僕の1日は先ず乙姫の所に赴く所から始まる。昨日なにがあったかを話す事が僕の日課だった。島のミールを通して島のすべてを知っている乙姫には要らないことかもしれないが、だからといって妹を蔑ろにする理由はない。
そして僕が唯一弱音を言えるのもまた、乙姫だけだった。
妹に弱音を言う兄という情けない構図だが、乙姫なら受け入れてくれるだろうという僕の甘えだった。
乙姫のもとをあとにした僕の次の行動は当番によって分岐する。
朝食当番なら僕はこのまま朝食を作りにいく。アルヴィス内の食堂でも良いのだが、食堂の味と家庭の味は別だ。僕も蔵前も忙しいとき以外は基本的に自炊する様にしている。
今日は蔵前が当番の為、もう少しゆっくりしていられる。その時間で僕はファフナー関連の武装を製造と調整をしていく。
今回はイージスシステムが完成した為、順次生産していく。
イージスシステムは防御特化型と砲撃可能型の二種類を用意した。マークフュンフ以外のファフナーにも装備する事で生存性を上げる目的がある。
運用コスト? パイロットの生命が掛かっているんだ。出し惜しみはしない。
とはいえ砲撃型はマークフュンフへ。他はマークツヴァイとマークドライに先ずは回す事になるだろう。一騎のマークエルフには却って邪魔になるだろうから装備は見送ることにする。
「ご馳走さま。行ってくる」
「ちょ、ちょっと皆城くん!? 昨日倒れたばかりなのにまだ休んでなくちゃ」
「充分な睡眠は確保している。問題ない」
「大有りだってば! また倒れちゃうよ」
朝食を終えてすぐに動き出そうとする僕に蔵前が待ったをかける。正直1日を無駄にしてしまった遅れを僕は取り戻したかった。
蔵前の気遣いも有り難いが、今の僕は時間との勝負だ。せめてスフィンクスC型が島に襲来するその時まで時間は無駄にできない。
「遠見先生だって今日は寝てた方が良いって」
「今日になっても調子が悪ければの話だ。僕はなんともない」
過労で倒れた訳ではないのだから気にしすぎだ。
「私が言っても説得力ないけど。無理してないよね?」
クロッシングで蔵前の感情は把握している。義務感と劣等感が割りを閉めていた。彼女自身自分の能力の限界を感じてわかっているから余計劣等感に苛まれて、それをどうにかしたいと努力しても自分の能力が頭打ちでどうにもできずまた劣等感に苛まれるという良くない流れに囚われている。無理をしている自覚があるという意味が言葉に隠しきれていない。
僕がファフナーに乗れないから蔵前には抱えきれない無理をさせてしまっている。だから僕は立ち止まっていられない。
「ああ。君程はしていないつもりだ」
身近に自分よりも無理をしている人をみると休めないのが人間だ。それが家族なら尚更だろう。
「私は……これしかないから」
先輩たちの分も島を守る。それが蔵前の義務感の動機だ。それは僕も同じつもりだ。
この島を守りたい。僕はその想いだけでここにいる事を選んでいる。
「……僕にも、これしかないだけだ」
そう。僕はこれしかない。島を守る事が僕が存在している理由だと思っている。皆城総士ではなく、僕がここにいる意味はきっとそれなのだから。
シミュレータールームに赴き、心配されながらも大丈夫であることを伝えた羽佐間先生から羽佐間と一騎の事を任された。ファフナーの訓練は僕が受け持つ事になった。
「今からの訓練は僕が受け持つ事になった」
「総士。本当に大丈夫なんだな?」
皆の前でも、羽佐間先生にも大丈夫だと言ったのだが、尚も一騎には心配される。あまり良くない傾向だが今はどうしようもない。原因はわかっても理由がわからないからだ。
「大丈夫だ。それより今は心配する相手が別に居る」
「別って……」
そんなことないと言いたげな一騎から視線を外して壁の影から此方を見る視線に声を掛ける。
「恥ずかしいのはわかっているが出てきてくれないか? 訓練が始められない」
「――――っ」
息を呑み、覚悟を決めたと言わんばかりにきびきびと姿を表したのは、一言で言えば儚い少女。
羽佐間翔子が僕たちの前に姿を現した。
「羽佐間……どうして?」
「…………っぅ」
一騎に声を掛けられ、今の自分を認識されてよっぽど恥ずかしいのだろう。僕の後ろに隠れてしまった。僕は平気で一騎がダメなのは実に羽佐間らしい。
「ファフナーの運用はツインドックが最低限推奨されている。一騎、羽佐間がお前のパートナーだ」
「でも、羽佐間は身体が。……総士、俺はひとりでも」
「一騎、お前だけ」
「っ、私、がんばるから!」
ひとりで戦おうとする一騎に僕が言葉をかけようとするのに被せて羽佐間が声を発した。
「一騎くんをサポート出来るように、がんばるから」
普段自分の意思を前面に出す様には見えない羽佐間の言葉と勢いに一騎はなにも言えなくなってしまったようだ。その光景を少しだけ微笑ましく思う。羽佐間が居れば一騎も無茶はしないだろう。とはいえ最終的には誰がなんと言おうと止まらないのが一騎なんだが。
「二人ともコックピットブロックに入れ。訓練を開始する」
一騎が先に入り、漸く動き出す羽佐間に僕は声を掛けた。
「ありがとう、羽佐間」
「え?」
いったいなにがと立ち止まる羽佐間。ただその理由を僕は告げない。
「感謝したくなった。ただそれだけさ」
そう言い残して僕もコントロールルームに向かう。
羽佐間が居るから一騎もひとりじゃない。それは今伝えてもわけがわからないだろうから。
ファフナーの訓練は順調と言えた。一騎は言わずもがな、羽佐間も即戦力レベルで機体を動かしていた。
ただ痛みに対するテストで羽佐間が異常レベルの素質があった事だ。
自分が想像したことに対する自己没入の素質が異常過ぎる。だからファフナーになる事も、違う自分になる事も迷わずに受け入れる。何故なら彼女のなかでは既にその状態であると思い込んで自分を落とし込んで当て嵌めるだけなのだ。ファフナーに乗る上でこの上ない素質だ。恐らく羽佐間ならザルヴァートル・モデルすら動かせるだろう。彼女のその素質が少し羨ましく感じた。
あまりに羽佐間の適正テストが早く済んでしまった為、やることがなくなり早めの解散となった。
ジークフリード・システムとの接続テストもしたかったが、今日いきなりでそれは性急過ぎるだろうと思い止めておいた。それに元気が良すぎて忘れそうだが羽佐間は病人だ。負担を増やさず早めに休めるのも身体には良い筈だ。
「今日はここまでだ。帰って身体を休めておけ」
「え、もう?」
自分ひとりの時はまだ長かったからだろう。一騎が疑問を口にするが、羽佐間の前では悪手だ。
「わ、私ならまだやれるからっ」
と、自分の所為で早く終わってしまったのだと余計な勘繰りをさせてしまうからだ。
「今日の予定はすべて消化した。また明日、訓練は続く。その為に今日は帰って休め。戦闘指揮官としての僕の命令だ。良いな? 羽佐間」
「は、はい……」
羽佐間に言い聞かせる様に言葉を口にすれば、俯きながらも彼女は返事を返してくれた。
「きゃっ」
「羽佐間を送り届けてやれ。一騎」
そんな羽佐間の肩に手を置き、回れ右をさせて一騎に向き直らせて、一騎に彼女を送るように言い渡す。その方が羽佐間も喜ぶだろう。
「総士は帰らないのか?」
「僕はまだやることがある」
今日のデータを纏めなければならないし、寧ろここからが僕の仕事だ。
「また明日、今日と同じ時間で待っている」
そう言い残して僕はコントロールルームに戻った。あとは一騎に任せて平気だろう。
「お疲れ様。皆城くん」
「蔵前か」
蔵前は羽佐間先生と他のパイロット候補たちの訓練をみてもらっていた。僕の身体がひとつしかないからあちらもこちらも知るためには誰かの力を借りなければならない。その分、蔵前の好意に甘えられる僕は皆城総士よりも余裕があるのだろう。
「そっちはどうだ?」
「まだ時間掛かりそう。みんな違う自分になることを受け入れられないみたい」
遺伝子を弄っているとはいえ心まではどうにも出来ない。それは皆が向き合って変わることを受け入れなければならないから。僕が言えた立場じゃないな。
「皆城くんの方は?」
「一騎に関しては問題ない。ただ羽佐間は少し恐いくらいにもうファフナーを動かしている」
「翔子ちゃんが?」
「ああ。機体の調整と本人の調子次第では次の出撃にも召集されるだろうレベルだ」
未来を知る事を抜きにしても羽佐間の能力は抜きん出ていた。ある意味で先が楽しみだ。彼女を生き残らせられれば戦いが楽になるだろう事は目に見えている。一騎並みにファフナーを動かせるパイロットは貴重だ。
「……ねぇ。どうしてこんなにパイロットが必要なの」
「……先輩たちでさえ、八人のパイロットを揃えても同化現象には抗えなかった」
「でもあれはティターン・モデルだったから」
「ノートゥング・モデルも同じだ。それは君が良く知っているだろう」
既に蔵前は同化現象の初期症状で目の色が変わっている。視力補正に日常的に眼鏡を掛けていたから、眼鏡に細工を施し目の色を誤魔化しているが、肉体は着実に同化現象に蝕まれている。
だからパイロットの人数が必要だ。必要なら第二世代パイロットの召集も僕は考えているくらいだ。
同化現象への対策が出来なければ蔵前と要は北極とのミールの決戦を待たずに戦線離脱は充分有り得ると僕は思っている。
だからパイロットの数を揃えて各々の負担を減らさなければならない。それは急務だ。
「ねぇ、皆城くん。今夜はなにが良い?」
「……オムライス」
「ふふ、皆城くんの好みっていつも子供っぽいね」
蔵前から献立を聞かれて素直にたべたいものを口にしたら笑われた。子供の好みだというのは僕自身も把握している。だが食の好みは僕も皆城総士もあまり変わらないもので、食べたいものは無意識に思い浮かぶものだった。
「わるいか?」
「ううん。皆城くんのそういう所を見ると安心するの」
「安心?」
ただ好みの食を言うだけで何故安心されるのだろうか?
「いつも大人っぽい皆城くんも私達と同じなんだなぁって」
大人っぽいというより無理にでも大人にならなければやっていけない立場に僕はいる。いつまでも子供で居たら島を守る事など出来ない。
「変更しよう。僕が作る」
「え? 別に良いよ」
「昨日は自分で作ったんだろう? なら僕がやろう」
「良いってば。皆城くん休んでてよ」
「遠慮は要らない。麻婆豆腐というものを教えよう」
麻婆豆腐という単語を聞いて蔵前の顔から血の気が引く。
「きゃあああ!! ごめん皆城くん、謝るから赦して!」
「遠慮する事はない。本格中華麻婆豆腐だぞ?」
「今日は麻婆豆腐って気分じゃないから。ね? ね?」
必死に僕を止めようとする蔵前。だってそうだろう。蔵前は辛いものが苦手だ。ピリ辛程度なら食べられるが、僕が作るのは本格派の激辛麻婆豆腐だ。つまり蔵前が当然食べられないものを作ろうとしているのだ。べつに子供っぽいと言われた事を気にしているわけではない。
すがりつくように懇願する蔵前とそれを断固拒否する僕は他人にはどう映るのだろうか? 少しは家族らしく見えているのだろうか。
to be continued…