腕から生える結晶。遂に時間が差し迫ってきた。
『頼む。ベイクラントを止めてくれ、おまえたちしか居ないっ』
辛そうな顔で剣司が僕に告げる。傷を癒すとは聞こえが良いが、その為に剣司自身の寿命をどれだけ削っている事か。
剣司のSDPにより漸く機体が修復される。もう自力で機体を治す力すら残っていない。
「最後の仕上げだ……。マークニヒト」
飛び立つスピードも遅い。身体/機体が重い。動きが鈍い。
宇宙から落とされたアザゼル型ベイクラントが地を這いながらアショーカへと向かっている。
「消えるのが恐いか? マークニヒト」
虚無の申し子。島にとっても絶望と否定の存在だったはずの存在が、今はこうして世界の瀬戸際で未来の為に戦っている。消えることの恐怖を知っているこの機体は僕の器として次の皆城総士に受け継がれるのだろう。
「僕もだ」
消えることの恐怖を誤魔化す事など出来ない。皆城総士となってしまった者である自分の存在は失われたらそれでお終いだろう。だから僕はこのマークニヒトにメッセージを遺した。僕が、確かにここにいた証。
まだ5年前だというのに酷く昔の出来事のように、僕は初めてフェストゥムと戦った時を思い出していた。
◇◇◇◇◇
二機のファフナーが出撃した。まだ敵は慶樹島にまでは来ていない。
『ここは……』
いったいどこなんだという一騎の思考が流れてくる。
「慶樹島だ。ここはファフナー関連の格納庫になっている」
今のうちに一騎に最低限の慣らしをさせる。つまり『歩け』という事だ。
『歩け、……歩けば良いんだな?』
「ああ。先ずはファフナーでの動きを掴め。ファフナーが自分で、自分が
『俺がファフナーで、ファフナーが俺……』
ガンドレイクを手に歩き始めたマークエルフは訓練なしの初搭乗という事を感じさせない程軽快だった。
僕も蔵前も最初は歩かせるだけでも精一杯だったが、やはり才能の壁というものはどうしようもなく努力の前に立ち塞がる。
「よし。マークツヴァイ、マークエルフはポイント更進。迎撃態勢に移れ!」
マップでマーカーを設定する。向こうは攻めてくる側で、此方はホームグラウンドである竜宮島での迎撃だ。ファフナーを支援する為の施設は無尽蔵だ。
L計画の為、ギリギリまで島の防御システムを封印した為に万全の状態とは言えないが。それでも僕は現状で最高の指揮と支援をしなければならない。
「敵はスフィンクス型と断定。剛瑠島のEPMが突破されれば奴はこちらに向かってくるだろう」
既に走って移動を開始している二機のファフナーに向けて把握出来ている現状を伝える。
「剛瑠島部隊は滑走路をやられて追加出撃は出来ない。ファーストアタックはマークツヴァイに任せる」
『了解! これでやっと……』
「今は余計な感情は持ち込むな。感傷に浸るのはあとでいくらでも出来る」
蔵前の興奮がクロッシングで伝わってくる。想いは同じだが、フェストゥムに復讐しようという彼女の思考には同意できない。復讐――憎しみをフェストゥムに向けた所で録な事にはならないからだ。それが世界を救う救世主の一面でもあるのだから皮肉な話だ。
マークニヒト、マークレゾン、マークザインはともかく他の二機のザルヴァートル・モデルに関しては完全な破壊か封印、或いは建造フラグを叩き折る必要がある。
だがあれほどの犠牲を出した未来が一番希望に満ちた未来だと織姫は言っていた。彼女が観測できないイレギュラー。つまり僕という存在が皆城総士に成り代わった事で生じる未来の偏差に賭けるほどの博打は打てない。下手を打てばザルヴァートル・モデル抜きで島を守らなければならない事態に陥るかもしれない。
未来を取捨選択し、希望を見出だしたカノン。この世界の住人となり、ある意味で彼女と同じ境遇に立つからこそわかる。未来を選ぶことの難しさを。
エインヘリアル・モデルについても設計思想を基に構想は立てているものの、現状技術的に再現は不可能。そもそも今の状態の島のミールでは命の循環を学べていない。あのシステムは命の循環を学んだミールが相手だからこそ成り立っているのだろう。そしてエスペラントとの接触がなければゴルディアス結晶が生まれる変化を促すことも出来なかっただろう。
ファフナーに関する技術を学ぶ事は無駄ではないにしろ、学べば学ぶ程、知っている技術には未だ遠すぎてどうにも出来ないのだと打ちのめされる。
だから僕は皆城総士と同じようにジークフリード・システムに乗っている。今はここが僕の戦場なのだと言われているような気がしてならない。
『敵、慶樹島へ向け進行!』
「ヴェルシールド再展開。バトルフィールド形成!」
弓子さんの声が聞こえる。いよいよ本番だ。対フェストゥム戦闘が開始される。だがこれはただの対フェストゥム戦闘ではない。知識だけならどう戦えば良いかわかっているぞ、フェストゥム!
「ファフナー・ツインドック、エンゲージ!」
『これが……本物の…』
『敵……』
蔵前が一瞬我を忘れて魅入る程に、本物のフェストゥムは美しい姿をしていた。彼等は彼等の善意で行動しているが、それが人類にとっては破滅であることを彼等は知らない。だから残酷なまでに美しいのだろう。
『あなたは、そこにいますか――?』
スフィンクス型が二機のファフナーに問い掛けてくる。人類が宇宙へ向けて放った希望へのメッセージは、今はフェストゥムたちの放つ絶望のメッセージに変わってしまった。
「ああ。居るさ……」
マークツヴァイ、そしてマークエルフを通して見るフェストゥムに向かって僕は答えた。
「僕たちは、ここにいるぞ! フェストゥム!」
フェストゥムがゆっくりと近づいてくる。フェストゥムの習性は、同化を肯定する者と否定する者に対して対応が変わる。
肯定する者には同化を、否定する者には敵対者として排除を。
今、僕は蔵前と一騎のふたりとクロッシングしている。僕の言葉も二人が発したと同義に捉えられた様だ。
「マークツヴァイ、ターゲットアタック!」
『了解!』
マークツヴァイがスフィンクス型に向けてペイントガンを放つ。ペイント弾とも言えど、衝撃はある。それでフェストゥムの注意くらいは引けるだろう。
『くっ』
思った通り、スフィンクス型はマークツヴァイを攻撃対象としてワームスフィアを放った。それを飛び退いて回避するマークツヴァイ。
「マークエルフ、セプターゴォー!!」
『でえええええやああ!!』
スフィンクス型の注意がマークツヴァイに向いている隙に、マークエルフを吶喊させる。
ガンドレイクの切っ先がスフィンクス型に迫る。だが障壁の様な物に阻まれてしまった。
『弾かれた!?』
『落ち着け。被同化状態なら入り込める。マークツヴァイ、フォロー。ライン03まで一時後退、態勢を立て直す。支援砲撃開始!』
慶樹島の岩肌を割って現れるミサイル車両や戦車がスフィンクス型へ向けて砲撃を開始する。無論無人操縦で制御系はこちらもジークフリード・システムで統括している。ファフナーに乗れない僕の代わりの手足だ。
支援砲撃により少しでもスフィンクス型の注意を引き付ける。いくつか車両がやられるが無人機であるため被害はある程度無視出来る。
「マークエルフ、フォードアタック!」
『今度こそ!!』
支援砲撃に切れ目を作り、マークエルフを再び向かわせる。
「マークツヴァイ、ターゲットフォロー!」
『わかってる!』
マークエルフの突撃に合わせてマークツヴァイもデュランダルも装備した二挺スタイルで援護に入る。だがデュランダルの弾丸も大して効いていない様だ。
マークエルフの突き出した刃がスフィンクス型に突き刺さる。このままガンドレイクで敵のコアを破壊すれば勝ちだ。
「一騎、敵のコアを破壊しろ!」
フェストゥムのコアと攻撃のイメージを合わせて一騎の脳内に直接送る。
グギギとガンドレイクの刀身が展開する。だが命を奪われる事を由としないスフィンクス型も暴れる。こう至近距離では援護も出来ない。
スフィンクス型は藻掻くように様に暴れ、ワームスフィアを無秩序に放った。
『きゃあああっ』
「ぐぁあっ、マ、マークツヴァイ、
メチャクチャに放たれたワームスフィアがマークツヴァイの右足を捩じ切って持っていった。
ファフナーの対フェストゥム機構の内、ワームスフィアに対しても出来得る対処はしていたがやはり最初期のノートゥング・モデルでは万全とはいえない。
吐き気を覚えそうな痛みに正直涙が出そうだ。こんな痛みをしかも酷い時は複数人分も感じなければならないとはある意味拷問だろう。
『い゛っ、っあああああ!!』
「ぐぅっ、マークエルフ、
ガンドレイクを握る右腕をスフィンクス型に切り裂かれ、マークエルフが倒れ込む。脚を捩じ切られ腕を切り裂かれ、そんな痛みを一度に感じてシステムのニーベルングから指を引き抜きたい衝動に駆られるが気合いで耐える。
『くそ、動かない! どうなっちまってるんだ総士!』
「不味い、脱出しろ一騎!」
スフィンクス型がマークエルフに接触し、同化を試み始めていた。
マークエルフの胸から結晶が生えてくる。
離脱を援護しようにも両者の位置が近すぎて巻き込む危険性もある。マークツヴァイも脚をやられて動けない。どうすればいい。機体が横たわっている為にコックピットブロックは射出出来ない。離脱させようにも機体も動かない様だ。だがこのまま一騎を失うならば――。
『総士!』
マークエルフごと攻撃し、どうにかフェストゥムの同化行動から離脱する隙を作ろうとした時。システム内に響く声。威厳に満ちた男性の声。
「父さん!? 何故――」
『今からポッドをヤツに撃ち込む。中のレールガンを使え! ファフナーからの電力供給が出来ないから一発勝負だが、……頼んだぞ』
システムにリンドブルムのカタパルトの起動サインが表示される。
「父さん!!」
カタパルトからポッドが射出され、それはスフィンクス型に突き刺さった。
よろめき、マークエルフへの同化行動を中断したスフィンクス型の背中が光る。黒く、全てを無に帰すフェストゥムのワーム現象。
リンドブルムのカタパルトが黒い球体に抉られる様を、僕は黙って見ているしか出来なかった。
「――ッ、一騎! レールガンを!!」
感傷に浸っている暇などなかった。ポッドにアクセスし、格納されているレールガンを射出させる。
マークエルフがレールガンを掴み、スフィンクス型に突き刺す。ガンドレイクで穿たれた傷口へ捩じ込まれる銃身。レールガンが発射された瞬間にマークエルフのコックピットブロックを射出させる。
ワームスフィアに呑まれるスフィンクス型とマークエルフ。
敵は消滅し、マークエルフの残骸が残るが、パイロットである一騎の生存は確認している。
マークツヴァイは小破。脚を直せばすぐにでも戦えるが、問題はマークエルフだ。両腕と頭部消失に機体装甲も融解している。コアが無事なのが幸いだが廃棄した方が早いだろう。
スフィンクスA型種一体でこの被害である。結局は被害が増えただけで未来を変えることは出来なかった。
「一騎ごと撃てば良かったとでもいうのか……っ」
ゲームではないのだ。現れた選択肢に何時までも悩んではいられない。僕が迷えば、未来はそのままに進むとでも言わんばかりに、或いはもっと酷くなると言われた気分だった。
ジークフリード・システムを降りて、大人たちの痛ましい視線を無視してCDCを出る。
「くっ……!」
ガンっと、行き場のない感情を壁にぶつける。迷った所為で父さんが死んだ。父さんを殺したのは――僕だ。
一騎も蔵前も検査があるだろうし、機体の回収を入れたら一時間は時間があるだろう。
気持ちの整理をつける意味も含めて、僕は足早にとある場所に向かう。
エレベーターで向かう前は下層ブロック。エレベーターを降り、徒歩でいくつかの通路を曲がり、そして階段を降りていく。
聳える巨大な扉が開く。ワルキューレの岩戸。乙姫が眠る場所だ。
人工子宮に触れ、僕は口を開いた。
「…おはよう、乙姫」
だが彼女は答えない。まだ眠っているからだ。
「今日、フェストゥムが遂にやって来た。……父さんを、救えなかった」
蔵前を救った代わりに父さんがいなくなった。厳しい人だったが、その立派な背中を見習って自分も父の様な大人になりたいと思える人だった。
「僕の路は正しいのだろうか。未来を変えることは傲慢なのだろうか。僕がそう思う事が痴がましいのだろうか」
独白であり、自分に言い聞かせる様な言葉を紡ぐ。許しを乞う様に僕は乙姫を見詰める。
「……僕はここにいて、いいのだろうか。乙姫」
島のコアは答えない。その時が来るまで彼女と言葉を交わすこともないのだろう。
『……あなたは……そこに、……いる?』
「っ!?」
声が聞こえた。聞き違いでなければ今のは皆城乙姫の声だった。
「乙姫…!」
彼女の瞳が僕を見据えていた。だがそこには非難する様な感情を感じられない。まだ眠そうな寝ぼけ眼でも優しく全てを包む様な表情に、心が軽くなった様な気がした。
また眠る様に瞳を閉じる乙姫。最初から眠っていて、僕に声をかけたのが夢であったかの様に。
「ああ、居るさ。僕はここにいる」
軟らかい声で僕は彼女の問いに答えた。踵を返してワルキューレの岩戸を出る。
妹に慰められて背中を押される情けない兄(仮)だが、少しだけ楽にはなれた。
蔵前を迎えに行こう。父さんがいなくなったことも告げないとならない。
ありがとう。僕は大丈夫だ、乙姫。
to be continued…