無印版と劇場版や二期の戦闘描写の差は対フェストゥム機構の差ではないかと私は思っています。
島の上空を新国連の探査機が飛来するようになった。
偽装鏡面で島の姿は隠されている為に易々と見つかる事はないが、フェストゥムとの戦闘中に来られたら見つかってしまう。今はまだヴェルシールドと偽装鏡面の同時展開は出来ないからだ。さすがの僕でもブリュンヒルデシステムと島の防衛システムにまでは手を出せなかった。それよりもファフナー関連の技術を最優先で身につけて来たからだ。
今日もまた研究室でファフナー関連の技術開発を進めるものの、島の技術だけでは限界も見えている。ザルヴァートル・モデルの研究データが舞い込む事で僕ではどうにも出来ない事柄も進むのだろうか。
せめて同化現象を抑制する技術進歩が出来れば良いのだが、これも蓬来島のデータが欲しい所だ。情けない事に現状手の打ちようがない。
全くなにも思い浮かばない思考を打ち切り天井を仰ぎ見る。そろそろ朝食だと腰を上げた所でふと背後に気配を感じた。
「乙姫……!」
島のミールを通して意識だけを飛ばしているのだろう。幻惑の様に揺らめく姿で彼女はそこにいた。
左目が疼く。皆城総士も妹の事が気掛かりなのだろうか。
まだ起き抜けで眠そうな彼女の幻惑に手を伸ばした。
触れられるはずはないが、幻惑の輪郭に合わせて手を彼女の頬に添える。
――――温かかった。幻であるはずなのに温もりを感じた。
強く左目が疼く。気安く妹に触れるなと怒っているのか?
乙姫の頬を撫でていると、乙姫も僕に向けて手を伸ばしてきた。僕と同じ様に左の頬に触れ、その細い指が僕の傷痕に触れた時だった。
『総士――』
乙姫が僕の名を呼ぶ。
「乙姫…?」
いや、そんな事は有り得ない。まだ乙姫は目覚める前の筈だ。
それだけではなかった。僕はいつの間にかウルドの泉に居た。
「ここは…」
「ようこそ」
そこには乙姫が居た。何故だ。まだ目覚めてもいない。まだ人として生きることすら選んでいない、人格さえまだない筈だ。
「島の未来を占う場所へ」
乙姫の声よりも堅い声がした。僕を挟んでふたりの乙姫が存在していた。いや、ひとりは違う。乙姫じゃない。
「おり、ひめ…?」
皆城織姫。乙姫がミールへ命の循環を教え誕生する新たなコアであり乙姫の子、皆城総士には姪に当たる存在であり僕にとっては未来で出逢うだろう存在だ。
「はじめまして、総士」
「…わたしも言わないとダメ?」
「言葉を交わすのは互いがここにいる証だよ? 織姫」
身成はそっくりな双子であるが、いくぶんか織姫の方が幼く見える。それを堅い表情で取り繕っているのを僕は知っている。
「どうして織姫が……。いや何故乙姫が」
さすがの僕も混乱せずにはいられなかった。このふたりは決して出逢うことがない。乙姫がミールへ還る事で織姫が産まれてくるのだから。それだけではない、織姫は別としても乙姫にもう明確な人格と価値観が生まれている様に見える。乙姫を目覚めさせたのは一騎のマークエルフのコアだと言っていた。今はまだその時ではないだろうと思うが。
「総士が総士でいる事を選んだからだよ」
「僕が僕である事を?」
「一騎とひとつになろうとした総士は、一騎に傷つけられてもひとつになろうとした。でもそれを総士は許せなかった」
「たとえ自分の存在が消えても一騎に消えて欲しくなかった。でも総士も消えて欲しくなかった」
いつの間にか景色は鈴村神社の境内に変わり、乙姫と織姫が交互に僕に向けて言葉を紡ぐ。
「だから僕が生まれたというのか? 日野美羽が弓子先生の存在を望んだ様に」
「そうとも言えるけど、そうじゃないとも言える」
「あなたは自分で選んだ。ここにいることを」
僕は明確な答えが欲しかった。自分が何者なのか。皆城総士は僕である証が欲しかった。しかし織姫も乙姫も未だその答えをくれない。
「教えてくれ。僕はどうすれば良い」
「その答えは自分で見つけなさい、総士」
「その答えはもうあなたの中にあるよ、総士」
織姫は突き放す様に、乙姫は優しくもやはり自分で探させる言葉を紡ぐ。
「いつまでも妹に甘えてちゃダメだよ? 総士」
身を乗り出して上目使いに僕を下から覗き込む乙姫。
当たり前だったかもしれないが、知られていることを気恥ずかしくなって一歩足を下げようとする僕を誰かが後ろから抱き締めた。
「わたしの未来とあなたの未来は同じものになるかは、わたしにもまだわからない」
織姫の声はどこかもの悲しげだった。織姫には無理をさせてばかりだった。立上がいてくれたが、彼女を甘えさせる事を僕はしてやれなかった。
「でもあなたの未来が希望に満ちていることを祈ることはできる」
「織姫……」
「答えはいつも自分の中にある。それを忘れないで、総士」
「乙姫」
前から乙姫にも抱き締められる。僕を挟んで抱き合う親子。決して交わることのないふたりの運命。それを想うと僕も哀しさが込み上げてくる。
「「総士…?」」
似た者親子がやんわりと抱擁から抜け出した僕を不思議がって首を傾げた。
そんなふたりを今度は僕が抱き締めた。僕という壁が抜け、直接ふたりの肌が触れ合う。
「僕が僕である事の意味を僕はまだ見出だせない。それでも――」
僕のしている事は必ず未来に続くことだと信じている事に疑いはない。それは確信ではなく祈りや願いといった不確かなものしかなくとも、僕にはこうする事でしか自分の存在を意味のあるものだと思えない。
「共に未来を見れる様に尽力する」
「それは――」
「無理とは言わせない。僕が乙姫を未来に連れていく。だから未来で待っていてくれ、織姫」
「総士……」
小さな親子を抱き締めて僕はまたひとつの誓いを立てた。無茶苦茶な事を言っている自覚はある。ミールが命の循環を学ぶために乙姫の犠牲が必要だとしてもそれを受け入れて諦める道理はない。そんな道理は僕が無理をして抉じ開けてやる。
いなくなりたくない。ここにいたいと涙を流した乙姫を犠牲にするくらいなら僕が犠牲になる。
「それはわがままだよ、総士」
「定められた未来を認められずに抗っている時点で我が儘なのは承知の上だ」
仲間の未来を想うなら、妹の未来を想うことも不平等ではない筈だ。
ふたりから身を離して立ち上がった僕は神社から見える島の風景を見渡す。
世界を相手にしているのだ。今さら島そのものが相手でも対して変わりはしない。寧ろ存在している島を相手にする方がまだ気が楽だと思う自分がいる。
「まだ自分とも向き合えないお前に出来ると思うか?」
乙姫と織姫とは違う気配が僕の背後に現れた。振り向かずとも相手が誰なのか僕にはわかっている。
「痛みを感じても変わることをしなかった自分には言われたくない」
僕は足を踏み出した。長い階段の先は真っ暗だ。真っ暗な穴が風景を塗り潰す様に現れている。
「僕は未来と戦った仲間を知っている。彼女に出来て僕に出来ないわけはない」
身体が闇に沈んでいく。それでも歩みを止めない。これもひとつの選択なのだろう。見慣れた景色は未来を示唆していて、僕を包む闇は不明確な未来を表しているのではないだろうか。たとえどんな未来でも歩めるかと試されているのかもしれない。だから歩みは止めない。
「勝手なことしてごめんね。総士」
乙姫でも織姫でも、自分の声でもない、別の誰かの声を背に僕は意識が浮かんでいくのを感じた。
◇◇◇◇◇
酷い倦怠感を感じながら頭を起こす。見える天井はつい先日見たばかりのものだった。
やってしまったと思いながらどう蔵前を言い包め様か無駄に思考を割きつつ身体を起こした。
「……………どういう状況だ? これは」
一騎がまた椅子に座りつつ身体はベッドに預けて眠っている。それはいい。良くはないがいい。蔵前が椅子の上で船を漕ぎながら眠気と戦っているがほぼ落ちかけている。それはいい。良くはないがいい。
一騎がいる右側の反対。左目が死角だった為気付かなかったが、今の僕はかつてない程極めて混乱している。
一騎と同じ様に椅子に座りつつ身体はベッドに預けて眠っている黒髪の少女。一瞬羽佐間かと思ったが、それはそれでまたここまで思考が止まるほどではないが驚くだろうが、羽佐間は蔵前の肩に頭を預けて熟睡していた。
良い加減現実を先ず認識しよう。そのあとはもうどうにでもなってしまえ。
「乙姫……。乙姫」
つい先日一騎にそうした様に、僕は何故かここにいる乙姫の肩を揺さぶって起こす。誰かが着せたのだろう。アルヴィスの制服に身を包む乙姫は見慣れた姿であり、この手でもちゃんと触れることが出来ている。
「ん……。んぁ……総士…?」
僕よりも一騎と乙姫が並んだ方が兄妹に見えるのではないかと思うほどに同じ様な反応につい笑いそうになってしまう。
目元を擦りながらまだ眠そうな彼女は僕を見ると花が咲いた様な笑顔を向けて言葉を紡ぐ。
「おはよう、総士」
その後、乙姫の声で起きた蔵前が物凄い剣幕で僕を責め立てた。人の言うことを聞かないからまた倒れるのだと。どうやら僕は研究室で眠ってしまったらしい。
さんざん探し回っても見つからない僕を目覚めた乙姫の導きで探し当てたのだとか。
しかし目覚めただけでなく岩戸を出ることすら早すぎる。これでは乙姫は――。
「それにしても総士に妹が居たなんて」
「あ、あぁ。事情があってずっとアルヴィスに居たからな」
親友でありこの中での仲は一番長い一騎に問われるが、僕も嘘ではないが濁した事実を述べるしかなかった。コアである乙姫に関しては竜宮島でもトップクラスの機密事項だ。狩谷先生や新国連の息が掛かっている人間も少なくない今の竜宮島で乙姫が外にいる事は極めて危険だ。
「今日はこのまま医務室で過ごそうと思う。羽佐間も空いているベッドを使って休むと良い」
時間はもう深夜を回っているらしい。アルヴィスの中に住んでいる僕たちはともかく、一騎と羽佐間は帰らないと親が心配するだろう。特に真壁家は一騎が家事を担当している。真壁司令に恨まれたくないんだが。
「一度帰って晩飯は作って来たから大丈夫だ」
「なら羽佐間を連れて送り届ける位は出来ただろう。元気に見えても彼女は病人だぞ」
「い、いいの皆城くん。わ、私が皆城くんを見てるって一騎くんに言ったの」
病人の羽佐間を付き合わせる事はなかっただろうと一騎を咎め様とした僕に羽佐間が間に入って一騎を庇って来た。羽佐間がそう言うと僕には何も言えなくなってしまう。
理由を聞きたかったが、視線を羽佐間に向けると彼女は俯いて黙ってしまう。べつに怒っている訳じゃないのだが。
「気遣いは有り難いが、もう少し自分の身体は労るべきだ」
「お前が言うなよ」
「そうそう。今の皆城くんに他人をどうこう言える資格はありません」
おかしい。正論を述べた筈だ。なのに一騎と蔵前に言い返されてしまった。過労で倒れている訳ではないのは遠見先生の診察結果でも明らかだ。かといって今の一騎や蔵前に伝えても意味がわからないだろう。
「総士。なにかして欲しいことはないか?」
「いや。今日は大丈夫だ」
「そっか。お腹も空いてないか?」
「ああ。済まないこんな時間まで」
「良いんだ。俺がしたいからしてるだけだから」
一騎の優しさは嬉しいが、それをもう少し他の皆にも向けられないのかと思いもする。
「はいはい。ふたりの世界を作ってないで、今日は解散にしよう?」
と蔵前が切り出したことでお開きになった。とはいえ――。
「みんなでお泊まりって楽しいね、総士」
「何故こうなった……」
「なんか、凄いんだな。お前の妹って」
もう今から竜宮島に帰るよりもアルヴィスの中で泊まった方が良いと思った僕は蔵前に一騎を居住区の空いている部屋に案内して貰おうかと思った。
しかし乙姫がみんなでこのまま医務室に泊まれば良いと言い出し、そんな乙姫に僕が逆らえるはずもなく。僕が否を唱えないなら一騎は肯定票であり、身体を気遣えば羽佐間も医務室に泊まらせる方が良い。つまり正しく蔵前は男女七歳にして同衾せずを唱えたが、乙姫のお願いには断る事は出来なかった。
ベッドを3つ繋げる大仕事を終え、僕は一騎と乙姫に挟まれて寝る事になった。ちなみに乙姫の向こう側に羽佐間とそのまた向こう側に蔵前という寝方だ。勝手にベッドを動かして遠見先生に怒られないだろうか。
「ふふふ」
「どうかしたのか?」
僕の腕を枕にしながら笑う乙姫に小さな声で訊ねる。
「ううん。みんなで一緒に居るだけで楽しいなって。今まで出来なかった事が出来て。これからもたくさん出来るのかなって考えたら、つい」
乙姫は目覚めてからもアルヴィスの中で僕とは別々の部屋で寝泊まりしていた。
かつては乙姫もミールに命の循環を教え、フェストゥムにも人の感情を教えようとしていた。織姫とはまた違いながらも島のコアとして振舞い、ただの妹として振る舞うことをあまりしなかった。
僕が僕である事で乙姫は目覚めたと言っていた。それがどう影響を及ぼすのか僕にはわからない。それでも乙姫が望むなら少しは兄妹らしく触れ合うのも良いだろう。
「なんか、懐かしいな」
「なにがだ?」
今度は一騎が溢した言葉に声をかけた。
「昔、こうやって一緒の布団で横になって眠くなるまで話したりしたこと」
「……そんなこともあったか」
と言っても僕には身に覚えのない、皆城総士がまだいた時の話だろう。自分がいなくなっても一騎にはいなくならないで欲しい。
僕が痛みを感じて自分を認識する合間に皆城総士の中で何があったのか僕は知らない。それをいつか僕は知るときが来るのだろうか。
「最初は互いに色々話してて、気づいたら総士が先に寝てて。寝顔をちょっと見てから俺も寝てたっけ」
「小さい頃の皆城くんか。寝顔とかかわいいんだろうなぁ」
一騎の思い出語りに蔵前が乗る。もう寝るのに何故そうも元気に話に加わろうとするんだ。
「ちょっと羨ましいかな。私、友達の家に泊まったこともないから」
羽佐間までも加わってくる。明日も早い事をわかっているのだろうか。
「翔子も今はここにいるよ。生まれてはじめてのお泊まり」
「乙姫ちゃん……。うん。ありがとう」
「お泊まりか。私もしたことなかったかも」
「果林ちゃんも?」
「うん。まぁ、そこまで仲の良い友達も居なかったから」
女子は女子で会話に花が咲いたらしい。対する僕らは無言だ。
「なんだ?」
「いや。べつに」
べつにと言いつつ一騎が僕の方に寄ってくる。端だから狭いのだろうか。
「昔は身体をくっつけて寝てたっけなって」
「昔は昔だろう」
あまり詰め寄られても僕が窮屈になるだけだ。
「総士の身体。温かくて安心するんだよね? 一騎」
「ん、まぁ、そうだな。こう、ちょうど良い体温、かな」
「僕は湯たんぽか……」
意味もなくくだらなくとりとめもない会話ばかりが続き、ひとり、またひとりと寝息を立てていく。皆城総士は必要以上に悲しみを感じない様に必要以上にパイロットが親交を築く事に否定的だったが、僕はそうは思わない。僕たちの強さは互いに守りあうことだからだ。誰かの為に誰かが立ち上がる。僕たちはそうして戦っていった。
「おやすみ、総士」
「ああ。おやすみ、乙姫」
乙姫の頭を撫でながら僕はもう瞳を閉じる。この楽しい時間の事を想いながら、その時間が未来でも続くことを祈りながら。
to be continued…