マークドライがマークフィアーのコックピットを回収。同時にマークゼクスは撤退。蓬莱島はフェンリルによって消滅した。
リンドブルムとドッキングしたマークドライが竜宮島島へと帰還した。マークゼクスはトルーパーと共に輸送機を護衛して帰ってくる。今は一騎のフォローを任せた。
行方不明者は8名。ファフナー一機を消失。パイロットの救出に成功、集中治療室へ搬送。
結果から見れば犠牲は最小限だ。だがそんな結果、僕にはなんの慰みにもならない。
甲洋を救えなかった。甲洋に忠告した僕自身があの時気を緩めてしまった。結果、コアギュラ型への対処が間に合わなかった。
今回は完全に僕の失態だ。僕の気の緩みが甲洋から人としての人生を奪ってしまった。甲洋がフェストゥムの側の存在として存在出来る可能性もある意味賭けだ。そんな危ない橋を渡らせないために救おうと決めたはずだ。ジークフリード・システム内のすべてのパイロットの命を守ると誓ったはずだ。
「くっ…!!」
握り締めた拳。爪が食い込み血が流れ出す。だがこんな程度の痛み、なんの罰にもならない。償えない。贖えない。
「僕は……っ」
額を壁にぶつける。この程度、痛みの内に入らない。コアギュラ型に傷つけられた甲洋の痛みはこんなものじゃなかった。
「甲洋っっ」
拳で壁を殴りつける。皮が裂けて血が出るが、この痛みでさえ程遠い。
左目が疼く。嘲笑っているのか、僕を。僕では所詮仲間は救えないと。
「僕はどうしたらいい。甲洋を救えなかった僕が、皆の命を背負う権利があるのか…っ」
未来ではマークフィアーが襲われたのは遠見と溝口さんを救出し浮上を開始した直後だった。その時はまだ神経を張り詰めて警戒していた。浮上間近。そこまで来ればもう大丈夫だと思っていた。思ってしまった。だが島その物が同化されているのだから、何処からでも敵は現れる可能性を考慮しておくべきだったのだ。
未来の知識に頼りすぎた僕の責任だ。未来で襲われる場面になっても襲われず、このまま無事に帰れると思ってしまった僕の甘さが招いた結果だ。こんな僕に皆の命を預かる権利などない。
「1度失敗したからって、逃げるの? 総士」
「乙姫……」
乙姫に声を掛けられたが、僕には乙姫に答える言葉を持たなかった。
「……逃げたいのなら、それでもいい。あなたは総士じゃないんだもの。あなたに痛みは背負えない」
第一声はとても厳しく冷たい声だった。続けて放たれた第二声はとても柔らかく包み込んでくれる様な声だった。
「でも逃げた先でいったい何があるの。皆城乙姫を未来に連れていく約束は嘘なの?」
「僕は……」
また、冷たい声だった。僕に失望しているかの様に一切の暖かさはない。僕を責め立てるのならそうしてくれ、そうしてくれた方がまだ気が楽だ。
「あなたが望んだから皆城乙姫はそこにいる。あなたが逃げたら皆城乙姫はどうなると思う? そんなことで破るような約束なら最初からしないで!」
妹に怒られる情けない兄だ。仲間を守れなくて当然だな。
「その時は、わたしの命は岩戸に還るだけ。それがわたしの運命だから」
優しげな声で乙姫は僕に言う。そうだ。それが嫌だと僕は乙姫を未来に連れていくと言ったんだ。
仲間の命を守れなかった僕に妹の未来を背負う価値があるのだろうか。
「そんなことはさせない。させたくない。乙姫、君はここにいるべきだ」
批判でもなんでも受けよう。それが僕の責任だ。戦闘指揮官として皆の命を預かる僕の仕事だ。
「痛みは皆城総士の祝福なら、僕の祝福は苦痛かもしれないな」
「総士……」
未来の為に苦しんでも悩んで、悩んで悩んで悩み抜いて、選択した答えを選ぶ。
それに痛みが伴うと言うのならば甘んじて受けよう。甲洋を守れなかった。その事を忘れず皆の命を今度こそ守ろう。
「甲洋の所にいく」
それでも甲洋にしてやれることが僕にもあるはずだ。甲洋はまだ戦っている。心がなくなっても記憶はなくならない。甲洋の時間はまだ止まっちゃいない。
「……それがあなたの選ぶ道なんだね」
「何が出来るかわからない。なにも出来ないかもしれない。それでもなにか出来るかもしれない。選択肢を潰すのは簡単な事だ。選ばなければいい。だが僕はそれをするつもりはない」
「島が甲洋を祝福するとしても?」
「人の心を取り戻せるかは賭けだ。ならその為の楔を打ちにいくだけだ」
自分の存在が人から外れる行為だとしても、それで少しでも何かが変えられるのなら、僕はその道を行く。人の心を忘れない限り、たとえフェストゥムの側の存在になったとしても人であり続ける事は出来るのだから。
悲しげな目をする乙姫に背を向け、僕は下層ブロックに降りるエレベーターを目指す。だがそんな僕の服を掴まれた。
「その前に千鶴の所にいこ? そんな姿で行ったら甲洋もびっくりしちゃうよ」
「え?」
乙姫に言われて気付いた。ぽたぽたと滴り落ちる赤い液体。額から流れているそれ。
「うっ、がああああっっ」
「っ!? 総士!!」
頭の中を駆け巡る
「ダメっ、いっちゃダメ総士!! 帰ってきて総士!!」
乙姫の声が遠退く。身体の感覚がなくなっていく、自分の存在がきえていく……。ああ、知っている。このかんかく……、甲…洋……。
◇◇◇◇◇
甲洋に会いにいくと言った総士。総士が選んだ未来。それが一番総士を苦しめている。
身体が結晶に包まれていく総士を抱き締める。総士を守るために。身体を結晶が傷つけても、身体が共に結晶に包まれていっても、わたしだけは総士と一緒に最後まで存在する。この命は総士がいるから存在出来ている。だから総士がいなくなるなら、わたしの命も一緒にいなくなるだけ。
「総士……」
総士の心が消えていく。総士は自分の存在がいなくなる事を望んでしまった。それでも存在する事を選ぶことで総士の存在は保たれていた。切っ掛けはきっと血だ。流した血。総士が流した血は傷の証し。総士が総士である証し。傷が総士である証しだから、総士が総士を同化している。そんなことはさせない。わたしは総士だから守りたい。わたしは総士だから未来を託したい。わたしたちは総士だから一緒にいたい。
「総士っ!」
身体の大部分が結晶に包まれていく。総士の心を取り戻す何かがあれば総士に総士を同化させずに総士を取り戻せるのに。
『……総士、それを拒んで』
「あなたは」
誰かが総士の肩に手を触れると、総士とわたしたちを包んでいた結晶が砕け散り、わたしに総士の身体が凭れ掛かる。……総士の心を感じる。よかった。
『ごめん。おれが勝手な事をしたから、総士に重荷を背負わせた』
総士に似ている顔の存在。髪の色も似ている。その体格さえ総士に似ている。
「どうしてあなたがここにいるの」
『……ただおれはもう一度、総士と一緒に空は綺麗だって思いたかっただけなんだ』
ミールが不在のままその存在を求められた存在。
『総士に勝手な事をしたのはおれなんだ。痛みを広げない為に。でもその所為でたくさんの痛みを背負わせた』
後悔する様に、懺悔する様に、目の前の彼はわたしに言葉を紡ぐ。涙さえ流しながら。
『その時が来るまで見守るつもりだったけど……』
警報が鳴り響く。感じる。強い存在が島に近付いている。
「総士をどうする気」
目の前の存在を睨みながら問う。総士になにかするつもりなら敵として対処する。総士はわたしたちが守る。
『なにもしないよ。ただおれは総士を痛みから守りたいだけ』
防衛圏内に現れる1体のスフィンクス型。
『話そ。君たちとまた話せるのは嬉しい!』
総士に似た顔で、総士が浮かべない様な無邪気な顔で、目の前の彼はわたしたちにそう言った。
◇◇◇◇◇
「おれの名前は、来主 操。戦いに来たわけじゃないよ」
まるで人間の様に話す目の前の少年。だがその少年が普通の存在でないことを我々は目の当たりにしている。
「来主 操。同化した人間の名か?」
ソロモンの解析ではスフィンクス型であるらしいが、フェストゥムとは思えない程流暢に人の言葉を口にしている。同化された人間も見てきたが、それでも話す言葉は片言であった。
フェストゥムとの対話。まさかこの様な形で実現しようとは。
「違うよ。皆城総士の知識を使って、おれの存在を君たちの言葉に当て嵌めるとそうなるんだ」
「お前の存在だと? お前たちに個性があるのか?」
フェストゥムのことに関しては未だ謎は多い。この対話で少しでも何かが掴めると確信がある。しかし総士君の知識を使ったと言った。それはどういう事なのだろうか?
「お前は皆城総士とどういった関係になる」
「おれと同じ心を持つ存在。ねぇ、おれも質問していい?」
「あ、あぁ…」
まさかフェストゥムに質問をされる事になるとはな。紅音がいたらどう思うのだろうか。
「空が綺麗だって、思ったことある?」
「空? あ、あぁ…」
「それが答えだよ。空が綺麗だって思った仲間を探したら、彼がいたんだ」
「どういう事だ。皆城総士がお前たちの側の存在と対話していたというのか」
「そうでもあるし、そうともいえない。でも今の人類で一番おれたちの事を理解しているのは彼だよ。でもその所為で苦しんで、今その存在が消えようとしている。だからおれは来たんだ。彼にいなくなって欲しくないから」
悲しげに、そして何かを悔いる様な表情を浮かべる来主操。まさかフェストゥムが人の感情を獲得するまでに至ったとでもいうのか?
「彼を痛みから守りたい。それがおれの望むことだよ」
「痛みから守る…? 戦いから遠ざけると?」
「違う。痛みから遠ざけたら彼は消えてしまう。だからおれが守るんだ。おれなら痛みから彼を守ることが出来る」
フェストゥムが個性を持ち、その個体が個人を守る。彼の言う痛みが戦いという意味とは少し違うのだろうということは読み取れたが。その痛みが何であるかはまだ掴めない。しかしまるで人間と対話しているかのように話はスムーズに進んだ。
「お前がこの島にいて、お前たちがこの島の所在を掴むのではないか?」
「完全に、とはいえないけど。おれの存在はミールとはまた別だからあまりかわらないと思う。それでも信じられないなら渡せるものを渡すよ」
「渡す? 何をだ」
「今の君たちにはないもの。彼が欲しがっているもの」
今一要領を得ないが、こちらの疑いに対して提供品で敵意を削ぎ妥協案を引き出そうとしている。これも総士君から知識を得た影響か。
「お前の様な存在は他にもいるのか?」
「おれは少し特別。だけど個性を持ち始めている存在もいるよ」
フェストゥムがこの星にやって来て30年は経つ。多くの血が流れたが、ようやくフェストゥムと人が歩み寄れる日が近付いているのだろう。
「お前との対話は引き続き可能か?」
「うん。君たちと話せるのは嬉しい」
無邪気という言葉が当てはまる笑みを浮かべる来主操。いったいこの短い時間で何れ程のフェストゥムの進歩を目の当たりにしたのだろうか。
「っ!?」
「どうした?」
無邪気な顔が一変し、何処か彼方を見つめる来主操。まるで楽しい時を邪魔されて不機嫌になった人間そのものだ。
「来るよ。痛みをしらないのに痛みを広げようとする彼らが」
「フェストゥムが来るのか!?」
ソロモンよりも早く敵の出現が感じられるのは同族だからだろう。警報が鳴り響く。そして来主操は立ち上がった。
「おれがいくよ。君たちに見せれば信じてくれるでしょ?」
「仲間と戦う気か?」
フェストゥム同士で戦うなど有り得ない事だった。だが目の前の存在は個性を持っている。
「彼らは違う。痛みを知らないのに痛みを広げるんだ。おれは嫌いだよ、そんなの」
まるで人間の様に、気に入らない存在を拒絶する言葉を残して来主操は消えた。
人とフェストゥムとの共存。彼は我々の目指すその目標に適う存在であるのだろうか。
to be continued