新・龍が如く クロスオーバー VACANCES IN LOS ANGELS 作:宝蔵院 胤舜
その1
VACANCES IN LOS ANGELS
第二章 カリフォルニアの青い空
【 1 】
一夜明けて、桐生達はミヤコホテルのすぐ隣にある、高野山真言宗米国別院を訪れた。別院はロスの日系人コミュニティの中心にあり、北米開教を始めて来年で百年を迎える。
昨晩ブースから連絡のあった要人というのは、空港まではブレナン博士の知人が迎えに行くとの事なので、人目に付き易いホテルなどよりは、と薫が合流場所として指定したのである。
「ヘえー、こんな所にお寺があったんだ」花が、別院の駐車場に立って、溜め息をついた。「何か、箱庭みたいな所だね」
別院は、表はミヤコホテル、裏はリトル・トーキョーに囲まれて、表のファースト・ストリートからは見立たない立地にある。別院自体は、キリスト教の教会のような建物に唐破風や瓦葺きのひさし等があり、和洋折衷の感がある。
「お忍びの要人を迎えるには、うってつけやろ?」
薫が真面目な表情で言った。
「やあ、グッモーニン」
別院の庫裡に当たるオフィスのドアが開いて、中から僧侶が出て来た。スーツの上から作務衣の上着を着た、老齢だが溌剌とした男性である。
「あ、宮田先生。お早ようございます」薫も元気良く返した。「みんな、こちらは米国別院の主幹の、ビショップ宮田。別院の使用を快諾してくれはって、おおきにやで」
「こちらこそ、そんなVIPをお迎え出来るなんて、スペシャルなサプライズですわ。今日は、檀家代表のケニー=伊藤を呼んであるから、用があったら彼に言って」
「ケニー=伊藤です。よろしく」
小太りの日系人が笑顔で頭を下げた。
薫は、腕時計を覗き込んだ。
「もうそろそろ、到着するはずやけどな」
「ところで、その要人って誰なんですか?」
花の質問は、桐生と遥の気持ちも代弁していた。
「多分、皆も知ってるんちゃうかな?」
薫がそう言った時、表の通りからもの凄いエンジン音が響いて来た。そのエンジン音は、細い露地状の別院の入口に入って来た。
音の正体は、赤いダッジ・バイパーだった。V型十気筒八リッターの豪快なエンジン音で別院のガラスが震える。
薫は、そのバイパーに見憶えがあった。
『ちょっと何?知人って、あなただったの?』
バイパーの運転席から降りて来たのは、カジュアルなスーツ姿のサラだった。
『そうよ。今回はテンペからの依頼で、正式なエスコート役よ』
サラはサングラスを外しながら言うと、車の反対側に回り、ドアを開けた。車の中から白い手が伸びて、サラの手を取ると、その手に引かれて女性が車外に降り立った。柔らかな明るいブルネットの髪に透き通るような白い肌、碧い瞳にすらりと通った小振りな鼻梁、ピンク色の唇には優しげな微笑みが浮かんでいる。スカートのすそを軽く整えて背筋を伸ばし立ち上がったその姿は、愛らしさと美しさとを兼ね備えており、「美しい女性」と表現する以外に言葉が見つからない。
「神だわ。美の神が目の前にいる」
花が茫然自失の態で呟いた。遥も、目をキラキラさせてその姿に見入っている。二人にとっては、「おとぎ話のお姫様」が目前にいるようなものであった。
桐生でさえも、その圧倒的な美しさに言葉を失っていた。
薫は、完全な思考停止状態の三人はとりあえず放っておいて、その女性の前に歩を進めた。
『初めまして。FBI捜査官のサヤマです。ようこそロサンゼルスへ』
薫は努めて自然な態度で言った。
『ありがとう』女性は涼やかな声で答えた。『カオル、あなたの事は、テンペやサラから聞きました。無理なお願いをしましたが、どうかよろしくお願いします』
『いいえ。あなたの護衛をさせて頂けるなんて、光栄です』
少々緊張ぎみに、薫が答えた。
「ねえ、薫さん。こちらは、どなた?」
意を決して、遥が尋ねた。
「この方は、カリオストロ公国の、クラリス=ド=カリオストロ公女や」
『えっ!?』
遥と花は目を丸くした。
「クラリスって、あのクラリス姫の事?」
遥は息を呑んだ。日本では映画化もされた事件の主人公である。
「実在したんだ…」
花は思わず失礼な事を口走ってしまう。
『まあ、立ち話しも何ですから、どうぞ中にお入り下さい』
ビショップ宮田が、止まりかけた時間を動かした。
別院の殺風景な応接間のソファにクラリスが座るだけで、雰囲気がまるで変わって見えた。全員の自己紹介が終わると、ビショップ宮田は部屋を出て行った。ケニーも、皆にコーヒーを出すと、そのまま部屋を出た。
『改めて、カオル=サヤマにお願いします。私のロスでの滞在中の警護を頼みます』
『了解しました。なるべく一般人に見えるよう、カズマ達も一緒に行動させて頂きますが、良ろしいですか?』
『勿論です。皆と一緒の方が、きっと楽しいわ』
クラリスは笑顔で言った。
『ところで』薫は少し口調を柔らげた。『今回の訪米は、プライベートで?』
『んー、半分半分といった所かしら。ひとつは、観光資源の有効利用に関する視察。公国は小さな国で、輸出出来る産業がほとんどないの。だから、湖やお城、ローマ遺跡などのコンテンツをうまく利用して、外貨を獲得するしかないの。先日、日本やフランスにも視察に行ったんたけど、あまりの歓迎振りに、嬉しくはあったんだけど、ちょっと窮屈だったかな。今回は、なるべく一般人目線から見てみたいの』
『なるほど』
『実はね』サラが横から説明を加えた『カリオストロ公国の観光開発には、私の家、ブライアント財閥も名を連ねているの。実際には私の従兄が担当なんだけど、女性目線の開発を、という事で、私もスーパーバイザーの一人として、クラリスとはお付き合いがあるって訳』
サラの言葉に頷くと、クラリスは言葉を続けた。
『二つ目は、公国内のインフラ整備、特にネット環境を見直したくて。テンペから、カオルがネットセキュリティのエキスパートだって聞いたから。今回あなたにお願いしたのは、この事もあったからなの』
『了解』薫は即答した。『それに関しては、お国のネット担当者の連絡先を教えてもらえたら、その方とお話しするわ』
『三つ目、ホントはこれがメイン・イべントなんだけど』クラリスはいたずらっぽく笑った。『明日、UCLAで、テンペランス=ブレナン教授の講演会があるの。それに出席したくて』
『あら。本当に半分はプライベートなのね』
薫は思わず笑ってしまった。
『ええ。十年程前かしら?公国のローマ遺跡内で遺体が発見されたの。警察の鑑識の結果、その遺体は遺跡と同時代という事が判って。それで、法人類学の権威として、テンペが来てくれたの。その調査の時に色々と聞いた、法人類学のお話しが面白くて。それで、法人類学に興味を持って勉強を始めたの。テンペとの付き合いはそれ以来よ』
クラリスは笑いながら言った。
『それで今回は、色々な理由をつけて、ブレナン博士に会いに来たって訳ですね』
『だって、そうでもしないと、自分の時間が取れないんだもの。お城の皆には悪いとは思うけど』
クラリスは悪びれずに言った。現在は国家元首である彼女のやんちゃな一面を見て、遥は微笑んだ。
『そう言う事で、今日は観光資源活用のサンプルを体験してもらおうと思ってるの』
サラが爽やかな笑みを浮かべて言った。
『大体想像はついたけど、一応聞いておくわ。どこへ行くの?』
薫の問いに、サラは大見得を切って答えた。
『ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドよ!』
そこへ、新たなエンジン音が駐車場に入って来て、ホーンが鳴った。桐生がカーテンをずらして窓から外を見ると、黒いシボレー・タホ、V型八気筒六リッターの大型SUVが入って来た所だった。ドアが開くと、洒落たスーツの白人が降りて来た。
「何者だ、あいつは?」
訝しげに桐生は呟いた。それを聞いて、薫が答えた。
「あ、それね、あたしが呼んだんや。今の車じゃ小さ過ぎるやろ。タホなら弾除けにもなるし」
薫は言いながら部屋を出ると、男を出迎えた。
『ありがとう、スミス。助かったわ』
『カオル、最近ちっとも付き合ってくれねえじゃねえか。たまには呑みに行こうぜ』
『何度も言わせないで』薫は肩をすくめた。『あたしは、あんたにはもう興味ないの。今まで通り、同じ部署の同僚でいましょう』
『何を他人行儀な事を言ってんだよ。知らぬ仲でもないんだぜ』
『知ってるからこそ、もう十分なの。あんたの一人よがりのセックスに付き合う暇はないわ』
『何だと?人が下手に出てりゃあいい気になりやがって』
徐々にスミスの声が大きくなって来た。不穏な空気を感じて、桐生は薫に近付いた。後ろには、サラや遥、花、そしてクラリスも一緒に部屋を出て来ていた。
『それよ。その上からの態度。あたしが初めてロス支局に来た時、あんたは優しくしてくれた。いい人だと思ったけど、実は、ただ新人の女の味見をしたかっただけだったのよね』
『ビッチのジャップが聞いたような口をきくなよ』
『そのビッチを抱いたのはあんたでしょ?』
『生意気な口をきくな!』
スミスは右手を振り上げた。しかしその掌は、間に割って入った桐生の頬を張るに留まった。
「おい、スミス」桐生はスミスを睨みつけた。「お前、FBIがどうのじゃねえ、人間として終わってるぜ」
『FucK you!』
スミスは今度はパンチを繰り出した。これも桐生は受ける。
『止めなさいよ!』
薫がスミスを止めようとしたが、桐生はそれを目で押さえた。
「俺は今、一方的に暴力を受けている。今からは自衛権を発動させるが、良いか?」
桐生は、最後はクラリスに向けて言った。クラリスは、花からの通訳を聞くと、優雅な動きで親指を立てた。
「ヤッチマイナ!」
クラリスは、確かに日本語でそう言った。桐生は笑ってしまった。
「『キル・ビル』かよ」
桐生は呟きつつ、スミスの左ジャブを避けつつ、クロスの左掌を軽く顔面に当てた。次に右フックと見せてガードを上げさせると、桐生はスミスの腹に左拳を当てた。そこから動作と呼吸を合わせて、ゼロ距離から威力を爆発させた。スミスは軽く浮くと、そのまま後ろへよろめき、背中から塀に激突した。スミスは勢大に嘔吐し、そのままくず折れると、自らの吐瀉物に顔を突っ込んで気絶した。
「女に手を挙げる奴に、ロクな奴はいねぇ」
吐き捨てるように言った桐生を、薫が抱き締めた。
「いやや一馬ぁ、カッコ良すぎやん」
『まあ、仲が良ろしいこと』
それを見て、クラリスがクスクスと笑った。
(クラリス。この人も尋常じゃないわ)
花は声には出さずに呟いた。
薫が人目も憚らず桐生にベタベタしている所へ、サラが近付いて声を掛けた。
『ねえカズマ、さっきのパンチは何?ジークンドーのワン・インチ・パンチみたいだったけど』
「ああ、今のは『古牧流古武術』の『徹し(とおし)』って技だ。ぶっつけ本番でやってみたが、何とか出来たようだ」
そんな三人を見ながら微笑んでいるクラリスに、遥が声を掛けた。
「クラリスさん、カッコ良かった。『ヤッチマイナ!』って」
『まあ、ありがとう、ハルカ。私は、強い女性が好きなの。チアキ=クリヤマとか、ルーシー=リューとかね』
「クラリスさんも強かったよ」
遥はすっかりクラリスになついてしまった。
「えーっと、皆さん、お出掛けするんだよね?」ビショップ宮田が笑顔で言った。「行って来なさい。このコは、私が面倒見とくから」
ビショップ宮田は、まだ気絶しているスミスを見下ろした。ケニーは、そんなスミスにバスタオルを放り掛けると、肩をすくめた。
六人はタホに乗り込むと、薫の運転で別院を出発した。
つづく
20180126
20180130改
註 :
ビショップ宮田、ケニー=伊藤 どちらもご本人にご登場頂きました。
日本では映画化もされた事件 詳しくは『ルパン三世カリオストロの城』を参照の事(笑)。
チアキ=クリヤマ 『キル・ビルVol.1』で「GOGOタ張」を演じた。
ルーシー=リュー 『キル・ビルVol.1』で「オーレン石井」を演じた。
『キル・ビル』(Kill Bill ) 2003年のアメリカ映画。監督はクィンティン・タランティーノ。配給ミラ・マックス/ギャガ。
『徹し(とおし)』 喧嘩芸骨法にも、同種同名の技がある。