「おはよ、ミツヒロ」
「あ、あぁ……おはよう、マヤ…」
マヤの家。かつて父がいた家に、おれは住む事になった。ミナシロが話を通してくれた。マヤが誘ってくれた。チズルさんもユミコさんも、おれを歓迎してくれた。
この島の人達は優しい。こんなおれでも受け入れてくれる。ついこの間まで戦いばかりの世界に居たことが、遠い昔に感じるかの様に毎日が平和で溢れ、充実している。
「今日はなにを作ってるの?」
「ベーコンソテー……かな…?」
ベーコンとホウレンソウを炒めたシンプルな料理だ。ミナシロに教わったものだ。あとは外でも作っていたミネストローネだ。パンにしようかと思ったが、ハクマイがあるのならそちらの方が良いだろう。ミネストローネと合わせればリゾットにもなる。
「ミツヒロも料理上手だよねぇ。一騎くんみたい」
「マカベに比べればまだ足元にも及ばない」
カレー作りには挑戦しているが、やはりあのカズキカレーの味にはまだ遠い。更なる研究が必要だ。
しかしマヤが料理が苦手だったのは意外だった。ユミコさんの料理は美味しかった。チズルさんの料理は優しい味がした。作られた記憶だろうとも、母親の味がした。
「一騎くんの料理、食べたことあるの?」
「ああ。カレーをご馳走になった」
ミナシロに誘われてマカベの家でカレーを食べさせて貰った。毎週金曜日はミナシロの夕食はカレーらしい。その日はマカベの家でカレーを作るということでおれも誘われた。相変わらずマカベのカレーはおいしかった。
だからマヤにも作ってもらおうとしたが、ユミコさんに止められた。いや、まだ修行中なのだろう。5年経てばきっとマカベに勝るとも劣らない料理を作れる様になっているはずだ。……こんなおれが、未来のことをこんな風に考えられる様になるとはな。
「ミツヒロは髪は切ったりしないの?」
「最近は切っていないな…」
子どもの頃から伸ばしていたから今は5年後とあまり変わらない長さだ。はじめからこの長さだったかもしれない。ただ、世界中を飛び回って戦う様になってからは確かに切った覚えはないな。
「皆城くんもそうだけど。男の子で長い髪って、邪魔に思ったりしない?」
「さぁ、いつもこうだったから……」
ミナシロはわからないが、おれはもうこの髪の長さに慣れているからどうとも思わない。
それにミナシロやマカベが信じてくれた自分を変えたくないとも思っている。だから髪は長いままでいいと思っている。
「だがいいんだ。このままで」
「そっか。ごめん、変なこと聞いて」
「いや。こちらこそ気にして貰えて嬉しかった」
「そ、そうかな? まぁ、弟だから気にするよ」
「弟……か…」
マヤの言葉を口にして飲み込む。もうマヤの中ではおれは弟として存在しているらしい。それが少し照れる。いや、嬉しいのか。
「どうかした?」
「いや。ただ、マヤにそう思われていることが嬉しいと思った」
そんなおれにマヤが訊いてきた。おれは首を横に振りながら答えた。
「当たり前だよ。家族だもん」
「家族……か…」
マヤは当たり前といった。だがおれにとっては望んでも手に入らないものだった。すべて与えられた紛い物の記憶だ。
ミナシロのお陰で、おれはここにいる。だから守りたい。守らせてくれ。この島とこの平和を感じられる楽園を。
朝食を終えて片づけたあと、おれは島を巡り歩いていた。以前の時は島に上陸してもあまり自由行動は出来なかった。それでもマカベ司令はおれたちにかなりの自由行動を与えてくれた。マカベと出逢わなければ、おれは戻ってこれなかっただろう。
「ここは……」
マカベの店だ。楽園という意味の日本語の店。
「へーい、いらっしゃ――なんだお前さんか」
「ミゾグチ?」
店にいたのはミゾグチだった。マカベはいないのか?
「どうだい? 島の生活には慣れたか?」
「お陰さまで。時々、戦いを忘れそうな程にこの島は平和だ」
「確かにな。世界じゃいまも何処かでドンパチやっちゃいるが、この島は暢気なもんさ」
あくびをしながら身体を伸ばすミゾグチ。パイロットが集まっていた賑やかさとは正反対の静寂さがどこか寂しい。強い思いも感じない。それどころか何処か近寄り難い雰囲気さえ感じる。ミゾグチが原因じゃないな。
「あまり客はこないのか?」
「すっぱり言うねぇ。ま、開店休業状態なのは確かさ。俺の前任が小難しい夫婦でよ」
「はぁ…」
そのまま愚痴に付き合わされ、気づいたら昼だが客は来なかった。
「……お前さん、ここで働く気はないか?」
「え?」
この店ならカレーだと思い、ミゾグチの許しを得てカレーを作ったらそう言われた。彼の鋭い眼光がおれを睨んで放さない。
「どうも男の料理になっちまってな。だからお前さんの腕を見込んで頼む。まだ第二種勤務、決めてないんだろ?」
「おれは…」
いいのか? 人類軍だったおれが、マカベの店でマカベには届かない料理を出しても。
「おれには……まだ…」
「納得いかないって顔だな? この腕だ。数
ミゾグチに肩を叩かれた。これはもう断る空気じゃないのだが。
「いいのだろうか。おれがここにいても…」
「むしろここにこいよ。お前さんならこの店を島1の店に出来るのもめじゃねーよ。俺が保証する!」
そう言われることが嬉しかった。こんなおれでも、この島には居場所がある。……マカベ。マカベの店で料理を出すことを許してくれ。だから必ずカズキカレーは完成させてみせる。
「わかりました。よろしくお願いします!」
「決まりだな。んま、普段は学校で放課後のアルバイトって感じだな」
「学校? おれが…?」
朝から働く気で意気込んでいたのに、急にそんなことを言われても実感はわかない。軍人になるべく訓練はした。一般教養も植え付けられた知識だが、おれにはある。学校に通えなんて。そんなこと……。
「子供には義務教育ってのが昔の習わしだ。だからお前も学校行ってこい! 行って友達作って、ついでに彼女も見つけてこい。そんでもって行き場なかったらウチに来な」
「それはデートコースの意味ですよね…?」
「さぁ~て、おじさんにはなんのことやら?」
真面目な人だと思っていたらこういうところもあるのか。おれはまだまだ彼らの表面的なことしか知らないらしい。
……彼女、か。
おれがここにいる限り、アイやビリーには会えないだろうな。それどころか人を殺すこともあるだろう。島の人を守るためならおれは引き金を引ける。今までも同化された味方に引き金を引いてきた。島の人には引きたくないが、島の人を危険に晒すのならば、おれは相手が顔見知りだろうが爆撃機だろうが撃つ。たとえダスティンでもキースが相手でも。……ビリーやアイが敵になっても、おれはおれに居場所をくれるこの島の為に引き金を引くことを厭わない。
「そうだ。おれはその為に、ここにいる」
メガセリオンのコックピット。ベヨネットとガンドレイクをスフィンクス型に突き刺して引き金を引く。
まだファフナー部隊の修復は終わっていない。出ている機体はザルヴァートル・モデルの2機と、ティターン・モデル、マークツヴァイ、マークツヴォルフ、そしておれのメガセリオンだ。
頭部で攻撃する機体がツヴォルフ以外にもあったのか。さすがはDアイランドだ。一見奇抜だが、あのツノにはプラズマ砲も内蔵されている。両手が塞がっていても攻撃できるのは強みだ。
『守るんだ…っ、乙姫ちゃんの島を!!』
スフィンクス型に頭から跳んで突っ込んだツヴォルフ。そして突き刺したツノからプラズマ砲を撃ち、敵を倒した。
単機で敵を倒せる事が何れ程難易度が高いことか。だがノートゥング・モデルはそれを可能とする。この時期のファフナー乗りは単機で敵を倒せればスーパーの称号を欲しいものにしていた。そのひとりがミチオだった。
だがこの島では単機で敵を倒せて当たり前だ。
ガンドレイクを突き刺し、コアを破壊するティターン・モデル。
4体のトルーパー・モデルに群がれ、串刺しにされるスフィンクス型。
「壁」の力と「消失」の力、「毒」の力と、島の力を使い戦うツヴァイ。パイロットはボレアリオスのコアだからだろう。ファフナーの姿をしたフェストゥムの様に戦っている。敵のコアを同化して砕いた。
だがそんなデタラメファフナーの上を行くのがザルヴァートル・モデルだ。
『消え去れえええ!!』
ワームスフィアを放ち、フェストゥムを消滅させるマークニヒト。
『これで、どうだあああっ』
巨大なエネルギー刃を纏うルガーランスの一振りで複数の敵を両断するマークザイン。
やはりあの力こそが人類救済の力……。
ザルヴァートル・モデル――。
島に来て2度目の戦闘は呆気ないほどだった。スフィンクス型ばかりで、ディアブロ型がいなかったからだろう。
戦闘後、地下ブルクに呼ばれた。
この地下ブルクはミナシロのラボが併設されている。見たことのない武器もいくつか使われず飾られている。
「おれになにか用ですか? ミナシロ」
「ああ。呼び出してすまないな」
返事は返しながらも、端末を素早い速度で操作するミナシロは手を止めてイスから立ち上がった。
「待たせたな。今日呼び出したのは見てもらいたいものがあるからだ」
「見てもらいたいもの? まさか!」
いくらなんでも早すぎる。おれが島に来てようやくひと月しか経たないんだぞ。
「素体が組上がってな。いずれお前の機体になるから見てもらおうと思った」
重苦しくゲートが開いていく。固定ロックに繋がれた威容は、力強くもその姿はおれの罪を見せつけていた。
「ミナシロ……。これは…、なぜ」
「それがお前がここにいる理由だ。お前の存在している理由を、こいつと一緒に探せ。そしてその理由を見つけたのなら、何があっても忘れるな。そうすればそこにいる理由になる」
鈍い金色に血の様な真紅。イージスを装備し、守りを意識した重装甲の機体。
「建造途中だったマークフュンフタイプの2号機をベースに造り上げたお前の救世主だ」
「マーク、レゾン……」
それがおれの罪にして、おれが求めて止まない力。おれだけのザルヴァートル・モデル。
「起動試験、やってみるか?」
「是非、お願いしたい!」
おれだけの救世主。そして、おれの存在理由となる機体。
『ニーベルング接続問題なし、同化現象の予兆なし。シナジェティック・コード、対数スパイラル形成。コア同期確認。対フェストゥム機構接続――』
「マークレゾン、起動!!」
ファフナーとの一体化。だがこのレベルの一体化は久し振りで心地がいい。メガセリオンとは比べ物にならないほどの力強さを感じる。身体に馴染む。おれの為に設えたような感覚だ。今ならなんだって出来る気がする。
「おれにも乗れるぞ…っ、ザルヴァートル・モデルが!」
あのときは憎しみがすべてだった。だが今は違う。今のおれは竜宮島を守るために存在する平和という宝を守る竜の巨人だ。
この全能感。これが真のザルヴァートル・モデルか。
守り人の力を受け継いだ竜は今度こそ宝物庫の守り手になれるのだろうか。敵に力を与えただけではないかと囁く思考を擲ち、僕は信じるだけだった。この器の担い手ならばきっと存在する理由を見つけられると信じて。
to be continued…