地面に突き立てた。袋に入っているから周りから何が入っているかはわからないけれど、金属音は周りを黙らせるのに十分役に立つ。
「皆さん。私は...価値ある人間ですか?」
「......もちろんよ」
だってあなたは、勇者様だもの。