新・龍が如く クロスオーバー VACANCES IN LOS ANGELS 作:宝蔵院 胤舜
VACANCES IN LOS ANGELS
第二章 カリフォルニアの青い空
【 4 】
『姫には申し訳ないが、明日は予定通りに行動する事によって、犯人を炙り出す事を協力して欲しい』
銭形は、クラリスにそう提案した。
『ちょっと待って!』
それに、薫とサラが口を揃えて噛み付いた。
『あんた、クラリスをデコイにしようっての?』
「警部、クラリスを囮にしようとしてはるんですか?」
二人して凄い剣幕で銭形に詰め寄る。
『まあ待て』銭形は澄ましたものだ。『どのみち、相手は接触して来る。こちらの防御如何によって、その方法は変わって来るだろうが、それは変わらん。しかも敵は全くの正体不明だ。一応、公国へそれとなく探りを入れてみたが、特に脅迫されたような様子もなかった。だから、この予告の目的すら判らんのだ。ならば、向こうさんから接触して来るのを待つしかあるまい。勿論、こちらの準備は万端整えておく。言うなれば拠点防衛だ。相手方の全てを跳ね返し、クラリス姫という本丸を守る。これが作戦だ。どうだ?』
「要は、クラリス姫を守り切れば良い訳だな」
桐生が腕組みをして言った。
「その通りだ、"堂島の龍"こと桐生一馬」
「俺の事を知ってるのか?」
「あんた程の有名人になるとな、埼玉県警にも名前は轟いているぜ四代目」
銭形はニヤリとした。
「成る程、食えねぇ男だな」
桐生もニヤリとする。
『私は構いませんよ』クラリスは笑顔で言った。『元々、私のわがままから始まった事です。出来る事があれば、何でもします。皆さんには迷惑を掛けますが、どうかよろしくお願いします』
クラリスは丁寧に頭を下げた。
『ちょっと、やめてよクラリス。そんな事しなくても、私があなたをちゃんと守ってあげるわ』
サラが立ち上がり、胸を張った。
『悪いけど、それはあたしの台詞だから』
薫も立ち上がる。
『私達は応援でいいわよね?』
花が遠慮がちに言った。
『ご免なさいね、ハナ、ハルカ。こんな事に巻き込んでしまって』
クラリスが済まなそうに眉をひそめた。
「大丈夫よ」遥は微笑みながら言った。「おじさんと一緒にいれば、良くある事だし」
『まあ、そうなの?』
クラリスは驚いて身を乗り出した。
「うん。おじさんの武勇伝を話したら、夜が明けちゃうかも」
『それはとても興味があるわ。また後で聞かせてもらっても良い?』
「うん」
クラリスと遥は、逆境を生き抜いて来た者同士の、何か他人には判らぬ心の共鳴があるのか、いつの間にかもの凄く親しくなっていた。
『とにかく、明日は正念場だ』銭形は厳しい表情をして見せた。『恐らく、明日のUCLAへの訪問は、敵は既に情報を得ている筈だ。気を抜かないよう、厳重に警戒してくれ』
薫とサラは大きく頷いた。桐生も腕を組み、かすかに頷いた。
『ところで、クラリス姫は今日はどこで泊まる予定なんだね?』
銭形の質問に、サラが答えた。
『ブライアント財閥に縁のあるホテルを押さえてあるけど』
『ねえサラ、私、ハルカやハナと一緒にいたいのだけど、ダメかしら?』
クラリスがそう切り出すと、銭形は目を細めて考え込んだ。
『わしとしては、全員が近くにいる方が目が届いて助かるが』
銭形がそう言うと、サラはすぐにスマホを取り出した。
『クドー、ちょっといい?クラリスの宿の件なんだけど…』
サラが電話をしている間に、クラリスは遥に微笑みかけた。
『今日、早速カズマの武勇伝を聞かせてくれる?』
「うん。いいよ」
遥も満面の笑顔で答えた。
ミヤコホテルへ帰って来ると、ホテルの支配人がクラリスを出迎えた。クドーの手配で、大仰な出迎えは控えられたが、支配人と取締役の二人がエスコートし、サラが引いて来たクラリスの荷物は、ポーター長が恭しく頂いた。
クラリスは最上階のスイートルームに通されると、すぐに動き易い服に着替えて、遥と花、桐生、薫、サラ、銭形も含め全員を部屋に呼び寄せた。
『どうしたの、クラリス。何かあった?』
そう心配げに尋ねたサラに、クラリスは明るい笑顔で言った。
『だって、みんな、さっき「ガン・クラブ」でピザを食べただけでしょ?おなか減ってない?実は私、おなかペコペコなの。でも、どうせ食事をするなら、一人よりみんなと一緒の方が美味しいし、楽しいでしょ』
「それで呼んでくれたの?」
『そうよ、ハルカ。それに』クラリスは銭形に視線を向けた。『みんなが揃っている方が、都合が良い事もあるんじゃなくて?』
『確かに』銭形は頷いた。『これなら、全員を把握出来て、警護もし易いな』
『ハルカには一杯話しをして貰わなくちゃ』
クラリスはそう言って、遥にウィンクをした。
「何だか楽しくなって来たね」遥は桐生を見ながら言った。「一杯色んな事、話しちゃうよ」
「銭形にも聞かせるのか、俺の話を」
桐生は苦笑した。
「気にするな」銭形は笑った。「お前さんの事は、調書レベルでなら把握済みだ。それにわしは四課じゃねえから、別に何とも思わねえぜ」
「俺は堅気だぜ」
「判ってるよ」
『さて、ではクラリス、今からどうする?』
薫が桐生と銭形を押さえるように尋ねた。
『そうね。今日は、普段はあまり食べない物を食べてみたいの。スシとか、カラアゲとか?』
『判った。まかせて』サラが薫に合図をしながら言った。『ホントに、普段なら絶対に食べられないようなものをチョイスしてあげる』
サラは内線でコンシェルジュを呼び出すと、薫と二人でこと細かに注文を出した。日系人のコンシェルジュは、それを聞いて、ニヤリとしながら親指を立てた。
ややあって、握り寿司と巻き寿司の桶、春巻や唐揚げ、牛肉とブロッコリーのオイスターソース炒め等の盛られたプラスチック皿、ひと口大に切られたチリタコスなどがテーブルに並んだ。チャーハンと焼きそばは、わざわざ一人前ずつ白い紙箱に分けられている。ドリンクはオレンジジュースとバドワイザー缶とルートビアー缶である。
「あ、この箱、ドラマで見た事ある!」
遥と花は同時に喜声を上げた。
「アメリカでは、中華のケータリングはこれが定番やで」
薫が笑って言った。
「かなりジャンキーな感じで纏まったな」
桐生はバドワイザーを手元に引き寄せながら言った。
『そんな事言ってるけど、好きなんでしょ、こういうの』
サラが片眉を上げて言った。
「まあな。俺はこういう食い物で育った」
薫の翻訳を聞いて、桐生は答えた。
『まあ、凄いわ!何て美味しそうなんでしょう!』
一番はしゃいでいるのは、やはりクラリスであった。
『ところで、これはなあに?』
クラリスは、全員の前にあるカップを覗き込んだ。中に粉っぽいキューブが入っている。
『それは、フリーズドライのミソスープ。日本のインスタントフードよ。お湯が沸いたら作るわ』
薫が答える間に、サラが缶ビールを配った。遥もルートビアーを渡された。
「これ、アルコール分一パーセント未満やから、大丈夫やで」
薫が笑って言うと、遥は楽しげに受け取った。
全員にドリンクが行き渡った所で、クラリスが立ち上がった。皆も合わせて立ち上がる。
『今日の、この出逢いは、きっととても大切なものになると思います』クラリスは晴れやかな顔で言った。『大いに楽しみましょう。カンパイ!』
「カンパイ」は日本語だった。
皆、特に女子達は大いに呑んで、食べて、そしてお喋りをした。遥は約束通り、桐生の「百億事件」からクラリスに話して聞かせた。サラは勿論、花も昔の話は噂でしか知らないので、遥の話に食い付いていた。
武勇伝が一段落すると、サラは桐生の隣りにやって来た。
『ねえカズマ、ちょっとイイ?』サラは、薫の抗議の視線を無視した。『ヤクザって、マーシャルアーツも練習するの?』
「それぞれだ。俺は強くなりたかったから、子供の頃に近所のおっさんに教えて貰った」
『コマキリュウ?』
「それは、神室町で、押し掛け師匠に教わったんだ」
『トオシって言うんだっけ、あれ凄かったわ。もう一度見せてくれない?』
「見せる?どうやって?」
『私に当てて見せてよ』
「覚えたてだから、手加減出来ねえぜ」
『大丈夫よ』
そこまで言われて、桐生は立ち上がった。
「薫、電話帳を取ってくれ」
薫がサラにイエローページを渡すと、桐生はそれを腹に当てさせた。
「これくらい厚けりゃ大丈夫か」
桐生はそう言うと、拳をイエローページに当てた。
「いいか、いくぞ」
『いつでもどうぞ』
「フンッ!」
桐生の体が振るえたように見えた。サラの足が少し浮く。
「大丈夫か?」
少し膝が落ちたサラに、桐生が思わず手を伸ばす。
サラは桐生の手を引き、膝を伸ばす勢いで桐生に抱きついた。
『思ったより効いたわ。あなた、強いのね』
桐生の耳元で吐息まじりに囁くサラの言葉を、薫は訳さなかった。
『ちょっと、サラ。カズマから離れなさい』
薫の目がちょっと恐い。
『どうしたの?フツーのスキンシップじゃない』
サラは艶っぽい表情で笑った。
『ウソつき。思いっ切り発情してるじゃないの』
薫が噛み付いた所で、頬を桜色に染めたクラリスが立ち上がった。
『ねえサラ、ちょっとイイ?』
クラリスは言いながら、サラに左手を伸ばした。そのスピードと鋭さに、サラは咄嗟にパクサオで払おうとした。しかしサラの左手は空を切った。その手で右耳を触る。耳に付けていたイヤーカフが無くなっていた。
『不意討ちだったけど、ようやくサラから一本取れたわ』
笑いながら言うクラリスの左手に、サラのイヤーカフがあった。サラは目を丸くして、クラリスを見た。
『ほほう、凄いじゃないか姫さま』
銭形がビールをあおりながら言った。
『これでも、十年以上クラヴ・マガは続けてますのよ』
クラリスはおしとやかに笑った。
「クラリスさんすごーい!」
そう言う遥に、クラリスは微笑み返した。
『私も、少しでも備えておかないと。皆に頼ってばかりはいられないもの』
『それだけ鍛えたんなら、ヤツに盗まれた物も取り返せるんじゃないか?』
銭形は意味深な表情で言った。
『ううん、いいの。あれはもうあの人にあげたんだから』
クラリスも意味深な表情で返した。
つづく
20180223
註:
クドー サラの手下。『猛龍過江 WAY OF THE DRAGON』にちょっとだけ出て来ます(笑)。
近所のおっさん 雑古哲男の事。詳しくは『龍が如く クロスオーバーシリーズ 第一話 昔話』をご参照下さい(笑)。
クラヴ・マガ 20世紀前半、戦火が絶えなかったイスラエルで考案された近接格闘術で、一切の無駄を省いたシンプルかつ合理的な格闘技であることから、様々なイスラエル保安部隊に採用されることで洗練され、現在、世界中の軍・警察関係者や一般市民にも広まっている。(ウィキペディアより抜粋)
創始者 イミ=リヒテンフェルド
「カリフォルニアの青い空」 It Never Rains In Southern California アルバート・ハモンド 1972年