「......」
懐かしい夢を見ていた気がする。部室で、皆と。
「...敵は!?ーっ!?」
体を起こすと、至るところから悲鳴があがった。
「あぁ...!?」
なんとか辺りを見渡すと、病院と判断できる設備。
(...見たことない病院だ)
「戦いは...終わったのか?」
「うーす古雪。見舞いにきたぞー。まぁ起きてるわけってわぁ!?」
カーテンの向こうから出てきたのは頭に包帯をまいた土居だった。俺を見て生き返ったゾンビを見たような顔をしてる。
「土居...! 」
「タマが分かるのか!?大丈夫か!?傷は!?」
「そんなことどうだっていい!!お前ら死んでないよな!?そうだ友奈!!友奈は!!!?うっ...」
「おい落ち着けって!」
刺さっていたケーブルを引きちぎって外へ行こうとしても、体がついてこなかった。
「くそが...」
「もっと自分の体を大事にしろって!」
それから。無理やりベッドに戻された俺は戦いの顛末を聞いた。
あの戦いが終わった段階で、全員が傷だらけ。友奈_____ユウと俺は意識不明の重体。乃木と周りの意識の違いから生まれた亀裂。
「古雪もだがな。そんなボロボロになって戦って、無理して前に出て...」
「だけど、あの数全て一気にきてたら捌ききれなかっただろ?」
「むぅ...そう言われるとそんなことないと言い切れないのが辛いが...あのな古雪」
土居が、じっとこちらを見つめてくる。
「タマや杏も、いや皆、皆だ。自分が死ぬのと同じくらい、仲間に死んでほしくないんだよ。そっちにばかり負荷をやるわけにも...」
「...こんな、突然入った異性でもか?」
「もう突然って言うには長い期間が過ぎたぞ」
「......それでも、俺は」
「...はー。強情だなぁ。なんでそんなに前に出たがるんだ?」
「...決まってる。大切な仲間のためだ」
「ぇ...」
「...土居?」
「い、いや!なんでもないぞ!」
「お、おう...」
(...そうだ。大切な仲間のため...勇者部の元に帰るため。俺も生きてる上で、必要なものを守り、不必要なものを殺す。邪魔な障害は取り除く)
ちくりと傷んだ胸のどこかは、すぐに消えた。
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「各関節の炎症、疲労骨折...戦闘訓練はまだできないな」
ベッドで眠ることが出来ないのは、体が痛いからじゃない。
「...復讐のためだけに戦っている...か」
敵(バーテックス)に報いを与えること。殺された人々の怒りと悲しみを奴等に返す。それが私の行動原理だった。
復讐を否定されたら私は_______
「...どうやって戦えばいい」
枕を抱き締めても、気分は晴れない。
「......まだ、起きているだろうか」
隣の部屋に行ってみると、まだ明かりがついていた。
「若葉ちゃん?」
「夜分にすまない。少し話を...」
ひなたは鞄にタオルなどを詰め込んで、軽い荷造りをしていた。
「...何をしてたんだ?」
「明日この寮を出るんです」
「え!?どうして!いや、何が...その...」
「ふふっ...動揺しすぎですよ。大社の本部に呼び出されただけです」
「そ、そうか...」
「若葉ちゃんこそどうしたんですか?」
「う、それは...だな」
そのそわそわした態度だけで分かったのか、ひなたがベッドに座る。
「こちらへ」
「っー...」
ひなたの膝に座る。どこからともなく出したのは耳掃除の棒。
「ふぁー...やはりひなたは匠の腕だな」
決してひなた以外の人には見せられない姿。頭上から、誉められて満更でもない音が漏れた。
「...病院でのことですか?」
「......ひなた。教えてくれ。私はもう...どうすればよいのか分からないんだ...」
どうすれば、私は皆のリーダーとして戦えるのか。どうすればよかったのか、よいのか。
旅行の時は自分で考えろと言われたが、それでも私には________
「っ...それは、私から言うことは出来ません」
「っ!!どうして!?」
息を飲んだ後に言われた言葉に、私は思わず立ち上がる。
ひなたはいつも私が迷ったとき、手を差し伸べてくれた。なのに。
「若葉ちゃんが自分で気づかないと、意味がありません」
「そんな...」
「大丈夫ですよ。私の好きな若葉ちゃんは、こんなことで負けはしません」
「だが...」
「そんな顔しないで。泣かないでください。撮っちゃいますよ?」
「勝手にすればいいだろ」
「明日から会えない分の若葉ちゃん成分ゲット♪」
「本当に撮った...」
ベッドに涙の染みが出来るのを見てると、暖かい体が抱きついてくる。
「信じてますから。若葉ちゃんなら乗り越えられる。きっと自分自身で答えを見つけ出せる。私はそう信じています」
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「......」
暗い暗い病室。私はそっと扉を閉めた。
中には静かに寝ている椿さんがいる。
「椿さん、起きていますか?」
今回大社本部に呼び出された理由は二つ。一つは大規模な『神託の儀』を行うため。二つ目は________
「...起きてください」
本当は、気づかぬうちに大社に言われた命令をこなすべき。命じられたのは、椿さんの勇者システムの解析のため、スマホを大社本部まで持ってこいというもの。
前も頼んで断られたらしくて、気を失っているうちに奪ってしまおうと思っているらしい。謎の多い彼の力を解析できれば、勇者全体のレベルアップに繋がるかもしれない。
でも、球子さんに意識が戻ったことを聞いたし、私がそれに賛同できなかった。無断で取り出すなんて________そんな不誠実なこと、したくない。
『数日前のひなたの笑顔は、普通のだったからさ』
ただ、大社からの指示を真っ向から否定できるほど、巫女という存在は強くない。勇者より人数が多い分、替えがきく。もし私が外されれば、今も悩む若葉ちゃんがもっと思い悩んでしまう。
だから、私がきちんと事情を説明して、お願いしようとしていた。勇者のため_______私も、皆と、あなたと共に戦うため協力したいという思いを、伝えよう。
「......椿さん」
「うっ...あぁ...!」
「!?」
夢でうなされているのか、彼が突然苦しみ出した。
「ぁぁぁ...やめて、くれ...」
「大丈夫ですか!?」
その、どこか怯える声が、薄暗い中見える顔が、脆く砕けそうな若葉ちゃんを連想させる。
「...椿さん」
ゆっくり、彼の手を両手で握った。
「大丈夫ですよ。ゆっくり、落ち着いて...」
「...ひ、なた?」
彼の目が、ゆっくり開かれる。
「気づきましたか?椿さん、凄くうなされて...きゃっ」
そこから私は、感じたことない恐怖に襲われた。
「 」
彼に胸ぐらを掴まれて、暗いのに顔がくっきりわかるくらい近づかれる。
心臓を一瞬で捻り潰されそうな恐怖の中、一言ボソッと言われた。
「お前も、敵か?」
答え一つで私は襲われる。きっと、容易く命が消されて_______
「私は、貴方の敵ではないですよ」
「...よかっ、た......」
手が緩んで、そのままもたれ掛かってきた。さっきまでのことがなかったかのように、操られていた糸が切れたように、安らかに。
「...どうしてそんな、悲しそうな顔をしているんですか」
「......」
私が恐怖に包まれていたわりに、すんなり言葉が出た理由。
「何がそんなに貴方を...」
自分が危険な目にあっていたことなんか既に忘れて、ひたすら彼が心配だった。
彼が起きることは、なかった。
「古雪椿様の勇者システムは、取れましたか?」
「...彼から話を聞きました。『このシステムは誰かに話すと効果を失う。もう少しで平気になるから待ってくれ』と言われました」
「そんな機能が......」
「私にはよくわかりませんが、本当なら勇者の戦力を失うことになるので、諦めました。吉報を報告できず、申し訳ありません」
大社の人に頭を下げる。勇者のために活動できることが、戦えない巫女に出来ることだから。
『俺は警戒されて当たり前の存在だ』
そんな悲しそうな顔、しないでほしいから__________
(また、この丸亀に戻ってきた時には...若葉ちゃんも、椿さんも、どうか...)