古雪椿は勇者である   作:メレク

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9話 瞬く間に

「多すぎる!」

「ひえーっ...」

 

星屑の攻撃は、一段階レベルをあげたかのように、その数を増やした。

 

まるで夜空に咲く星のような白さは一つの川のようで、目算で千を遥かに越える。今までの十倍以上。

 

(こんな数でこられたら...)

 

「私が先頭に立...おい!古雪!!」

「......うるさい。黙れ」

 

作戦なんて決まってる。彼女達の戦闘域に入る前に、星屑を塵に変えるだけだ。

 

やつらを駆逐する力が俺にはある。彼女達を戦いに巻き込まない力が俺にはある。

 

未来を変える力が、俺だけにある。

 

信じられるのは自分だけ。

 

「...邪魔するやつは全て殺す」

 

調子は良い。敵を殺すことだけ考えられる。

 

(切って切って切り刻んで...それでも出るならまた殺す。それだけだ)

 

「こいよ!!貴様らの敵はここにいるぞ!!!」

 

 

 

 

 

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最前線__________というより、敵の奥深くまで入り込んでしまった古雪を追うものの、バーテックスが行く道を阻んで通さない。

 

(敵陣の中央に自ら飛び込み、大きな負担を自分だけで背負う。それがリーダーである私の戦い方だ...)

 

追従する者も、共闘する者も必要ない。そして、奴等に報いを与える。仇を討たねばならない。

 

(なのに...古雪っ)

 

確かに私より古雪の方が強いのかもしれない。だが_______

 

「...?」

 

戦っていると、徐々にその攻撃が緩んできた。

 

「侵攻が...止まった?」

 

刀を構え直して、耳をすませれば遠くで戦いの音が聞こえた。神樹様の近くと、敵の奥深く__________

 

(...私や古雪だけ取り囲んで、分断して各個撃破するのが狙いか!?)

 

戦術面での進化。奴等は同じ見た目であろうと、同じ敵ではない。

 

「くっ...はぁぁぁぁ!!!」

 

ならば、私がするのはより多くの敵をここで足止めし、神樹様へ向かう敵を減らすことだ。

 

鍛えた体と順応した刀は全方位から迫るバーテックスを叩いていく。ただ、集中力は一体ごとに削られていって、徐々に感じる時間が曖昧になっていく。

 

「......ぐっ」

 

拮抗していた戦場は、一つ崩れた。

 

私の右肘に、バーテックスが食らいつく。肌まで鍛えることは出来ず、一瞬で赤く染めた。

 

「な、めるな!!」

 

痛みをこらえ、刀を左手に持ち変えて切り伏せる。

 

「はぁ...はぁ...しまっ」

 

隙をつかれ、バーテックスが更に________

 

「てぇやぁぁぁぁ!!」

「!?」

 

迫ってきた敵は、上からの一撃に叩き伏せられた。叫びの主は赤い勇者服を纏った______

 

「友奈!なぜ来た!?私は一人でも...」

「...大切な友達を守るため。それだけだよ。友達を放っておくなんて、私にはできない」

 

この包囲網にくるまでに無理してきたのだろう。服は古雪と同じくらいボロボロになって、血が滲んでて。拳は見るのも躊躇われる。

 

「っ...必ず生き残れ」

「若葉ちゃんこそ!」

 

背中合わせから、また個々の戦いへ移る。長期戦に備えて疲労の激しい精霊は使えないが________

 

(大丈夫。きっと......私達が負けるわけにはいかない!)

 

 

 

 

 

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前方からの三体を消し飛ばし、一体の亡骸を掴んで後方へ投げる。敵が怯んでる間に左右から挟撃するやつも切り、後方へは刀を投げつける。刺さった星屑は動かなくなった。

 

「数ばかりごちゃごちゃと。うざいんだよ」

 

武器を失ったと判断した敵が、心なしか喜びの表情を浮かべて食いに来る。

 

手元に呼び戻した刀は、そいつらを容赦なく殺した。

 

(大丈夫。俺がこれだけ倒して注目を引いとけば...絶対)

 

冷静なまま虐殺を続ける。

 

「......」

 

そして。俺は、見えてしまった。

 

「......!!!!」

 

(おい)

 

そこには。

 

(やめろ)

 

傷だらけで、今にも倒れそうな。

 

(やめて)

 

「皆の場所から...出ていけぇぇぇぇ!!」

 

勇者パンチをする__________

 

 

 

 

 

「友奈ぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

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今回の戦いは、これまでの比ではない数の敵が現れた。幸いなことに進化体はなし。死者もなし。

 

ただし、全員が傷だらけで、意識不明者も二名。かつてない打撃を受けた。

 

そのうちの一人_______いくつものケーブルで繋がれ、酸素マスクをつけられた友奈をガラス越しに覗く。

 

(......)

 

戦いが終わった後。何千という敵を退けた後。私は刀を地面に突き刺してなんとか立ち上がった。

 

『他の...他のみんなは...』

 

絶え絶えの息を整えて見回すと、二人が見えた。

 

倒れる友奈と、それを庇うようにしていた古雪。

 

「これが、あなたの引き起こした結果よ」

 

声の方を向けば、同じように傷だらけの千景、球子、杏、それに心配そうな顔をしたひなたがいた。

 

「なぜこんなことになったのか...あなたは分かっているの?」

「......私の突出と無策が原因だ」

 

怒りに任せた暴走とも言える突貫。一体でも多くの敵に報いを与えることだけを考えた行動。その結果、友奈を奥地までこさせてしまい、危険に巻き込んだ。

 

「違う!!」

「ぇ...?」

「やっぱりわかってない!!一番の問題はあなたの戦う理由!!怒りで我を忘れるのも!!周りの人間を危険に晒して気づきもしないのも!!あなたが『復讐のためだけ』に戦っているから!!!」

 

杏や球子はなにも言わない。ひなたも俯くだけ。

 

「あなたは周りが何も見えていない!自分が勇者のリーダーだということをもっと自覚するべきよ!!」

 

 

 

 

 

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「......千景、言い過ぎだったんじゃないか」

「そんなこと言われても...土居さんだって、止めなかったでしょ」

「それは、そうだが...」

 

カラカラと音をたてる輸血材を積んだ支えが鬱陶しくなりながら、私は歩いていた。

 

勇者として大成しなければならない私にとって、彼女は倒すべき目標だ。性格もあり、好きか嫌いかでいえば、乃木さんは嫌いだった。

 

(でも...)

 

好き嫌い以前に、言いたいことを言いきった。もっと周りをよくみろと。私らしくなく叫んで。

 

私怨で言ってないからこそ、同伴していた上里さんも何も言わなかった_______と考えている。これが乃木さんにとって必要なことだから。

 

「高嶋さんはあんなに傷ついて...乃木さんが戦うことで、これからも同じことが起こるなら、もう...」

「言い過ぎです。若葉さんは今まで先頭を張ってきてくれたんですよ。そのやり方が強引でも、すべて否定するのは間違ってます」

「っ!」

「それに...同じように戦ってきた古雪さんも」

 

思わず振り上げた手は、土居さんに止められる。

 

「やめろ。杏に手を出すなら、黙ってられないからな」

「...こんなふうに皆で喧嘩して、一番悲しむのは誰なんでしょうね」

 

やがて、誰も話すことなく一つの病室を訪れる。

 

「......こっちもダメか」

 

無機質なベッドには、一人の男が横たわっている。

 

「...古雪さん」

 

話によれば、倒れていた高嶋さんを助けたんじゃないかと言われている。

 

(いつもいつも何を考えているかわからない...)

 

戦闘では乃木さん以上に_______というより、我を忘れて突っ込んで、日常では、その怖さを感じさせない飄々とした態度に、たまに背筋が凍るような虚ろな目をしている危うさ。

 

この人の戦う理由は、なんなのだろう。親の記憶もないと話していたのに。

 

「二人とも、命に別状はないとのことですが...」

「...タマさ、最初はこいつのことおっかない奴だと思ってたんだよ」

「...私も」

「でも、ちゃんと話せば良い奴だし、優しい奴だよな。杏」

「なんで私だけ?」

「だって本の交換で一番話してただろ?」

「そ、それはそうだけど...」

「......早く元気になって、欲しいですね」

 

無機質な心拍を伝える音だけが、部屋に響いた。

 


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