事後処理はトルーパーに任せた。あれは自立起動型だからある程度は任せていられる。今度はコアも内蔵してやろう。
ブルクの中にマークザイン、マークニヒト、ティターン・モデルが並ぶ。マークツヴァイとマークツヴォルフはノルンの格納庫で一時待機だ。さすがに人類軍がいるのに慶樹島のブルクは使えなかった。今真壁司令が人類軍の指揮官と話をつけに行ったところだろう。
ティターン・モデルから蔵前をつれて将陵先輩が降りてきた。
「改めておかえりなさい。先輩」
「ああ。ただいま、総士」
本当なら1年前、この言葉をかけたかった。
「蔵前。一騎を頼む」
「もう。私も先輩とはなしたいけど、仕方がないか」
マークザインをケージに固定したあと、一騎は気を失うように眠りについた。疲れもあったのは明白だ。僕も少し疲れた。
蔵前がいなくなったのを期に、僕は先輩に訊ねた。
「還ってきたのは、先輩だけですか?」
「ああ。みんなの代表って感じかな? こういうのは祐未が向いてんだけどな」
確かに将陵先輩よりも生駒先輩の方がこういう説明やらを纏めるのは上手いだろう。
「そうですね」
「あ、やっぱり?」
軽く会話をしてもいつも通りの先輩だった。フェストゥムが化けているということはないようだ。
「……他の方々は」
「無の中だ。俺はみんなが望んでくれたからここにいる」
先輩の目が黄金色に輝いていた。身体は人のものではないのだろう。
「フェストゥムの側に行ったんですか?」
「近いかな。あの時、俺も末期症状だった」
「覚えていますよ」
末期症状。身体が結晶化して砕け散ってしまう。同化現象の終焉と考えられている。
「お前が島のミールに存在と無の循環を教えた。ミールの記憶を頼りに、俺は自分の存在を再び作り出した。まぁ、みんなに手伝ってもらったんだけどな。お前が島のミールを変えた。だからここにいる」
「先輩…」
存在と無の循環は生命の循環そのものに当て嵌まる。人は生まれ、そして死ぬ。だがその遺伝子は次の世代に受け継がれる。そうやって存在は循環していく。それが生命の営みだ。
始まりは終わりで、終わりは始まりであることを乙姫は島のミールに伝えた。
僕にもそれが出来たというのか? 僕はなにもしていないのに。なにも出来なかったのに。
「お前は選んでたろ? 皆城総士としてここにいることをずっと」
「先輩…」
誰でもなく将陵先輩にそういってもらえて改めて実感できる喜びがある。
「だからあまり難しく考えるなよ。いまここにいる。それでいいじゃないか」
「そうですね…」
流されてしまった様な気がしなくもないが、先輩がそれで良いのならこれ以上は追求しても答えて貰えないだろう。
だがこれから問題も山積みだな。
「蓬莱島のデータのお陰で目覚めたL計画唯一の生き残り、そう処理します」
「俺に客寄せパンダになれってか?」
「そうでなければ先輩のことを納得しないでしょう。ですので今まで秘匿情報扱いということにします」
「嫌なやつになったな」
「パイロットの安全を守るのが僕の戦いですから」
つまらないことで先輩に何らかの被害が行かないようにするには、先輩に注目の的になってもらう必要がある。そうすれば簡単に手は出せなくなるだろう。……この島にそんな悲しいことをする人は居ないと思うが。保険は必要だ。
「そっか。頑張ってるんだな、お前も」
僕の言葉を聞いた先輩は何故か僕の頭を撫でる。若干癖っ毛になっている部分もあるから指通しはあまりよくはないと思う。
「なんですか?」
「頑張ってる後輩にご褒美ってやつ」
「やめてください。子供じゃないんです」
「子供さ。未来が認められなくて駄々こねて足掻いてる子供さ。お前は」
「将陵先輩……」
もう同い年の様なものなのに、先輩には頭が上がらない。こうしていつも先輩は僕の事を気にかけてくれていた。
「プクを世話してたからな。気持ちいいだろ?」
確かに、もう少し続けて欲しいと思ったが。いま聞き捨てならない言葉を聞いた。
「僕は犬ですか?」
「目元弛んでたぞ? もっとみんなに表情見せたらどうだ?」
「不特定多数に向ける余裕はありません」
そんなバカみたいな顔を僕がしているわけがない。……気持ちがいいのは否定しないが。
「バッカお前、仲間にはもう少し歩み寄れって意味さ」
「歩み寄る……」
歩み寄る、か。……今なら少しは前に踏み出せるだろう。
一騎を迎えに行った遠見が溝口さんと帰ってきた。
予想外の客人を連れて。
「総士!」
「来主……!?」
いや待て。ちょっと待て。少し待て。
疲れすぎて僕は幻覚でも見ているのだろうか? 何故来主がここにいる。
「やっと総士とも話せる。総士と話せるのは嬉しい!」
「あ、あぁ……」
この来主はどういう存在だ? そんな疑問は尽きないが、それよりも優先した方が良さそうな案件もあった。
「遠見と溝口さんを送り届けてくれたことに感謝する」
「い、いえ、自分は、そうしたいと思ったことをしたまでです」
メガセリオンから降りてきたパイロット。ジョナサン・ミツヒロ・バートランド。あの操り人形となってしまった存在だ。
「………………」
「………………」
続く言葉が、僕もミツヒロも見当たらなかった。だが僕はミツヒロの目を見つめ続けた。
「お前はこれからどうする」
「どう、とは……」
「明朝。人類軍は撤退するが、負傷兵や一部の人員は島に残る方の潜水艦で待機の予定だ」
「おれは……」
僕のその言葉を聞いて、ミツヒロの表情に迷いがあるのを見逃さなかった。
「……お前は人形じゃないだろう」
「っ、おれは…」
自分が操り人形である自覚はあるようだ。もう少し踏み込めるか?
「お前はなにを選ぶ? ミツヒロ、お前はそこにいるのか?」
「おれは……っ、ミナシロ、おれは…!」
まるで迷子の子供を見ているようだった。進むべき道がわからなくて、誰かにそれを教えてほしくて泣いている子供。
「一騎はお前を信じた。お前の人としての心を。僕もお前を信じよう」
一騎のお陰で人の心を取り戻したミツヒロは涙を流していた。たとえ与えられた人格と記憶であっても、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドという存在は確かにそこにいた。
「…っ、おれは、ジョナサン・ミツヒロ・バートランドっ、人類軍の兵士だ…!」
絞り出す様にミツヒロは言葉にした。それが精一杯の存在の主張だと、人であることの存在証明。自己啓発。そして選択だ。
「手を出せ、ミツヒロ」
「手を…?」
固く握り締めるミツヒロの手を取り、解してやる。
「僕はお前だ。お前は僕だ」
憎しみと虚無のなかでも、最後に人としての心を取り戻せたお前にならできるはずだ。既に答えはお前の中にあるはずだ、ミツヒロ。
「これは…っ」
僕とミツヒロの手が結晶に包まれていく。
「っっ」
だが結晶は翠色から赤に変わり、僕の手を傷つけた。
「ミナシロ!?」
「選べ、ミツヒロ」
「選ぶ? おれが……? 選ぶ…?」
血が流れ落ちる。深い痛み。だが痛みは僕の祝福でもある。痛みが伴おうとも存在を選ぶのが僕の祝福だ。
「お前の理由を見つけろ。そこにいる意味を見つけろ、ミツヒロ」
「意味を、理由を……っ」
レゾンデートルという言葉がある。マークレゾンの語源にもなっている言葉だ。
存在理由、あるいは存在意義を表す言葉だ。レゾンは「理由」という意味で扱われていた。だが僕はもうひとつの意味で祝福しよう。
「お前はそこにいるだろ!! ミツヒロ!」
「おれは、あなた方に痛みを与えた。そんなおれが、またあなた方に痛みを与えない保証がないっ」
結晶が深く、僕の手を傷つける。
「それはまだ可能性だ。たとえ強いられる未来であったとしても、自分で選ぶことに意味がある。僕がそうであるように、お前にも自分の
「おれの、道……っ、ああああああ!!!!」
「ぐっ、これが痛みか…っ」
腕が赤い結晶で包まれ出す。内側から石の礫に貫かれるような痛みが襲う。これがミツヒロの抱える痛みか。
「総士…! ダメだよ、君がいなくなる!」
「止めるな来主っ」
「で、でも、総士にいなくなって欲しくない…っ」
僕に触れようとした来主を止める。これは僕の戦いだ。ミツヒロを救えるか、それとも救えないのか。今このときがその分水嶺だ。
『みんな、いなくなればいいのに……』
「出てきたか…っ」
「ぐっ、がああああああ!!!!」
「っ、ぐぅ、自分を保てミツヒロ…っ」
海神島のコア。新国連ではプロメテウスの岩戸に安置され、パぺットとベイクラントを操る生体コアとなってしまっている存在だ。
人類軍に海神島を滅ぼされ接収され、憎しみのままに島を滅ぼそうとした。
今はまだ目覚めてはいないが、それでも強い痛みと憎しみを感じる。乙姫とは大違いの存在だが、僕たちが滅びを迎えたら乙姫もこうなってしまうだろうことの反面だった。そうはさせない。だから僕は存在を選び続けるのだから。
「僕はお前に…、お前は僕に…」
さっきは接触のために能動的だった同化を受動的に切り替える。乙姫が得意としていた、相手の感性に語り掛けるように。
結晶の進行が進む。僕とミツヒロの手に誰かの手が触れた。
「来主!?」
「おれはみんなに痛みを与えた。でもみんな、おれを受け入れてくれた。この島は痛みも憎しみも受け入れて存在を与えてくれる」
来主の腕にも赤い結晶が生えていく。
「うぐっ。たくさんの痛みと憎しみっ。でも今なら痛みも憎しみも背負うことが出来る。だから――」
結晶の色が赤から翠に変わっていく。それは最初は来主の側だけの変化だったが、それが手を伝って僕とミツヒロにも広がっていく。
「生まれよう? 生まれることは、嬉しいんだ」
結晶が砕け散った。……コアの幻影は消えていた。
「ハッ!? ミナシロ……」
コアに抗っていたミツヒロの意識が戻った。自分の手を見つめて震えている。感覚でわかるだろうが、それを言葉にすることが大切だ。
「ミールの枷を解いた。もうお前は自由だ」
「おれが、自由…? おれが、そんなっ」
今のミツヒロは世界の運命から外れた存在になった。ジョナサン・ミツヒロ・バートランドとして、生まれた。
それが存在として感じているのだろう。ミツヒロの瞳から涙が溢れ出してくる。それから僕は目を逸らさない。気遣いも大事だが、前はそれで失敗して、仲間に痛みを背負わせてしまった。
「泣くことを我慢するな。泣けるときに泣け。泣けることは、
「うっ、ふぐっ、ミ、ミナシロっ、うあ、ぅぁあああああああああああああああああ!!!!」
人目など憚ることなくミツヒロはあらんかぎりの声を上げて泣いた。それが生まれたことへの喜びだと僕は思いたい。
「お前はもう、人形じゃない。ひとりの人間だ」
「ああああああっ、ミナシロっ、ミナシロっっ」
遠見先生の様に出来ているかはわからないが。僕はミツヒロをあやす様に身体を抱いて頭を撫でてやった。泣き止むまで、満足するまで、安心するまで。
◇◇◇◇◇
「許しが貰えるなら、おれも島に残りたい」
泣き腫らした目元が痛いが、戦い以外の痛みはきっとはじめてのことだろう。
いつもどこかにあった不安。パペット――人形であるおれはいつか、島に踏み込んだ時も不安で仕方がなかった。マヤを傷つけるのではないか? Dアイランドの平和を壊すのではないかと不安だった。
だが今は、嘘のように心が軽い。涙と共に今まで溜め込んでいたものも吐き出したらしい。ミナシロに顔を向けられない。そう恥じるほど大泣きをした。あんなに泣いた記憶は、おれにはなかった。
新しい
「僕に異論はない。乙姫も許してくれるだろう」
「ありがとう……」
おれはこんな涙脆かっただろうか? ミナシロの一言だけでまた涙が流れそうだった。
「島に帰ろう。明日を過ぎたらみんなに紹介も出来る」
「ミナシロ。残った潜水艦には」
ビリーは知らなかった。いや、末端の兵士に知る術はないといったらまたふざけるなと怒られるだろう。だがおれはペルセウス中隊ファフナー隊隊長として、そしてバートランドの息子として、知る権限があった。
明日。島に残った潜水艦がフェンリルを使用する。それを伝えたかった。
「それは一騎がどうにかするだろう。僕たちは戦略ミサイルの事を考えればいい」
「人類の火…か。あれは嫌いだな」
未来を知る味方が多い事がこんなにも頼もしいことだとは思わなかった。ずっと自分だけで抱えるべきだと胸に誓ってきた。だが彼らとなら、少しだけ、この秘密を共有することを許して貰えるだろうか。
ずっと自分の意味を探していた。変わってしまうことを恐れて、変わることを拒んでいた。だが自分の意味を理解した時、人は変わることが出来る。変わることは恐い。しかし変われること、生まれることの喜びは変わることでしか手に入れられない。
変わることをうけいれられなくても構わない。無理に変わる必要もない。ただ少しずつだけ、変わっていけばいいのだから。
to be continued…