両親に赤紙が配られた。パイロット候補生は6人。
当分は訓練になるだろうが、何れは皆が戦場に立つ。8人の仲間たち。そのすべてを、僕に守れるだろうか。
「やはりダメか……」
ファフナーのコックピットでシナジェティックスーツを着込み、マークアインの中に居る。
左目を抑えて、天を仰ぎ見る。
起動は出来ても変性意識は相変わらず受け入れられない。自分が変わることを受け入れられない。
一騎とのクロッシングで一騎との会話も少しは出来る様になった。だからファフナーにも乗れるのではないかと思ったが、やはりダメだ。どのみち今、ジークフリード・システムに乗れるのは僕しか居ない。ファフナーに乗ることはないだろうが、いざ乗りたい時に乗れないのでは意味がない。
変性意識を受け入れて、自分が変わることを受け入れてファフナーに皆は乗っているのに。その指揮を執る僕が自分が変わることを受け入れられないとは笑い物だ。
もし、僕が変性意識を受け入れた時、皆城総士は帰ってくるのだろうか。だから僕は自分が変わることを受け入れられないのか。
「ニーベルング再接続。対数スパイラル形成、コア同期確認。ファフナー・マークアイン、起動!」
ファフナーが起動する。身体の感覚がファフナーになっていく。ファフナーが自分で、自分がファフナーになる。
ここまでは出来る。この状態からファフナーは動かせる。だが変性意識による思考防壁はない為人類軍のファフナーの様に読心能力への抵抗力はあってないものだ。
「対フェストゥム機構起動」
ここからだ。ここからフェストゥムに抗うための力が得られる。
左目が疼く。思考の海に沈む。
すべての光と音が遮られていく。
光のない闇の中。自分の存在が曖昧になっていく。闇の中に融けていく。
自分という存在が、居なくなる。
もっとだ。もっと深く。深層意識まで深く。自分が変わることを受け入れろ。
あなたは、そこにいますか――?
「僕は、皆城総士だ。僕はここにいる」
暗闇の中で自分の存在を強く意識して自分の意味を形作る。
「違う……。お前は皆城総士じゃない」
闇の中に現れたのは、左目に傷のない自分だ。
「皆城総士は、この僕だ」
「僕は僕だ。この傷が、僕が僕である証だ」
「違う。その
この傷を負わされたのは確かに皆城総士だったのかもしれない。痛かったのも皆城総士だったのかもしれない。
ならば、何故皆城総士はここに居ない
「わかるぞ。お前の心が」
「僕の存在を取り戻したいならお前は大人しく僕とひとつになればいい」
島と、乙姫の為に自分の生命があって。他の誰かや自分の為に生きてはいけないといわれ、なら一騎と一緒に無に還る事を望み、一騎と同化して消えようとした。
一騎に負わされた痛みで自分は自分だと、痛みを感じる事で自分という存在を確立出来た皆城総士。
だがこれはひとつの賭けだ。痛みを負っても自分の存在を確立出来なかったその時は一騎と一緒に消えていた。
だから僕は一騎を消させない為に自分を消した。僕が僕でなくなっても一騎には生きていて欲しいと願った僕が居た。
何度生まれ変わっても存在と無の彼方で出逢い続けるために。
だから僕は変われない。僕が僕でいる事を選ばなかったから、僕は違う自分になれなかった僕とひとつになれない。
意識が上がっていく。今はまだその時ではない。
対話の時はまだ先だ。僕自身もまだ僕を受け入れるには未熟だから。
◇◇◇◇◇
「総士が倒れた?」
今日、迎えにくると言っていた総士がやってこなかった。代わりに俺を迎えに来た蔵前から聞いた。
「色々、疲れてたのかも。なんでもかんでも、一人で抱えようとするから」
昔は、総士の事をなんでもわかっていた。未だに好きなものが変わらなくて少し安心した。
でも俺の知らない総士を蔵前は知っていて。あの日、総士の目を傷つけて逃げたその日から、俺たちの時間は止まったままだ。
何度も聞こうと思っていた。何故目の怪我の事を黙っているのか。でもその度に怖くなった。それを聞いたら今よりも酷い関係になるんじゃないかって。
お前を傷つけた自分が恐くて。逃げて、なのに誰も俺を責めなくて。その事に安心してしまった自分が嫌いになった。だから――。
「蔵前は、知ってたのか? 島のこと」
「ええ、結構前から。でも皆城くんはもっと前から。物心がついた時から、島の秘密を知ってた」
そんなに前から総士は島のことを知っていて、俺と遊んでいた頃から何かを背負っていたのか。
そんな事も知らないで、俺は総士の左目を奪ったのか。
そして、そんな小さな頃から島のことを知っていた事を俺は知らない。
「蔵前。総士には会えるのか?」
「疲れて眠ってるだけだから面会は出来るって遠見先生は言っていたけど」
寝ていても、起きていても良い。今すぐに総士に会いたかった。
時間が経ちすぎて今更目の事を謝る勇気はまだ持てない。それでも総士の左目の代わりをすること位だったら出来る。
俺の所為で、総士は倒れたんだ。俺が総士の左目を奪わなければ、総士は無駄な苦労だってすることはなかったはずだ。無駄な疲れだってしなくて良いはずだったんだ。
だから例え寝ていても構わない。起きたときに総士の左目の代わりになれるなら。総士の為に出来ることがあるのなら。
◇◇◇◇◇
「ここは……」
無機質な天井とカーテンで遮られたベッド。
「僕は――」
マークアインとの接続テストで変性意識のテストをしていたはずだ。いつもなら心が変わるところで嫌悪感を感じて本能的に違う自分になることを拒絶していた。
今回はそれを受け入れようとした。皆が戦うために訓練を受けるなら、僕もファフナーに乗って戦える様にならなければと思った。でなければ皆を指揮する立場の僕が立つ瀬がない。
「その結果が、この有り様か……っ!? か、一騎!?」
身体を起こすと、何故か椅子に座って上半身は僕の眠っているベッドに横たわらせて寝息を掻いている一騎の姿があった。いったいどういう状況なんだこれは。
「一騎。……一騎」
「んっ……んぁ…、総士…?」
僕が声をかけて身体を揺らすと、目を擦り起き上がった。なんだこのかわいい男子は。女子力ストップ高もいい加減にしろ。思わずドキリとしたぞ。
「どうしてここにいるんだ?」
「え、いや……、いちゃ、だめ…なのか」
何故一騎と皆城総士が男同士なのかわかる気がする。どちらかが異性だったら確実にどちらかが堕ちる。
「いや。そうじゃない。理由を聞きたいだけだ」
言葉が足りない僕も悪いのだろうが、しょげて上目使いで不安げな声で僕に問うな。何故かわからないが猛烈に抱き締めたくなる。皆城総士の庇護欲がそうさせようとしているのか?
「総士が倒れたってきいて。見舞いにきただけで」
見舞いにきたなら寝ている僕を見て帰っても良いだろうに。
「総士。なにか出来ることないか?」
「あ、ああ。そうだな…」
身を乗り出してきて僕に問う一騎。何があってこうなっているんだ? 極めて意味不明だ。
ただこれは何かを頼まないと引き下がらないだろう。不要だと返すことも出来るが、一騎に僕がそんなことを言ってみろ。その瞬間世界は破滅するぞ。
「食事を作ってくれ。お腹が空いている」
「よし、わかった。すぐ作ってくる」
僕が頼むと花が咲いた様な笑みを浮かべて一騎は病室から出ていった。その後ろ姿に犬の尻尾かついていた様に見えたのは僕の気のせいだろう。
気を失って既に半日が経っていたと聞かされて我ながら深い眠りに呆れてしまった。
「なにかあったら言ってくれ。なんでもするから」
半日も寝ていれば既に夜だった。一騎は泊まる気でいたようだが、真壁司令の夕食を奪うわけにもいかない。だから渋る一騎の背を押して帰らせる。
「ああ。その時は頼む」
「ああ。おやすみ」
「ああ。…おやすみ」
一騎が去り、静寂が訪れた病室が寂しいと思うのは気のせいだろうか。ああ見えて皆城総士は仲間を大切にしている。言葉が足りないから伝わり難いだろうが、マークゼクスが自爆する時も最後までフェンリルの解除とコックピットブロックの脱出を試みていた。甲洋の時も、心が消える瞬間までクロッシングしていた。クロッシングしているからこそわかる。もし僕が同じ状況になって果たしてクロッシングし続けられるだろうか。
パイロットとの一体化。他人の心が入ることを受け入れられなければクロッシングは成立しない。
一騎を受け入れられたから自分自身も受け入れられるだろうと思った認識が足りなかった。結果意識を失うという無様を晒した。
「一騎……」
次からは倒れる様な無茶は控えようと思った。看病されたのは有り難かったが、少しいきなりすぎて驚きながら恐怖も感じた。過保護という言葉が当てはまるくらいに一騎は僕の体調を気にしていた。
なにが一騎をそうさせているのか。原因は僕だろうが心当たりはない。あんな一騎は始めて見るが、僕という存在が一騎の重荷になっているのは確かだろう。皆城総士が倒れたことなど一度もないのに僕が倒れた所為で余計な心配をかけてしまったようだ。
翌日、1日遅れで僕は一騎とマークエルフの戦闘システムテストに挑んだ。
マークエルフは大破状態だったが、それでもコアは無事だった為修復される事となった。パーツの幾分かをマークアインから移植する形で作業は進んでいる。
蔵前が健在である為マークツヴァイは修復には回せず、同型機でパイロットが乗れないマークアインが宛てられるのは順当な選択だ。
機体の外装をマークアインのものからマークエルフの水色の装甲へ換装作業の最中、マークエルフの中に居る一騎とのクロッシング調整を行う。
シナジェティックスーツのお陰でクロッシングもよりしやすくなったが、スーツがなくても高い領域でクロッシング出来る一騎と皆城総士である僕にはあるもないもあまり変わりはない。
ただ一騎がどうしてあの様な過保護に行動に出た理由が少し気になった。
一騎から感じるのは義務感だった。ファフナーに乗ることを義務に思うやつじゃないのは僕も知っている。今の一騎は僕が乗れというから乗るだけだ。乗るなと言えば乗らないだろう。
ならこの義務感は何処にあるのだろうか。
表層的な部分はクロッシングで読み取れても、心の深い部分を知るには相手に受け入れて貰わなければならない。それは僕も同じだが、僕の場合はあまり深くクロッシングすると知られたくない事まで共有してしまう。
この世界の未来を知っている事を誰かに知られるわけにはいかない。これは僕だけが背負うべきものだ。こんな
戦闘システムテストが終わったあと、パイロット候補である6人と合流した。
「もう大丈夫なのか? 総士」
「な、なにがだ?」
「なにがって。倒れたって聞いたぜ? あの総士が倒れたなんてよっぽどだって心配してたんだぜみんな」
「今度は僕たちも一緒だからあまり無理しないでね、総士」
甲洋、剣司、衛にそう言葉を掛けられて、僕は少しだけ心が軽くなった気がした。僕も現金な人間らしい。
一騎に余計な心配をかけてしまったが。こうして皆の中にも僕の存在する場所があることを嬉しく思った。
記念写真も、この時に撮った。その写真は部屋に飾る事にした。
何処にも居ない。居てはいけないと思っていた僕にも確かに居場所があるのだという大切な証として。
to be continued…