新・龍が如く クロスオーバー VACANCES IN LOS ANGELS 作:宝蔵院 胤舜
その1
VACANCES IN LOS ANGELS
第三章 カリフォルニア・コネクション
【 1 】
楽しい晩餐から一夜明けて、クラリスは何も憂いのない晴れやかな表情で、レストラン多聞に現れた。
『おはよう』
クラリスは既に席に着いている遥達に声を掛けた。優雅な態度が板に付いている。
「おはよう、クラリス」
遥が元気に挨拶を返した。既に口の中に卵が入っている花が、モゴモゴと挨拶する。サラは朝食はプロテインだけなので、窓際のカウンターで水を飲んでいる。クラリスはクスリと笑いながら、遥達のテーブルに着く。
『ハルカは何を食べているの?』
「今日は目玉焼きにしたの。花ちゃんは茹で玉子」
『じゃあ、私もサニー・サイド・アップで』
クラリスは、すぐに出て来たトーストに玉子を乗せると、ガブリと歯を立てた。こんがり焼けたパンの耳が、乾いた音を立てる。
『ちょっとはしたないかしら。ふふふ』
クラリスは楽しそうに笑った。
そんな彼女達を喫煙所から見ながら、銭形が口を開いた。
「姫は気丈に振る舞ってはいるが、当然不安もあるはずだ。わしらが盾になってでも、姫の身をお守りせねばならん」
「ええ」
薫も表情を引き締めた。
桐生は黙ってタバコをくゆらせた。
クラリスは桐生、遥、花と共に薫のタホに乗り込み、サラはバイパー、銭形は自分のプジョーで、UCLAへ向かった。
UCLA、則ちカリフォルニア大学ロサンゼルス校は、ウェストハリウッドにキャンパスを持ち、四百エーカーを越える広さを誇る。
この学内にあるロイス・ホールの大講堂で、ワシントンDCのジェファソニアン法医学研究所の研究員である、テンペランス=ブレナン博士の講演会が行われる。自身をモデルにした小説がベスト・セラーとなった事で、世の人々の法人類学に対する関心を高めた功労者である。それに注目した医学部の教授のプロデュースで、今回の講演会が実現したのである。
現場に残された遺体、そして微細な残留物から証拠を見付け出し、数々の難事件を解決に導いたジェファソニアンチームの活躍の知名度もあり、千八百人を収容出来るロイス・ホールは、立ち見が出る程の大盛況である。
そんな中で、VIP席が四席取られていた。サラが、ブライアント財閥の力で押さえていたのである。既に他のVIP席には、教授クラスの重鎮達が座っている。
「クラリスはあそこに座るんだね」
無邪気にそう言う遥に、クラリスは微笑みかけた。
『あなた達も座るのよ、ハルカ、ハナ』
「えっ?」遥は目を丸くした。「薫さんじゃないの?」
「あたしは警護だから」
「銭形警部は?」
「わしも見張りだ」
「おじさんは…、興味ないか、こういうの」
「良く判ってるじゃないか」
という訳で、遥はクラリスと共にVIP席に着いた。目を見張る程の白人美女二人と、東洋人二人が最も良い席に座る様子は、会場内でも一際目立ち、ロイス・ホール内は憶測の囁きで満たされた。
程なく時間となり、舞台上にテンペランス=ブレナン博士が現れた。彼女は演台の椅子に腰掛けると、そこから客席に向かって手を振った。クラリスとサラが手を振り返したのを見て、会場の全員が、"博士の知人"という事で自らの好奇心を納得させた。ブレナン博士も美女として有名である。美女の友は美女、という不公平な真実を認めるしかなかったのだ。
ロイス・ホールの大講堂内を見渡せる場所に、桐生はいた。六ケ所ほどある出入口が、ある程度見て取れる。聴衆は、ブレナン博士の講演を集中して聞いている。立ち見の者も例外ではない。この中では、クラリスに近付くのは容易ではない。立って歩くだけで見立ってしまう。
まあ、この講演会の間だけでも、ある程度安全は保たれるだろう。
桐生はそう考えつつも、会場内を見張る事は怠らなかった。
会場外、大講堂の正面出入口には薫がいた。他の出入口はホール正面入口経由なので、とりあえずここを押さえておけば良い。一番見張りが難しいのは、表だ。
その表には、銭形がいた。火の付いていないタバコを唇にはさんだまま、キャンパスに気を配る。キャンパスは、大勢の学生達が行き来している。
一時間半ほど様子を見ていた銭形は、同じ若い男が三回ほど前を通り過ぎたのを見逃さなかった。
特に見立った動きをする訳でもなく、ロイス・ホールにちらりと自然に目を向けるだけで、近付きもせず通るだけ。
三回目に通り過ぎる時に、銭形は彼に近付いた。
『すまない、ちょっといいか?』銭形はIDを見せながら声を掛けた。『わしはインターポールの銭形だ。少し確認したい事があるんだが…』
『俺には別に用はないけど』
無意味に素気ない態度と、不安定に視線を泳がせる様子に、銭形は不審なものを感じた。
『済まんな、わしには用があってな』銭形はあえて食い下がった。『このキャンパス内で、不審な男を見なかったか?猿面でがに股の、下品な男なんだが』
『そんな奴は知らない』
男はぎこちなく答えたが、銭形は男が無意識に見た方向を確認した。キャンパス内の道路脇に停めたフィアットに、男二人、女一人が乗っている。
あからさまな容疑者だな。
銭形はニヤリとしたが、すぐに引き退がった。
『そうか。悪かったな』
銭形はそそくさと立ち去る男を見送って、肩をすくめた。
容疑者なのはいいが、想像以上の素人だな。
口の中で銭形は呟いた。
それから程なく、フィアットの所に先程の男が合流し、車に乗り込んだ。
「不注意にも程があるな」
銭形は思わず口に出して言った。彼らは、銭形に気付かれた事も、疑われている事も、ましてや監視されている事すらも気付いていない。
「ズブの素人じゃあないか」
銭形は肩をすくめた。そんな彼の前を、四人の乗ったフィアットが通り過ぎた。運転している男が、サングラス越しに挑戦的な視線を向けて来た。銭形はあえて正面からそれを受けつつ、やんわりとスルーした。男は小さく肩をすくめて、走り去って行った。
この時、銭形は少し嫌な予感がしたのだが、あまりに弱い感覚だったので、気のせいだと思う事にした。
ブレナン博士の講演会は大成功を収めた。実際の解決事件を例に取った法人類学的な検証は興味深く、何より臨場感があった。質疑応答が長引き、予定よりも一時間遅く終了した。
出囗へ向かう聴衆の流れに逆らい、クラリス一行は楽屋裏、ブレナン博士の控え室に向かった。
サラが先頭に立って警備員と話しをつけると、ノックをしてドアを開けた。
『まあ、サラ、久し振りね』
ブレナンは笑顔で言った。そして、その笑顔をクラリスにも向けた。
『公女さま、お元気?』
『ありがとう。元気です。大変興味深いお話で、楽しかったわ』
『それは何より』
ブレナンはそこまで言って、クラリスの後ろにいる遥と花に気付いた。
『その二人は?骨格的に典型的な東洋人だけど。日本人?』
『そうよ。私の新しいお友達、ハルカとハナよ』
クラリスはにこやかに二人を紹介した。
「初めまして。遥といいます。すごいお話ばっかりで、驚いちゃった」
『楽しんでもらえた?』
「はい」
大きく頷く遥を見て、ブレナンは微笑んだ。
『で、あなたは英語が上手ね?』
『あ、初めまして、花です。遥の友人って事で、一緒に来ました』
『そう。あなた、ちょっと太ってるけど、筋肉の付き方が良いわね。アイキドーか何かやってる?』
『ええ。合気道はたしなむ程度に。太ってる、は大きなお世話です』
花は、少し怯んだが、負けずに答えた。
『ハナ、ご免ね。テンペって、思った事を何でも口に出しちゃうから』
サラが悪びれずに言う。
『サラさんの言い方も、どうかと思いますよ』
花は、笑いを顔に貼り付けて呟いた。
『他にまだいたわね、お友達』ブレナンはクラリスに言った。『一人は、確かFBIで見た事あるわ。カオルだったかな。あと男二人。彼らは紹介してくれないの?』
『使いの者を走らせたから、じきに来てくれると思うわ』
サラは頷きながら言った。
程なく、辺りを検索しつつ、薫と桐生、銭形がやって来た。
『ブレナン博士、お久し振り』
『カオル、本当にお久し振りね。サイバー部門で活躍してるって、ブースが言ってたわ』
ブレナンはそう言ってから、まじまじと桐生を見た。
『凄い身体ね。闘う為だけに鍛え上げられてる感じ。あなたは誰?』
「桐生一馬だ」
『カズマ。カオルのステディ?』
『そうよ。だから、味見はなしにしてね、ブレナン博士』
『あん、カオルに先手打たれちゃった』
『する気だったの?』
サラが肩をすくめた。
『ところで、お忍びで私の講演を聴きに来たにしては、警戒が厳重じゃない?警部(キャプテン)・ゼニガタ』ブレナンの青い瞳が銭形を見た。『公女さまに何かあったの?』
『さすがはFBIに捜査協力しているだけはある。わしの事もご存知か』銭形は真顔で言った。『それならば話しは早い。キッドナップの予告でな。それらしい奴も見かけた』
「何やて!?」
薫は思わず日本語で言ってしまった。
『ただな、悪党ごっこの素人だ。奴らは恐るるに足らん。警戒を怠らなければな』
『やっぱりルパンじゃなかったの?』
サラが訝しげに尋ねた。
『似ても似つかぬ四人組だ。向こうもわしの事は知らぬようだったから、まだデビューしたてのルーキーかも知れん。わしは存外悪党には顔が売れているからな』
銭形はそう言って唇をゆがめた。
「何でその時に呼んでくれヘんかってん?」
薫がなじるように銭形に言った。
「その時は、まだ持ち場を離れるタイミングじゃなかったからだ」
銭形はさらっと答えた。
『とにかく、公女さまが狙われているって訳なのね』
花から事のあらましを聞いた、ブレナンが大きく頷きながら言った。
『そう言う事だ』
『じゃあ、とりあえずランチに行きましょう。腹が減っては何とかって言うでしょ?予約してあるから、他に客はいないわ』
ブレナンはそう言って、銭形にウィンクして見せた。
つづく
20180319
註:
トーストに玉子を乗せると… 俗に言う(?)「ラピュタスタイル」。パズーとシータがやっている(笑)。