古雪椿は勇者である   作:メレク

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10話 張り詰めた激情

「......」

 

懐かしい夢を見ていた気がする。部室で、皆と。

 

「...敵は!?ーっ!?」

 

体を起こすと、至るところから悲鳴があがった。

 

「あぁ...!?」

 

なんとか辺りを見渡すと、病院と判断できる設備。

 

(...見たことない病院だ)

 

「戦いは...終わったのか?」

「うーす古雪。見舞いにきたぞー。まぁ起きてるわけってわぁ!?」

 

カーテンの向こうから出てきたのは頭に包帯をまいた土居だった。俺を見て生き返ったゾンビを見たような顔をしてる。

 

「土居...! 」

「タマが分かるのか!?大丈夫か!?傷は!?」

「そんなことどうだっていい!!お前ら死んでないよな!?そうだ友奈!!友奈は!!!?うっ...」

「おい落ち着けって!」

 

刺さっていたケーブルを引きちぎって外へ行こうとしても、体がついてこなかった。

 

「くそが...」

「もっと自分の体を大事にしろって!」

 

 

 

 

 

それから。無理やりベッドに戻された俺は戦いの顛末を聞いた。

 

あの戦いが終わった段階で、全員が傷だらけ。友奈_____ユウと俺は意識不明の重体。乃木と周りの意識の違いから生まれた亀裂。

 

「古雪もだがな。そんなボロボロになって戦って、無理して前に出て...」

「だけど、あの数全て一気にきてたら捌ききれなかっただろ?」

「むぅ...そう言われるとそんなことないと言い切れないのが辛いが...あのな古雪」

 

土居が、じっとこちらを見つめてくる。

 

「タマや杏も、いや皆、皆だ。自分が死ぬのと同じくらい、仲間に死んでほしくないんだよ。そっちにばかり負荷をやるわけにも...」

「...こんな、突然入った異性でもか?」

「もう突然って言うには長い期間が過ぎたぞ」

「......それでも、俺は」

「...はー。強情だなぁ。なんでそんなに前に出たがるんだ?」

「...決まってる。大切な仲間のためだ」

「ぇ...」

「...土居?」

「い、いや!なんでもないぞ!」

「お、おう...」

 

(...そうだ。大切な仲間のため...勇者部の元に帰るため。俺も生きてる上で、必要なものを守り、不必要なものを殺す。邪魔な障害は取り除く)

 

ちくりと傷んだ胸のどこかは、すぐに消えた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「各関節の炎症、疲労骨折...戦闘訓練はまだできないな」

 

ベッドで眠ることが出来ないのは、体が痛いからじゃない。

 

「...復讐のためだけに戦っている...か」

 

敵(バーテックス)に報いを与えること。殺された人々の怒りと悲しみを奴等に返す。それが私の行動原理だった。

 

復讐を否定されたら私は_______

 

「...どうやって戦えばいい」

 

枕を抱き締めても、気分は晴れない。

 

「......まだ、起きているだろうか」

 

隣の部屋に行ってみると、まだ明かりがついていた。

 

「若葉ちゃん?」

「夜分にすまない。少し話を...」

 

ひなたは鞄にタオルなどを詰め込んで、軽い荷造りをしていた。

 

「...何をしてたんだ?」

「明日この寮を出るんです」

「え!?どうして!いや、何が...その...」

「ふふっ...動揺しすぎですよ。大社の本部に呼び出されただけです」

「そ、そうか...」

「若葉ちゃんこそどうしたんですか?」

「う、それは...だな」

 

そのそわそわした態度だけで分かったのか、ひなたがベッドに座る。

 

「こちらへ」

「っー...」

 

ひなたの膝に座る。どこからともなく出したのは耳掃除の棒。

 

「ふぁー...やはりひなたは匠の腕だな」

 

決してひなた以外の人には見せられない姿。頭上から、誉められて満更でもない音が漏れた。

 

「...病院でのことですか?」

「......ひなた。教えてくれ。私はもう...どうすればよいのか分からないんだ...」

 

どうすれば、私は皆のリーダーとして戦えるのか。どうすればよかったのか、よいのか。

 

旅行の時は自分で考えろと言われたが、それでも私には________

 

「っ...それは、私から言うことは出来ません」

「っ!!どうして!?」

 

息を飲んだ後に言われた言葉に、私は思わず立ち上がる。

 

ひなたはいつも私が迷ったとき、手を差し伸べてくれた。なのに。

 

「若葉ちゃんが自分で気づかないと、意味がありません」

「そんな...」

「大丈夫ですよ。私の好きな若葉ちゃんは、こんなことで負けはしません」

「だが...」

「そんな顔しないで。泣かないでください。撮っちゃいますよ?」

「勝手にすればいいだろ」

「明日から会えない分の若葉ちゃん成分ゲット♪」

「本当に撮った...」

 

ベッドに涙の染みが出来るのを見てると、暖かい体が抱きついてくる。

 

「信じてますから。若葉ちゃんなら乗り越えられる。きっと自分自身で答えを見つけ出せる。私はそう信じています」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

暗い暗い病室。私はそっと扉を閉めた。

 

中には静かに寝ている椿さんがいる。

 

「椿さん、起きていますか?」

 

今回大社本部に呼び出された理由は二つ。一つは大規模な『神託の儀』を行うため。二つ目は________

 

「...起きてください」

 

本当は、気づかぬうちに大社に言われた命令をこなすべき。命じられたのは、椿さんの勇者システムの解析のため、スマホを大社本部まで持ってこいというもの。

 

前も頼んで断られたらしくて、気を失っているうちに奪ってしまおうと思っているらしい。謎の多い彼の力を解析できれば、勇者全体のレベルアップに繋がるかもしれない。

 

でも、球子さんに意識が戻ったことを聞いたし、私がそれに賛同できなかった。無断で取り出すなんて________そんな不誠実なこと、したくない。

 

『数日前のひなたの笑顔は、普通のだったからさ』

 

ただ、大社からの指示を真っ向から否定できるほど、巫女という存在は強くない。勇者より人数が多い分、替えがきく。もし私が外されれば、今も悩む若葉ちゃんがもっと思い悩んでしまう。

 

だから、私がきちんと事情を説明して、お願いしようとしていた。勇者のため_______私も、皆と、あなたと共に戦うため協力したいという思いを、伝えよう。

 

「......椿さん」

「うっ...あぁ...!」

「!?」

 

夢でうなされているのか、彼が突然苦しみ出した。

 

「ぁぁぁ...やめて、くれ...」

「大丈夫ですか!?」

 

その、どこか怯える声が、薄暗い中見える顔が、脆く砕けそうな若葉ちゃんを連想させる。

 

「...椿さん」

 

ゆっくり、彼の手を両手で握った。

 

「大丈夫ですよ。ゆっくり、落ち着いて...」

「...ひ、なた?」

 

彼の目が、ゆっくり開かれる。

 

「気づきましたか?椿さん、凄くうなされて...きゃっ」

 

 

 

 

 

そこから私は、感じたことない恐怖に襲われた。

 

「 」

 

彼に胸ぐらを掴まれて、暗いのに顔がくっきりわかるくらい近づかれる。

 

心臓を一瞬で捻り潰されそうな恐怖の中、一言ボソッと言われた。

 

「お前も、敵か?」

 

答え一つで私は襲われる。きっと、容易く命が消されて_______

 

「私は、貴方の敵ではないですよ」

「...よかっ、た......」

 

手が緩んで、そのままもたれ掛かってきた。さっきまでのことがなかったかのように、操られていた糸が切れたように、安らかに。

 

「...どうしてそんな、悲しそうな顔をしているんですか」

「......」

 

私が恐怖に包まれていたわりに、すんなり言葉が出た理由。

 

「何がそんなに貴方を...」

 

自分が危険な目にあっていたことなんか既に忘れて、ひたすら彼が心配だった。

 

彼が起きることは、なかった。

 

 

 

 

 

「古雪椿様の勇者システムは、取れましたか?」

「...彼から話を聞きました。『このシステムは誰かに話すと効果を失う。もう少しで平気になるから待ってくれ』と言われました」

「そんな機能が......」

「私にはよくわかりませんが、本当なら勇者の戦力を失うことになるので、諦めました。吉報を報告できず、申し訳ありません」

 

大社の人に頭を下げる。勇者のために活動できることが、戦えない巫女に出来ることだから。

 

『俺は警戒されて当たり前の存在だ』

 

そんな悲しそうな顔、しないでほしいから__________

 

(また、この丸亀に戻ってきた時には...若葉ちゃんも、椿さんも、どうか...)

 


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